その国では古くから、双子は禍をもたらすと言い伝えられていた。


 城の寝室に元気な産声が響き渡る。しかしその場にいた誰もが皆、誕生による喜びの顔をしていなかった。青褪めた顔をした宮女は重い扉を開くと、長い廊下を渡り王の部屋へと急ぐ。
 「無事、お生まれでございます」
 宮女の言葉を待っていた王と近臣達は一斉に歓声を上げる。
 「おぉ、それは良かった。して、男か女か?」
 「女の御子様にございます。どうぞこちらへ」
 宮女は王だけを案内しながら事の次第を密やかに告げる。
 「何と言うことだ……」
 産湯に浸かり光沢のある真っ白い布に包まれた二人の赤ん坊を見て王は絶句した。
 「最初に、生まれたのは…どちらだ?」
 暫らく後にやっと言葉を発した王に、宮女はこちらですと言って赤ん坊を前に出す。その赤ん坊を見つめてから、後から生まれた赤ん坊を見た王はもう一度言葉を無くした。後から生まれた赤ん坊は、この国の王族の証である美しい緑の瞳をしていたからだ。
 だがその日のうちに緑の瞳をした赤ん坊は、まるで存在していなかったように城から消えた。





 数年後
――――
 一人の少年が森の中をさ迷っていた。その少年は俯き、時折しゃがみ込んで一生懸命に下を見ている。着ている服はすり切れ、布でできた靴も穴が開いている。
 「っきしょ、……ここにもねぇのかよ」
 呟きながらも草の陰や、倒木の裏側、石の狭間など、小さな体をさらに曲げてどんな小さな物でも見逃さない必死さで、どうやら何かを探しているようだ。やがてその少年はあまりにも必死に探したため頭がくらついて、額の汗を腕でぬぐうと草の上に大の字になって寝転んでしまった。荒い息を吐く小さな体が上下する。その袖から出た腕や裾から見える足は随分と細い。目を開けて見上げれば、枝に覆われた青い空は小さく遠くにあった。呼吸が整ってくると喉が渇いたことに気付く。一休みついでに水を飲もうと立ち上がり、近くにあった池まで歩くと、両手ですくい飲もうとした時だった。
 「君、死にたいの?」
 声とその内容にぎょっとして、少年は驚いて振り返る。この森に入ってから誰とも出会ってなかったため、人がいるとは思わなかったのだ。視線の先に自分と同じくらいの子供が木の陰から現れた。あまりにきれいな顔だったので、森の精かと思った少年はぽかんと口を開けて目を丸くする。固まったままの少年にきれいな子供は近付き隣に立った。
 「この池には鳥や魚、それに虫もいない。生きる気配のない水は死の水だよ」
 その言葉に少年がもう一度池を見る。池の底まで透き通った水の中には確かに魚が見えない。そして言われた通り水面には、虫も鳥もいなかった。
 「わ、悪ぃ。助かった……」
 「水が飲みたいならこれをあげるよ」
 そう言って子供は肩にかけていた皮袋を差し出す。勢いのまま受け取ってしまった少年は、栓を開けると遠慮なく飲む。ごくごくと勢いよく飲む少年を見つめて、助けた子供は不思議そうに聞いた。
 「それで君は死にたくないのに、どうしてこの森に来たの?」
 「赤い花をさがしに……」
 十分に喉を潤した少年は栓を締めて皮袋を返す。そして一所懸命探してもまったく見つけられない自分を思い出して、暗い顔つきになる。
 「こんな時期に、ここに赤い花はないよ」
 「うそだ!だって母さんがここに来ればあるって。それを持って帰れば元気になるって言ったんだ!」
 「それでここに来たの?この森がなんて呼ばれてるか、君は知らなかったんだね」
 「な、何だよ?名前って」
 「ここは帰らずの森といって入ったら二度と出られないんだよ」
 「そんなヘマはしねぇよ!ちゃんと目印つけて歩いてきたからな」
 得意そうに少年は胸を張ったが、あまりにきれいな顔にじっと見つめられて顔が赤くなる。
 「じゃあ、それはどこ?」
 「ど、どこって、さっきも木の枝を折ったからそこにあるぜ」
 そう言って指差した場所に枝は無い。それどころか木の幹そのものが無くなっていた。
 「あ、あれ?おっかしーな。でも俺、嘘ついてねぇからな。確かにさっき枝を折ってそこに置いたんだぜ」
