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第8作はこれまでのシリーズの中で初めて年末に公開された作品である。第3作以降は年3本づつ
の公開で、第8作は3本づつ公開された最後の作品となる。この作品以降、「男はつらいよ」は年2回
の公開が定番となり、シリーズとしてさらに定着する事になる。その意味では第8作はシリーズ定着に
向けてさらなる一歩を踏んだと言える。
定着を表す一つに主題歌の安定が挙げられる。主題歌は多少の歌詞の変化はあるものの、前奏中の
寅次郎の口上に続いて歌が始まる点は基本的に第1作から変わっていない。しかし第8作の主題歌は
それまでの作品に比べると大変安定している様に感じる。口上が入る微妙なタイミング、演奏の丁寧さ、
そして歌の滑らかさである。これらはどれをとってもそれまで以上の完成度の高さを感じる。
そしてとらやの茶の間のシーンにも定着を感じる。茶の間のシーンはこれまでの作品でも必ずあったが、
この作品の中でとらや一家の面々が座る位置が以降の作品にも続く事になる。とらやの入り口から右回りで
説明すると、おばちゃん、おいちゃん、寅次郎、博、櫻の順となる。そして場合によっては博の後ろあたり
にみんなに尻を向ける形でタコ社長が腰掛ける。茶の間のシーンは見ていてほっとするシーンであり、随所に
喜劇が散りばめられている点は見逃せない。この作品の茶の間のシーンが以降の作品の原点に
なっているのは間違いないだろう。
第8作の特記すべき点は、おいちゃん役の森川信さんの最後の出演作品だという事である。おいちゃん役の
森川信さんと寅次郎のやりとりは第1作の時から絶妙である。間の取り方が自然で、わざとらしいギャグ
でも笑えてしまうところが魅力の一つである。シリーズが安定し、レギュラー出演者の個性も固まってきた
ところで大黒柱である森川信さんが最後の出演となるのは大変残念な事である。当時は大勢の人達が森川信さんの
死を悲しんだに違いない。思えば第6作の中で、第9作以降のおいちゃん役となる松村達雄さんと森川信さん
とのツーショットが心に残る。今考えれば、あのシーンがおいちゃん交代のシグナルだったのかもしれない。
第8作中、おばちゃんとの会話の中で、森川信さんが「決まってるじゃないか、死ぬまでよ!」と言うシーンが
ある。このシーンも後で見ると何か気に掛かるところである。
見所としては博の父親役の志村喬さんのしみじみとした語りが挙げられる。第1作の時に博の結婚式で
寅次郎を大泣きさせるシーンがあったが、この作品でも寅次郎に感動を与える長セリフが入る。そして以後の
作品でもう一度寅次郎を感動させる事になる。もう1つの見所は亡き母に対する博の感情表現である。備中高梁の葬式
シーンでは博を含めて4人の兄弟姉妹が集まる。冷淡な感情を表現するニ人の兄に対し、博は父も気がつかなかった
母の本心を泣きながら訴える。
笑えるシーンは大きく2つある。一つは旅から帰ってきた寅次郎が朝日印刷で働く博に会いに来るシーンである。
ぶつぶつ言いながら印刷されたばかりの紙で顔を拭き、インクが顔にくっつくという単純なシーンであるが、
これが何度見ても笑えてしまう。寅次郎の表情の変わり加減と職工達の反応が見事に
連携し、最後に寅次郎が「責任者呼べ! タコ呼べタコ!」と怒鳴りながら出て行く場面は最高におかしいシーンである。
二つ目は備中高梁での葬式のシーンである。寅次郎が集合写真のシャッターを押す事になったが、シャッターを押す瞬間
つい口が滑り、「はい、笑ってぇ〜」と言ってしまう。櫻に注意されてハッと気がつくが、今度は「はい、泣いてぇ〜」
と言ってしまう。このシーンは笑えるシーンでありながらハラハラする不思議なシーンでもある。これは第1作の櫻の
見合いのシーンに通じるものがある。
第8作は寅次郎とマドンナとの別れにわかりやすい決め手がない作品である。過去の作品は一部の例外を除き、
マドンナに恋人がいる事を知った寅次郎が再び旅に出るという結末がほとんどであるが、この作品の場合は少し違う。
寅次郎が再び旅に出る結末は同じであるが、その決め手は寅次郎の微妙な気持ちの変化である。マドンナとの会話の
中で現実を知り、自分とマドンナの住んでいる世界の違いに気がついた寅次郎が自ら身を引いているのである。
これまでの寅次郎とマドンナの関係はどちらかというと単純であったが、この作品で初めて寅次郎の大人の心理が
表現されたのではないか。以後の作品でもこの手の心理表現がされる作品がいくつかある。第8作はあらゆる意味で
「男はつらいよ」の原点が確立されつつある事と、成熟に向かって大きく前進した事を実感させられる作品である。
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