福永陽一郎さんと男声合唱


【序章】
 "陽ちゃん"(福永陽一郎氏)が、1990年2月に昇天されて18年が経過した。 2月10日は、陽ちゃんの命日であるが、例年この時期になると、私は陽ちゃんを偲んで合唱音楽を聴くことにしている。普段はシンフォニーを中心としたオーケストラ曲やオペラをLPレコードやCD、DVDで鑑賞しているが、薫陶を受けた陽ちゃんのことを想い出し、命日から誕生日である4月30日(生誕は1926年)にかけては春の息吹を感じながら、集中的に合唱音楽を聴くようになった。
 昨年1月、ひょんなことから同僚の1人が明治大学グリークラブの出身であることが判り、合唱談義に花を咲かせたこと〔彼が在籍していた頃、伴奏ピアニストは当時芸大生だった上岡敏之氏が務めていた。昨年10月、手兵のヴッパータール交響楽団を率いて凱旋公演を行ない、「悲愴交響曲」などで大好評を博した指揮界の俊英である。弾き振りでのモーツアルトのピアノ協奏曲も名演で、私はすっかり魅了された。その上岡氏の話・エピソード・武勇伝等で大いに盛り上がった。〕がきっかけとなり、久しぶりに福永夫人の暁子さん(私の亡父と旧満州・大連嶺前小学校の同級生で、引揚げ後も親しく交流を続けていた)に連絡を取り、昨年はお孫さんの小久保大輔君が指揮する合唱のコンサート(法政大学アカデミー合唱団、横浜ルミナス・コール)にお誘いいただいたり、陽ちゃんが創設・育成した藤沢市民交響楽団の定期演奏会を奥様と客席で並んで聴くなど、お元気にお過ごしのご様子で大変嬉しい思いもしました。

【陽ちゃん指揮の男声合唱の録音を借りる】
 また、望外の喜びとしては、陽ちゃんの膨大なコレクションの中から貴重な音源〔市販されていたCDで私が所有していないものや同志社グリー、早稲田グリーのライヴ録音(定期演奏会・東西四連・東京六連)等のプライヴェート盤など〕を多数お借りすることができたことだ。
 オペラと合唱界で多大な実績と足跡を残された陽ちゃんだが、最も力を傾注したのは男声合唱だったと思う。畑中良輔氏と創設した東京コラリアーズでの音楽活動、同志社グリー、早稲田グリー、西南学院グリー、小田原男声合唱団、藤沢男声合唱団などとの関わりや演奏活動は、陽ちゃんの音楽・指揮活動の中でも中核を成していたと思う。
 そもそも、混声や女声合唱に比べて、男声合唱は楽曲数が圧倒的に少ないため〔畑中良輔氏は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の定期演奏会のパンフレットに次のように書いている。「男声合唱曲は、オリジナルなものだけでは、真にすぐれた音楽性を持つ曲は限られてくる。オリジナルの曲数の多い割に、演奏する者の一生の宝となるような曲は、ほんとに少ない。」〕、古今東西の名曲(クラシックのみならず、オペラ、ミュージカル、ポピュラー、歌謡曲、黒人霊歌、民謡等)を陽ちゃんが多数<男声版>に編曲していることは有名だ。正式に楽譜が出版されている(いた)ものも多いが、いまだに手書きの楽譜(のコピー)が多くの合唱団に出回っているとも聞く。男声合唱(に限らないが)のコンサートで、"福永陽一郎編曲"の文字が載っていないプログラムを見つける方が難しいのではないだろうか。"指揮者・福永陽一郎"を知らない合唱の歌い手も、編曲者としての福永陽一郎は必ず知っている、というのが昨今の事情かも知れない。

【陽ちゃん指揮の男声合唱のコンサートと録音】
 前置きが長くなったが、今回は『福永陽一郎と男声合唱』について、私が聴いた実演(1980年〜1989年、亡くなった1990年は指揮をされていない?)と録音(市販・プライヴェート盤のLPレコードやCD)の記憶を辿りながら、それらの印象と感想を記してみたい。
 はじめに、陽ちゃんが自らライフワークといって情熱を賭けた東芝EMIの<現代合唱曲シリーズ(LPレコード)>と<合唱名曲コレクション(CD)>が廃盤になって久しいことが残念でならないが、最近の動きとして、一部ではあるが、「グリークラブアルバム第1集〜4集」や「水のいのち」等、数枚が大型レコード店やネット販売で復活していることが嬉しい。また、昨年は<合唱名曲コレクション>のエッセンスを収録した「ベスト合唱100」(6枚組、4500円)が発売されたし、今年に入って同様の企画で「決定版!コーラス名曲名演集」(5枚組、10500円)が発売された。〔以前から通信販売されている「ハーモニー 日本の合唱音楽全集〜優れた演奏と美しいハーモニーが奏でる合唱音楽の決定版!〜」11枚組・233曲が特製ケース入り(¥21,000)もある。〕いずれも、混声・女声・男声合唱曲の名曲・名演がセレクションされており、陽ちゃん指揮の名演も数多く収録されている。シリーズ全体の復刻(再発売)や未CD化の音源を含む『福永陽一郎合唱名曲・名演大全集』の発売を強く望んでいる私にとっては不十分ではあるが、一方の雄・ビクターの『日本合唱曲全集(全50タイトル)』に対する東芝EMIの見識の第一歩として評価したい。

