「男はつらいよ」独尊論/第7作「奮闘篇」
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■作品データ
監督/助監督山田洋次/今関健一
脚本山田洋次、朝間義隆
ロケ地新潟県広瀬、静岡県沼津市、青森県鰺ヶ沢
公開日1971年(昭和46年)4月28日
上映時間91分
動員数92万6000人
配収1億8000万円
主な世相横綱大鵬引退

■キャスト
マドンナ榊原るみ(青森出身の障害児/花子)
主な出演 ・田中邦衛(花子の恩師で教師/福士先生)
・ミヤコ蝶々(寅次郎の実母)
・犬塚弘(駅前の交番の巡査)
・柳家小さん(ラーメン屋の店主)


■寅次郎を巡る主な出来事

・ 寅次郎の母親が京都から寅次郎に会いにくる。
・ 沼津の小汚いラーメン屋で花子と知り合う。
・ 寅次郎が花子との結婚を決意する。
・ 花子の恩師が花子を青森に連れて帰り、寅次郎が後を追う。
・ 寅次郎が自殺をほのめかすハガキを送り、さくらが心配して青森まで行く。

◇ ◇ ◇

■ストーリー

寅次郎の母・お菊(ミヤコ蝶々)が京都から突然とらやにやってきた。一年程前、寅次郎から所帯を持つかも しれないと書かれたハガキをもらい、その事が気になって寅次郎に会いに来たのである。 しかし寅次郎は旅から帰っておらず、しかもいまだに独身だと聞かされたお菊はがっかりしてしまう。 お菊は帝国ホテルに宿泊しており、寅次郎が帰ってきたら居場所を伝えて欲しいと言い残してホテルに帰った。 お菊がホテルに帰ってからすぐに寅次郎が柴又に帰ってきた。おいちゃんから母親の話を聞かされた寅次郎だが、 会っても話す事はないと言いながら母親に会いに行こうとしない。夜、みんなが真剣に母親の話をしている時に 寅次郎は大きな「屁」をしてしまった。この「屁」が切っ掛けでさくらが泣き出し、そして「寅次郎 対 家族全員」 の喧嘩に発展してしまった。 結局寅次郎は母親に会いに行く事になったが、寅次郎と再会したお菊は寅次郎のだらしない態度に我慢できず、 思わず寅次郎を怒鳴ってしまった。その事で母親と口論となり、気を悪くした寅次郎は例によって旅に出る事となった。

旅先の沼津で駅の近くの小汚いラーメン屋でラーメンを食べる寅次郎。隣でラーメンを食べている 若い女の子に駅までの道を聞かれ、親切に教える寅次郎。女の子が店を出ると、店主(柳家小さん)が 「あの女の子は頭が少し足りない」のだと言う。ラーメン屋を出て駅に向かう寅次郎は、駅前の 交番の中で泣いているさっきの女の子が目に入った。黙って放っておけない寅次郎は、きつい質問を する巡査(犬塚弘)に代わり、女の子に優しく質問した。女の子の名前は花子(マドンナ・榊原るみ)で実家は 青森らしい。紡績工場で働いていたが、何かの事情でバーの様な店で働かされ、どうやらそこから 逃げ出してきたらしい。 寅次郎は巡査と相談し、その夜の夜行列車で花子を青森まで帰してやる事にした。沼津駅で切符を 買って花子に渡し、上野駅での乗り換えなどを教えた。そして東京で迷ったらとらやに行くようにと メモを渡し、花子を列車に乗せたのである。 翌日、花子は早速とらやにやってきた。おいちゃん達はどういう経緯で花子がとらやに来たのか全く わからず、途方にくれてしまった。青森出身だという事だけは花子の話でわかったので、とりあえず青森の役場に 手紙を出し、役場からの返事を待つ事にした。しばらくして寅次郎が柴又に帰ってきた。付け髭と色メガネで変装した 寅次郎であったが、とらやに来ている花子を見て涙を流して花子との再会を喜んだのであった。

花子が知恵遅れの障害者である事は既にみんな知っている。その花子を寅次郎はとらやに置くと言い出した。 もちろん誰も賛成はしないが、誰も寅次郎を止める事はできない。寅次郎は花子に仕事をさせてやろうと思い、 朝日印刷や題経寺に連れて行った。しかしタコ社長や御前様がスケベ心を出すのではないかと思い、すぐに花子を 連れ戻してしまう。結局とらやで仕事をさせる事にしたが、店の客が花子に声を掛けた事で揉め事が起き、 結果的にそれもダメになってしまった。 そんな事をしている内に寅次郎は花子の面倒を一生見てやると言い出し、結婚まで決意してしまった のである。寅次郎と花子は二人で仲良くデパートに出掛けるなどしてまるで恋人同志である。妹のさくらとしては 寅次郎の希望通りに結婚させてやりたいところではあるが、おいちゃんとおばちゃんは反対である。それは当然の 事で、どこから来たのかも良くわからない相手と結婚などできるはずがない。

そしてある日、青森から花子の恩師である福士先生がとらやを訪ねてきた。青森の役場に送った手紙で 花子の事がわかったのである。福士先生はどうしてもその日の列車で花子を連れて帰りたいと言い、寅次郎 に会わずに花子は青森に帰ってしまった。商売から帰ってきた寅次郎は花子がいない事に気がつき血相を変えた。 さくらの話で花子が青森に帰った事を知り、驚いた寅次郎はすぐに旅に出る準備をして花子の後を追うようにしてとらやを 飛び出してしまった。

