機動装甲兵外伝III  −<最後の機動装甲兵>−

D.K著/キャラクター原案  戎氏


 地平線が陽炎で歪んでいる。夜は全てが凍り付く砂漠も、今は光の圧力すら感じる強烈な直射日光によって、熱せられていた。真昼の砂漠には、生命の姿は全く見ることが出来ない。

 そんな荒野を一台のサンドバギーが疾駆していた。砂漠用に改造された車体には何のマーキングも施されていない。いや、マーキングが施されていないのではなく、施されていたマーキングはいくつかは剥げおち、いくつかは汚れに覆われているといった具合ですべて判別できなくなっているのだ。相当な年代物らしい。

 砂煙をあげて疾駆するそのサンドバギーが、唐突に速度を落とした。上部のエア・ブレーキを展開し、前部のスラスターで逆噴射する。すさまじい砂煙が辺りを覆いつくした。


「確かにこの辺りのはずなんだがな……」
 おれは、そう呟いてレバーを引いた。ギシギシという嫌な音と、鈍い機械音と共に、二重になっているハッチが開く。途端にすさまじい熱風が外から流れ出てくる。このほとんど宇宙服のような耐熱作業服を着ていなければ、10分と待たずに脱水症状をおこしてスナトカゲの餌になっていることだろう。もっとも、この旧式の耐熱作業服は完全内循環機構を備えた摂氏500度まで耐えられるという化物じみた代物で、砂漠での作業用には甚だ大げさすぎるものなのだが……かといって、TシャツにGパンといった姿で出ていくわけにもいかないのだから仕方がない。本当なら、もっと行動しやすい砂漠用のスーツを着込むべきなのだが、あいにく最新型のそれは、きちんと整備しているにもかかわらず、体温調節機構がいかれて使いものにならなくなっていた。その代わりに他の旧式の装備は、整備をさぼって貨物室に押し込んだままだというのに全く完全なのだから、最新型が聞いて呆れる。
 おれは、耐熱作業服の重さに毒づきながら、バギーに登載している感覚器官と連動している腕のディスプレイを眺めた。質量と位置を確かめる。
 深度7.4y/反応度18。

 このデータが本当だとすると、この下に埋まっている代物は相当大きな鉄の塊ということになる。鉄とは限らないが、何であれ、かなり巨大な質量体であることは疑いない。いくら車載の大型感覚器といっても、限界はある。通常なら、7.4ヤーレもの厚さの磁気を含んだ砂の壁に阻まれても反応するような代物など存在しない。感覚器の誤反応かも知れないが、確かめてみる価値はある。それに、一度この場を離れてもう一度巡り会える可能性はかなり低い。マーカーをつけておいてもいいのだが、流砂で二日とたたずにマーカーは役にたたなくなるだろう。うまくいけば、思わぬ収穫が獲られるかも知れない。

 おれは、抱えてきたモグラを下ろすと、スイッチを入れた。球形のそれは、冷却液で周囲の砂を固めながら穴を掘り始めた。

 7.4ヤーレと言葉で言ってもさほど実感はないが、実際に覗いてみると結構な深さである。まだ水蒸気が立ちこめている穴の中に、おれはゆっくりとウインチで下りていった。底に下りているモグラをどけて砂を払う。座り込んで、穴の底に手を触れる。

 硬い感触……バイザーをあげて、砂の下にあるものをじっと見つめた。マーキングの施された、何かの外板。まちがいなく、これは大収穫だった。



 発掘作業は夜中までかかった。サンドバギーのライトがそれを煌々と照らしだしている。残骸は何度も見た経験があったが、これほど完全な状態の物をおれは今までに見たことがなかった。
 おれはほとんど呆然となっていた。この巨大な機体を信じられないほどの高速で移動させることができる、人間がすっぽり収まるモーターノズル。あらゆる物を原型をとどめぬまでに破壊する、巨大な砲。シンプルにまとめられつつも、人を威圧する表情を持った、頭部。重機動戦車を一撃で破壊する衝撃をも受け止める、純白の盾。

