「男はつらいよ」独尊論/第5作「望郷篇」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/宮崎晃
脚本山田洋次、宮崎晃
ロケ地千葉県浦安市
公開日1970年(昭和45年)8月26日
上映時間88分
動員数72万7000人
配収1億8000万円
主な世相・三島由紀夫が自殺
・「うーん、マンダム」が流行

キャスト
マドンナ長山藍子(三七十屋豆腐店の娘/節子)
主な出演 ・杉山とく子(豆腐店の女店主)
・井川比佐志(節子の恋人)
・松山省二(政吉親分の息子/澄雄)


寅次郎を巡る主な出来事

・ おいちゃんが死んだ夢を見た寅次郎がとらやに帰る。
・ 昔世話になった札幌の政吉親分が死す。
・ 地道に働く決心をした寅次郎が浦安の豆腐屋に住み込みで働く。
・ 豆腐屋の娘節子への恋愛に失敗し、とらやにカバンを取りに帰る。

◇ ◇ ◇

冒頭の夢

旅から急いで帰る寅次郎。病床で口も聞けないおいちゃんが一言だけ言い残して死んでしまった。 泣きじゃくる寅次郎に声を掛けて腕を掴むさくら。「お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・お客さん、お客さん」、 旅先の店で昼寝をしていた寅次郎が、女中に腕を掴まれて目を覚ます。

◇ ◇ ◇

ストーリー

夏の暑い日に寅次郎が旅から帰ってきた。とらやに帰る前に上野からとらやに電話を入れた寅次郎。 おいちゃんの死んだ夢が気になって電話したのである。電話に出たおばちゃんが、冗談のつもりで 「おいちゃんはやっと息をしてるだけ」と言ったのを寅次郎は真に受け、慌てて上野からタクシーで 帰ってきた。 寅次郎が帰ってきたすぐ後で、御前様や近所の人達、そして葬儀屋が続々ととらやにやって来た。 寅次郎が上野から帰る道々そこら中に手を打ってきたのである。ほんの冗談のつもりがそこまで話が 発展してしまい、その事で夜になって大喧嘩が始まった。怒って旅に出ようとする寅次郎にさくらが 平謝りし、結局とらやに留まる事となった。

しばらくして堅気のセールスマンになった登が札幌の政吉親分が重病だと寅次郎に言いに来た。誰かれ構わず札幌までの 旅費を借りようとする寅次郎に対し、さくらが散々説教をした。しかしそれでも最後は寅次郎にお金を貸してやった。 そのお金で寅次郎は登を連れて札幌まで行き、生い先短い政吉親分に再会した。 政吉親分には女中の妾に産ませた息子がいた。病床でその息子の顔が見たいと寅次郎に哀願する政吉親分。 寅次郎と登は政吉親分の息子を捜しに函館まで行く事になった。しかしやっと捜し出した息子の澄雄(松山省二)に事情を 話してみたが、澄雄は母親と自分を不幸にした無責任な父親にはどうしても会いたくないと言う。寅次郎は仕方なく 政吉親分に言い訳をする為病院に電話したところ、親分は数時間前に死んだと聞かされた。 さくらの説教と政吉親分の死により、寅次郎は今までの自分の生き方を深く反省した。札幌の宿で、 実の親に対する登の不謹慎な気持ちに頭にきた寅次郎は、登をぶん殴りすぐに田舎に帰れと登を宿から追い出した。すっかり 気持ちを入れ換えた寅次郎はその後とらやに帰り、おいちゃんとおばちゃんに今までの事を詫びた。そしてこれからは 「額に汗して油にまみれて働く」と誓ったのであった。

寅次郎は一旦はタコ社長の印刷工場で働く決心をしたが、結局断られてしまった。 その後、寿司屋と天ぷら屋と風呂屋に行ったが全部断られ、頭にきた寅次郎は最後に風呂屋のおやじの首を 絞めてしまった。職探しに疲れた寅次郎は、江戸川に置いてある小船の中で昼寝をした。ところが小船のロープが外れ、 眠ったままの寅次郎を乗せた小船は江戸川の川下の方へ流れて行ってしまった。

しばらくして寅次郎からさくらの所に油揚げが送られてきた。あれから寅次郎は小船で浦安まで流され、 浦安の豆腐屋に住み込みで働いていたのである。さくらが寅次郎を尋ねて浦安の豆腐屋に行くと、そこには 額に汗して油にまみれて働く寅次郎の姿があった。豆腐屋のおかみさんにすっかり気に入られている寅次郎だが、 実は寅次郎にはまたしても下心があった。豆腐屋の一人娘の 節子(長山藍子)に惚れてしまっているのである。 むし暑いある晩、節子が寅次郎の部屋にやってきて、「できればずっとこの店に居てもらえないかしら」と突然寅次郎に言った。 これをプロポーズだと思った寅次郎は、しどろもどろになりながら「いいよ」と答えた。 次の日の夜、寅次郎がずっと店にいてくれるお祝いで、家族で一杯やる事になった。乾杯の後に、 豆腐をよく買いに来る若い男(井川比佐志)がスイカを土産に持って店にやってきた。若い男は寅次郎がずっと店に居てくれる事に 対し、「これからも宜しく」と言う。何故その男に「宜しく」と言われるのか不思議に思った寅次郎は、「この男は親戚か」と おかみさんに尋ねた。おかみさんの答えは「これから親戚になる男」だった。