【感動したコンサート】
 さて、男声合唱であるが、何といっても実演で聴く迫力に優るものはないと思う。その魅力に一旦ハマると病みつきになってしまう。録音では決して味わえない感動である。私が最も感動した実演を2つ挙げると…。
(1)1988年に早稲田グリー(定期)で聴いたショスタコーヴィチの『革命詩人による十の詩曲より「六つの男声合唱曲」』(福永陽一郎編曲・安田二郎訳詞)である。当時の早稲田グリーは決して高いレベルとは思えなかったが、陽ちゃん渾身の指揮で、ダイナミズムとポエジーに満ち溢れた超名演だったと記憶する。陽ちゃんの健康状態は人工透析の影響もあり、万全ではなかったと思うが、自身で編曲・訳詞(実際は作詞)した名曲への想いを込め尽くした魂の演奏に感じられた。終曲の「歌」は全身が震え、涙が零れたことを思い出す。陽ちゃんも生涯最後の同曲演奏と覚悟していたらしい。技術的なものを超越した生演奏の魅力・迫力を実感した生涯忘れ得ぬ演奏であった。(録音で聴くことができる1981年東西四連での合同演奏ライヴも素晴らしい名演である。)
(2)1989年に同志社グリー(東西四連)で聴いた「月光とピエロ」は、終演後に早稲田グリーを指揮して出演していた小林研一郎氏も聴いておられ、狂喜乱舞の感動をし、「陽ちゃん凄いよ!フルトヴェングラーになったんじゃないのー。」と言わしめた世紀の名演であり、これは今でも語り草になっている次元の異なる神がかり的な演奏であった。

【1980年代の男声合唱界】
 私が聴いていた1980年代の男声合唱界は隆盛時代であった。北村協一&関学グリーが関西の雄として君臨し、福永陽一郎&同志社グリーが全く異なる演奏スタイルでライバルとして存在、お互い切磋琢磨していたが、東京では畑中良輔&慶應ワグネルが安定した実力で一歩リード、福永陽一郎&早稲田グリーと北村協一&立教グリーが続いていた。他にも外山浩爾&明大グリー、前田幸市郎&東大音楽部コール・アカデミー、田中信昭&法大アリオンコールなど、錚々たるプロの音楽家を指導者に迎えて活発な演奏活動を展開していた。(今はどうなのか?各団体とも部員数が激減していると仄聞するが。良い指導者にも恵まれていないとも聞く。彼らの後継者たる優秀な指揮者が居ないのか?)なお、西日本最大の音楽都市・福岡には福永陽一郎&西南学院グリーがトップレベルの合唱を披露していたが、私は聴く機会に恵まれなかった。

【男声合唱を聴く姿勢】
 私が男声合唱を聴く際の姿勢として、各合唱団のレベル(合唱技術)は重視しないが、年度ごとのレベルが高いか/低いか、今年度はどこの大学のレベルが高いか/低いか、それを確認する楽しみはあった。実際に合唱団に所属している学生の間でも、東西四連や東京六連で「今年のお荷物はどこの大学か?」と評価し合っていたとも聞いたことがある。私は音楽の専門家ではなく(多少ピアノの心得はあり、楽譜は読めるが)、専ら聴く側の人間であり、合唱技術のことには不案内である。ただ、特別に上手いとか、下手とかであれば、聴き分けることもできると思うが、私が合唱音楽に求めるのは技術的なことではなく、"演奏"そのものである。指揮者の解釈であり、合唱団の個性である。これは、オーケストラ音楽を聴く時のスタンスと全く同じである。いわゆる、名曲・名演・名盤を追求し、モーツアルトやベートーヴェン、ブラームス等の交響曲を、トスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラー、カザルス、クレンペラー、シューリヒト、クナッパーツブッシュ、ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ムラヴィンスキー、クライバー、朝比奈隆、ヴァント、マルケヴィッチなどの一流指揮者(往年の巨匠・名匠・天才・鬼才指揮者)達とウィーン・フィル、ベルリン・フィル、アムステルダム・コンセルトヘボウ、レニングラード・フィル等の一流オーケストラとの演奏を聴き比べる姿勢である。

