「男はつらいよ」独尊論/第8作「寅次郎恋歌」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/五十嵐敬司
脚本山田洋次、朝間義隆
ロケ地岡山県高梁市
公開日1971年(昭和46年)12月29日
上映時間113分
動員数148万1000人
配収4億円
主な世相・マクドナルド1号店誕生
・第一銀行と勧業銀行が合併

キャスト
マドンナ池内淳子(喫茶店ロークを経営する未亡人/貴子)
主な出演 ・志村喬(博の父/諏訪飃一郎)
・中沢裕喜(貴子の息子/学)
・吉田義夫(ドサ回り一座の座長/坂東鶴八郎)
・岡本茉利(座長の娘/大空小百合)
・穂積隆信(博の兄)
・梅野春靖(博の兄)


寅次郎を巡る主な出来事

・ 旅先でドサ回りの芝居をしている坂東鶴八郎一座と知り合う。
・ 博の母が亡くなる。
・ 博の父の話に感動し、すぐ柴又に帰る。
・ マドンナ/貴子にりんどうの花をプレゼントする。
・ 妹/さくらの話で泣かされる。

◇ ◇ ◇

冒頭のシーン

四国のとある港町。雨漏りのする芝居小屋。秋の長雨で客が一人も来ない坂東鶴八郎一座。 そこにふらっと現れた寅次郎。座長から事情を聞き、宿に帰る事にした寅次郎。雨の中、宿まで 傘に入れて送ってくれた座長の娘の大空小百合に小遣いをあげた寅次郎だが、500円札のつもり が5000円札を渡してしまった。宿の前には「一泊500円」と書かれた看板が・・・。

◇ ◇ ◇

ストーリー

ある日、さくらが近所の八百屋で「勉強しないと寅さんみたいになっちゃうよ」と言いながら 子供を躾る親の話を聞いた。とらやでその事を話し、おいちゃん達と今度寅次郎が帰ってきたら 優しく迎えてやろうという話になった。そこへちょうど寅次郎が帰ってきた。タコ社長も交じり、 とらやの面々は大げさな態度で寅次郎を迎えた。その様子を見て何かがおかしいと感じた寅次郎は 怒り出した。 その夜、寅次郎は酔っ払った昔の仲間達をとらやに連れてきた。おいちゃんと寅次郎がまた喧嘩 になりそうなので何も言わずに寅次郎の言いなりになる櫻。調子に乗った寅次郎は櫻に歌を歌わせた。 しかし泣きながら唄を唄う櫻の姿を見た寅次郎はさすがにいたたまれなくなり、そのままとらやを 出てしまった。

ある雨の午後、博の母が危篤だという電報が届いた。博と櫻が実家のある岡山の備中高梁に掛けつけた が、すでに母は亡くなっていた。葬式の席、突然寅次郎が現れて博と櫻を驚かせた。寅次郎はとらやに 電話をかけて話を知ったらしい。 一人っきりになった博の父・ひょう一郎(志村 喬)の事が心配になった寅次郎は、しばらくの間備中高梁 にいる事にした。ある夜、ひょう一郎と酒を飲んでいる席でひょう一郎からりんどうの花の話を聞かされた 寅次郎は自分の生き方を改心し、すぐに柴又に帰る事にした。

その頃柴又では帝釈天の傍に新しい喫茶店が開業していた。店の主人は小学生の一人息子がいる未亡人・ 貴子(マドンナ・池内淳子)である。しばらくして寅次郎がとらやに帰ってきた。帰ってきて早々、 新しい喫茶店にコーヒーを飲みに行こうとする寅次郎を止めるおいちゃん達。喫茶店に行って貴子と顔を 合わせるとまずい展開になると思ったからである。寅次郎は何だかんだ言いながら、おばちゃんの入れた お茶を飲む事になった。 夜、とらやの茶の間でみんなにりんどうの花の話をする寅次郎。博の父に聞かされた話をあたかも自分が 体験したかの様に話す。この辺は寅次郎の得意技である。次の日、寅次郎が帝釈天をぶらついていると、貴子 の一人息子・学(中沢裕喜)が寂しそうに一人で遊んでいた。寅次郎が学に声を掛けていると、貴子が学を 連れにきた。突然現れたべっぴんに驚く寅次郎。例によって貴子に一目惚れしてしまったらしい。

貴子の店に度々顔を出すようになった寅次郎は、一人息子の学といっしょに遊ぶようになり、学の人見知り する性格はとたんに直った。ある日貴子の喫茶店にいた寅次郎は、貴子が借金の事で泣きながら電話で 話しているところを見てしまった。貴子が金に困っていると察した寅次郎は、バイで一生懸命稼ごうとするが 突然大金が稼げる筈はない。