何の事はない。その若い男は国鉄の職員で節子の恋人だったのである。節子が結婚して家を出ると豆腐屋を継ぐ人間が いなくなるので、その事で二人は今まで結婚できなかったのである。そこに寅次郎が現れ、しかもずっと店に居てくれるとなれば この二人はすぐにでも結婚ができる事になる。寅次郎にとっては何ともバツの悪い最悪の失恋となってしまったのである。

翌朝早く、寅次郎は黙って豆腐屋を出た。そして花火大会の夜、寅次郎はカバンを取りにとらやに 顔を出し、再び旅に出る結末となった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第5作は「男はつらいよ」の骨格が少しづつ変化しながら形成されてきている印象を受ける作品である。 変化の一つは作品のテーマが具体的に表現されている点である。この作品のテーマは冒頭の夢のシーンと 序盤のシーンで表現されている。そしてこの冒頭の夢のシーンは数作後の作品から「男はつらいよ」の定番となる。 第5作のテーマは「死」と「地道な暮らし」である。夢のシーンではおいちゃんが亡くなり、寅次郎がとらやに帰ってくるシーンでも おいちゃんが口も聞けない重病であるかの様に寅次郎を騙している。そして中盤にさしかかっての政吉親分の 死である。この死が切っ掛けとなり、寅次郎が地道な暮らしを望むストーリーに変わっていくのである。

この作品の特記すべき点は、何と言っても寅次郎の地道に働く姿である。寅次郎は「人間、額に汗して、油にまみれて 働かにゃあいかん」が口癖となり、作品中に何度もこのセリフが出る。このセリフの出所はさくらの 説教である。政吉親分への仁義を果たす為に金を借りにきた寅次郎に対し、さくらが説教したセリフの中に このセリフが入っているのである。それ以後、あたかも自分で考えたかの様にこのセリフを連発する 寅次郎が実におかしい。 気持ちを入れ替えた寅次郎が、「♪包丁一本〜、さらしに巻いて〜」と唄いながら浦安の豆腐屋で油にまみれて 働く姿には感動すら覚える。これ程までに堅気の仕事を地道に働く寅次郎の姿は、この作品以外で見る事は ないだろう。実現はしなかったが、タコ社長の印刷工場で働こうとした時の寅次郎のスタイルも滑稽な格好である。

この作品には珍しいセリフがある。博がタコ社長との会話の中で、寅次郎の事を「寅さん」と呼んでいる のである。博は第1作から寅次郎の事を「兄さん」と呼んでおり、直接呼ぶ訳ではないにせよ、やはり博が「寅さん」と 言うと何か違和感を覚えてしまう。全作品中で博が「寅さん」と呼んでいるのはもしかしたらこのシーンだけかもしれない。

印象的なシーンは、マドンナに「ずっと店に居てほしい」と打ち明けられた後の寅次郎の態度である。 この話をされた翌朝、豆腐を作っている時の寅次郎の喜び様はただ事ではない。ここまで喜びを表現 している寅次郎は珍しい。そして極めつけは、マドンナの自分に対する気持ちの完璧な勘違いである。 豆腐屋のおかみさんから、目の前にいる男を「これから親戚になる男」と紹介されて嫌な予感がした寅次郎であるが、 このセリフは第1作でも似たようなシチュエーションで御前様から言われた事がある。寅次郎にとってこの言葉は 二度と聞きたくなかった言葉に違いない。 全ての真実を知った時の寅次郎は必死に感情を隠そうとしているが、表情にはショックを隠しきれない様子が ありありと出ている。この何とも言い様のない、また、演技の幅で言っても恐らく数ミリ程度の表現幅しかない 領域の演技を、過不足なく見事に演じきれるのは渥美清さんの妙技と言えるだろう。

第5作は1作と2作で見せた派手なストーリー展開はない。マドンナとの恋愛もとらやでのシーンはなく、 全て浦安での出来事となっている。登も出演しているが、既に堅気のサラリーマンとなりネクタイを締めての出演なので 1作の様なチャランポランさは見られない。さらに登はこの作品以降はしばらく登場せず、次回の登場は第9作となる。 全体的にハチャメチャな喜劇はなく、尚且つ寅次郎の悪い癖も極端に表現されていない。これらはテーマの 「地道な暮らし」をシナリオ全体で表現する為の演出だったのだろうか。



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