【男声合唱の編曲】
 幸か不幸か、男声合唱曲の数は少ない。とくに、名曲といわれる楽曲となればさらに限られる。邦人作品でいえば、「月光とピエロ」「枯木と太陽の歌」と多田武彦作品が代表作品であろう。それ以外では、「月下の一群」「ヴェニュス生誕」「コンポジション第3番」「阿波」「川よとわに美しく」「御踊」「レクイエム(三木稔)」「祈りの虹」あたりだと思う。外国作品には、大学の合唱団が取り上げ、再演も行なわれてレパートリーとして定着している曲は多くはない。ハイドン、シューベルト、コダーイ、ヤナーチェク、メンデルゾーン、シューマン、ケルビーニ、グノー、アーン歌曲集…、中世の宗教曲など。残念ながら聴いていても面白くないものばかりだ。そこで、陽ちゃんの編曲が重要なレパートリーとして歌い継がれている事実がある。邦人作品では、「島よ」「岬の墓」「海の構図」「幼年連祷」「光る砂漠」「三つの抒情」といった混声合唱曲の名曲を<男声合唱版>に編曲している(物議を醸したケースや作曲家から批判を受けたこともあったようだが、晩年、安易に混声を男声に編曲することを戒めていた)し、「グリークラブアルバムT〜W」に代表されるように内外の有名な曲(民謡、抒情歌、唱歌、童謡など)を多数編曲している。外国作品では、マーラーの「さすらう若人の歌」、ドヴォルジャーク「ジプシーの歌」、ブラームス「愛の歌」、R.シュトラウス「愛の詩集」、「チャイコフスキー歌曲集」「トスティ歌曲集」「古典イタリア歌曲集」「オーヴェルニュの歌」「黒人霊歌」「フォスター名曲集」、オペラでは、「タンホイザー」「ファウストの劫罰」「ポーギーとベス」「メリー・ウィドウ」、ミュージカルでは、「ラ・マンチャの男」「南太平洋」「屋根の上のバイオリン弾き」「ジーザスクライスト・スーパースター」等々、他にも多数あり。これらが、楽譜の出版の有無に関わりなく、歌い継がれているのである。私自身、幸いにも陽ちゃん自身の指揮で、あるいは学生指揮者の演奏で聴いたことがあるものも多い。

【三人の名指揮者〜畑中良輔・福永陽一郎・北村協一〜】
 さて、話を本題に戻そう。
 男声合唱の名曲を、私が好きな指揮者である畑中良輔・福永陽一郎・北村協一で聴き比べる楽しさは格別であった。10年間コンサートに通っていると、同じ楽曲を3人(または2人)が取り上げることも珍しくなかった。この3人は男声合唱界をリードしてきた指揮者であり、影響力も大きかったが、演奏経験も豊富で録音も多数残している。合唱音楽への造詣も深く、真に一流の合唱指揮者であると思っている。取り上げる楽曲にもよるので一概にはいえないが、畑中良輔は大家・巨匠風の重厚なハーモニーとスケールでメロディを豊かに歌わす叙情的な音楽表現が特徴の演奏、福永陽一郎は男性的な荒々しさや野性味溢れる気宇壮大なハーモニーと力強さを全面に出し、自発性を大切に音楽を外へ発散させる音楽表現だが、独特のリズム感とバランス感覚が素晴らしく、情熱迸る演奏、北村協一はデリケートなアンサブルとメンタルハーモニーを重視した美しさが見事で、端正でありながら情感のこもった演奏であった。(誤解を恐れずに書けば、畑中はワルター・ベームの芸風、福永はフルトヴェングラー・バーンスタインの芸風、北村はトスカニーニ・カラヤンの芸風に似ていると思う。いや、ちょっと無理があるか?畑中=慶應ワグネル、福永=同志社グリー・早稲田グリー、北村=関学グリーの特徴とオーバーラップしているかも知れない。否、これも無理があるか?)

【福永陽一郎指揮の男声合唱レコード・ベスト10】
 陽ちゃんが正規に残した録音で私がとくに名演(名盤)と思うものは次のとおりだ。 @多田武彦「雨」(小田原男声合唱団・LPレコード)、A清水脩「月光とピエロ」(日本アカデミー合唱団)、B多田武彦「雪明りの路」(関学グリー)、C多田武彦「わがふるき日のうた」(同志社グリー)、D石井歓「枯木と太陽の歌」(関学グリー&同志社グリー、LPレコード)、E南弘明「月下の一群」(早稲田グリー)、F大中恩「ヴェニュス生誕」(東海メールクワィアー)、G多田武彦「草野心平の詩から」(同志社グリー)、H三木稔「レクイエム」(早稲田グリー)、I多田武彦「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」「富士山」(日本アカデミー合唱団)

【神の領域に達した「雨」の超名演】
 上記の中で、@の「雨」は超名演である。私にとってはフルトヴェングラーのベートーヴェンやワルターのモーツアルトといった名盤と同格である。この曲・演奏が収録されているLPレコード(TA−60016)には、小田原男声合唱団との「雨」、関学グリーとの「雪明りの路」、同志社グリーとの「草野心平の詩から」が入っており、私にとってはフルトヴェングラーの"バイロイトの第九"にも比肩する大切なレコードである。「雨」は男声合唱音楽の最高傑作の1つだと思っているが、差別言葉の問題があり(「十一月にふる雨」が「雨 雨」に差し替えられた版が現在の版)、名演にもかかわらずCD化が見送られたと仄聞したことがある。実際に東芝EMIはCDの「雨」全曲盤を発売していない。この福永陽一郎&小田原男声合唱団による「雨」はレコード録音史上に残る名演・名盤だと確信しているので、これがCD化されず、廃盤になっていることは痛恨の極みである。この1975年録音の演奏は当時49歳の陽ちゃんが、詩の意味を深く読み、"雨"に人間の生涯を重ね合わせて、孤独感・悲愴感を見事に歌い上げている。多田氏が作曲時に舞い降りてきたミューズの神を再び呼び戻したといえる名演である。とくに、終曲の"雨"のテンポは神の領域に到達したような絶妙なテンポで筆舌に尽くせない。1曲目の"雨の来る前"から人生の意味を考えさせてくれる演奏であり、自然現象としての力強さの中に鬱陶しい思いも表現している。2曲目の"武蔵野の雨"では人生の寂寥感・無常感、侘しさを感じさせる。3曲目"雨の日の遊動円木"では、幼き日の孤独感と児童公園の寂しい雰囲気や風情が見事に描写されている。4曲目"十一月にふる雨"は、男声合唱の真髄を聴くことができる名曲・名演であり、寂しさ、果敢なさ、哀しさを感じさせる。5曲目"雨の日に見る"では、希望・夢のような明るさを表出させている。そして、6曲目の"雨"では、人間の寂しさ、希望・夢、苦しみ・悩み、悲しみ・哀しみすべてを表現し、「死と詩」を考えさせる演奏になっている。49歳の陽ちゃんの深い洞察力・表現力・解釈に驚異すら覚える、そんな名演である。この名曲の録音は多くない。ビクターの吉村信良/京産大グリー、北村協一/関学グリー、東芝の北村/立教グリーがあるが、全く比較にならない。〔「関西学院グリークラブ100周年記念CD Vol.3[4CD] 北村協一コレクション」は"十一月にふる雨"が収録されているライヴだが、演奏の質は今一歩である。「関西学院グリークラブコレクション6 多田武彦:男声合唱組曲『雨』他」は、北村氏が亡くなる2週間前の生涯最後のコンサートライヴだが、この終曲"雨"およびアンコールの「草野心平の詩から」の"雨"(ならびにアンコール曲を紹介する北村氏のナレーション)は涙無くして聴けない演奏だが、演奏の質そのものはどうか?冷静に判断できない状況・雰囲気のため、比較は困難である。〕いずれにせよ、福永陽一郎&小田原男声合唱団の「雨」はCD化されなくてはならない至宝である。

