「あ…れ……?」 悟空は塞がりかけた目蓋をもう一度こすった。 突然目が覚めてしまった真夜中 一度眠ってしまえば、殺気立った妖気以外ほとんど起きる事のない時間である。 (何でかな?) ぼーっとしながら体を起こすと、窓の外に金色に輝く月が見えた。 夜に浮かぶ月にただ見惚れる 光輝く満月が好きだった この月があれば闇にならない事を知っているから ずっと見ていると落ち着いた気持ちになってくる。 ここはもう牢の中じゃない、大丈夫だからと自分に言い聞かせて隣のベッドを見た瞬間、視線が釘付けになる。 「…え?!誰?」 掴んでいた上掛けを手放すと、悟空は隣のベッドまで移動した。 今日は2人部屋で隣のベッドには八戒が眠っている。がその八戒を大事そうに抱き締めて眠っている、三蔵でも悟浄でもない人がいるのだ。 (ちょっと待てよ!何で俺気付かなかった!?ていうか八戒よく寝てるし…) 見たことのない白髪の人と抱き合うような形で眠っている八戒は起きる気配がない。 悟空はあまり見ることのない八戒の寝顔をマジマジと見つめた。 (だいたい俺よりも気配に敏感な八戒が目を覚まさないなんて…… ん!?ちょっと待てよ、この気配は…) 思い当たったことを確かめようと鼻先を近づけると、その人が唐突に目を開けてこちらを見た。 「ジッ……」 大声を出しそうになって、悟空は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。 自分を見つめるその瞳は、悟浄よりもなお赤い紅玉の瞳だった。 「ん……」 その時吐息のような声が八戒の口から洩れて、ジープと悟空は思わず体を硬くする。くるりと向きを変えて八戒は寝返りを打ったが、目を開けることは無く静かな寝息をたてた。それを聞いて二人は肩の力を抜くと、同時に溜息を吐く。そして目を合わせて小さく笑いあった。 「なぁ…ジープだよな?」 「はい。でも少し待ってください」 囁き声をジープは制して、振動に気を使いながらゆっくり上体を起こすと、長い白髪が肩からさらりと流れる。眠気の飛んだ悟空が大人しく待っていると、ジープはベッドをそっと降りて窓際の椅子へと移動した。ジープの意図を察した悟空もすぐに後を追い、音を立てないよう注意しながら向かいの椅子に座る。そしてテーブルの上に両肘を付き、身を乗り出すようにしてまじまじとジープの姿を見つめた。 月明かりに照らされたジープは色白の肌に長い青みがかった白髪で、背中の翼を折りたたみ、白い長衣を着て真っ白に輝いていた。その中で自分を見つめる瞳だけは真赤に熟した実のようだ。整った顔立ちは自分よりも年上で、三蔵達と同じくらいの年齢に見える。落ち着いて見れば尖った耳にいつもの角もあって、やっぱりジープだと悟空はホッとした。 「なぁなぁ、何でそんな姿になってんの?今までもなった事あんの?」 「はい、ありますよ。前にも月を見ていたら、急にこの姿になったんです」 「じゃあ月を見ると人に変身できんの?」 「いえ、いつもではないですね。そう言えば前の時も満月でした」 窓の外を仰ぎ見るジープに釣られて、悟空も月を見た。 夜を照らす金色の丸い月 月影さやかな夜 「…じゃあ、ジープはあの月に願い事したんだ」 いつもの騒がしさからは想像できない悟空の静かな声に、ジープは目を瞠る。がすぐにその瞳が柔和になった。 「はい、そうです」 「良かったな、ジープ。でもジープの願いって人の姿になる事だったんだ」 「はい、正確にいうと少し違いますが」 「どう違うの?」 「抱き締めてみたかったのです。いつも抱き締めてもらってましたから…」 「あ…」 ジープの奇麗な笑みに悟空は一瞬息を呑む。そして眠り続ける八戒を見た。 よく八戒がジープを抱く時、ジープが翼を広げているのを思い出した。 (そっか、あれは抱き返そうとしてたんだ) 「じゃあ、俺は?」 言うが早いか悟空は椅子を飛び降りると、ジープのすぐ前に移動した。真っすぐに見つめてくる金色の瞳にジープは微笑むと、両手を翼のように広げて悟空をふわりと抱き締める。 「はい」 「へぇ、ジープって意外とあったかいのな」 人肌の温もりと、さっきまで抱きしめていた八戒の匂いにも包まれて、悟空は安心したように目を閉じる。そのままやってきた眠りに垂直落下した悟空は、ジープの膝の上で寝息をたて始めた。あまりの早さに呆気に取られたジープだったが、くすりと笑いを零すと悟空を抱え上げ、ベッドまで運び上掛けをかけてやった。 「おやすみなさい、悟空」 その様子を窓の外から、高みの月だけが見ていた。 「おはようございます、悟空」 「あ…れ…?」 ぼーっと上半身を起こした悟空の目に、八戒の笑みが入ってきた。 「おはよう、八戒」 朝の光がやけに眩しく感じて、寝ぼけまなこを擦る。と八戒の後ろで、ベッドの上に丸くなっているジープが目に入った。 「あれ、ジープまだ寝てんの?」 「ええ、ここのところ襲撃が少なくて走行時間が長かったですからね。きっと疲れてるんでしょう。もう少し寝かせてあげようと思って」 少し小声で話す八戒に、悟空はあっと声を上げた。しーっと唇に人差し指を当てた八戒に、悟空は抱きつく。 「え!?どうしたんですか?悟空」 驚く八戒の肩に手をかけて、屈んだところを悟空は耳元に囁いた。 「昨日おもしろい夢見たんだ」 |
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2004/01/30