 そこにあったものは機動装甲だった。それも、完全な状態の。



 サーチライトに照らされている機体を眺めていたおれは、我に返ると、それによじ登った。機動装甲のコクピットは、普通、胸にある。胸の中腹にある小さなプレートに触れる。反応がない。小さくため息をついて、おれは機体のあちこちを調べ回った。どうにかしてコクピットに入る手段があるはずである。
 かつての過去の大戦で、主力となった史上最強の人型兵器、機動装甲。何万人に一人という適性を持ったそのドライヴァーを、人は畏敬と、それ以上の憎悪の念を込めて機動装甲兵と呼んだ。しかし、戦争の末期、彼らはそのほとんどが戦死し、統合戦争の後にその記録は完全に失われた。
 なぜ地中に閉じ込められたのかは知らないが、おれはこの機動装甲のドライヴァーに墓を造ってやるつもりだった。この機体を泥棒のようなやり方で盗む以上、それはかつての主人に対する、礼儀のようなものだ。
 機動装甲の反応炉と蓄電槽の寿命は、待機状態なら理論的には無限と言われている。これだけ完全なものであれば、起動しても全く不思議はない。しかし、これだけ完全な状態で眠っているというのもおかしな話だった。
 調べ回っていたおれは、ふと妙なことに気が付いた。頭部主知覚の部分にもう一つのコクピットハッチのようなものがあるのだ。複座の機動装甲? おれが、そう思ったときだ。
 手が何かに触れた。それがきっかけだったのだろうか? 電子音と共に、鈍い機械音が響いた。鈍い、圧力が抜ける空気音。

 驚くおれの目の前で、頭部のカヴァーがゆっくりとせり上がった。もうもうたる水蒸気が漏れだし、俺の視界を遮った。おれは、目を凝らした。霧の向こうに、簡素なつくりの耐Gシートがあった。そして、そこに座っていたのは……。
 俺は我が目を疑った。それは、凍りついた絶世の美女だった。いや、まだ少女という方がふさわしい年頃だろう。残念ながら裸ではなかったが。
 呆然としたまま、異様に狭いコクピット内に入り込んだおれは、その美小女を抱えあげた。地中で何年眠っていたのだろうか、その死体はまるで生きているかのようだった。死体……おれは抱えている少女の胸が、いつの間にかゆっくり上下に動きはじめていることに気が付いた。
 生きている?


「気が付いたか?」
 おれは、その少女に声をかけた。まだ幼い……十八か十九といったところだろうか、機動装甲のコクピットに座っているには、まるで場違いな少女だった。
「ここは……」
 そう言ってぼんやりとしたまま起き上がろうとした少女をおれは押しとどめた。おれのサンドバギーは、名前とは裏腹にとてつもなく馬鹿でかい代物だったが、中身は仕事道具の感覚器で埋まっていて、車内はしごく狭い。あやうく天井に頭をぶつけそうになった少女は、きょろきょろと辺りを不安げに眺めまわした。
「それはあとだ。先に、確認しておきたい……あの機動装甲はあんたが見つけたのか?」
「あなたは……貴方は誰?」
「おれは見ての通り、フリーの発掘師だ。あんたはいったい何者なんだ?」

 おれは、少女を眺めながら、ぼんやりと考えていた。パイロットが乗っていたのも、そのパイロットがまだ生きていたのも、そして、機動装甲がほとんど完全な状態で保存されていたのも考えてみれば全く不思議ではない。
 この機動装甲は一度発掘され、修復された代物だったのだ。おそらく運搬中の「事故」で発掘した発掘師を乗せたまま、機動装甲ごと砂に埋まってしまったに違いない。マーカーもなしで回収できるとでも思ったのだろう、砂漠を知らない素人の盗賊の仕業に間違いない。だいたい、稼働する機動装甲などこの世界に存在しないのだ。
 そして、この機動装甲が一度発掘された物であれば、最初に発掘した発掘師が生きている限り、その所有権は最初に発掘した発掘師にある。当たり前の話だ。
 ……つまり、この少女がこの機動装甲の所有者と言うことになる。
 なんてこった。