【陽ちゃんと「月光とピエロ」】
A「月光とピエロ」は、陽ちゃん自身が生前「最も多く指揮した曲」と言っていた。労音が隆盛を極めていた頃、東京コラリアーズと全国各地を演奏旅行していた時に、殆どの都市で指揮し、本番ステージだけでも300回を超える指揮回数と言っていた。"指揮者の楽曲に対するアプローチは、刻々と変化してゆく。回を重ねるにごとに、改良もされるだろうし、歪められもするだろうが、私は何度か白紙に戻して、この曲の楽譜が表現しようとしているものと対決した。その度に、毎回、新鮮な発見と感動を味わい、呼び起こされた。私をいつも燃え立たせてくれる楽曲は他にない"とも言っている。これは混声合唱曲における「水のいのち」のような存在なのだと思う。この「月光とピエロ」は、先述の同志社グリーの名演以外では、1984年の東京六連、陽ちゃん指揮早稲田グリーで聴いた記憶がある。詩の意味と曲の素晴らしさを再認識させられた演奏で、ライヴとスタジオ録音での演奏の(解釈の?)違いを思い知った記憶もある。陽ちゃんに限らず、畑中氏も北村氏も、セッション録音とライヴ(演奏会)では随分と印象が違うと感じている。3人ともライヴの方がテンポも遅めで、叙情性たっぷりの演奏であることが多かった。勿論、ライヴゆえの情熱、迫力、雄渾さも顕著に表出されていた。それだけに、ライヴと録音を聴き比べる楽しみもあった。男声合唱曲のバイブル的存在の「月光とピエロ」は演奏会で聴く機会も多いし、録音も福永・畑中・北村以外にも清水自身の録音もあるし、若杉弘/日本合唱協会や福永の高弟・伊東恵司の録音もある。陽ちゃん指揮の日本アカデミー合唱団の演奏も実に素晴らしく、畑中/アラウンド・シンガーズの究極の名演、北村/関学グリーのCDと並んでベスト3である。いずれも東芝盤であるが、三者三様の演奏スタイルであり、聴き比べも楽しい。この曲が男声合唱曲の名曲中の名曲であることも実感できるだろう。合唱団の個性を聴き分けることも容易だ。陽ちゃんは後年、「日本アカデミー合唱団は所詮、寄せ集めの合唱団である」みたいな主旨のことを書いているが、この合唱団によって紹介された曲や演奏は当時のスタンダード的な存在以上のものであり、今となっては録音の古さを感じさせるが、共通のヴォイストレーナーによって鍛えられた意識の高い歌い手の集まりであり、単なる"寄せ集め"ではない。それは、この「月光とピエロ」やIの「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」「富士山」や「枯木と太陽の歌」を聴けば一目(耳)瞭然であろう。
「月光とピエロ」には、先述の陽ちゃん生涯屈指の名演といわれる同志社グリーを指揮した1989年東西四連のライヴがあるが、これと並んで1989年12月の同志社グリー定期演奏会ライヴ「岬の墓」、1988年の定期演奏会ライヴ「わがふるき日のうた」は、陽ちゃん晩年の超名演として記憶されるべきであろう。当時、"向かうところ敵なし"と言われていた全盛期の同志社グリーとの総決算といえるベスト3だと思う。何度も繰り返して聴いているライヴ録音であるが、晩年の指揮姿が想い出され、涙を禁じ得ない。なお、「月光とピエロ」には同志社グリーとのライヴレコードが他にもあり、年代を追うごとに深みのある演奏となっていく変遷を確認できて興味深い。畑中氏や北村氏にも慶應ワグネルや関学グリーとのライヴ録音があり、これら録音との聴き比べも非常に面白い。名曲・名演・名盤の聴き比べは、ベートーヴェンの「エロイカ」や「第五」「田園」「第九」と同じレベルの楽しみである。「月光とピエロ」は永遠に歌い継がれるべき名曲だと思う。