 最初にあった威勢はどこへやら。少年は困ったようにその場所に駆け寄る。しかしいくら辺りを見回しても枝は見つからなかった。しかしそんな少年を子供は笑うことなく見つめて言った。
 「うん、君が嘘をついてるとは思わないよ。この森は生きていて、景色がすぐに変わってしまうからね。だからほら、さっきまでここにあった池がもうあんな所にある」
 木の枝を探していた少年が顔を上げると、確かにすぐそこにあった池はなく、数本の大きな木の向こう側にあった。まるで移動したとしか思えず、少年の体がぞくりと震える。
 「お、おい……何なんだよ、この森は…」
 「だから帰らずの森だよ。ここに入ったら二度と出られない森なんだ。だから人は近付かない。そしてこんな時期に赤い花はどこにも咲いてないんだよ」
 「………じゃあ、俺は………」
 その場に力なく座り込んだ少年は、母親に言われた本当の意味を理解して呆然とした。自分には決して優しくない母が、あんなに優しい顔をしたのを初めて見たのだ。だから絶対に赤い花を持って帰ろうと思った。それが見つかるまで帰らないくらいの気持ちだった。
 どのくらいの時間そうしていたのだろう。目の前に小さな布を差し出されて、少年は顔を上げた。
 「あ?」
 「君、泣いてるから」
 おかしな事を言うな、と思いつつ少年が自分の頬に触れると、手の平が濡れている。その事にまた驚いた少年はまじまじと手の平を見つめてから、差し出された布は受け取らず、ぐいっと袖口で熱い目元を拭った。
 「あんま、借りばっか作ってられねーからな」
 「でも袖がぬれちゃうよ」
 「そのうちかわくから、平気だろ」
 再びごしごしと顔を擦った少年は、目も頬も鼻も真っ赤にしてそう言った。受け取る気がないと察した子供は、小さな布を服の隠しにしまう。そうして再び顔を合わせた2人だが、泣いていた少年は急に気恥ずかしくなり擦れて赤い頬を更に真っ赤にして、ふいに視線を外す。そしてもう一度そろそろときれいな子供の顔を見つめた。きれいな子供が優しく微笑んだので、少年もつられるようにして笑う。やがて2人は声を立てて笑いあっていた。
 「何か、みっともねぇとこ見せたな」
 まだ赤い鼻を擦りながら少年が言うと、きれいな顔の子供はにこりと微笑む。
 「ううん。君、強いんだね」
 「別にどーってことねぇよ。それよりお前どうして平気な顔してるんだ?ここから出られねぇんだろ?」
 「僕はね。でも君は出られるよ」
 「何だよ、ソレ……。やっぱり森の精だから出られないのか?お前」
 「森の精って?」
 「だからお前のことだよ。だから出られねーのか?」
 「あはは、違うよ。僕はここに住んでいて、外には一人で出ないと約束してるんだ」
 「だれと?」
 「父上と母上だよ」
 「外に出たいと思わないのか?」
 「うん、父上と母上が悲しそうな顔をするからね。それに僕はこの森を好きだから」
 「こんなにわけ分かんないのにか?」
 「うん、僕は迷わないよ。だからここに住んでいられるし。でもありがとう、僕の事心配してくれて」
 「べ、別に心配っていうか…」
 にっこりと微笑まれて少年は、しどろもどろになり顔を赤くした。木の幹のようなこげ茶色の真っすぐな髪に、最初は女の子かと思ったくらいのきれいな顔、そして今まで見たことのない湖のような若葉のような、それはきれいな緑の目。こんな目をしているのだから絶対に森の精だと思ったのだが、どうやら違うらしい。その緑の目をじっと見ていると、何故か胸がどきどきしてきて少年は、押さえ込むように両手を当てた。
 「どうしたの?」
 「な、何でもない。大丈夫だ」
 まるで自分に言い聞かせるように言った少年の顔を、きれいな緑の目の子供はさらにのぞきこむ。
 「赤い花は今無いけど、君の赤い目と髪はきれいだよね。僕初めて見た」
 きれいな顔が近付いてまた笑ったので、少年は顔まで真っ赤にして口をぽかんと開けた。今までこの目と髪をほめてくれる人など一人もいなかったのだ。母には嫌な色だと言われ、周りの人は気味が悪いと言われ続けた。自分でも悪い色だと思っていたのに、初めて言われた言葉に少年はどうしていいか分からず、赤い目をまん丸くしてきれいな子供を見続ける。
 「実はすごく可愛いから最初、女の子かと思ったんだ。俺って言われてびっくりしたよ」
