銀色花火


 「大きいのと小さいのと、どちらがお好きですか?」
 「何だ、つづらか?」
 「いえ、そうじゃないんですけど」
 と八戒は笑いながら持っていた紙袋から手持ち花火を取り出した。それはセットとして色々な種類の物ではなくて、竹籤に白っぽい火薬が細長く付いた一種類だけの花火がたくさん入っていた。
 「……選択の余地はねぇな」
 「これは小さい方なんです。大きい方は今夜花火大会があるので一緒に見に行きませんか?」
 ちょっと悪戯っぽく微笑む翠の瞳を見つめて、三蔵は大仰な溜息を吐く。
 「なら選ぶ必要はねぇだろうが」
 「え?」
 僅かに見開いた翠の瞳に、今度は紫の瞳が悪戯を成功させた子供のようにきらりと光る。
 「両方だ」
 つまり花火大会を一緒に見に行って、更にこの手持ち花火もすると言われて八戒は嬉しそうに笑った。人込みの嫌いな三蔵が、まさか一緒に行ってくれるとは思わなかったのだ。だからこそ手持ち花火を持ってきたのだが、当てが外れてひどく嬉しい。
 「欲張りですね」
 「じゃあ大きい方だけ選んだら、こいつはどうする?」
 「えーっと、悟浄や悟空と一緒に楽しんだと思います」
 「だから両方だ」
 重ねて言われると八戒の笑みが深くなり、三蔵は照れ隠しか横を向いて懐から煙草を取り出す。本当ならここからでも花火は見える。しかし花火会場までかなりの距離があるため小さく見えてしまう。もしも手持ち花火を選べばそちらの方が大きく見えて、打ち上げ花火は小さく見えるだろう。どちらを選んでも両方なのだが、柔らかい笑顔に期待を潜ませた翠の瞳はきらきらとしていて、いずれにせよ三蔵に選択の余地はなかった。
 「それならもう出掛けませんか?大きく見るためには近くまで行きませんと」
 「判った」
 「小さい方は帰ってからしましょう」
 「別に今日でなくともいいだろう」
 紫煙を吐き出す三蔵を見つめて八戒の笑みがまた零れる。今日は大きな花火、また別の日に小さな花火とすれば、それを口実に一緒にいる時間は確実に増えていく。
 「行くぞ」
 「はい」
 あっという間に煙草を一本吸い終えた三蔵は、上機嫌の八戒と一緒に寺を出る。勿論文句を言う坊主共など一喝で黙らせて。

 まだ日の残る夕暮れ時、2つの伸びた影がたまにくっつきながら連れ立って歩く。やがて真っ黒になった夜空に色とりどりの大輪の花火が次々と上がる。空気を震わせ腹に響く音は目の前いっぱいに広がる花火に迫力を加える。人々は一瞬で散る花火の美しさに歓声を上げて楽しんでいる。皆が花火を見上げているのをいい事に、これくらいしないとやってられないと三蔵が人込みの中で手を繋ぐと、八戒は照れたようなはにかんだ笑みを見せる。その直後銀色の大きな華が夜空に咲いて、彩りを添えた。





原作設定:旅に出る前の2人

2006/07/31
2006/10/05