ある夜、寅次郎は貴子の家を訪ねた。貴子にりんどうの花をプレゼントし、ここでもりんどうの花の話をする 寅次郎。困った事は何でも相談して欲しいという寅次郎の誠意に涙を流して喜ぶ貴子。しかし、「私も旅に ついて行きたい」という貴子の言葉で現実に引き戻された寅次郎は、貴子がお茶を入れている間に帰って しまった。とらやに戻り、旅の支度をする寅次郎は、さくらの思いがけない話で思わず泣いてしまった。 茶の間にいるみんなに達者で暮らすようにと一言残し、寅次郎は一人で風の中へと出て行くのであった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第8作はこれまでのシリーズの中で初めて年末に公開された作品である。第3作以降は年3本づつ の公開で、第8作は3本づつ公開された最後の作品となる。この作品以降、「男はつらいよ」は年2回 の公開が定番となり、シリーズとしてさらに定着する事になる。その意味では第8作はシリーズ定着に 向けてさらなる一歩を踏んだと言える。 定着を表す一つに主題歌の安定が挙げられる。主題歌は多少の歌詞の変化はあるものの、前奏中の 寅次郎の口上に続いて歌が始まる点は基本的に第1作から変わっていない。しかし第8作の主題歌は それまでの作品に比べると大変安定している様に感じる。口上が入る微妙なタイミング、演奏の丁寧さ、 そして歌の滑らかさである。これらはどれをとってもそれまで以上の完成度の高さを感じる。

そしてとらやの茶の間のシーンにも定着を感じる。茶の間のシーンはこれまでの作品でも必ずあったが、 この作品の中でとらや一家の面々が座る位置が以降の作品にも続く事になる。とらやの入り口から右回りで 説明すると、おばちゃん、おいちゃん、寅次郎、博、櫻の順となる。そして場合によっては博の後ろあたり にみんなに尻を向ける形でタコ社長が腰掛ける。茶の間のシーンは見ていてほっとするシーンであり、随所に 喜劇が散りばめられている点は見逃せない。この作品の茶の間のシーンが以降の作品の原点に なっているのは間違いないだろう。

第8作の特記すべき点は、おいちゃん役の森川信さんの最後の出演作品だという事である。おいちゃん役の 森川信さんと寅次郎のやりとりは第1作の時から絶妙である。間の取り方が自然で、わざとらしいギャグ でも笑えてしまうところが魅力の一つである。シリーズが安定し、レギュラー出演者の個性も固まってきた ところで大黒柱である森川信さんが最後の出演となるのは大変残念な事である。当時は大勢の人達が森川信さんの 死を悲しんだに違いない。思えば第6作の中で、第9作以降のおいちゃん役となる松村達雄さんと森川信さん とのツーショットが心に残る。今考えれば、あのシーンがおいちゃん交代のシグナルだったのかもしれない。 第8作中、おばちゃんとの会話の中で、森川信さんが「決まってるじゃないか、死ぬまでよ!」と言うシーンが ある。このシーンも後で見ると何か気に掛かるところである。

見所としては博の父親役の志村喬さんのしみじみとした語りが挙げられる。第1作の時に博の結婚式で 寅次郎を大泣きさせるシーンがあったが、この作品でも寅次郎に感動を与える長セリフが入る。そして以後の 作品でもう一度寅次郎を感動させる事になる。もう1つの見所は亡き母に対する博の感情表現である。備中高梁の葬式 シーンでは博を含めて4人の兄弟姉妹が集まる。冷淡な感情を表現するニ人の兄に対し、博は父も気がつかなかった 母の本心を泣きながら訴える。

笑えるシーンは大きく2つある。一つは旅から帰ってきた寅次郎が朝日印刷で働く博に会いに来るシーンである。 ぶつぶつ言いながら印刷されたばかりの紙で顔を拭き、インクが顔にくっつくという単純なシーンであるが、 これが何度見ても笑えてしまう。寅次郎の表情の変わり加減と職工達の反応が見事に 連携し、最後に寅次郎が「責任者呼べ! タコ呼べタコ!」と怒鳴りながら出て行く場面は最高におかしいシーンである。 二つ目は備中高梁での葬式のシーンである。寅次郎が集合写真のシャッターを押す事になったが、シャッターを押す瞬間 つい口が滑り、「はい、笑ってぇ〜」と言ってしまう。櫻に注意されてハッと気がつくが、今度は「はい、泣いてぇ〜」 と言ってしまう。このシーンは笑えるシーンでありながらハラハラする不思議なシーンでもある。これは第1作の櫻の 見合いのシーンに通じるものがある。

第8作は寅次郎とマドンナとの別れにわかりやすい決め手がない作品である。過去の作品は一部の例外を除き、 マドンナに恋人がいる事を知った寅次郎が再び旅に出るという結末がほとんどであるが、この作品の場合は少し違う。 寅次郎が再び旅に出る結末は同じであるが、その決め手は寅次郎の微妙な気持ちの変化である。マドンナとの会話の 中で現実を知り、自分とマドンナの住んでいる世界の違いに気がついた寅次郎が自ら身を引いているのである。 これまでの寅次郎とマドンナの関係はどちらかというと単純であったが、この作品で初めて寅次郎の大人の心理が 表現されたのではないか。以後の作品でもこの手の心理表現がされる作品がいくつかある。第8作はあらゆる意味で 「男はつらいよ」の原点が確立されつつある事と、成熟に向かって大きく前進した事を実感させられる作品である。



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