機動装甲兵  −<ミオ>−


D.K著/キャラクター原案  戎氏


 荒涼とした砂漠に夜が訪れようとしていた。巨大な太陽が、地平線にゆっくりと沈みつつある。昼間強烈な直射日光によって熱せられた砂が、その熱を発散して大気を暖めようと無駄な努力をするが、空気はおかまいなしにどんどん冷えてゆく。砂漠は沈みかけた太陽によって紅く染められていた。
 その砂漠に、1つの鉄の塊が鎮座していた。ほとんど原型をとどめていないその鉄塊は、明らかに自然によって創られた物ではなかった。見る者が見ればわかる、それは機動装甲と呼ばれる戦闘用の人型兵器の残骸であった。
 人型…確かに、それはかつては人の形を型どって創られていたのかも知れない。しかし、砂に埋もれかけたそれは、既に人の形をとどめていなかった。頭部はひしゃげ、潰れて見る影もない。右腕は、破裂弾の直撃を受けたのか、肩ごと吹き飛んでいる。左腕も二の腕から先がない。辛うじて本体に残されている肩の部分には剥げかけた塗料で、おそらく撃破数か、階級を意味したのであろう、三本の赤い線がペイントされている。本体から切り放されたのか、それとも折れたのか、その左腕と思われる部分は本体から百ヤーレ程も離れた場所の砂に突き刺さっていた。腕に取り付けられているシールドは破孔だらけでこの機体を襲った敵の実力と、それをシールドで防ぎ続けたパイロットの腕を端的に示している。

 そのシールドには機体番号らしい小さな〇三の文字と、パイロットのパーソナルマークであろう、虎の尻尾を尻から生やしている半裸の女の絵が描かれていた。
 砂に突き刺さっているそのシールドを、沈みつつある太陽が真っ赤に染めていた。

 それは、まるで墓標のようだった。



「…そこでだ、…クレブス中尉聞いているのか!」

 おれは隊長のどなり声で目が覚めた。どうやら作戦説明のミーティング中に不覚にも眠り込んでいたらしい。作戦説明…次回の作戦は八日先の『オペレーション・イーグル』だ。第七機動装甲旅団との合同攻撃である。敵の戦力は先の総攻撃でかなり低下しているはずだし、それこそ居眠りしていてもいいような作戦説明だった。もっとも、これが他の奴が作戦説明しているのであれば、おれもそれこそ一言一句を聞き逃さないように目を皿にして聞くのだが、よりによって作戦の説明をしているのはうちの隊長なのだ。
 隊長と言っても、おれたちと同じ機動装甲兵ではない、士官学校卒のバリバリのエリートである。逆に言えば実戦では役立たずだ。作戦説明にしても、いろいろと言い方を変えたところで言っていることは同じことの繰り返し、即ち『油断禁物』という言葉に過ぎない。そして、そんなことは機動装甲兵なら誰でも承知していることだった。知らない奴は既に戦死している。
 そこまでぼんやりと考えて、怒りを堪えているらしい隊長の方をちらりとみると、完全に目が合った。
 まずい。

 おれは直感した。
 うちの隊長には実戦経験皆無という以外にも欠点があった。
 うちの隊長は、基地の夜間警備のような雑用や、補給部隊の撃滅のような撃墜数(スコア)にもならない出撃といった厄介事をミーティングの最後に目が合った奴に押し付けるのが癖なのだ。おれはそれを既に悟り、ミーティング中は書類に目を通しているふりをして決して顔をあげないことにしている。

 いや、していたのだが……。
「まだ寝ぼけているようだな…すぐに眠気を吹き飛ばしてやる。クレブス中尉、おまえの次の任務は単機任務だ」
 そう言うと隊長は手元の書類をことさらゆっくりと読み始めた。ぼんやりとしていた頭が瞬間的に冴えた。単機任務は数ある任務の中でもかなり危険な部類に属する。
「エリア三三Bを秘匿移動中の大隊規模の部隊を索敵発見せよ。敵戦力が……」
 冴えた頭は、しかし、内容を理解した瞬間空白になった。

 今、なんといった?