【陽ちゃんと多田武彦作品】
B多田武彦「雪明りの路」(関学グリー)、C多田武彦「わがふるき日のうた」(同志社グリー)、G多田武彦「草野心平の詩から」(同志社グリー)、I多田武彦「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」「富士山」(日本アカデミー合唱団)の"タダタケ"作品についてはどうか。同じ藤沢市に住んでいた陽ちゃんと多田武彦氏は親交もあったが、陽ちゃんは若い頃からタダタケ作品を取り上げていた。今やタダタケ作品は我が国の男声合唱界の至宝であり、その作品群の存在は太陽のような存在である。多くの男声合唱の歌い手に愛され、歌い継がれている。選ぶ詩と男声合唱を熟知した作曲技法は素晴らしく、代表作といわれる曲も数多く、実際に演奏会で取り上げられている。録音も相当数あったが、その多くが廃盤であるのが残念だ。ビクターには多田武彦作品の録音が少ないし、そもそも男声合唱曲の録音が極端に少ない。逆に、東芝には多くのタダタケ作品の音源があるが、廃盤中というのが現状である。
「雪明りの路」は陽ちゃんが関学グリーを指揮した珍しい録音だが、これが名演である。関学グリーと最も近い存在であり、父親が所属していたこともあり、揺り籠時代から子守歌のように聴いていた関学グリーの演奏に疑問を感じ、正反対の演奏をする同志社グリーの指揮に傾注するようになった話は有名である。指揮者とオーケストラの関係にも起こり得ることだが、芸風の違う組み合わせが生み出す独特の緊張感と双方の思い遣り(?)から奇跡的な名演が創造されることがある、そんな雰囲気の演奏だと思う。関学グリーも普段の北村協一氏の要求との違いに新鮮な思いを抱いたのではないか。丁寧なメロディーの処理、奥行きのある豊潤なハーモニー、録音は古いが何度聴いても新しい発見のある名盤だ。ビクターの畑中/慶應ワグネルや東芝の北村/アラウンド・シンガーズも名演だが、この福永&関学グリー盤に一日の長があると思う。関学グリーの実力と柔軟性、表現力は本当に凄いと思う。こういう素晴らしい演奏を聴くと、「雪明りの路」がタダタケ作品の中で最高の作品だと思ってしまう。(私が素晴らしいと思うタダタケ作品は「雨」「草野心平の詩から」「わがふるき日のうた」「雪明りの路」「富士山」であり、他に好きな作品は「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」「海に寄せる歌」などである。)
同志社グリーを指揮した「わがふるき日のうた」は学生達が詩の意味、死の意味、人生の意味を深く理解して、何故今此処でこの曲を歌うのか?という意味をも、自問自答しながら歌ったような演奏である。何故自分達が今、福永陽一郎と「わがふるき日のうた」を歌い、録音しているのか?録音するのか?自分達にどんな意味があるのか?…。荒けずりの男声的な演奏で、"郷愁""鐘鳴りぬ""雪はふる"は「生と死」「いきざま」を深く考えさせるものだ。対照的な名演として、北村/関学グリー(関西学院グリークラブコレクション4)があるので、聴き比べは非常に興味深い。福永/同志社VS北村/関学の芸風を確認できる。なお、福永&同志社グリーには先述の1988年定期のライヴ録音があるが、これは東芝録音よりも数段素晴らしく、ライヴならではの高揚感・熱い想いが伝わってくる超名演である。
「草野心平の詩から」は、畑中氏が十八番にしている曲であり、<畑中版>ともいえる細かな改訂もなされている。ビクター盤(1971年)も素晴らしいが、畑中/慶応ワグネルが東芝録音に参加できるようなって再録音(1984年)した。その後に再々録音(1992年)した演奏は正に究極の演奏である。短い曲であるが、"雨"のソロ、"さくら散る"の色彩感や寂寥感など、叙情性溢れるメロディーの歌い方、奥行きのある響き、巨匠・畑中良輔の偉大さを証明している。北村/関学グリー(関西学院グリークラブコレクション3)もハーモニーの美しさが印象的であり、畑中盤と違った意味で完成度の高い名演である。福永&同志社グリー盤(福永陽一郎合唱名演集)は男性的な荒々しさと力強さでこの曲の持つ別の魅力を聴かせてくれる演奏だ。畑中・福永・北村の聴き比べをするのなら、この「草野心平の詩から」が一番面白いかも知れない。
1970年代半ば頃の録音の「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」「富士山」は、すべて日本アカデミー合唱団の演奏である。LPレコードでは3曲が収録されており、そのタスキには"男声合唱の真髄を強烈に表現した圧倒的名演!!"と書かれている。「柳河風俗詩」「中勘助の詩から」は、後年、東芝で畑中/慶應ワグネルにより再録音されたことでCD化されていないが、なかなかの名演である。「柳河風俗詩」は北村/関学グリーのビクター盤(1967年)があるが、これは録音の古さが否めず、テンポが揺れ動き、叙情性よりも縦の線を強調した端正(拙速)な印象を受ける。畑中/慶應ワグネルの東芝盤(1984年)が理想的な名演だと思うが、畑中/アラウンド・シンガーズの究極の名演(東芝盤1993年)もある。これは横綱級の演奏だ。では、福永盤は?これがロマンティックで陽ちゃんのノスタルジーな一面を感じさせてくれる演奏で、LPレコードで聴いていると泣けてくるのだ。ゆったりとしたテンポ感は畑中氏に通ずるものがある。これは「中勘助の詩から」にも同じようなことがいえる。「中勘助の詩から」には、1971年録音の北村/関学グリーのビクター盤があるが、畑中・福永盤と比べると叙情性や拙速なテンポなどで今一歩劣ると思う。1983年録音の畑中/慶應ワグネルの東芝盤がスタンダードな名演だと思う。(福永の高弟・伊東恵司/同志社グリーのライヴの好演もある。)では、福永盤は?変な感想だが、夜中に聴いていて泣ける演奏なのだ。時代を感じさせる録音(独唱は五十嵐喜芳!)で、LPレコードの針音の向こうから聴こえてくる"絵日傘""四十雀""かもめ""ふり売り"などは、陽ちゃんのリリシズムやバランス感覚の素晴らしさに舌を巻くし、昭和の時代の、自分が子どもだった頃を思い出させる雰囲気の演奏なのだ。
次に、「富士山」だが、この名曲は大人数でヴォリューム感いっぱいのスケールが求められると考えている。作曲家から絶賛された演奏は素晴らしく、日本アカデミー合唱団の幅の広い表現力、力量感、奔放さ、パフォーマンスに驚く。北村/関学グリー(関西学院グリークラブコレクション2)や北村/アラウンド・シンガーズの東芝盤(1993年)と並んで、三大名演といえるだろう。この3つの演奏も聴き比べるのが面白い。
結論からすると、多田武彦作品はビクター盤よりも東芝盤が圧倒的に素晴らしく、東芝に複数の音源があるものは聴き比べできる環境づくりが重要である。廃盤中のCDの復活、未CD化の音源のCD化、畑中・福永・北村の演奏を聴き比べられる至福の時を過ごしたいものだ。そして、叶わぬ夢であるが、陽ちゃんには80年代後半にタダタケ作品を再録音して欲しかった!と思っている。畑中・北村両氏への遠慮があったのか?セッション録音する時間(体力)がなかったのか?元々再録音をしないというポリシーを貫いたのか?