ある雨降りの日、寅次郎からハガキが届いた。ハガキの内容から察すると、寅次郎は自殺を 考えている様である。ハガキの中に「花子と会った」と書いてあるので、寅次郎は青森にいるらしい。 心配になったさくらはすぐに青森にまで行く事にした。さくらは福士先生の学校に行き、寅次郎が訪ねて きた話を福士先生から聞いた。しかし寅次郎はその後どこに行ったのかさっぱりわからない。心配しながら バスに乗っていると、どこかの停留所からおばちゃん連中といっしょに寅次郎がバスに乗ってきた。バスの 中でさくらの顔を見てびっくりする寅次郎。二人の乗ったバスは田舎道をゆっくりと走って行った。

◇ ◇ ◇

■見所と独尊的論評

第7作はテーマの重い作品である。だがマドンナ・花子の存在を除けば、喜劇性などは他の作品と 同じに思える。喜劇性の濃い映画に障害者をテーマとして盛り込むのは難しい話である。難しいと 言うよりあまり意味がないと言った方が良い。なぜなら障害者を見ると可哀相な気持ちになり、 その後の喜劇を腹の底から笑えなくなってしまうからである。これは差別や哀れみではなく、人間 として自然に感じる感情である。しかし第7作でそれをあえてやったという事は、山田洋次監督はこの シナリオを通して何かを伝えたかったからに違いない。

知恵遅れの障害を持つマドンナ・花子が最初に登場するのは沼津のラーメン屋である。店の客は花子と 寅次郎の二人だけ。花子がラーメンを食べて店を出た後、ラーメン屋の店主が寅次郎にこんな事を言った。

『お客さん、あの子ね、ここ(頭)が少しおかしいよ。そりゃね、ちょっと見には可愛い女の子で 通るけども、良く見てごらんよ、目なんざさ、変にこう間が抜けててさ、確かありゃあ、どっかの 紡績工場から逃げ出したに違いないよ。今人手不足だからね、工場の人事課長かなんかが田舎行って、 それでまぁ、ちょいと変な子だけども頭数だけ揃えておきゃあってんで引っぱってきたようなものの、 人並みに働かねぇ。しょっちゅう叱られてばかりいて嫌になって逃げ出すってやつだ。その内にまぁ、 悪い男かなんかに騙されて、バーだキャバレーだ、挙句の果てにゃあ、ストリップかなんかに売り飛ば されちゃうんじゃねぇかなぁ、可哀相だなぁ』

これはかなりきついセリフである。例え他人事のセリフと言えども何故ここまできついセリフを入れたのか。 そして寅次郎が花子との結婚を決意した時のおいちゃん達の話し合いの中にも障害者を差別するかの 様なセリフが入っている。しかし、終盤に花子を連れ戻しに青森からやって来た教師・福士先生のセリフで、この きつい雰囲気がひっくり返される事になる。福士先生のセリフはこうである。

『私としては、特別扱いする事なく、人間として生きていく自信を与えてやりたいと、そう思いまして、 つまり、ああいう障害児にこそ、密度の濃い教育が必要であると、そう思いまして・・・』

先のラーメン屋の店主の話は極端ではあるが考えられる発想かもしれない。誰かが手を差し伸べなければ 本当にそうなる人がいるかもしれない。そこで福士先生のような人が必要となるのである。これは想像に 過ぎないが、ここにこの作品の言いたい事が表現されており、そして山田洋次監督はその辺のところを強く訴え たかったのではないかと感じる。

第7作のサブストーリーに寅次郎の母親の登場がある。母親の登場は第2作以来である。帝国ホテル の部屋で母親と再会した時の寅次郎の態度はまるで小学生である。母親がさくらに昔話をしている 時の寅次郎の奇妙な行動は実におかしい。最後は例によって大喧嘩して別れる事になるが、その後花子と結婚する 事を決めた寅次郎は、自分から母親に連絡を入れている。第2作もそうであったが、寅次郎 とて根は親思いなのである。

笑えるシーンは寅次郎がニ回目にとらやに帰ってくる時のシーンである。花子がとらやにいるかも しれないと思った寅次郎は、付け髭に色メガネをかけてとらやの前を行ったり来たりする。変装した つもりらしいが、どこから見ても寅次郎にしか見えない。寅次郎はすぐそばの公衆電話からとらやに電話を入れ、 花子がいる事を知ると変装したままでとらやに掛け込む。その時の慌てぶりと顔つきは二度と忘れる事が できない滑稽な光景である。

第7作の寅次郎は、マドンナに恋をするというよりは保護者的な感情が強いように感じられる。花子が青森 に帰った事を知った寅次郎は、カバンを持って無言でとらやを飛び出そうとする。普段なら何か一言言い残して 出て行く寅次郎だが、この時ばかりは止めるさくらの顔を突き飛ばして先を急ぐ。これは恋心というよりはほとんど 親心に近い心境ではないだろうか。そういう意味では第7作はそれまでの「男はつらいよ」とは少し趣向の違った 作品であると言える。



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