 敵の大隊規模の部隊を索敵発見……単機偵察!?
「……を含む。作戦実行は『オペレーション・イーグル』発動の一週間前、つまり明日だ。何か質問は?」
 そこまで一気にまくしたてて隊長はにやりと笑った。

「た、隊長!」
 声がうわずるのは自分でもどうしようもなかった。
「何か? クレブス中尉」
「その強行偵察に参加するのは自分だけなのでしょうか?」
「当然だ。…他の者は質問はないのか? 『オペレーション・イーグル』発動に備え、全員準備に怠りのないように。諸君の健闘を期待する。以上、解散」
 ざわめきながら、「以上、解散」以外はなにも聞いていなかったパイロット達が散ってゆく。

 そんな中でおれは呆然と立ち尽くしていた。敵の大隊規模の部隊を…単機偵察。
 敵部隊を発見できなければまだいい。その時は砂に埋もれた機体の狭いコクピットの中で何日か過ごせばそれで済む。
 しかし、もし発見「してしまった」場合、敵はおそらく増援を封じるために全力で偵察機、つまりおれの機体を撃沈しようとすることは容易に想像できる。
 戦術の基本(abc)だ。
 そして、受動探知機のみを使って息を潜めているような敵部隊を発見できるような距離まで近づいてしまえば、逃げきることは不可能に近い。
 この任務、生きては帰れない可能性が大だ。



 ハンガーではおれの<ミオ>の整備は既に終わっていた。真っ白な機体だ。スワン・タイプ。
 だが、おれはこいつを<ミオ>と呼んでいる。自分の機体に名前を付けるのを子供っぽいと笑う者は機動装甲乗りにはいない。
 <ミオ>の武装は各種の弾頭を射出可能な二二五口径ガンランチャーと、右腕の四〇口径機銃、左腕の防御用の方形シールドだ。連邦軍の最新型の中型機動装甲である。
 おれは暗い格納庫の中で、そこだけ明るく照らされたハンガーデッキにゆっくりと近づいて行った。ハンガーデッキには、<ミオ>がスポットライトの光を反射して立っている。おれは、いくつもの敵味方の機動装甲を見てきたが、やはり<ミオ>が一番美しい機体だと思っている。
 この格納庫で、<ミオ>を見る度に、おれはその思いを新たにするのだ。おれがそれを口にすると、ミオはいつも照れるのだが。
 おれはハンガーデッキの上に置いてあるケースから「整備用」と書かれた赤いボックスを取り出した。そして、整備用のエレベーターでコクピットまで上がり、装甲の裏にあるパネルに手を伸ばす。暗唱番号を入力する。パネル表面が無言で嘗紋チェックを終了させると同時に、三重の装甲ハッチが低いモーター音と共に開きはじめる。

 基本的に機動装甲は兵士一人に一体づつである。他人の機動装甲を使う、ということはほとんどないに等しい。したがって、コクピットには鍵を掛けることが可能になっている。つまり、機動装甲のコクピットは完全な兵士一人一人のプライベートルームとなる。

 この鍵は、万が一機動装甲が敵に捕獲された場合の対策でもあるのだが、コックピットのキーナンバーを知っているのはその機動装甲のパイロットだけで、主任整備員すらコックピットのキーナンバーを知らないことが多い。捕獲に対する対策とはいえ、通常は軍は習慣的に機体のコクピットにロックを施すということはなく、むしろ開け放しにするのが通例である。

 機動装甲のパイロットは、自分が乗る機動装甲とのつながりが支援戦車のドライバーなどに比べ格段に強いため、特例としてこのようなことが認められているのである。
 もっとも正確には「機動装甲と」という表現には若干の誤りがあるのだが……。