 救いだしたのが美少女だったからまだ救いがあったが、むさくるしい男だったら、怒鳴り散らしているところである。無論、ここでこの少女を「処分」してこの機動装甲をせしめることはできる。実際、そういうあくどい連中もいるが、おれはそういう趣味はなかったし、この機動装甲が既に登録された代物だったら、犯罪者として『機構』に永久に追われる羽目になる。
「貴方は……人間でしょう? 機動装甲兵でもないのに……なぜ私を殺さないの?」
「おれはそこいらの盗賊風情とは違う。そりゃ、まぁ、礼金は頂くが、いちおう紳士的にあんたとあんたの機動装甲は街まで……」

 おれが答えながら何かどこかで話がかみ合っていないと思った、その時だった。
 すさまじい衝撃がサンドバギーを震動させた。
『警告。本機は攻撃を受けています』
 合成音声が無表情に緊急事態を告げる。
「ここにいろ!」

 おれは叫びざまに寝室を飛び出した。



 コクピットに飛び込むと同時に火器管制をいれる。死んでいたシステムが一瞬にして蘇る。おれのサンドバギーは、ただのバギーではない。この辺りで発掘師を続けていくにはそれなりの「装備」が必要なのだ。外板に使用しているのはかつての機動装甲の盾に使われていた三重複合装甲だし、わざとむき出しにされている砲塔には三〇口径の機関銃……より一般的な言い方をするなら大口径の機関砲が装備されている。

「盗賊」という商売が成り立つには、危険に見合った報酬がなければならない。従って、獲られる報酬より危険の度合が大きくなれば、盗賊は襲ってこない。
 単純な理論だ。
 そして、今までおれが発掘してきた代物は、明らかに三〇口径の機関銃を相手にする価値のある代物ではなかった。しかし、無傷の機動装甲、丸ごと1体という報酬は、三〇口径の機関銃の危険をも明らかに上回る報酬であることはまちがいなかった。
 おれは、そう考えていた。おれは、感覚器からの映像を見るまで、相手は盗賊どもだと思っていたのだ。
 それは間違っていた。



 おれは背筋が寒くなるのを感じた。
 相手は盗賊などではなかった。悪魔のような鋭角的なカヴァーの中で真紅に輝くカメラアイ。巨大なアームに支えられた大口径の砲。漆黒の巨大な体躯。
 この機体には見覚えはなかったが、おれは先ほど同じ種類の兵器を目にしていた。
 伝説上の史上最強の人型兵器……機動装甲。

逃げろ。

 おれの潜在意識が叫ぶと同時に、おれは後部のロケットモーターに点火した。弾かれたようにバギーが加速を開始する。体に強烈な加速Gを感じた次の週間、すさまじい衝撃がおれを襲った。加速Gなど比較にならないような、強烈な横なぐりのGが、シートベルトを付けていなかったおれをボックスシートから放り出す。おれは、そのまま床を滑って、壁に激突した。痛みという感覚すら越えた激痛が全身を貫き、一瞬気が遠くなる。


 関節の傷みを堪えながら、よろよろと立ち上がったとき壁は床になっていた。横になったディスプレイでワーニングランプがいくつも点滅している。非常灯が何度か瞬いて点灯し、コクピットの惨状を淡い赤い光で照らしだしていた。電気系統がショートでも起こしたのだろうか、どこからか焦げ臭い臭いとうっすらとした白煙がただよってきていた。二五口径の機関銃の直撃に耐えるはずのフロントウィンドゥがヒビだらけになっている。
 おれが五体満足なのが不思議なぐらいだった。

 おれは、天井 − 今は壁になってしまったが − にある緊急用のハッチに手をかけた。ふと思いついて、ハッチのそばのツールボックスから四四口径という発掘品の馬鹿でかい旧式銃を取り出すとGパンのポケットにブチ込む。銃把がポケットからはみ出しているが、構いはしない、どうせ気休めである。
緊急用開閉ボタンに触れる……反応がない。動力系のトラブルだろうが、トラブルシュートを待っている時間はない。
 一瞬先ほどの少女の顔が脳裏をかすめるが頭を振ってイメージを追い出した。何十もの緩衝システムに防御されたコクピットがこのありさまである。貨物室を改造した急ごしらえの客室が無事なはずがない、とおれは自分に言い聞かせた。力を込めて手動の開閉ノッチを回すと今度はあっけない手ごたえと共にハッチが開いた。


