「男はつらいよ」独尊論/第9作「柴又慕情」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/五十嵐敬司
脚本山田洋次、朝間義隆
ロケ地石川県金沢市、福井県東尋坊
公開日1972年(昭和47年)8月5日
上映時間107分
動員数188万9000人
配収5億1000万円
主な世相・浅間山荘事件
・横井庄一軍曹帰国

キャスト
マドンナ吉永小百合(OL/歌子)
主な出演 ・松村達雄(ニ代目おいちゃん)
・宮口精二(歌子の父)
・津坂匡章(寅次郎の舎弟/登)


寅次郎を巡る主な出来事

・ 寅次郎がとらやを出て一人暮しをする為に不動産屋を回る。
・ 家を建てたいと言う博と櫻にケチをつけ、櫻を泣かせる。
・ 金沢の宿で登と再会する。
・ 旅先で知り合ったマドンナに恋をする。
・ マドンナが博と櫻に結婚の事を相談し、結婚を決意する。
・ 寅次郎の恋が一巻の終わりとなる。

◇ ◇ ◇

冒頭の夢

とある漁村で貧しい生活をしている夫婦(博と櫻)のところへ借金取り達(坂東鶴八郎一家)が やってきた。金を返せないのならと、家の布団まで持って行こうとする。そこへ現れた車寅次郎。 「無駄な人殺しはしたくはございません。もし、金で済む事でしたら、こんなもんで足ります でしょうか」、そう言いながら札束を放り投げる。そして夫婦にも札束を渡し、「その坊やに 飴玉の一つも買ってやっておくんなさい」と言い残し、その場を去ろうとする・・・・・「お客さん、乗りますか?」、 田舎の駅でうたた寝をしてる寅次郎が駅員の声で目を醒ます。

◇ ◇ ◇

ストーリー

家を建てる計画をしている博と櫻に少しでも金を工面してやろうと、おいちゃんが寅次郎の部屋を 貸し部屋にする事にした。そしてとらやの入口に「貸間あり」の札をぶら下げたのである。その札の事を 家族で話していると、ちょうどそこへ寅次郎が帰ってきた。とらやに入るなりその札が目に入った寅次郎は、 何も言わずに怒って柴又駅の方に行ってしまった。櫻が慌てて追いかけたが、寅次郎は文句を言いながら どこかに行ってしまった。 怒った寅次郎は一人暮しをするつもりで安い部屋を探して不動産屋を回った。ある不動産で安い下宿がある と言われ、不動産屋の車で連れてきてもらった部屋が「とらやの貸部屋」だった。とらやの家族に 優しい言葉を掛けられた寅次郎は、ブスっとした顔つきで渋々中に入った。不動産屋のおやじが「話しが まとまったのなら手数料の6000円をよこせ」と言い出した。自分の家に帰ってきたつもりの 寅次郎は怒って不動産屋と喧嘩になったが、結局その金は博が払う事になった。 夜、寅次郎の部屋を貸す件で寅次郎とおいちゃん達は言い合いになった。博と櫻が家を建てたいという 話にも散々ケチをつけ、最後は櫻を泣かせてしまった。気まずくなった寅次郎は不動産屋に払うお金を さくらに渡し、夜の柴又を後にした。

北陸を旅する寅次郎は金沢に立ち寄った。そして金沢で泊まった宿の階段で偶然舎弟の登と再会した。 同じ宿には東京から観光に来た歌子(マドンナ・吉永小百合)、緑、真理の三人連れが泊まっていた。 金沢から福井県に移動した寅次郎が「みそでんがく」の店で休憩していると、そこへ金沢の宿にいた三人連れ が偶然やってきた。店の中で歌子達が寅次郎にぶつかった事が切っ掛けとなり、いっしょに話をしたり 記念写真を撮ったりし、寅次郎と歌子達はすかっり仲良くなってしまった。

しばらくして寅次郎が柴又に帰ってきた。タイミング良く、歌子の友達の緑と真理も寅次郎を訪ねて柴又に やってきた。二人から歌子の話を色々と聞いている内に、寅次郎は歌子の事が気にかかるようになった。 と言うより福井で会った時から既に気があった様ではあるが・・・。 歌子は小説家の父親(宮口精二)と二人暮らしである。母親は歌子が小さい時に蒸発しており、歌子は不幸な 家庭環境で育ったのである。今は父親の身の回りの世話は歌子の仕事となっている。その歌子が 次の日一人でとらやにやってきた。寅次郎は緊張しながらも大喜びし、家族一同で歌子を歓迎した。

歌子には結婚を考えている男がいる。一旦は諦めたものの、どうしても諦めきれずに父親に相談するが、 父親は反対して全く相談に乗ってくれない。歌子は自分が結婚してしまうと父親が一人になるという不安が ある為、強引に押し切る事ができないのであった。困り果てた歌子はニ、三日家を出るつもりで再びとらやを 訪れた。一晩とらやに泊まり、翌日、博と櫻のアパートへ結婚についての相談に出掛けた。その結果歌子は結婚を 決意する事になるのであった。

