ハノーファ万博 EXPO2000


・ 会場に入るまで

ちょうど30年前のきょう 8月15日、私は偶然にも大阪 EXPO70 の会場にいた。関西を訪れたのはそれが最初。出発の前の日に高熱を出し(興奮しすぎ?)たことなどすっかり忘れ、猛烈な暑さの中何時間もパビリオンに並んだ少年が、のちにそこから数キロのところに住み着くことになるとは! 今回の万博詣では、そんなわけで最初からセンチメンタル・モードに入ってしまった。

私が一時滞在しているヴュルツブルクのあるバイエルン州では、8月15日は「マリア昇天祭」で祝日。朝の7時28分発のハンブルク行き ICE(都市間特急)は満席状態で、前日に指定を取った私は往復喫煙車に乗る羽目になってしまった。時速230Kmは日本の新幹線とほぼ同じ。ヴュルツブルク−ハノーファ間を2時間で走る。運賃は万博の1日券込みの特別料金 213 マルクだった。



南の方角からDB(ドイツ鉄道)で行けば、ハノーファの中心部に入る必要はない。「Messe/Laatzen」駅から会場西口までは屋根付きの歩道橋ができている。中は動く歩道(大阪万博にもあった!)になっている。入場券をあらかじめ購入している人が多いからか発券窓口の列は短い。けれども1度に自動改札機を通れる人数が制限されている。その先に手荷物検査があるからだ。

ここで空港の搭乗ゲートと同じアーチ型の検査機を潜らなければならない。怪しければさらにボディーチェックだ。後で知るのだが8月15日はインドのナショナルデーで、インド大統領が会場でスピーチをしていた。それで検査もいつもより念入りだったのかもしれない。右の写真は検査機の前に待つ人と、出てくる手荷物を待つ人々とを会場内から撮す。

こうしてやっと会場に足を踏み入れることができた。以下、ドイツ語圏のパビリオンと日本館を中心に、このドイツ最初の万博 EXPO2000(会期:6月1日〜10月30日)をレポートをする。


・ ホスト国ドイツのパビリオンは21世紀への建設現場のようだった

ガラス張りのドイツ館に入るには約20分ほど待たされた。展示は3つのパートに分かれていて、2番目の部屋が映像を使った展示になっているために、その場所に入れるだけの人数で1回分の入場者を制限している。入ってすぐの空間には、石膏の人形がその石膏の色のままにいくつも並べられている。「理念のアトリエ(作業場)」と名付けられたこの場所を飾るのは、ドイツを(良い影響で)作り上げた47人の肖像である。

真ん中の写真には、右にテニスのグラフ選手の髪の毛が、奥には小さく作家トーマス・マンが見えている。同じ写真の真ん中、後ろ向きの像をよく見てほしい。背中の右側の部分では石膏が足りず、張りぼての中が見えている。これも作業場の演出なのか? 47人と言ったのは正しくない。戦後ドイツ、多くの少年少女に愛されてきたキャラクタであるネズミくん(名前を忘れてしまった)も、右の写真に写っている。



見学者はアルミでできた通路を渡っていく。入り口から左右に分かれ、それがそれぞれ上下3段になって一方通行で次の部屋に続いている。だからここでは47人すべての肖像を見ることができない。半分の数をしかもその多くは上から下から見なければならない。映像のための巨大な空間もまた左右3段に分かれている。そこに立ったまますべての壁面と中央の床に映し出される映像を見る。写真の光の帯が人が立っているところになる。

「未来への橋」と名付けられた立体体験映像の内容は、ベルリンのある日の情景。カメラがアパートを上から1階ずつ部屋をのぞき見するように映し出す。それぞれのスクリーンはそれぞれが繋がって360度のパノラマを作り出す。映像は車の中から外を映す。どうやら解放された西ベルリンに入っていく東の車のようだ。それからさまざまな街の様子が心象風景として映し出され、大音響の効果音とともに見るものの感情を刺激する。

「ちょっと音がうるさすぎたけど、でも・・・・」 映像展示が終わったとき、隣の婦人が満足そうにそう言っていた。



最後の部屋は「モザイク・ドイツ」。巨大な空間の真ん中に「知識の木」が立ち、その周りを16の州から集められた展示物が取り囲む。各州ごとに展示室があるものだと思っていた私はちょっと面食らったが、展示物のいくつかにも同じように面食らった。「万博でしか見られないもの」など、もはや世界中どこにも存在しないのかもしれない。

写真に写っているのは、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州から「バイキングの船」、ラインラント=プファルツ州から「グーテンベルクの活版印刷機」、ベルリンの壁。そして最後の気持ち悪いのは何でしょう? ザクセン州からのこの奇妙な展示物に興味のある人は、最後に載せたリンクを辿って自分で調べてみては?




・ 我が道を行く? オーストリア

極右政党が政権に加わり、EUの仲間たちから継子扱いされているオーストリアは、今回の万博でも精彩がなかった。自分自身のパビリオンを持たず、共同のホールに間借りしている展示場は、入り口さえ寂しげだった。広い空間に数少ない展示物。「人生芸術の国」と自ら謳いながら、メイン展示の3面スクリーンに映し出される映像は、美しい景色の空撮が続くだけのものだった。



大きなクッションを背中に当て、フカフカのカーペットに足を投げ出しながら、「この自然の美しい国にぜひ観光に来てください」的映像を眺めていた私は、洗練された文化と豊かな自然、そこそこの工業力、オーストリアは頑張ればもっとすごい国になれるのに、でもそれを望まないのが「人生芸術」なのかな、などと考えるのだった。

同じホールのすぐ隣にリヒテンシュタインの展示もあった。小さなスペースを上手に使い、映像と写真とで、このドイツ語圏の愛すべき小国を紹介していた。四方に隙間なく並べられた肖像写真を見ながら、どうせなら3万人にも満たない全国民の小さな写真を並べたら面白いのにと思った。それもまた怖い話か?

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