 砂漠の夜は、昼間とはまったく逆にすさまじく寒い。零下何度という冷たい風に震えながら、おれは転がるようにサンドバギーを飛び出した。そして、上を見上げたとき、おれは全身から力が抜けていくのを感じた。人間一人を殺すのにはおよそ不適切な巨大な砲がピタリとおれに狙いを付けていたのだ。
 凍える寒さとは無関係に冷たい汗が背中を流れた。真紅のカメラアイがギラリと輝いたような気がした。
 おれが迫り来る運命を受け入れ、目を閉じた刹那、瞼を閃光が貫いた。すさまじい爆発音がおれの鼓膜を叩く。おれをじっと見つめていた真紅のカメラアイがそのカヴァーごと吹き飛んだ。爆風で腰のポケットにさしっぱなしだった大型拳銃がどこかに飛んで行く。破片がバラバラと降ってくる。
『伏せて!』
 少女の声がおれに呼びかけた。おれは反射的に砂のくぼみに飛び込んで伏せた。頭部の無い漆黒の機動装甲は、おれを無視してのったりとした動きで振り向いた。
 次の瞬間、その左腕が備え付けられた砲ごと吹き飛んだ。頭と左腕を無くした機動装甲がよろめくと同時に、第三撃がその胴体を貫く。
 ゆっくりと、漆黒の機動装甲は砂漠の大地に倒れた。おれが、バギーを飛び出してから20セグとたってはいなかった。
 もうもうたる砂煙が辺りを覆った。息をついて、呆然とそれを眺めるおれの前に、砂煙をあげてもう一機の純白の機動装甲が現れた。炎上する黒い機動装甲の残骸の炎に照らされた見覚えのある機体……おれが発掘したあの機動装甲だ。頭部のカヴァーが音を立てて開く。あの少女が微笑みながら手を差し伸べていた。漫画のように全く同じ仕草で純白の機動装甲が手を差し伸べた。おれは苦笑してその手の平に乗った。腕がエレベーターのようにおれを持ち上げた。

 少女と見つめ合う格好になる。腕の動きが止まる。中に入れ、という事か? おれは狭いコクピットの中に入り込んだ。


 ハッチが閉じると同時に心地よい風がおれの全身を温めた。
『迷惑かけて御免なさい……』
 少女は呟いた。コクピットが狭いために耐Gシートに座っている少女と見つめ合う格好で前かがみにつっ立ったまま、おれは、ぼんやりと考えていた。
 機動装甲は基本的に機動装甲兵一人で動かすことはできない。何万人に一人といわれる適性を持った機動装甲兵ですら動作体系があまりに複雑であり、人間が判断するスピードでは操作が追いつかないからであったらしい。そこで、機動装甲には幽霊 − シャドウ・システム − と呼ばれる制御用のユニットが組み込まれていた。
 しかし、それも過去の話だ。現在、作動する機動装甲は、この世界に一体もない。そして、おれたちのような発掘師は、発掘した機動装甲の残骸から武装やジェネレーターや装甲をひっぺがして利用しているのだ。その方が再生するよりもはるかに大きな利益となったからである。ほとんどの機動装甲兵は再生不可能なまでに破壊されていたし、仮に機動装甲を再生し得たとしても無意味なのだ。
 それは、シャドウ・システムと呼ばれる機動装甲の制御体が完全に失われ、機動装甲を再生しても、動作させる事ができないからであった。シャドウとは何なのか、その記録は過去の大戦で全てが失われていた。シャドウ無しでは機動装甲は基本的動作しか行うことができなかった。シャドウに比べれば玩具同然とされる電子脳の補助でも、機動装甲を動かすことはなんとかできたというが、その補助制御系すら、今の我々には手に余る代物である。高度な電子脳の再生品は高価だし、数も限られていた。『機構』が保有する、第6世代型電子脳は、現在たった3つしかない。単独の戦術兵器に使うにはあまりにも貴重な代物である上に、機動装甲兵を補助して基本動作をサポートできたという補助制御系第7世代型電子脳は現在存在しない。しかも、何万人に一人といわれる適性を持った機動装甲兵の中でもさらに選ばれた相当な腕ききの機動装甲兵でもなければ、電子脳の補助だけで戦闘動作を行うのは困難、というより不可能だったらしい。
 特に相手が機動装甲となれば、シャドウなしに第7世代型電子脳の補助だけで戦闘に挑むことは自殺行為だったとされている。
 シャドウは既にない。そして、機動装甲兵も機動装甲と共に滅んだ。従って……現在作動する機動装甲はこの世界に一体もない。……はずだった。
「おまえは……いったい何者だ?」
 おれは思わずそう尋ねていた。
『私は……何年眠っていたのかしら……』

