緑の草原 |
「これだけ広いと何かしたくありません?」 「俺はどこでも構わんが」 「三蔵、具体的な名詞を言っていただけませんか?生憎貴方の全てが判るほど、僕出来てませんので」 緑の海原に仰向けで寝ていた八戒の上に三蔵が覆い被さる。額がくっつきそうなほど顔が近付き八戒は、それは綺麗に微笑んだ。あまりの美しさに三蔵は怒った顔もまた可愛い、と思うほど危機管理能力は劣っていない。だがこれで怯むようでは八戒の恋人はやってられない、と勇者三蔵は更に近付き鼻先にキスをする。綺麗な翠の瞳が何度か瞬きをするのを見つめて、三蔵は唇の端を上げる。 「期待したか?」 「何をです?」 鼻先を触れ合わせながら話すのに、八戒は拗ねたように唇を尖らせ腕を伸ばす。応えて三蔵も八戒を抱き締めて体を起こした。肩に顎を乗せ、草の緑と空の青が1つとなる彼方を眺めて目を閉じる。 「悟浄や悟空ならボールの1つでもあれば十分なんでしょうね」 「棒切れ1つでもいいんじゃねぇか?」 「取ってこ〜いって?」 「判ってるじゃねぇか」 「悟空は兎も角、悟浄は戻って来ないんじゃないですか?」 「兎も角って、お前な」 「ほら、悟空はご褒美次第でしてくれそうじゃありません?」 「お前、教えるのは勉強だったんじゃねぇのか?」 芸も一緒に仕込んでどうすると三蔵が呆れて言えば、だって貴方が言い出したんですよと八戒はくすくす笑う。 つと一陣の風がやってきて草を鳴らし緑の海原に波を立てて過ぎていく。草の匂いを振りまきながらざあっという音が遠くから近付き、あっという間に又遠くなる。遮るものもなく渡る風はどこまでも広がりやがて消えていく。ここは荒涼とした何も無い所ではなく、青々とした草の緑は強い生命力を感じさせるのに八戒は、自分を守るかのように抱き締めている三蔵の確かな体温をより感じる。 目を閉じれば染みついた煙草と 何ともいえない彼自身の匂い とくりとくりと緩く刻む鼓動 自分を包む体温の温かさ 訳もなく目の奥が痛くなって、知らず腕に力がこもりしがみついた八戒に、三蔵が宥めるように軽く背中を叩いた。 「何だ、やる気になったか?」 笑いを含んだ声に八戒はゆっくりと体を離す。そう言いながらも見つめる紫暗の瞳に揶揄はなく、むしろ優しく甘い色を帯びている。2人きりの時にだけ見せるこの瞳を見ると、今度は胸の奥につららが刺さったような痛みが走る。哀しいわけでもないのに、呼吸をするのも苦しくなる時がある。 今もそうだ。 言葉もなく見つめていると三蔵の手が伸びてきて、くしゃりと髪を撫でられた。 「そんな顔するな、つけ入るぞ」 困ったような苦笑を浮かべながらも梳くように髪を撫でられる。風で乱れた髪を整えるように優しく何度も髪を梳かれて、八戒は小さくなっていく痛みにまた目を閉じた。すると唇に瞼に鼻先に頬に、羽のように柔らかなキスが降りてくる。痛みで強張っていた体からすっと力が抜けて、三蔵の腕に体を預ける。絆されてるな、と思いながら拒む事など出来ない。 「何も思い浮かばなくて悔しいんですけど」 「紙でもあれば飛行機でも飛ばせばいいだろ」 「折り紙ありますよ?」 「何?」 啄むようなバードキスがちょっとお預けになり紫暗の瞳が丸くなる。その間に八戒は荷物を漁り、空になったお弁当箱の下から折り紙を取り出して見せた。 「何である?」 「悟空の教材用に使うつもりで入れておいたんです。読み書きや算数ばかりだと飽きるでしょう?でもこれで飛行機を作るとは思い浮かばなかったですね。三蔵作れるんですか?」 「あぁ、昔師匠に教えてもらった」 言いながら三蔵はオレンジ色の折り紙を選ぶと手際よく折り始め、あっという間に紙飛行機を作り上げた。そして空に向かって斜めにすっと腕を伸ばし、オレンジ色の飛行機を飛ばす。折りよく吹いてきた風に乗って紙飛行機は高く遠く青空を飛んでいく。くっきりとした青空にオレンジの機体はコントラストも鮮やかで、八戒は瞳を細めて機影を追う。 「青空に映えるのはこの色だと、な」 「補色ですね。確かにとても綺麗です」 やっと草地に着地した紙飛行機を見終えて三蔵を振り返ると、穏やかな紫の瞳に出会う。それを見つめて翠の瞳も柔らかく細まる。 「随分遠くまで飛びましたね。貴方が青空の補色なら僕は草原の補色にしようかな」 そう言って赤い折り紙を取ろうとした八戒の手を三蔵が遮る。 「待て、お前はこっちにしろ」 数ある中から迷いなく紫色の折り紙を渡される。赤から連想される同居人を思い出して三蔵を見ると、視線を躱され 横顔になった。どうやら当たっているようで、笑いたいようなくすぐったい気持ちになる。そこで目を合わせてくれない三蔵に、八戒は緑色の折り紙を渡す。 「それなら貴方はこれで折って下さい。どちらが遠くまで飛ぶか競争しましょう」 八戒に微笑まれて三蔵は顔を戻して頷く。 「……判った」 間もなく紫と緑の紙飛行機が同時に空へと放たれた。 原作設定:旅に出る前の2人 補色じゃなくてもこの色合いは良いなと思う |
2006/08/14