 装甲ハッチが完全に開ききった。パイロットの中には整備の便宜を図るためにハンガーでハッチを開け放ししておく者もいるが、ほとんどの機動装甲兵はハンガー内でも機動装甲のハッチを閉じてロックしておく。
 おれも例外ではない。別にコクピットに入り込まなくとも、外部から充分整備が可能なように<ミオ>は設計されている。出撃直前の各部チェックは当然のごとく機動装甲兵自身が行うが、これは整備員には関係のないことだ。
 狭いコクピット内に入り込んだおれは、ハッチを閉じると、始動用予備電源を入れた。アイドリング状態…エンジンには火を入れない。慣れた手つきで緑色のプラグを頭のソケットに接続しようとして……その手が止まる。おれが今からやろうとすることには、脳波プラグを接続していては少しばかり不都合だ。
「ミオ、聞こえるか?」

 おれは呟いた。
『聞こえます、マスター』
 まるでおれを待っていたかのように返事が返ってくる。


<ミオ>……機動装甲制御用投影人格。

 これが装甲機動兵が自分の機動装甲とのつながりが格段に強い最大の理由である。
 そして、機動装甲兵となりうる者が八千人にひとりしかいないことの理由がこれであった。
 機動装甲は、機動装甲制御用投影人格と呼ばれるパイロットの幽霊によって制御される。そして、シャドウの抽出は先天的な能力の持ち主からしか行うことが出来ない。故に、機動装甲兵はある意味では特別な存在であり、一般兵からはある種の敬意と、それ以上の憎悪を持って見られる存在なのである。
『どうしたのですか、御主人様?』
 ミオが心配そうに尋ねた。おれはどうやらぼんやりと考え込んでいたようだ。ミオは女性型のシャドウである。普通の装甲機動兵は、自分の相棒となるシャドウの性は異性のものを選択する。たまに同性を希望する奴もいるが、おれはそういう奴とはあまりつきあわないことにしている。
「いや、何でもない……ミオ、おまえを明日B級整備にかける。前から言ってた新型の中枢神経系が明日やっと届くんだ。それで、今夜中に、今の神経系を取り外しておくことになった。だから、しばらく退避箱に入っていてくれないか?」
 おれはそう言った。
 本来はミオに意思を伝えるのにはしゃべる必要はない。プラグを接続していれば意識表面に意識するだけで、ミオはそれを理解する。だが、おれはあくまでミオを人間として扱うことにしているので、意思伝達には常に言葉をともなうようにしていた。
 しかし、今回プラグを使わなかったのは別の理由もあった。
 神経系の交換整備でミオに退避箱に入ってもらうことはままある。だから今回の処置はミオに取って意外ではないはずだが、もしミオが明日の出撃を基地情報ネットワークから読み込んでいたら……。

 最近の敵の電子使いの活躍のおかげで、不定期の整備予定や特別な追加装備を必要としない出撃任務は、基本的に閉鎖系の機体装備に直で入力するのが基本になっている。そのためこれらの整備や出撃の予定が基地情報ネットワークに登録されるのは今日の深夜だ。だから、ミオはまだ明日の任務を知らないはずだ。

 おれは返事をじっと息を詰めて待った。

 おれはミオが返事をするまでの時間を1メガセグ以上にも感じたが、実際には1セグと間はなかった。
『わかりました御主人様。退避します』

 おれは安緒の表情を隠すのに苦労しながら答えた。
「ああ、おれはこれから足の神経系をみなきゃいけないんでしばらく話せない。おとなしくしてるんだぞ……浮気するなよ」

『まあ、御主人様ったら! しばらくのお別れですね』
 ミオが真っ赤になる気配が伝わった。
 パネルのランプがひとつ点灯する
 おれはそれを確認してから装甲ハッチを開け、エレベータで降りた。そして機体の腰の後ろのあたりの整備用のハッチを開き、中からから人間のこぶし大の黒い箱を慎重に取り出す。