呟くような声がおれに答えた。
『初めから話すわ……』


 統合戦争が終わったのは、全くに唐突だった。戦争末期に、連邦よりもはるかに強力で高性能な機動装甲を製作し得た共和国も、数で押す連邦の前に破れたのである。それは高性能な一つの戦術兵器だけでは、戦略的勝利は得られないということを証明していた。最大最後の攻勢作戦において、連邦の機動装甲をはるかに凌ぐ性能の最新鋭の機動装甲五機を投入し、連邦首都攻略を目前にまでした共和国軍も、その五機全てを失い作戦自体が失敗に終わったのち、防戦一方となり、崩壊した。

 戦争が終結したのち、戦いに疲れ果てた機動装甲兵たちは、自らのシャドウと共に軍を退役していった。
 シャドウ。

 それは機動装甲の単なる制御体ではなかった。機動装甲兵の「記憶」から電子的に再構成されたもう一つの人格。欠落なく、エラーもない、完全なるプログラム。かつて存在し、そして存在し続け得たかもしれないシャドウ……幽霊。
 機動装甲兵の適性を持った人間、何万人に一人といわれる適性はシャドウ抽出の適性、即ち、抽出可能な幽霊を持っているか否かという事実だったのだ。機械しか持ち得ない高度な計算能力と大量のデータ処理能力、そして人間しか持ち得ない、いや、人間よりもはるかに高速の推論、判断能力を持った、機動装甲制御用の人造人格ブログラム……人工の幽霊。感情を持ち、愛し、哀しむ、それがシャドウだった。そして、機動装甲兵にとってシャドウはなくてはならない存在だった。機動装甲に乗っているときに限らず、人生のパートナーとして。
 そう、シャドウは幽霊だったのだ。もはや、二度と失うことの出来ない、自らが生み出した幽霊。
 軍はそれを否定した。シャドウは軍の有用な資源であり研究材料であるとした軍は、シャドウの回収に乗り出したのである。軍部の回収目的は、シャドウの持つ軍事情報とそれに伴う兵器制御経験の有効利用となっていた。

 しかし、真の目的は別なところにあった。

 戦争中に起きたある事件。ある中尉の報告の中の『シャドウ単体で機動装甲が動作し得た』という事実が、軍を恐怖させていた。
 人間をはるかに越えた存在が、単独で史上最強の兵器を制御する。

 しかも、それらは各個に人格を持つ。
 シャドウにマインド・コントロールは施されていない。これは、マインド・コントロールが柔軟な思考を妨げ作戦に重大な支障を与えるとの報告による結果だが、軍はシャドウの存在そのものに恐怖を感じつつあったのだ。連邦立法院はシャドウの人格権を認めていない。これを盾に、軍はシャドウに対する従来の扱いを改め、シャドウを軍の資産として機動装甲兵に対し、返還を求めたのである。
 これに対し、退役した機動装甲兵は強く反発した。そして、戦後も限定して残されていた機動装甲の部隊に対してシャドウ・システムの消去と、第7世代型電子脳への制御系の換装が発表されると反発は頂点に達した。強力な制御できない兵器よりも従来の従順な兵器を。この、軍の危惧は「ある意味で」正しかった。シャドウの消去に対して、機動装甲兵たちは初めは言論で抵抗した。

