byやませみ


7 関東周辺の温泉

7-2 草津・万座

7-2-3 化学成分から見た温泉の特性

草津温泉は成分でも大関?

下の図7-2-3-1は、日本全国の酸性泉の成分のうち、この泉質(いわゆる酸性−明礬・緑礬泉)を特徴付ける、陽イオンの鉄・アルミニウムと陰イオンの塩化物・硫酸の関係を表したものです。両者はほぼ直線に並ぶとても良い相関を示し、分布の右上ほど「濃い」、左下は「薄い」、というふうに見ることができます。いわば成分量でみたときの酸性泉の温泉ランキングです。図中に赤字で示したものが白根山周辺の主な温泉で、緑字の代表的酸性泉との相対的関係がわかります。

ここで目に付くのは、1) 香草温泉の成分が他にとびぬけて濃い、2) 湯畑は1881年には全国指折りの濃い酸性泉だったものが、近年では分布のほぼ真ん中の「並み」クラスになっている、3) 万座の各温泉が全国的な傾向よりも相対的にFe+Alの少ない特異な位置にあることです。

香草温泉は白根山の高所に位置し、岩盤の割れ目から噴出しています、地表水の混合をあまりうけていない「初生的な」温泉ではないかと推測できます、お酒でいう原酒です。白根山の東麓の温泉群は、標高が下がるに従って香草→常布→万代鉱→草津湯畑の順に成分が薄くなっていく傾向にあるのは、今までもよく指摘されてきたことです。




図7-2-3-1 全国の酸性泉の(Fe+Al)−(Cl+SO4)相関図

分析値は主に後藤(1999)より引用した複数源泉の平均値。硫酸イオンは、硫酸水素イオンを含めて換算。


草津・万座それぞれの個性

下の図7-2-3-2は、見慣れない格好ですけど、陽イオンのうち、カルシウム(Ca)−マグネシウム(Mg)−ナトリウム・カリウム(Na+K)の3成分に着目して、それぞれの量比(mval)を三角図に表したものです。この図からは多くのことが読みとれます。1) 草津湯畑・万代鉱・香草・常布といった白根山の東麓の温泉群は、比較的似たような成分比にある(3成分がほぼ均等)、2) 万座と白根山東麓の温泉はまったく分離した性質をもつ、3) 奥万座は万座とは性質(成因)が異なる。




図7-2-3-2 Ca−Mg−Na+Kの成分比(mval)

三角図の下半分を切り抜いた格好になってます。三角の頂点に近いほどその成分が多く、真ん中あたりでは3成分が均等に含まれているっていうことになります。

草津湯畑と万代鉱は径年変化が大きいので、複数年次の測定値をすべてプロットしてあります。細かくなるので年次は表示していませんが、おおむね左上ほど古く、右下ほど新しい年次になっています。つまり、これらの温泉は、昔は香草や常布と非常によく似た成分比のものであったものが、近年は次第にNaとKに富むような泉質に変化してきているということです。前の章では、湯畑の泉質が変化してきているのは万代鉱源泉の一部が地下で湯畑源泉に混じってきているのではないかと推測されていると書きましたが、両者が接近しつつある傾向は確かにありますが、どうやら万代鉱じたいの泉質も変わってきているように見えます。

図の左下側のカルシウム(Ca)が多い領域には、湯釜・奥万座・石津坑といった温泉が位置しています。岩崎(2001)の実験的研究では、酸性溶液を新鮮な岩石(火山岩)に接触させると、溶かし出す成分のはじめはカルシウムに富むタイプになり、岩石の変質が進んだ後ではナトリウムに富むタイプになると述べています。これだけでは決め手に欠けますけども、これらの温泉にカルシウムが多いのは、どうやら温泉と岩石の接触時間が短い、つまり、比較的浅いところで作られているらしいことが想像できます。具体的には、これらの温泉は硫化水素(H2S)を多量に含む酸性の噴気が、表層水に吹き込んでできているとみられます。

万座温泉は、陽イオンの主成分がマグネシウム(Mg)の、いわゆる正苦味泉(Mg-SO4)という全国的にも珍しい泉質であることが特徴です。Mgの成分比率は最大で42.96mval%(ラジウム北光泉・松屋ホテル)にも達します。それに対して、鉄やアルミの含有量はあまり多くありません。原因はよく分かっていませんが、これには地質が関係しているようにも思えます(次章)。

