byやませみ

2 温泉の分類いろいろ

2-3 湧出形態による分類

湧出量について書くのを忘れていたので、ちょっと触れておきます。
温泉分析表には、温泉の湧出量が示されていることもあります。湧出量は原則的に一分間に源泉から採取できる量を測定します。おおむね湧出量が60リットル/分あれば、掛け流しの浴場をつくるには充分な湯の量を確保できます。湧出量が多ければ、それこそ湯水のように温泉を利用することが出来るわけで、大きな風呂をたくさんつくったり、各部屋専用の浴室をこしらえたりと、温泉ファンにとっては見逃せない項目です。いっぽうで、少ない湧出量のわりに大規模な浴場が設置されているときには、加水により水増しされているか、温泉が一部の浴槽にだけ使われているという可能性があります。最近では湧出量が少ないのにも関わらず「100%天然温泉」をうたって、温泉を循環利用している施設もみうけられますが、これは衛生上かなり問題があります。湧出量は一応チェックしておいた方がいいでしょう。湧出量を明示していない施設は、はっきりいって×です。

湧出形態による分類:自噴泉と揚湯泉

湧出量の項目の横には(自噴)とか(動力揚湯)とかの湧出形態が書いてあります。自噴(じふん)泉は、人工的な外力によらずに自然に湧き出しているもので、歴史ある温泉は大部分がこのタイプです。温泉の開湯のエピソードには、いわゆる「信玄の隠し湯」のように、鉱山の坑道を掘っていたら湧き出してきた、とか、新田を開墾していたら地面から噴き出してきた、なんてのもあります。近年ではボーリングの掘削によって地下深部の温泉を開発することが多くなってきて、この場合でも自然に湧出するときは自噴泉とみなされています。

揚湯(ようとう)泉は、ポンプなどの動力装置を使って強制的に温泉を汲み上げているものです。自噴泉の湧出量を動力ポンプで人工的に増している場合にも、揚湯泉とよばれるようになります。動力揚湯を行うときには、事前に温泉審議会による許可を得なくてはなりません。周囲に他の泉源が有った場合、影響を及ぼす恐れがあるからです。また、温泉が地下にどれくらい貯えられているかを知ることが非常に難しい現在、揚湯によって早期に温泉が枯渇する可能性もあり、揚湯量をどれくらいに加減するかは難しい問題です。現実に、熱海温泉では過去に野放図な動力揚湯が行われた結果、温泉への海水の混入をまねいてしまい、泉質が変わったことが知られています。

沸騰泉と噴気孔

自噴泉のうち、沸騰点以上の高温で水蒸気を多くともなうものを沸騰泉(ふっとうせん)といいます。火山地帯の温泉ではよく見かけることがあり、もうもうと蒸気をあげながら轟音とともに大量の熱湯が湧き出す様は圧巻です。さらに沸騰が激しくなって、温泉水よりも水蒸気が主体になって噴き出すものを噴気孔(ふんきこう)といいます。噴気孔の周りには、しばしばイオウの黄色い結晶が付着しているのが見られます。こういった噴気中には硫化水素や亜硫酸ガスが含まれることが多く、濃度が高くなると非常に危険ですので、風の弱いときや、空気が滞留しやすい窪地にいるときなどは注意が必要です。実際に数例の死亡事故も起こっています。

高温の噴気に河川水や地下水を混ぜて熱交換をおこなえば、大量の温泉水をつくりだすことができ、箱根大湧谷や志賀高原発甫温泉では実際にこうした方法で温泉が製造されています。今の温泉の規定では水蒸気やガス状のものも温泉とみなされますので、これらの温泉も立派な天然温泉です。

間欠泉

温泉の湧出が定常的でなくて、湧出量が時間によって極端に増減するものを脈拍泉ということがあります。湧出と停止が規則的に繰り返され、それが沸騰泉であるときには、間欠泉(かんけつせん:ガイザー)とよばれます。信州上諏訪温泉の間欠泉は高さ20m、アメリカのイエローストーンの間欠泉は高さ45m以上も噴き上げるそうです。間欠泉の多くは地下の浅い場所で一時的に沸騰が起こったときだけ水蒸気の圧力で自噴してくるものです。間欠泉の噴出するメカニズムはなかなかおもしろいので、いずれ別個にとりあげるつもりです。