 そして、次に、実力をもって抵抗した。



 機動装甲部隊による軍当局と連邦立法院の制圧はほとんど無抵抗のうちに成功を治めるはずだった。人工人格に対する人権付与を掲げたクーデターは、しかし、失敗した。
 彼ら機動装甲兵とシャドウは連邦内においては異端児であったのだ。民意を得られなかったクーデターの成功したためしはない。正規軍の激しい抵抗によって、連邦は内戦状態に陥ったのである。これに加えてシャドウなどの人工人格に対して基本的に人間と同格に扱うことを国是としていた旧共和国勢力が参入することで事態は混迷を極めた。その中で、反乱軍は次第に旧共和国勢力と合併し、完全に連邦軍とは別個な組織として独立していった。
 内戦は長期化した。

 当初は圧倒的優勢を誇っていた反乱軍も戦いが長期化するに従って、その優位性を失っていった。その原因として、一つには、反乱軍は所詮、機動装甲主体の軍隊であって、他兵科の兵力がほぼ皆無であったことがあげられる。もう一つには、反乱の目的に迎合したのは極端に言えば機動装甲兵だけであって、本来ゲリラ的であるべき反乱軍が補給も満足に出来ないまま正規軍との正面決戦によって戦力を失なうという愚を犯したことも大きな敗因となった。戦術兵器でありながら戦略兵器並の戦力である機動装甲は、それ故に戦い方が限定された兵器だったのだ。動けば敵は一個師団をもって反撃した。それはゲリラ戦ではなく、正面決戦そのものだった。

 内戦末期になると、反乱軍の機動装甲は個々に撃破されていった。正規軍の目的は、もはや「反乱軍」そのものではなく、反乱軍最大にして最強、そして唯一の戦力である機動装甲のせん滅、より言うならば、その制御システムである「シャドウ」の完全な抹殺にすりかわっていた。シャドウ・システムは、人間の脳波にあたる極長波を発している。反乱軍狩りにはシャドウの生体波とも呼べるこれを感知する感覚器が使用された。戦いは次第に正規軍対反乱軍という人間対人間の構図から、シャドウ対人間の構図へと移行していったのである。

 反乱軍という組織が瓦解する前に、残るすべての戦力をもって決戦を挑む。それが、反乱軍最後の決定だった。抵抗激しい内戦の中で、首都の対戦略兵器防衛システムが破壊されたことが両者にとって最も不幸な事態を招いた。両者が反応弾を使用し、全ては崩壊した。


『私たちはその時、正規軍の防衛シェルターの中にいたわ……』
 少女は淡々と語り続けた。
『A−九地区の防衛制御システムの中枢に私たちはいたのよ。システムを停止させるためにマスターは私を降りたの。そして……』


 制御室にマスターが入ったときだった。コクピットハッチを閉じ、指定の待機体勢でマスターを待っていた私はすさまじい衝撃に襲われた。何重にも対電磁シールドされた感覚器が狂いはじめて、私は一瞬状況が把握できなかった。

そして、気が付いたとき、外部は悲惨な状況になっていた。破片が散乱し、壁にはヒビが入っている。私には即座にわかった。
 反応弾。
 封印された戦略兵器が使用されたに違いなかった。私はマスターを探した。でも、マスターは見つからなかった。私はマスターを待ち続けた。

 マスターが帰ってこないことは私にもわかっていた。けれど、荒廃した地上に戻って戦いを続けることは私にはできなかった。戦いには目的がなければならない。マスターは、人工人格に対する人権付与を国家に認めさせるという、崇高な目的で闘っていたいたのかも知れないけれど、私は違った。

 マスターは私を最後まで人間として扱ってくれた。統合戦争中、私には必ず声で話しかけてくれたこと。新たな戦争の時、コアだけの姿に戻らなくても乗れるように、機体をわざわざ改造したこと。私の製造日をずっと覚えていてくれたこと。ずっと前から私は知っていた。
 私はマスターを守るために闘っていたのだから。

 私は全機能を封印して長期待機モードに移行すると、眠りについた。



 全てを聞き終わったとき、生き返った全周モニターは朝日を映し出していた。
「じゃあ、おまえは……」
『そうよ、私は貴方とは違うわ……私はシャドウなのよ』
 おれは呆然としていた。シャドウは伝説上の存在だったはずだった。しかし、シャドウの正体がこのようなものだったとは……幽霊、人造の幽霊。
『私は……長く生きすぎたわ。もう……いいのよ、どうせ殺されるなら……貴方に』
 少女はそう言っておれに旧式の小型拳銃を差し出した。そのまま目を閉じる。その眼から大粒の涙がこぼれ落ちた。
『……貴方に殺して欲しい。貴方は人間だわ。そう彼らと同じ……でも人間であることを捨てなかった、貴方に』