万座のなかでは、空噴・鈴湯(地熱)・苦湯といった小規模源泉よりも、万座湯畑(姥湯)のような湧出量の大きい源泉の方がカルシウムの比率が増す傾向があります。また、図上で、万座湯畑は、空噴と奥万座を結ぶ直線上に位置しているようにみえます。小坂(1984)はこれについて、万座の各源泉は、空噴、奥万座、降水(地表水)の3者がいろんな比率で混合してできあがっていると考え、各源泉の混合割合を試算しています。空噴は万座地域でもっとも成分量の多い源泉なので、万座の温泉の「素」とみられています。


もうちょっと詳しくみてみましょう

下図は、陰イオンのうちの主成分、塩化物イオンと硫酸イオンの比率をみたものです。右上ほど濃く左下ほど薄いという関係は最初の図と同じですが、ここでは酸性泉の「酸」が塩酸型(HCl)か硫酸型(H2SO4)かという性質がわかります。これでみると、1) 東麓の温泉、香草・常布・万代鉱・草津湯畑(近年)はほぼ一直線にならび、酸の性質が似ている、2) 万座空噴・鈴湯・万座湯畑・奥万座もほぼ一直線にならび、酸の性質が似ている 3) 万座は東麓の温泉群よりも塩酸成分が少ない傾向にある、4) 過去の草津湯畑は万座の傾向に似ていたらしい。(ただし他の温泉は古い分析値がないので単純には比較できない)。

これからいえることは、万座・東麓の温泉ともに、なにか成分の濃い「温泉の素」がそれぞれにあって、どこかで薄められながら湧出してきているらしいということです。




図7-2-3-3 塩化物イオン(Cl-)と硫酸イオン(SO42-)の相関図
年代数値は草津湯畑のもの。

このことは、山本ほか(1997)による、東麓の温泉についての硫酸イオンに含まれるイオウの同位体比(34S)からも、はっきりしてきました。下図はこの論文中にある硫酸イオン(SO42-)濃度とイオウ同位体比の数値をグラフにしたものです。

34Sは、通常のイオウ(32S)よりも重いイオウ(同位体)で、火山ガス中の平均的な存在度は+6(‰)です。香草の+27.5(‰)は、これに比べて重いイオウの比率がたいへん高い温泉で、これを越えるのは日本では玉川温泉の+31(‰)のみです。このような重いイオウに富む温泉ができるのは、火山ガスの二酸化硫黄(SO2)が硫酸と硫化水素に分離する(不均化という)ときに、液体の硫酸の方に重いイオウが濃集するからだと推測されています(同位体分別という)。つまり、香草や玉川などは、火山ガスが凝縮または地下水と混合してできた初生的な熱水(温泉の素)が、薄められずにそのまま湧出してきたものであることがわかります。表層の地下水は重いイオウをほとんど含んでいないので、湧出前に薄められると、重いイオウの比率がどんどん下がっていってしまうからです。

この関係が、東麓の温泉群にそのままみられます、常布→万代鉱→草津湯畑と、標高が下がるにしたがって、重いイオウの比率は低下し、それは硫酸イオンの濃度とほぼ完全に比例しています。図の横軸の硫酸イオン濃度(逆数)は、希釈率をあらわしているものとみてもいいです。




図4-2-3-4 硫酸イオン濃度(逆数)とイオウ同位体比(34S) の関係 山本ほか(1997)

‰は%の1/10の単位。硫酸イオン濃度が逆数になっているのは、このほうが関係が把握しやすいからです。(温泉水の採取年代は、香草は1992年、常布は1993-4年、万代鉱は1989-94年、草津湯畑は1965-1994年)

草津湯畑のみは、1965年からの連続的なデータがあります。1970年まではほぼ現在の常布・万代鉱と同じ位置にありましたが、1984年以降は重いイオウの比率、硫酸イオン濃度ともにたいへん低くなっています。この間に泉温は10℃ほどしか低下していませんから、これは表層の地下水が大量に混ざってきているというよりも、他の温泉水、たとえば火山ガスのあまり関与していない深層地下水型か火山性食塩泉型の高温の温泉水を混合してきているのかもしれません。図7-2-3-2では、草津湯畑・万代鉱ともにNa・Kに富む方向に移動してきているようなのも、それを支持しているように思えます。ただし、この傾向がずっと続くものかどうかはわかりません。1983年以降は白根山の活動が比較的静穏な時期ですので、一時的に火山ガスの供給量が少なくなっているというだけのことで、また昔のように濃い温泉が復活する日がくるのかもしれません。


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