【陽ちゃんと「枯木と太陽の歌」】
D石井歓「枯木と太陽の歌」(関学グリー&同志社グリー)も、LPレコードであるが、陽ちゃんには珍しくビクター盤である。カップリングは、清瀬保二作曲の「蛇祭り行進」(福永/慶応ワグネル・ソサイエティー&早稲田グリークラブや畑中/東海メールクワィアーの「月光とピエロ」等)である。「枯木と太陽の歌」は男声合唱の魅力を存分に反映した名曲だと思う。ビクター盤でCD化されているのは作曲者自身の演奏(石井歓/合唱団甍)であるが、自作自演としては名演である。合唱音楽(だけではないかも知れないが)においては、自作自演は総じて面白くない(良くない)演奏が多いと感じている(高田三郎、清水脩、大中恩…等)が、この「枯木と太陽の歌」はドイツでも出版され演奏されているのも頷ける。石井歓指揮東京男声合唱団で初演されたが、陽ちゃんにとっても重要なレパートリーの1つであった。初演後、すぐに陽ちゃん指揮東京コラリアーズで上演され、次に両合唱団が合同で、NHKの放送のために指揮・石井歓、ピアノ伴奏・福永陽一郎というコンビで録音した曲である。東芝でも、日本アカデミー合唱団を指揮して録音を残している(1970年)が、このビクター盤(関学グリー&同志社グリー)の方が先ではないか。当時の関学・同志社グリーの演奏の質の高さは驚きである。LPレコードなので聴きづらい部分があるが、是非CD化して欲しいものだ。陽ちゃんの切れ味鋭いリズムの表出、厳しい自然に立ち向かう男の姿、壮絶な気迫、孤独と絶望の間にさまよう人間の"冬の旅"を見事に歌い上げている。東芝による再録音盤も同様だが、リズム感の素晴らしさが光る、勢いのある演奏だ。男声合唱の美しさ、力強さ、祈り、怒り、叫び、哀しみ、願い、希望が表現されている。カップリングの「蛇祭りの行進」は低音が充実した勢いのある演奏で慶應ワグネルと早稲田グリー両合唱団の長所が見事に融合された演奏である。曲の面白さを存分に味わえる。〔なお、<合唱ベストカップリング・シリーズ>(日本伝統文化振興財団)では、ビクター盤VS東芝盤による競演が実現し話題になったが、私は大いに不満だった。両社の音源のうち、1つずつが選ばれ、2つの演奏での競演だからだ。価格が1500円だから贅沢はいえないのかも知れないが、収録時間も少ないし、それ以上に、両社に同一楽曲の複数音源がある場合は3つでも4つでも収録して競演・聴き比べができただろうに…!という点だ。この「枯木と太陽の歌」も、その1つだが、「月光とピエロ」「柳河風俗詩」「草野心平の詩から」「中勘助の詩から」「雪明りの路」などは顕著な例であり、畑中・福永・北村の競演が楽しめたはずだ…。〕