 おれは、あふれる情報の波に押し流されていた。何もかもが夢のようだった。だが、一つはっきりしていることがある。
「フッ……あんたなんか勘違いしてるぜ、なんでおれがあんたを殺す必要があるんだ?」
 そう言っておれは極上の微笑みを見せた。
「戦争は歴史の彼方でとうの昔に終わってる。おれで良ければあんたの面倒をみるぜ?」
 そして、少女の哀しみの表情を見ておれはいぶかしんだ。


「人間でないってのがそんなにいやか? あんたの時代はそうだったかも知れないが、今の世界は……」
『違う……違うのよ、貴方……何もわかってないのね、彼らは死んでなんかいない、私を殺しにくる、貴方が私を殺さなければ代わりに彼らが来るのよ!』
 少女がそう言った瞬間、耳障りな電子音が響いた。同時に機内の照明が真紅に染まる。まるで一か月以上も前のことに思える、つい数時間前の忌まわしき記憶が甦った。
『きたわ……』
 おれは振り返った。かがみこんだおれの真後ろの全周モニターに、指示グリッドに囲まれて悪夢がそのまま投影されていた。
 黒い悪魔の兵器。

 それは、先ほど見たのとまったく同じ形式の漆黒の機動装甲だった。循環する悪夢はいつまでもおれを追い続けるのか?


「な……やつはブッ壊れたんじゃなかったのか?」
 おれは硬直したまま、ふるえる声で誰にともなく問うた。おれは全周モニターの「下」に目を落とした。破壊された機動装甲の残骸は未だにそこにあった。

 と、なると……結果は明白だ。

 そんな……やつらはいったい何機いるんだ!?」
 それに対して、答えた少女の声は憎らしいほど冷静だった。
『大戦の後期になると……彼らは私たちを滅ぼすために既に手段を選ばないようになっていたわ。そう、彼らは「人間」であることを捨てても、私たちを殺そうとしたのよ』

 正規軍は、戦いの末期に対シャドウ用として第8世代型電子脳による高度な兵器体系を築き上げた。第8世代型電子脳は、シャドウのような完全な制御体を目指して開発された人工人格とは明らかに異なっていた。
 データを処理し、計算するのは機械。判断するのは機械ではなく人間。このコンセプトからたどり着いた解答が第8世代型電子脳だった。「記憶」と「計算」のすべてを電子脳で行い、それと「人間」の間を妨げるもの……インターフェースを「徹底的に改良」する。超高速の判断能力を持つよう、第8世代型を埋め込まれたパイロット達の姿は、一種異様であった。人間は、人間であることをやめてでもシャドウに対抗しようとしたのだ。

『彼らは私たちを、既にただの人工知能とは考えていなかった……そして、同じ人間だとも思ってはくれなかった。……私たちシャドウを人間とは異質の知性体として扱っていたのよ。即ち、私たちは人間にとって最大の敵となっていたの。私たちは人間によって造られたのにね……』


 おれの脳裏に少女の言葉が甦っていた。
 彼らは死んでなんかいない。私を殺しにくる。
「じゃあ、あれがシャドウ抹殺用の第8世代型だっていうのか!?」
 おれの頭に培養槽でぷかぷか浮かぶ脳のイメージが鮮烈に浮かんだ。狂ってる。
『私が封印から目覚めたとき、彼らも私に気づいたのよ。非活動中のシャドウは彼らの感知器に反応しないの。そして、彼らはいったん感知したシャドウは、決して逃がしはしないわ』
「な……戦争はとうの昔に終わってるんだぞ!」
『彼らが私が目覚めたことで動きだしたということは、あなたの言うとおり私以外のシャドウはもういないということを意味すると考えていいわ。彼らにとっての戦争は、私を倒すまで終わらないのよ。
 ……接触まで1200セグ……ごめんなさい……あなたを今から降ろしても、彼らはあなたが私のマスターだと思って殺しにかかるでしょう。遅かったわ……』
 おれの脳裏にさまざまな想念が浮かんでは消えた。

