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第6作は寅次郎の全般的な性格が強烈に表現された作品である。旅先でのゆきずりの女との出会い、
マドンナへの接し方、とらやの面々に対する態度、これらはどれを見ても寅次郎の性格上の大きな
特徴であると言える。
第6作のサブストーリーの一つに博の独立騒動がある。独立に対する気持ちを語る時の眉のつり上がった博の
顔つきは第1作の時の険しい表情を思い出させる。この騒動の中では中小企業の経営者の心情も
描かれている。社長である梅太郎(タコ社長)が、博に辞められた場合の痛手を語る時の心境は、
まさに町工場の経営者の苦悩である。
博を説得してくれと寅次郎に頼む時のタコ社長の顔には絶望感さえ漂っているが、寅次郎が引き受けてくれると
なった時に、自分の子供に「蒲焼買って来い、400円のヤツだぞ。寅さんにご馳走するから」、
と言った時のタコ社長の後ろ姿には安堵感が滲み出ている。やはりこの辺はさすがに太宰久雄さんである。
しかしこの様な重要な問題解決を寅次郎に託すところはやはり喜劇であり、そこが「男はつらいよ」の見所でもある。
これは寅次郎が社長を説得してくれると信じていた博にしても同じ事が言える。ただ博の場合は、あてにしていた資金
がダメになった時点であっさり独立を断念している。この様な現実的なシーンを巧みに織り交ぜる事により、
この映画のバランスが微妙に保たれているのである。
この作品の小さなテーマとして親心が挙げられる。旅先で知り合った絹代の父が、自分の娘に優しくしてやりたい
気持ちを堪えて先々の事を考えて厳しい発言をしている。ラストシーンの娘からの電話で堪え切れずに鼻から涙を
垂らしている事で親心がうかがえる。
笑えるシーンはマドンナがとらやの風呂に入るシーンである。マドンナが風呂場に入り、ガラス
越しに上着を脱ぐところが目に入った寅次郎は、それから全く落ち着きをなくしてしまう。物音がするたび
に一瞬風呂場に目をやり、またすぐに視線を変えてしまう。たまらなくなり、茶の間にいる
おいちゃんに「何考えてんだ!」と食って掛かり、おいちゃんに「お前と同じ事だ」と言われる。実は
おいちゃんは「今日も日が暮れたなぁ」と考えているだけだったのに、「お前と同じ事だ」と言われた寅次郎は
思わずおいちゃんを「汚い男」と罵る。結局は自分のスケベ心を自分でばらしてしまった訳であるが、このシーンは
何度見ても最高に傑作である。
マドンナと寅次郎の江戸川の散歩シーンは見所である。このシーンでは寅次郎がマドンナに得意のアイツキ仁義の
口上を披露している。寅次郎の「わたくし、生まれも育ちも・・・」を聞いたマドンナが寅次郎を素敵だと誉め、
寅次郎は調子に乗ってどんどん口上を披露する。しかしその直後に間接的表現で寅次郎の気持ちを受け入れられない
と答えている。これは寅次郎を傷つけまいとするマドンナの最大限の優しさであるにもかかわらず、寅次郎は自分
の事とは気がつかない。
それにしてもマドンナの若尾文子さんという人は本当に綺麗な人である。このマドンナは全編ほぼ和服での登場と
なるが、和服があまり好きではない私でもあまりの綺麗さに服装などどうでも良くなってしまう。
マドンナの寅次郎に対する優しさは亭主がとらやに迎えに来た時も同じである。最後の最後まで寅次郎に礼を言う
マドンナの姿はまさに日本的な美と言える。このシーンを見て一つ思い出した事がある。それは私が少年時代に
経験した恋の話である。
その女の子はある日突然転校してきて私の家の近くに引越してきた。
すぐに転校して行くという噂もあったが、私はその女の子に恋をしてしまった。毎日その女の子といっしょに遊び、
今考えても夢の様な日々であった。ある時その子にカッコいい所を見せようとして高い木の
上に登った事がある。ところが足が滑って頭から地面に落ち、大怪我をして入院する羽目になってしまった。
その時その子に支えられて家まで帰った事は忘れ難い思い出である。それから1年も経たない内にその子は
遠くの学校に転校してしまった。
引越しの日、車の窓から手を振っていたその子の顔は今でもはっきりと覚えている。これは小学校4年生頃の話であるが、
子供ながらに泣いた記憶がある。亭主に連れられて帰って行くマドンナの後ろ姿を見送る寅次郎を見た時、
この時の私の気持ちとほんの少しだけ似たような心境かなと、ふと思った。
第6作の印象的なシーンとして柴又駅での寅次郎と櫻の別れのシーンがある。48作中、柴又駅
での別れのシーンは何度もあるが、この作品が柴又駅での別れの初めての作品である。このシーンでは寅次郎が16歳の
時に家を飛び出した時の櫻との思い出話が語られている。もう一つの印象的なシーンとしては、寅次郎に対して
怒った櫻がとらやから帰ってしまうシーンである。櫻を追いかけ、帝釈天の山門の前で自分の本音を語る寅次郎の
話に思わず櫻が吹き出してしまう。私はこのシーンに兄弟愛のようなものを感じる。
少し異質に感じたのは、主題歌が流れる時のオープニングのシーンである。第6作のオープニングシーンは柴又界隈の
空撮である。まるで刑事ドラマを思わせる様な空撮ではあるが、空から帝釈天が見えた時には何か照れ臭ささを感じてしまう。
しかしなぜ空撮なのか。本篇の冒頭で寅次郎が旅先にいるからだろうか。もしかしたら単に空撮が
流行っていたからだろうか。この作品の空撮については謎である。
特記すべき点はヤブ医者役で登場している松村達雄さんの存在である。山下医師としてニ度とらやに顔を出し、おいちゃん
役の森川信さんとのツーショットシーンもある。数作後からこのヤブ医者役の松村達雄さんが新しいおいちゃん役
になろうとはこの時点で誰が想像できたであろうか。後で考えればこの作品で二人が顔を合わせたのは何かの暗示だった
のだろうか。
第6作はあらゆる面で見応えのある作品である。喜劇、悲劇、人情、現実の全てがさまざまな人間模様で描かれて
いる。やはりマドンナととらやの距離が近い程とらや中心の展開となり、結果的に楽しめる作品になる様に感じる。
しかし全作品を同じ様な設定にできないところが脚本のつらいところである。シリーズとしての思考錯誤は以後の作品にも
続く事になるが、「男はつらいよ」の前半の体質は第6作まででほぼ固まったように思える。
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