――― 珍しいですね」
 バスルームから出た高遠は、煙草を咥える明智という初めてみる光景に目を瞠った。
 「私にもこういう時くらいありますよ」
 視線を逸らしたまま、紫煙を吐き出す淀みない仕草は明らかに慣れを感じる。
テーブルの上には、今まで見たことの無かった灰皿までもがきちんとあり、そこには既に2本の吸殻が入っていた。
 腕を組んだ高遠が強い視線を送ると、明智は指で挟んだ煙草を唇から離した。
 「きちんと髪を拭かないと、風邪をひきますよ」
 微苦笑を唇の上にのせた明智に憮然として、高遠はつと近付くと、その指から風のような動きで煙草を消し去る。
そして驚いている明智の前で指を鳴らすと、灰皿の吸殻を3本にしてみせた。
 今度は困ったような笑みを浮かべてソファに沈んだ明智を見下ろすと、高遠はゆっくりとアームに両手を付いて、唇だけを触れ合わせた。緩くほどかれた唇に舌を差し込み絡めれば、苦い煙草の味がする。もっと味わうように吸い上げ角度を変えるが、他には一切触れない。

 キスだけが深まる

 
  ―― ん…」
 息があがり唇の端から滴が伝い落ちる頃、明智の指が濡れた髪に触れて高遠は唇の端を上げる。
もう片方の手が腰へとまわり引き寄せられて膝上に乗り上げると、高遠はねだるよう両腕を首に絡ませた。
 「…は……っんん……」
 充分に楽しみ躰に熱が灯ってようやくキスは解かれたが、未練のように糸が引かれる。もう一度唇に触れて舐め取ると、明智は高遠の瞳が開くのを見つめた。
 「いきなり…どうしました?私が吸うのは気に入りませんでしたか?」
 「………」
 明智の問いに軽く睨んで答えると、高遠は肩口へと顔を埋める。
烏の濡羽のような髪からは、水が滴り首筋へと伝う
晒された項は白くsoap以外の香りも匂いたつ
 高遠は背中から明智のシャツを引き襟元を広げると、その首筋へと唇を寄せて舌を這わせた。
 「このままにしておくつもりですか?」
 明智が猫のように戯れる高遠の髪を指で梳くと、手の平に滴が伝う。
その濡れた手をバスローブの下へと這わせれば、高遠は甘い吐息をついて顔を上げる。
 目に掛かった髪を撫でつけると、明智は額をコツンと合わせた。
 「私だけを責めるのですか?」
 少し困ったような瞳を向けられて、高遠は目を瞠る。
 
 昨夜自分を泊めてくれた女がperfumeをつけていたのを思い出す。一宿一飯の礼に淋しさを紛らわす相手をした。
相手は別に誰でも良かったというのはお互い様で、後腐れもなく二度と会う事もないだろう。
 今までもあった事だ。
ただその移り香を明智に気付かれただけで…
 「もしかして妬いてくれました?」
 クスリと笑い明智に凭れると、今度は白い首筋に赤い花弁を咲かせる。
 確かにここに来たのだという証を、明智の躰に刻む。
時間潰しのようにお互い違う相手を想い、抱きあった一夜の結果がこれだ。結局替わりなどにはなり得ず、空洞は埋まるどころか逆に広がり悪化の一途を辿る。
 明智に会うという行為がどんな事か判っている筈なのに、それでも足がこの場所に向かうのを止める事が出来ない。

――― 何も聞かずに暖め、包むように抱き締めるこの腕がなければ、すぐにでも離れられるのに ―――
 
 目を閉じて肩口に顔を埋めたまま動かない高遠の髪に、明智が口付ける。そして拘束するように強く抱き締めると、肩へと押し上げるように高遠を抱き上げた。
 「な!……明智さんっ!?」
 「再三忠告をしたのに聞かない貴方が悪いのですよ。このままタオルを取りに行くんです」
 「ちょっと……下ろしてください!!」
 高遠は焦りもがいたが、着痩せする黒帯びの明智の腕から逃れることは出来なかった。
担がれたまま運ばれる悔しさと羞恥に、高遠はならばと口を開く。
 「図星だったんですか?」
 言葉と同時にドサリとベッドの上に降ろされると、スプリングが軋む。頭を上げればフワリと白いタオルを被せられる。
 「そんな顔をしないで下さい。自惚れてみたくなります」
 上から落ちてくる声と共に、タオル越しに抱き締められる。

 その柔らかい力に動けなくなる

 濡れたままの髪を拭われタオルを開けられても、目を閉じたままでいれば額に口付けられる。
そのまま鼻先に、頬に、唇へと羽が触れるようなキスが降りてくる。

瞼に口付けられて、ゆっくりと目を開ければ自分が映る銀の瞳
確かめるようにそっと頬に触れれば、その上に重なる暖かい手


 この瞳に少しでも長く映ることを想いながら、温もりと共にシーツの海へと沈んだ





2003.12.18