賦存形態による分類:層状泉と脈状泉

これらの名称は地下に温泉が貯えられている(賦存ふぞん)形態についての分類なので、一般に耳にすることはほとんどないでしょう。しかし、温泉を探査したり開発したりする者にとっては最も重要で、全体の作業計画に深く関わってくるので少し話しておきます。

温泉を含めた地中流体(地下水や石油、天然ガスなど)は、地下にぽっかりあいた空洞に溜まっているわけでは当然なくて(そう思っている人も多い)、岩石粒子のすき間(粒間空隙りゅうかんくうげき)とか、岩盤の亀裂(断裂空隙だんれつくうげき)などのとってもせまい空間に含まれています。地中の岩石は非常に大きな圧力でしめつけられているので、こういった空隙の割合(空隙率くうげきりつ)はほんとうに僅かなのですが、それでも広い範囲から集めれば、大量の流体を取り出すことができます。ここでさらに、流体を集めるために必要なのは、空隙の間が連結していて流れやすくなっていることです(透水性とうすいせい)。いくら空隙率が高くてたくさんの流体がたまっていても、透水性が良くなければ取り出すことはできません。温泉の探査や開発では、こういった空隙率が高くて透水性の良い岩盤(貯留層:ちょりゅうそう)が地中のどこにあるかを突き止めることが、主要な課題になっています。

層状泉

層状泉(そうじょうせん)は、このような貯留層が特定の地層(層準)に含まれていて、平面的な広がりが大きいものです。典型的なのは、砂岩とか礫岩などの粗い粒子で出来ている地層(透水層)が、泥岩などの緻密な地層(難透水層)に挟まれている場合で、あとで触れる化石海水型や深層地下水型の温泉に多い形態です。層状泉の特徴は、貯留層となる地層全体の体積が大きいために溜まっている温泉の量が多く、膨大な湧出量を期待できることです。また、ひとつの泉源から、貯留層となっている地層の連続を追跡していくことによって、あらたな泉源を開発することが比較的容易なことです。ただし、同一の貯留層から複数の泉源が取り合うわけですから、互いに干渉しないように考慮しなくてはなりません。

脈状泉

脈状泉(みゃくじょうせん)は、断層の周囲などで亀裂の多くなった岩盤などが貯留層になっていて、垂直的な広がりが大きいものです。裂か泉(れっかせん)といわれることもあります。日本では層状泉よりも一般的なので、脈状泉でないのに「温泉脈が発見された」とかいうような使われかたをします。温泉の開湯伝説に、「弘法大師が杖で石を突いたら温泉がわきだした」というのがよくありますが、岩の亀裂から温泉が噴出している様子をこう表現したのでしょう。杖の代わりに独孤(どっこ:鑿のような形の仏具)のこともあります。脈状泉の探査は、まずは地表で貯留層になりそうな規模の大きい断層をみつけてから、それを地下に追跡していく方法が一般的です。脈状泉の特徴は、地温があまり高くない地域でも、断層が地下深部にまで達していれば、高温泉の開発が可能になることと、層状泉にくらべて泉質が多様なことです。ただし、脈状泉の探査はかなり難しくて、開発に失敗する確率も高いという問題もあります。

層状泉と脈状泉に分けた賦存形態は非常に単純化したもので、実際にはこれらが複合したようになっている場合がほとんどです。たとえば、ある歴史的な温泉では、地下の礫層から自噴していた低温の層状泉が枯渇してきたので、新泉源をもとめて再調査したところ、深部の断層から上昇してきた高温の脈状泉が、浅部の地下水に混合して出来ていたことがわかった、なんてこともあります。この場合に温泉が枯渇してきたのは、上流にできたトンネルで表層の地下水の流れが変わったのが原因でした。この温泉は、補償金をボーリング費用にあてて、高温の脈状泉を開発してリニューアルしました。

残念ながら、いまのところ賦存形態がはっきり解明されている温泉は数少ないのが現状です。温泉技術者のほとんどはボーリング調査の際に、すこしでも賦存形態の情報が得られるようにと、付随調査の方法を施主に提案しますが、たいていは経費節約のために断られてしまいます。後々必ず役に立つデータになるんですが、、、。


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