【その他の名演】
E南弘明「月下の一群」(早稲田グリー)、F大中恩「ヴェニュス生誕」(東海メールクワィアー)、H三木稔「レクイエム」(早稲田グリー)も、廃盤にしておいては惜しい名演・名盤だ。陽ちゃんとの関わり合いの深かった早稲田グリーとの「月下の一群」は曲の素晴らしさを堪能できるし、フランス的な香りも感じることができる演奏だ。「レクイエム」はライヴ録音であるが、緊張感のある演奏で複雑なアンサンブルでありながら完成度も高い。そして、詩の意味を深く理解し「死」というテーマを若者の感性で見事に歌い切ったと思う。陽ちゃんのオペラやオーケストラ指揮の経験が生きた演奏である。実演でき聴いた時の感動を再確認できる録音でもある。早稲田グリーとも、もっとセッション録音をして欲しかったと思う。「ヴェニュス生誕」は東海メールクワィアーの合唱技術の素晴らしさに耳を惹かれる。フランス文学や詩のエロティシズムを敏感に感じ取り歌っていると思う。畑中・福永の薫陶を受けた合唱団であるが、こういったセッション録音で名演を残してくれたことに感謝したい。"乳房"などはギョッとするほどの歌唱力であり、女性(母性)への憧れと激しいまでの情念を見事に歌い上げている。これは学生合唱団では無理なのだろう。陽ちゃんがどんな気持ちで指揮していたのか?非常に興味がある!この2曲(EF)、陽ちゃんのリリシズムや繊細なニュアンス、絶妙なリズム感を感じることができるが、同時に、陽ちゃんと名コンビを組んでいた久邇之宜氏の伴奏ピアノのセンスの良さも特筆に値すると思う。絶妙な音色であり、ニュアンスである。合唱(伴奏)ピアニストとして今や第一人者の名手である。陽ちゃんは大中恩作品を得意としており、スペシャリストであった。演奏会でも数多く取り上げてきている。初演した「わが歳月」のセッション録音はないのだろうか?この名曲は福永&同志社グリーのコンビが最高である。
 以上、陽ちゃん指揮の男声合唱の代表的な録音についてである。

【陽ちゃんのプライヴェート盤(ライヴ演奏)】
 次に、私が生で聴いた演奏も含めて、福永夫人=暁子さんからお借りしたプライヴェート盤について触れてみたい。演奏は同志社グリーと早稲田グリー定演および東西四連と東京六連、ならびに合同演奏である。演奏会で最も多くの回数を聴いたのは早稲田グリーであるが、先述のショスタコーヴィチの『革命詩人による十の詩曲より「六つの男声合唱曲」』以外では、陽ちゃん指揮・編曲の「光る砂漠」(1981年六連)、「オーベルニュの歌」(1982年定期)、「岬の墓」(1983年定期)、「祈りの虹」(1984年定期)、「フォスター名曲集(From the Sunny South)」(1988年六連)等を録音で再び聴くことができ、当時の感動が蘇ってきた。戦後40年を意識した「祈りの虹」は他の合唱団でも取り上げていたが、戦争と平和をテーマに強い信念で取り組まれた入魂の名演である。実演を聴いていないが、録音で聴く「島よ」(1977年六連)、「海の構図」(1978年六連)はいずれも陽ちゃん指揮・編曲だが、男声合唱の魅力を感じさせる。名曲の別の一面を教えてくれる名編曲である。当時の早稲田グリーも素晴らしい演奏で陽ちゃんの意図に応えていると思う。こういう編曲版も歌い継がれていることで一般に認知され、男声合唱界の宝となっている。〔混声合唱曲から男声合唱曲に編曲した<福永版>は、混声版の録音がある場合、男声版との聴き比べが実に面白い。〕
 同志社グリーはどうか。生で聴く機会は東京・大阪で隔年開催されていた東西四連(東京公演)ぐらいしかなかったが、福永&同志社グリーのコンビはいつも感動を与えてくれたと思う。録音で聴くと、先述の「月光とピエロ」「わがふるき日のうた」以外では、「わがふるき日のうた」と同日の「ポーギーとベス」(陽ちゃん編曲)や何度も指揮している「わが歳月」、「光る砂漠」(1976年)、「月下の一群」(1982年)が素晴らしい。

【グリークラブアルバムから】
 北村協一氏と共同で編曲・出版・録音した東芝の「グリークラブアルバム」から、私が気に入って聴いている小曲を紹介したい。男声合唱にとってのバイブルとなっている楽譜とレコードであるが、福永・北村両氏が関学グリー、同志社グリー、早稲田グリー、慶應ワグネルを指揮して古今東西の名曲を録音している。一時期廃盤であったが、最近また発売されているようだ。CDでは4枚(グリークラブアルバム第1集〜第4集)に分かれている。「ふるさと」「いざ起て戦人よ」「この道」「あわて床屋」「家路」「やまびこ」「河童昇天」「さらば青春」「夜の歌」「ウ・ボイ!」などが好きでよく聴いている。いずれにせよ、陽ちゃんの男性版への編曲はセンスが光るものが多く、いまだに全国の合唱団(グリーメン)の間で歌い続けられている。