 おれはそれをじっと見つめ、ややあって、その黒いボックスよりやや大きな赤い箱を押し込んだ。さきほどハンガーデッキから持ってきた『整備用』と書かれた、ボックスである。

 そして整備用のハッチを閉じ、ロックする。

 おれは黒い箱を大事に抱えながら、兵舎の自室に向かって歩き始めた。


 ハンガーデッキ内を轟音が満たしていた。

 本日の出撃機数、一機、クレブス中尉。

 つまり、おれ、だ。

 エンジンの吹き上がりはかなり良かった。整備員はかなり力を入れて整備してくれたようだ。

 計器類を素早く目でチェックする。
 主動力……異常なし、補助動力……異常なし、脚部バランサー……正常、背部主推進機関……異常なし、脚部補助推進機関……異常なし、火器管制システム……異常なし、戦闘情報電送機構……異常なし。各駆動部……異常なし、頭部主知覚器官……正常動作中、各部補助知覚器官……正常動作中。
 そして、おれは故意に無視した、一つの黄色に灯った警告ランプを見つめた。

 おれは甘いのだろうか?

 正面やや上の巨大なゲートがゆっくりと開きつつあった。
「指令:主動力、出力臨界、セイフティ解除、以上。ゆくぞ、ミオ!」
 そこまで言って後悔する。

 ここにミオはいないのだ。
『了解』

 高速言語で機体の動作試験用電子頭脳が冷たく返事をする。次の瞬間すさまじいGがおれをシートに押し付けた。Gキャンセラーはほとんど役に立っていない。おれの機体がカタパルトから飛び出すと同時にゲートが閉まった。コクピットからは見えないが、おれの機体はすさまじい砂煙をあげているに違いない。
「少し眠る。目標点に着いたら起こし……」

 そう言いかけて、苦笑する。

 もしミオがいたら……。おれは多少の苛立ちを覚えた。だが、愚痴を言っても仕方がない。それにこれはおれ自身が決めた事なのだ。
 慣れない指令用言語で命令する。

「コマンド・セレクト・ターゲッツエリア・トゥー・33b、メインリアクター・パワー・トゥー・40%、コンバット・クルージング(指令:目標設定エリア三三B、主動力出力四〇%にダウン。戦闘巡航)」

 少し考えて付け加える。

 ミオがいればわざわざ言うまでもない事なのだが……

「イフ・アライヴ・アット・ターゲッツエリア・ゼン・コンバットオペレーション・アンド・レポート、ユーズ・パッシヴ・センサー・オンリィ、オーヴァー(目標地点到着後、戦闘体制へ移行。移行時に報告せよ。索敵には受動探知機を使用。以上」
『了解』

 白い機体が延々と続く砂漠を疾駆する。
 おれはシートを倒すと浅い眠りについた。


 けたたましい警告音でおれは目覚めた。
 ミオがいれば優しく『御主人様、起きて下さい』とでも言ってくれるところだが、旧式の動作試験用制御電子脳では、そこまで期待することはできない。
「指令:現状報告、以上!」
『接触。敵規模、小型艦一五、D級支援戦車一〇、相対距離一〇カロヤーレ。以上』
 冷静に答える電子脳の冷たい声が答える。

 馬鹿な……こんな近くに地上艦艇が一五隻だと?

 普通、地上艦艇が四隻以上で艦隊を組むことはない。当初は機動装甲には機動装甲で対抗するしかないという戦術の常識を撃ち破るために生まれた地上艦艇はその動きの鈍さと融通のなさ故に、当初の目的を達することなくその性格を移動基地に変えて、現在でも生き残っている。しかし、そのコストの高さ故に地上艦艇の数はそれほど多くはなく、通常編成である、巡洋艦一、護衛駆逐艦三という最低編成すら満たせないことが多い。現におれの部隊の母艦は巡洋艦級だが、随伴護衛艦艇は皆無である。

 比較的優勢な我が軍ですらそうなのだ。敵軍に至っては、この区域唯一の拠点であった巡洋艦が我が軍の前の作戦での猛攻を受けて中破し、護衛艦をつけることはおろか、修理もままならないところまで追いつめられ、前線を小康状態に保つのがやっとという有様だったはずだ。

 だったはずなのだが……。一五隻もの敵の地上艦艇が生きているというのは悪夢だ。敵には、これだけの戦力を増援として送り込む余力があったのか?