 肩まで伸びた真っ赤な髪に赤い目をさらに大きく見開いた少年は、髪に負けないくらい顔を真っ赤にして叫んだ。
 「それはお前の方だろ!!」
 叫び声と同時にそれは盛大な腹の虫が鳴って、今度は緑の目が丸くなる番だった。


 「それで、これからどうするの?」
 「そうだなぁ、家には戻らねぇよ。でも何とかなるだろ」
 「ふーん」
 緑の目の子供がそう言うと、赤い髪の少年はもらった焼き菓子をかじる。それはたくさんの色々な木の実がぎっしりと入ったもので、家でも食べたことのない初めての食べ物だった。すぐに食べてしまうのがもったいないくらい美味しくて、口の中で木の実をたくさんかんでから、ゆっくりと飲み込む。
 「これすげぇーうめぇな!初めて食べた」
 「うん。母上が作ってくれる、僕も好きなお菓子だよ。でも本当に半分で良かったの?」
 「だって元々全部お前のもんだろ?これ以上借りを作るわけにはいかねぇからな」
 緑の目の子供が全部あげると言うと、半分ならもらうと赤い髪の少年は頑固に言い続け、結局半分にした焼き菓子を2人で食べている。しかし母上と言われて自分の母親を思い出し、顔を下げた赤い髪の少年に皮袋が差し出される。自分の気持ちをごまかすように水を飲むと又元気が戻ってきた。
 「何か俺、お前に助けてもらってばっかりだな」
 「気にしないで。森が僕と君を会わせてくれたんだから」
 「森が?」
 「うん、さっきも言ったけどこの森は生きているからね。多分木の枝が折られて森が怒ったんだと思う。それで死の池が現れたんだよ。でも僕と話して理由があるって分かってくれたみたい。もし森が許してくれなければきっと又死の池が出てきたと思うけど、そんなに嫌われなかったみたいだね。ほら見て」
 そう言って緑の目が2人の前へと視線を移すと、そこには再び池が現れていた。但し今度の池には魚が泳いでいるのが見えて、そこに鳥が舞い降りてきた。軽くなった皮袋を持って緑の目の子供は池に近付く。
 「お、おい、大丈夫なのか?」
 「平気だよ。ほら、鳥も魚もいるからこの水は飲んでも平気だよ。それに動物達は自由にこの森を行き来できるんだ。自由にならないのは人だけなんだ」
 風がさあっと吹いて、池の水面が光で反射してきらきらと光る。池の淵に屈み、両手で水を掬った子供は喉を潤してから、皮袋に水を汲んだ。その肩に小鳥が止まり、手に飛び乗ってさえずる。すると他の鳥達もやって来て、頭に止まったり足元に来たりして、色々な声で歌い出す。中には踊るように跳ねる鳥もいて、一緒に笑う緑の目もきらきらとしてまるで夢のようだった。赤い髪の少年はその光景をうっとり眺めながら、やっぱり森の精ではないかと思った。


 「色々…その、ありがとな」
 「気にしないで、君と会えて僕も楽しかったし」
 「それは俺も!楽しかったし、うれしかった」
 森の中を案内してくれる緑の目の子供にそう答えて、赤い髪の少年は前を向いた。真っ直ぐに遠くを見つめる赤い目は強くきれいで、緑の目の子供はどこか羨ましく思う。彼は自由にどこへでも行けるのだ。今まで思った事などなかったが、ほとんど森の中で過している自分を少し窮屈に感じた。森の中をしばらく歩いていると、やがて木々が隙間から光が増えて草原が見え始める。少しずつ木々がなくなる替わりに草原がどんどん広がり始めると赤い髪の少年が足を止める。
 「このままお前に借りを作ったままじゃ気がすまねぇ。だから今度お前が困った時は俺が助けてやるよ」
 「え?」
 「例えばこっから出たくなった時とか、すげぇ困った時とか俺を呼べよ。な?」
 赤い目を大きくきらきらさせて勢いよく言われて、こげ茶髪の少年は目を丸くさせた。しかしすぐにその目をふわりと細める。
 「うん、ありがとう」
 「よし!約束だからな。そん時は俺を呼べよ」
 「うん」
 「そうだ、名前。名前教えろよ」
 「え」
 「だって名前を呼んだ方が分かりやすいだろ?あ、その前に俺の名前か。俺は悟浄っていうんだ。お前は?」
 「僕は…悟能」
 「そっかごのうか。よし、忘れねぇからな」
 「うん。でもこの名前を誰にも言わないで欲しいんだ」
 「え、何でだよ?」