何も知らない寅次郎は、意気揚揚として櫻のアパートまで歌子を迎えに行く。そして帰り道、歌子は 寅次郎に結婚を決意した事を話した。それを聞いた寅次郎は、口では良かったと言いながら顔を下に 向け、ぐっと涙を堪えるのであった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第9作「柴又慕情」は数作ぶりに寅次郎がマドンナの結婚を知らされる作品である。第5作「望郷篇」 がそうであったように、どちらの作品もマドンナがこれから結婚するという事実を最後に知る事になる。この点だけを比較 すると第5作の時の方が寅次郎のショックは遥かに大きい。第5作はマドンナの結婚の事実を寅次郎に 知らせる事に最大の重点が置かれているのに対し、第9作はマドンナの気持ちの変化とその背景が叙情的に 表現されている。これは結婚を決心した時のマドンナの心境ではっきりとわかる。 第9作のマドンナ・歌子は結婚を決意するまでの気持ちの変化を終盤で寅次郎に淡々と語り、最後は 涙を流して結婚に対する覚悟を表現している。また、結婚についての相談を既婚者の博と櫻にしており、 これにより現実的な女心がテーマになっている事がわかる。

この作品と前作品までの大きな違いは、森川信さんが亡くなった事によりおいちゃん役が松村達雄さんに 代わった点である。この事でとらやのシーンでの喜劇性が少し薄れる事になるが、その分だけ松村達雄さんの独特のおいちゃん色 が出る事になる。 おいちゃん交代の裏で数作ぶりに登が登場する点は嬉しい。しかし登の登場するシーンは回を重ねる毎に 減っており、この作品ではほとんど印象が薄くなっている。

この作品のとらやでの寅談義には面白いシーンが二つある。一つは博の好物が「焼き茄子」で、櫻が これに対して「貧乏暮らしの"地"が出る」と言うシーンである。このセリフに対して寅次郎は 歌子の前では下品な会話はやめるようにと真剣に怒り出す。「地」と「痔」を間違えた訳であるが、 この勘違いで場の雰囲気が完全に壊れるところが面白い。もう一つは歌子の「薔薇の花」の話である。 歌子の失恋話の中に「薔薇の花」の話が出て、おばちゃんがこれに対して意見を言う。この意見が元で おいちゃんとおばちゃんは夫婦喧嘩をし、喧嘩を止めた寅次郎がその時に言ったセリフが実におかしい。 そのセリフはこうである。

「君は、一日、鼻の穴の掃除をしてりゃぁいいんだよ」

このセリフは何度聞いてもおかしい。とらや一同も全員大笑いとなるが、このシーンは喜劇性だけでは なく、家族団欒や家族愛の大切さも喜劇を通して同時に表現している様に感じる。

印象的なシーンは寅次郎が口ずさんだ歌である。寅次郎はシリーズ中で多くの歌を口ずさむが、これらは 全て他人の歌である。しかしこの作品に限っては寅次郎を演じる渥美清さん本人の持ち歌が歌われている のである。登と再会した寅次郎が金沢の宿で酒を飲みながら「チンガラホケキョーの唄」を歌うシーンがそれである。 歌子達が部屋で話をしているシーンで寅次郎の歌声だけがかすかに聞こえるというものであり、本人の持ち歌の せいか他の歌を口ずさむシーンとは明らかに一線を引いている感がある。劇場では大きな音量で聞こえたはずであり、 公開当時はこの歌声に感動したファンが大勢いたに違いないだろう。もしかしたらこの歌はこの作品の為に 作られたのだろうか。いや、その前にこの歌は元々渥美清さんの持ち歌なのだろうか。この点は自信がない。 ちなみに歌詞の一部はこうである。

♪一、ニ〜の三、浅草の〜、ほらチンガラホ〜ケキョーの帰り道〜
でこ坊よぉ〜、帰ろうよ〜、男な〜ら我慢しな、フウフフ〜ン

第9作は終盤での寅次郎の別れのシーンがない。マドンナ歌子が結婚する事を知った寅次郎 は落ち込んでしまい、その後江戸川土手で自分の心境を櫻に語るシーンがある。この作品の場合、 寅次郎の別れのシーンはこの江戸川土手のシーンに吸収されていると考えられる。

ラスト前のシーンで寅次郎は歌子の嫁いだ先に一度だけ訪ねるが、実際のシーンはない。実際のシーン はなくとも寅次郎がその時にどういう顔で、またどういう話をしたかは自然に頭に思い浮かんでくる。 第7作でも同様のシナリオがあったが、手紙や語りで寅次郎の事を伝えるという設定は以後の作品でも 度々見る事になる。多くの場合、この事は寅次郎がもうそこには居ないという意味になる。 同時に実際のシーンとは違う次元で寅次郎のイメージが無意識の中で膨らみ、結果的にそれが頭に焼き 付く効果につながるのではないだろうか。



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