 冗談じゃない。

 おれはため息をついて目を閉じた。

 呟くように言う。
「探知されているか?……指令:受動型感覚器官の報告、以上」
『全て正常、以上』
 違う!
 おれは思わず怒鳴りそうになった。こいつの馬鹿さ加減にはまったくあきれるばかりだ。怒鳴りつけたくなるのを押さえて、冷静に命令する。
「指令:受動型感覚器官に対する被能動波入力を報告せよ、以上」
『感知機には探知波の触接は皆無』
 しかし、ミオがいればこう付け加えるだろう。
『ただし、敵の受動探知機には既に捕らえられていると思います、御主人様』、と。
 人間が一瞬の間をおいて推測することを、シャドウは文字どおり瞬時にやってのける。そして、機動装甲同士の戦いにおいては、その一瞬の間が生死を決める。故に、この程度の事すら推測できない旧式の動作試験用制御電子脳は、機動装甲同士の戦いでは、全く役に立たない。かつて、電子脳に思考能力をもたせようと実験が繰り返された時期があった。結果は、プログラミングによってある程度の推測能力を与えることが可能だ、という程度に留まった。
 電子脳で駄目なら、本物の人間の脳を使うしかない。シャドウの最初の形態は培養脳そのものだった。現在のシャドウはそんなものではないが、しかし、原理的にはそれとなんら変わることがない。シャドウが機動装甲制御用に使用されるようになってから、電子脳は機動装甲の整備を行う際の、駆動部の動作試験用の存在に成り下がった。

 シャドウは、反応速度は人間を遥かに凌駕し、機動装甲制御に関する知識を入力されてはいるが、れっきとした人格を持っている存在なのだ。基本は人間の電子的コピーだが、それは単独で人格を持つ一つの存在なのである。こんな…旧式の動作試験用制御電子脳とは違う。

 ミオはおれのパートナーだったのだ。

 今ごろになっておれはミオをおいてきたことを後悔しはじめていた。だが、隊長の激怒のとばっちりを食らったおれと一緒に彼女を殺すのは、とてもできないことだった。

 殺すぐらいなら、そう、おれの部屋の机の上で永遠に眠っていてくれた方が……。
 そこまで考えておれは苦笑した。
 彼女…おれはミオをなんだと思っていたんだ?
 ミオはおれのパートナーだったのだ。

 おれはその意味が初めて理解できたような気がした。しかし、それに気付くのが遅すぎた。
『警告。D級支援戦車十機、接近中。距離千ヤーレ』
「チッ!」

 やはり、奴等はこちらを発見していた。元々まだ見つかっていないなどという希望を持つ方が間違っているのだが……。いかに機動装甲の電子兵装が優れているとはいえ、地上艦艇の大型受動感知器に勝てるわけがない。
 D級支援戦車、おそらくランサーか、ハンターだろう。ミオがいなくとも、機動装甲の敵ではない。しかし、たぶん次には地上艦の艦載機動装甲が出てくるだろう。基本的に小型艦であれば各艦に機動装甲が一機づつ登載可能だ。最近の戦況から考えて全艦に標準装備通り一機づつの機動装甲が登載されているとは考えにくいが、損失や欠落を考えても、一五隻もの小型艦で構成される艦隊なら最低でも五機以上の艦載機動装甲が登載されているはずだ。仮にその全てが旧式の軽量型機動装甲でも、五機も相手にしてはミオ抜きのおれの機体に勝ち目はない。

 そこまで考えておれは目を見開いた。……いや、おれは、おれは生きて帰る!

