常磐線電化に際して車上切り換え方式に対応するため開発された交直両用機関車で、 ほぼ一生を常磐線近辺で過ごしました。 JR化以前にほぼEF81に置き換えられ、JRへは継承されませんでした。

交直両用機関車のオーソドックスな、直流機関車に整流器を足した構成です。

自重の増加を抑えるために1モータ/1台車としています。 主電動機MT53は、日立の「1台車1電動機式機関車用標準形式」だそうです。上下に大きく、薄く作られてるように見えます。 モータから車体側に装荷された歯車で動力が伝達されますので、車輪へはクイル式、「筒形ゴムを使用した たわみ継手および中空軸で結合」されています。

KATOから24系24形「ゆうづる」とセットでひさし付きが発売され、その後20系、C62とセットで ひさし無しが発売されました。 24系の基本セットだけ導入していたのですが増結がオークションで高値…、 ついでにオハネフ24にはないはずのトイレ側テールライトがついてるおまけつきです。

2020年の再生産で改めてフル編成で導入しました。EF80も気が付いたらひさし無しが。

正面から。Hゴムを車体側で表現しているからできるセンターピラーの細さが素敵です。 ひさしは、埋め込み式のヘッドライトに吹きあがった雨水がたまることから 雨水の吹きあがり防止のために付けられてそうです。 全車両に施工されてるので、番号ではなく時代で姿が違います。

20系はひさしあり/ひさしなし、24系はひさしありと合います。

EF80は旅客用と貨物用があり、31-58が貨物用、残りが旅客用です。 旅客用は電気暖房を装備しており、向かって左側の電気暖房用ジャンパがあります。 旅客用のうち1-12は20系のけん引のために元空気ダメい引きとおし管を装備しており、 ブレーキホースに加えて左右にこのためのエアホースがあります。 KATOは、このタイプを模型化しています。

ED71でやったのと同じような加工をしています。無塗装の部品をひとつひとつ塗装。 KATOの交流・交直流機は屋根の上の表現を頑張ってるのですが, どうしても成型品のままのところが目立つのでその再塗装がメインです。

リン青銅線でできてる高圧配線もどうせ再塗装するので、 個人的にはトミックスのプラのほうが扱いやすかったりするんですけどね…

屋根。
ひさしなしは白、ひさし付きは塩害防止用のグリスの緑で表現されているのでそれに従いました。 いったんダークグレーで塗装し、配線取り付け部を銀、配線をカッパー/銀などで塗り分けます。
何か所が色がわからないところが…。空気遮断器まわりは銀色に塗ったのですが、 直流回路の引き込み部は銅なのか銀なのかわかりませんでした。なんとなく銅で。 ヒューズは白のようなのですが、塩害防止用グリスが塗られているほうの色はわからず。こちらは白にしてみました。

ウェザリングをするため、屋根は黒で下地塗装してます。 パンタグラフ断路器(2か所)、避雷器の台座、交直切換器、主ヒューズの台座は銀を筆塗り。 空気遮断器の台座は最初から銀色で成型されてるので、こちらは銀で再塗装。

あと、直流避雷器は怪しいです。碍子を銀で塗っちゃった気がします。

どうでもいいですが、交直切換器えは交流側になってますね。

電暖ホースは焼きなましたφ0.25真鍮線。ブレーキ管は銀河のロストワックスです。 EF80ではブレーキ管のコックは白で塗られてたようです。 あと向かって右側のエアーホースはホースが付けられていなかった車両が多かったようなので コックだけに。20系連結用なのでこれでいいんでしょうね。 調べてたら、12号機だけは両側ついてる写真が見つかりました。

パンタグラフは銀+灰色で塗装してます。汚し方むずかしいです。

横から。 運転席の引き違い窓が下降窓に改造されてるんですね。 台車・スノープロー・連結器は茶色で塗ってから黒を重ねてます。 この写真にしちゃうとちょっとわかりにくいですが…。

成型色が目立つ誘導員手すりもFARBEの赤13号で塗装。

24系「ゆうづる」をけん引して。 ヘッドマークは製品付属のクイックヘッドマークがいまいちだったので、モリヤスタジオのものを付けてみました。 ちょっとお値段張りますがメッキされたシャープな縁がかっこいいです。

ホンモノの写真を見ると、たいていパンタグラフが2個上がってますね。 交流区間でもパンタ2個上げてたんですかね。

というか、BTき電方式の交流区間はセクション間を短絡できないと思い込んでたのですが Wikipedia見たらそうとも限らないようで。理解できてない…。 両側上げてても断路器で切ればいいようにも見えますが、実際どうなってたんですかね。

と思ったら、ここにちゃんと書いてありました。 日立評論1962年12月号:常磐線用EF80形交直両用電気機関車

また大容量機関車であるため,直流区間では両パンタグフ運転が必要であり, 交流区間でほ交一交セクションの長さ(8m)から両パンタグラフによるセクションオーバを防止するため片パンタグラフ運転が必要である。 しかし走行中のパンタグラフの昇降は架線に与える悪影響のため避けることが望ましいので, パンタグラフ断路器を電空操作方式とし,交直切換と連動して交流区間にはいると前方断路器が自動的に開放されるように新設計された。 したがって交流区間で前方パンタグラフは回路上特に下げておく必要はないが, パンタグラフおよび架線の不必要な摩耗を防止するため,交流区間の最初の停車駅で下降する扱いとしている。

とのことで、断路器と交直切り換え回路が連動していたようですね。 あと、パンタグラフによるセクションオーバーは防ぐようにしていたようです。 24系時代の「ゆうづる」は上野を出ると次の停車駅の水戸で、ここでED75にバトンタッチですから、 パンタグラフは全区間で両側とも上がってるのが正解ということになります。

そうすると交直切換は交流側なのにパンタグラフ断路器が2つとも接続になってるのはおかしいのですが、 断路器のほうは簡易表現ですので。

こちらは各駅停車。 マニ37、オユ10あたりでしょうか。キニ58との役割分担も研究課題です。

ED71、EF80などの世代の機関車は、技術が確立したあとのED75,EF81と比較するとまだ量産試作という感じで味がありますね。 ひさし付きも意外とかっこよくて、これまた増やそうかな…。