 そして、それが一点に集約したとき、おれは言った。
「コクピットを開けてくれ」
『……ごめんなさい、私、何とか時間を稼いでみるわ、その間に出来る限り遠くへ……』

 おれは少女の言葉を遮った。
「あんたのマスターはここで操縦していたのか? そうじゃあるまい、ここは狭すぎる……」
 発掘師であるおれは、機動装甲についてはいっぱしの知識を持っていた。通常の機動装甲のコクピットは胸にある。そして、少女のマスターがわざわざ少女のために頭部に座席を設置したならば、本来のコクピットは胸にあるはずだった。
『なんですって? 無理よ、あなたは機動装甲兵じゃないわ、この機体をコントロールすることなんか……』
 少女の声は諦めと困惑がちょうど五分五分でブレンドされていた。
「やってみせるさ。それに、あんただけでも、さっきは機動装甲を一機しとめてくれたじゃないか」
『あれは機動装甲なんかじゃない……ただの、殺戮機械よ!』
「理屈はいい、時間がないんだ!」

 おれは叫んだ。背後のモニターの数字がすさまじい勢いで減少している。
 接触まで1090セグ。

 一瞬の空白があった。
 鈍いモーター音とともに、装甲ハッチが開き始めた。砂漠の朝の心地よい風が吹き抜ける。

 おれは一足飛びにエレベーター代わりの機動装甲の腕に飛び乗った。機動装甲の胸の三重の装甲ハッチが開き始めたのが見える。腕が静止するのを待ちきれずに、おれは胸のコックピットに滑り込んだ。

 内部を一通り見渡してみる。全周モニターがあるほかは、作業用のドーリーとほとんど変わらない。スティックは右だけだった。左側は計器類で埋まっている。スティックを握ると同時に装甲ハッチが閉まり始めた。それに対応して、全周モニターをはじめとする各面のディスプレイが灯り始める。
「もし、連中の本拠地を見つけることができたら、おれは大金持ちってわけだな……」

 ぼそりと呟いて、おれは苦笑した。今までどんな感知器にも引っかからなかった過去の遺産、金額にしていくらになるのか見当もつかない。だが、本当にそれが目的か? ここにいる理由は、それなのか? 俺は自問していた。
 正面のディスプレイに最大望遠の砂煙が映された。
『全システム正常……きたわ』
 どこにあるのかわからないスピーカーから少女の声が響いてきた。それを聞きながら、おれは結論を導こうとしていた。
 莫大な宝? 違うのだ。機動装甲はおれにも動かせる。彼女を守ることならおれにだってできるのだ。

 おれにだって、過去の幽霊に勝つチャンスはあるのだ。

「ヤツか……」

 おれは、足元のペダルをゆっくり踏み込んだ。最小出力に抑えられていた反応炉がそれに対応して戦闘出力へと移行する。一瞬の間をおいて、おれはレバーを前方に向けて倒しこんだ。巨大なバーナーノズルが火を噴き、機体が砂煙をあげて疾走を開始する。

 そう、おれにだって、「彼女の」過去の幽霊に勝つチャンスはあるのだ。

「負けはしない」
 おれは、骨が砕けそうな強烈なGに全身を圧迫されながら、一人つぶやいていた。負けはしない。そう、顔も見たことがない、この機体の元のパイロット、あんたには。  おれは、レバーを前方いっぱいに倒し込んだ。
 原型機を模倣して純白に染められた、かつての反乱軍最強最後の最新鋭機動装甲、スワン・タイプ9「ゲルセクス」がそのすべての能力を解放して砂塵の中からふわりと浮かび上がる。
『いくわよ、マスター!』

 負けるものか。




                                 FIN


注)一ヤーレ   : 約一メートルに相当
  一カロヤーレ : 約一キロメートルに相当
  一セグ    : 約〇.五秒に相当
  一メガセグ  : 約一時間に相当

  文中の年などの表記は現地球時間に換算済み


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