 ミオをひとりにすることはできない。おれはそう考えている自分自身に苦笑した。慣れた手つきで緑色のプラグを頭のソケットに接続する。いつもの一体感はないが、リンクしないよりはマシだ。操縦桿では動きが鈍る。おれはいつもは戦闘中は高速言語とはいえ必ず声で指令を出すが、あえて今回は思考で指令を出した。

(入力:戦闘体制。以上。)
『了解』
 やってやる……こんなところで、こんなところで死ぬわけにはいかない。
 ミオのために……そして、おれ自身のために。





 おれの座右の銘は「逃げるが勝ち」だが、今回の場合は経験的に今から逃げ出すのは死を意味することを悟っていた。敵は間違いなくおれに感づいている。今から急速反転をかければ、機動性という最大の武器を失ったおれの機体は、次の瞬間遠距離射撃で蜂の巣になるだろう。

 移動している限り、敵の艦砲はおれの機体を捉えることはできないだろうが、おそらく、最接近した瞬間に敵は艦載機動装甲を射出するに違いない。それが彼我の相対速度を殺すのに最適なポイントだからだ。
 その瞬間にありったけのPPをばらまいて、撹乱弾を撃ちまくりつつ敵艦隊の密集陣型内部を駆け抜ければ、あるいは生き延びられるかも知れない。おそらく、敵は同士撃ちを恐れて対空砲も使わないはずだ。
(入力:主動力、出力臨界、増速推進機関に点火、目標設定前方敵艦隊、以上。)
『了解』
 途端に強烈なGがおれをシートに押し付ける。おれは半ば麻痺した感覚器官でそれを感じていた。戦闘出力に移行したエンジンが悲鳴をあげ、砂煙をあげながらおれの機体は突進を開始した。
『警告。D級支援戦車十機、接近中。機種、ランサー級。距離一〇〇ヤーレ』

 一〇〇ヤーレと言ったら、ほとんど手が届きそうな距離である。アフターバーナーを点火してから二〇セグもたっていない。それだけの時間でここまで接近したのは、敵の速度が速いからではない、こちらの機体の速度が速いのだ。
「こざかしい!」
 おれは叫ぶと同時に右手の四〇口径機関銃を構えた。それに応じて敵の戦車が一斉に主砲をこちらに向ける。

 だが、おれの機体に狙いを定めることはできない。機動装甲には機動装甲で対抗するしかないのだ。一台が闇雲に狙いを定めて主砲を発射するが見当違いの方へと閃光は消えていく。
 高速移動中の近距離射撃。シャドウ抜きで本来なら命中を期待する方が間違っているのだが、おれは広域射撃モードでみさかいなしに弾をばらまいた。どうせ一撃離脱である。節約する必要など無い。

 次の瞬間おれは十台の戦車を鉄塊へと変えていた。正確には、強化セラミックの塊だが。何事もなかったかのように、おれの機体はその場を駆け抜けた。マックス・アフターバーナーによる最大加速で機体がビリビリと震動している。問題はこれからだ。瞼の裏に戦闘情報が乱舞する。敵艦隊はノロノロと散開しはじめていた。おかしい…地上艦艇は密集体型で弾幕を張るのが、基本的作戦なのだが。
 それともこちらの意図に感づいたのか。
『警告。敵発砲。二五口径機銃』

 最も近い敵艦との距離は約一カロヤーレ……千ヤーレだ。

 小型艦と言っても敵艦の全長は百ヤーレはある。これほど巨大なのは、艦自体が移動基地を兼ねることも理由のひとつなのだが、最大の理由は登載武装があまりにも多いためだ。すさまじい砂煙で周囲は全く何も見えないが、本来ならその大量の武装が拝めるほど、ほとんど目と鼻の先まで接近しているはずだ。発砲してこない方が不思議な距離である。