 「…本当は僕、人に会ってはいけないから……」
 そう言って緑の目を伏せると悟能はそのまま俯く。この森に住んでる事といい、何か訳があるんだなと悟浄は考え、もしかして自分に会うのもいけない事だったのかもしれないと思った。しばらく黙っていた悟浄は悟能の肩をポンと叩いた。
 「分かった。絶対誰にも言わない。お前の名前も、ここで会った事も」
 真剣な赤い目に悟能は安心したように頷いた。
 「うん、ありがとう」
 「でも俺の名前は呼べよな」
 「ごじょう、だね?」
 「おう!」
 悟浄の勢いのよい返事に悟能が笑い出す。と悟浄もまた一緒になって笑い出した。ひとしきり森の中に子供の笑い声が響いていたが、やがてそれも収まる。と悟浄の赤い目の端に光る物が見えた。気になって近付いてみると、それはとてもきれいな真っ赤な石だった。こぶしほどの石を両手で持って光にかざすと紅、赤、朱、緋色と色が変わって見える。
 「なぁ、赤い花の代わりにこの石持って帰っていいかな?」
 「うん、じゃあちょっと貸して」
 そう言って悟能は赤い石を悟浄から受け取ると、なにやら石に囁き始める。聞いている悟浄には何を言っているかさっぱり分からないが、その言葉が終わると石が急に小さくなった。
 「うわっ!」
 「はい、これで持ちやすくなったよ」
 そう言って悟能から返された赤い石は、装身具にぴったりな大きさになっていた。別に削ったわけでも割ったわけでもなく、石はひとりでに小さくなったのだ。それを怖々と受け取った悟浄は、もう一度赤い石を光に透かしてみる。すると石は色も濃縮されたように血のような赤に変わっていた。
 「お前…森の精じゃなかったら魔法使いか?」
 「うん、少し使えるよ。今は石にここから出てもいいか聞いたら、石が君と一緒にいるために自分で小さくなったんだ。だからこの石は離さず持っていて。必要なくなったらこの森に返して欲しいんだ」
 「う、うん…分かった」
 やけに真面目な顔つきになった悟浄が何度も頷くのを見て、悟能は笑みを浮べる。こげ茶髪の上を光が走り、緑の目が自分を見つめて、女の子のようにきれいに微笑まれて、悟浄は先程生まれた恐怖心も忘れて真っ赤になる。別に森の精でも魔法使いでもかまわない。だって自分を助けてくれたのだから、と悟浄は胸の上で石を握りしめた。
 「その石は君を守ってくれるよ。でもこの森から君を無事に帰す代わりに、ここであった事は忘れてもらう、て言われた」
 「あ?」
 「ここは帰らずの森だから、本当は記憶を消してしまうそうなんだ。でも君の記憶はその石が預かってくれるって」
 「えっと、じゃあ…お前の事忘れないでいられるんだな?」
 「うん、君は覚えてないけどこの石が覚えてるよ。もし僕が君の名前を呼んだり、君がこの森に帰ってくれば記憶は返す、て言ってる」
 「それってお前が困った時は、俺思い出せるって事だよな?」
 「うん、その石は僕達が出会った証だよ」
 悟浄は手の中にある赤い石を見つめた。するとこれからたった一人で生きていこうと不安にしぼんでいた気持ちが明るくなってくる。自分はこれから自分であるために生きていくのだ。少なくともこの赤い髪をほめて自分を救ってくれた悟能と、この森は自分の味方だ。一人ではない。
 「せん別だって」
 「何だソレ?」
 「別れのしるしとして贈るものだよ。要するに頑張れって事だよ。僕は名前を。森は石を贈ったんだよ」
 「じゃ俺は…」
 「君の名前を教えてもらったよ、ごじょう。それがせん別だよ。そうだ、字も教えてよ。僕も教えるから」
 そう言って悟能はそばに落ちていた小枝で地面に字を書くと、悟浄も自分の名前を書いた。
 「そっか悟浄って書くんだ」
 「おう、また会えるよな?」
 「え?」
 「また会おうぜ」
 「うん」
 「またな、悟能」
 「また会おうね、悟浄」
 最後にもう一度きれいな緑の目を見ると、悟浄は手を振って森を出る。悟能も手を振り返しながら赤い髪が小さくなっていくのを見送った。そして悟浄が一歩森を出て振り返ると、森の景色は変わり人影が消えた。



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2007/11/26