【まとめ】
 今回、陽ちゃんの指揮で聴いた男声合唱のコンサートやレコード(録音)の感想などを書いてみようと思ったが、その数は膨大で、取り上げる楽曲により印象も変わるので、一概に陽ちゃんの芸風を語ることはできないと改めて感じている次第です。これは、畑中良輔・北村協一両氏についても同様である。しかし、この3人の名指揮者の演奏を聴くことで、聴き比べることで、楽曲の素晴らしさをいろいろな角度から知ることができることも改めて分かった。これこそが"解釈"であり、合唱団の"個性"なのかも知れない。畑中良輔氏によれば、陽ちゃんの残した録音はLPレコードにして50枚以上はあるという。その全貌が見えないし、演奏会のライヴ録音も昔はコンサート会場で、最近はネットなどで販売されているので、市販されたものとプライヴェート盤を合わせたら膨大な数になるだろう。陽ちゃん自身が生涯こだわった"演奏ひとすじの道"のとおり、指揮台で指揮することに生き甲斐を感じ、生涯現役で終えた音楽人生は幸せだったのだと思う。63年の生涯は決して長いものではなかったし、存命であれば82歳で、まだまだ指揮活動と評論活動、編曲活動などで忙しく過ごしていたことと思う。ご自身の生きた時代の要請に応えるように、音楽の伝道師として、自らに課せられた使命を情熱を持って、立派に果たされた人だったと思う。残された録音を聴きながらそんなことを感じた。合唱団の質や録音の点で、他にも良い演奏はあると思うが、私の魂を呼び起こし、感動を与え続けてくれるのは陽ちゃんの録音であり、盟友・畑中良輔氏、北村協一氏の録音なのである。
 陽ちゃんの芸風、解釈の特徴、演奏について、簡単に述べることはできない。それは、取り上げる楽曲にもよるし、何よりも陽ちゃんの芸の幅の広さ、多様性のせいである。男声合唱の魅力の1つでもある、荒々しさ(荒けずり)や豪快さ、野性味、線の太さは畑中・北村氏とは一線を画す特徴かも知れない。それと、リズム感も独特のもので、一日の長があるかも知れない。デリケートなニュアンス、バランス感覚、合唱音楽を知り尽くした呼吸、情熱の塊ともいえる熱さ…、などが特徴なのかも知れない。いずれにせよ、こんな合唱指揮者は二度と出てこないのではあるまいか。

【カーテンコール】
 東京六連・東西四連・関西四連などでは、合同指揮も含めて、朝比奈隆や山田一雄が指揮台に立ったこともあったが、楽屋はどんな雰囲気だったのか?実に興味がある。畑中・福永・北村に次いで好きな指揮者は、関屋晋氏であったが、亡くなられた。今、聴き応えのある演奏してくれる指揮者は浅井敬壹氏だろうか。合唱団京都エコーを中心に、なかなか良い演奏をしていると思う。それと、陽ちゃんのお孫さんの小久保大輔君か。オーケストラの指導もされているようだが、最近では合唱指揮においては陽ちゃんが指揮されていた楽曲もしばしば取り上げているので、これまた聴き比べが楽しみである。しかも、陽ちゃんの指導を受けた合唱団に客演されることも多い。祖父と孫の聴き比べ、それも多田武彦作品であれば極上の楽しみである。小林研一郎氏が十八番にされている陽ちゃん編曲のマーラー「さすらう若人の歌」は超一級品の演奏であり、何度聴いても感動的である。早稲田グリーで2回聴いた記憶がある。最後に、福永陽一郎が残した録音(音源)を整理して、CD化し、発売していただきたいと切に願うばかりです。とくに、多数の音源を所有の東芝EMIにお願いしたいと思います。『福永陽一郎合唱名曲・名演大全集』というタイトルで発売できないものか。あの超名演の多田武彦「雨」は我が国合唱界・音楽界の至宝といえる名演奏です。それから、合唱のレコードやCDに陽ちゃんが書いたライナーノートを1冊の本にできないものか。最近、男声合唱界は歌い手(グリーメン)が減って元気がないと聞きますが、ママさんコーラス等、合唱人口は吹奏楽同様、決して少ないわけではない。合唱音楽界に元気を与える意味でも、廃盤になっている名演奏の録音・音源を蘇らせて欲しいと思う。ジャーナリズムも「レコード芸術」や「音楽現代」等の音楽雑誌も、交響曲等のオーケストラ作品やオペラばかりでなく、我が国の音楽文化(邦人作品の合唱曲)にもっともっとスポットを当てて、大切に育てて欲しいと思う。今年86歳になられた音楽界の重鎮・畑中良輔氏の影響力をもって、日本の合唱界に"喝"を入れていただきたいものである。(畑中氏指揮による<畑中版>の「水のいのち」は何度聴いても感動的です!伊藤京子さんのナレーションに続いて演奏され、終曲"海よ"のピアノによる最終和音に移る寸前に、再び第1曲の"雨"にピアニッシモで戻り、静かに終わる演奏だ。水の一生を人間の輪廻転生に置き換えた見事な解釈であり、演奏です。)
 福永陽一郎"陽ちゃん"−男声合唱を、歌を、愛し、人々に感動を与えた"うたごころ"のある指揮者であった。♪雨のおとがきこえる 雨がふっていたのだ あのおとのように そっと世のためにはたらいていよう 雨があがるように しずかに死んでゆこう♪

2008年2月10日(陽ちゃん18回目の命日に)
大山 隆(46歳)

 福永陽一郎Memorial