 しかし、本来ならよほどいい感覚器官を装備していない限り、全速走行中のおれの機体に当てることは不可能だ。しかし、シャドウ抜きの瞬間回避不能な今は運に頼るしかない。おれは、我ながら素人の仕事だと思いつつ、一直線に敵艦隊へ突入した。


 この砂漠特有の、多くの鉱物を含んだ砂はレーダー波はおろかほとんどの可視、不可視光線を通さない。紫外線すら妨げる。そのすさまじい砂煙で視覚センサーを初めとする受動型感覚器官のほとんどが使いものにならないが、今はまだ、位置を敵に知らせることになる能動型感覚器官を使うわけにはいかない。
(指令:PP四発射出。射出四セグ後に撹乱弾を射出。以上、奴らのケツに火を灯けてやれ!)
『了解』

 そっけないものだ。

 ミオなら『下品ですわね、御主人様』ぐらいは言ってみせるのだが。そんなおれの思いをよそに、全く機械的におれの機体のシステムは行動を起こしていた。肩のガンランチャーからパイナップル・パックが四発射出される。ブースターに点火して敵艦隊上空に達したPPは、上空で分裂、無数の破裂弾となった。破裂弾一つ一つが固有の感覚器官を持っており、独自に目標を設定、落下して、周囲を火の海に変える。地上艦のブ厚い装甲には効かないだろうが、熱感知に対する目くらましにはなる。
 PPが辺りを火炎地獄に変えた直後、さらに肩から撹乱弾が指令通り射出された。PPと同時に射出しなかったのは、PPの感覚器官に対する影響を考慮してのことだったが、PPを射出してから撹乱弾を射出するまでの四セグが最も危険な瞬間だった。最も恐れていた敵機動装甲による攻撃は、いまのところはない。
 もはや、自らの位置を隠す必要はない。これだけ派手に行動すれば、既にこちらの位置はバレているはずだ。ならば、砂煙と撹乱弾で完全に役に立たなくなった受動型感知機と、事前に入手した敵の位置情報だけを頼りに盲で逃げだすよりも、能動型感覚器官を使った方がりこうと言うものだ。むろん、今はまだ撹乱弾の影響で能動型感覚器官も役には立たないが、撹乱弾の影響圏から出たときに一瞬でも相手を先に発見した方が有利となることを考えれば能動型感覚器官を使わない手はない。おれは即座に決断を下した。
(指令:能動型感覚器官解放。全速離脱、以上!)
『了解』

 返答が返った瞬間、轟音と共に機体が震動した。

 爆発音。

 何かの破片が機体に当たり、うるさい狂奏曲を奏でる。
(指令:被害報告! 脅威対象を索敵、以上!)
『全システム正常。損傷皆無。敵影無し』
「なんだと!?」

 あっという間に敵艦隊のド真中を抜けていた。
 おれの機体はアフターバーナー点火時の戦闘巡航速度であれば、一カロヤーレをわずか一五セグで駆け抜ける。
 少し遠くでまた爆発音が響いた。どうやら敵の攻撃ではないようだ。おそらく、さきほど射出したPPが偶然敵の砲塔内に入り込んで爆発したのだろう。可能性は低いが、有り得ないことではない、しかし……。既に射出した撹乱弾の影響圏は抜けている。

 いくらなんでも、全く反撃がないのはおかしい。
「指令:主動力出力一〇%にダウン。補機停止。再度索敵、脅威対象戦力の予想位置、及び、新規発生脅威を報告せよ、以上」
 おれは危険を承知で言った。
『了解』
 もし、いま周囲に一体でも敵機動装甲がいれば、ここで停止するのは致命的だ。しかし、おれは何より状況が知りたかった。
 なぜ反撃しない? 敵の機動装甲はどうした? ……罠か?

 〇・五セグほど間が開いた。
『敵影無し』
「馬鹿な!」

 少なくとも一機は追跡機が出ているはずだ。追跡機が出ていない……なぜだ? そこまで考えておれは、気が付いた。

 まてよ、『敵影無し』だと? ミオならともかく、こんな旧式の動作試験用制御電子脳は、わかりきったことも平気で報告するはずだ。

 敵の艦隊はどこへ行った?

 おれは頭部からソケットを抜いた。途端に投影されていた戦闘情報が消え失せる。正面スクリーンに写された外部の光景は砂煙と黒煙、それにおれが射出した撹乱幕の残存粒子で満たされ、何も見えない。何とも派手に砂煙を立てたものだ……。

 永遠とも思える時間が過ぎ去って砂煙が収まったとき、おれは唖然としてその光景を見つめていた。擱坐した敵の艦が何隻も黒煙をあげて炎上していた。

 一五隻もあっても不思議ではない、廉価版大量生産の小形船。停止状態なら一隻で優に一中隊分の補給物資を賄う補給基地となる、補給船としてはそれでも小型の船だ。

 一隻が爆発を起こして豪沈する。炎上している機体の側面に鮮やかな林檎のマークが描かれている。補給部隊のマーク。

 おれは、いつまでも燃える林檎のマークを見つめていた。



 隊長はにやりと笑って言った。
「クレブス中尉、私はこう言わなかったか? 『敵は戦力を再編するためほんの少しの護衛部隊を付けただけで無謀な補給作戦を行っていることが先の第7機甲旅団所属のサラ小尉の偵察で確認された。サラ小尉は敵補給艦隊を発見した時、既にCC及び機銃弾を全て使いきっており、その部隊をその場で撃破することができなかった。しかし、この部隊を『オペレーション・イーグル』前に再度発見撃滅しなければ、敵の戦力は再度復活し、我が軍にも大きな損害が出ることが予想される。そこでだ、……クレブス中尉聞いているのか!』」
 カチリ、とそこで隊長は嫌みたっぷりにレコーダーを止めた。
「作戦説明を充分にきかんからそういう勝手な思い違いをすることになる。そういえば、おまえは出撃前にシャドウを基地に残して行ったそうだな。整備用の電子頭脳が装備されているのにも気が付かないとは呆れたものだ。だいたい、中尉、貴様は……」

 おれはものも言わずに隊長を殴り倒した。隊長はにやりと笑った表情のままで対面の壁までぶっとんでいった。

 母艦の外は猛烈な暑さだろうと考えて、おれは苦笑した。外がどんな暑さだろうと機動装甲のコクピットは常に快適な温度が保たれる。

 しかし、陽炎が立ち昇る砂漠で退屈な歩哨任務をすると思えば、どうしても憂鬱になるものだ。

 正面やや上の巨大なゲートがゆっくりと開きつつあった。
「ミオ、計器点検を頼む」
(全システム正常です、マスター。)
「よし…いくか。クレブス中尉、出るぞ」

 言うと同時に強烈なGがおれをシートに沈めた。
 砂漠の空に蓄熱率を考慮して真っ白に塗られたおれの機体が舞い上がる。
「そういえば、ミオにはまだあの話はしてなかったな…」
(はい?)

 ミオが答えた。

 あれから三年になるんだな…

 おれはぼんやりと考えた。
「目標点についたら面白い話を聞かせてやるよ、ミオ。目標点固定、今日は退屈しなくて済みそうだな」

 おれは、思わず微笑みながらそう言った。
(目標点固定、推進軸固定、その話、期待していますわ、マスター)

 大推力ブースターに点火したおれの機体は、砂煙を派手にあげながら地上すれすれを疾駆した。おれのパーソナルマーク、虎の尻尾を尻から生やして挑発的に舌なめずりしている半裸の女の絵が描かれた、機体と同色の純白の盾が、太陽の光を反射してまぶしく輝いた。









                                    FIN





注)一ヤーレ   : 約一メートルに相当
  一カロヤーレ : 約一キロメートルに相当
  一セグ    : 約〇.五秒に相当
  一メガセグ  : 約一時間に相当

  文中の年などの表記は現地球時間に換算済み


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