「男はつらいよ」独尊論/第12作「私の寅さん」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/五十嵐敬司
脚本山田洋次、朝間義隆
ロケ地熊本県天草・阿蘇、大分県別府市
公開日1973年(昭和48年)12月26日
上映時間107分
動員数241万9000人
配収10億4000万円
主な世相・オイルショック
・山口百恵ら中3トリオ登場

キャスト
マドンナ岸恵子(画家/柳りつ子)
主な出演 ・前田武彦(りつ子の兄/柳文彦)
・津川雅彦(画商/一条)


寅次郎を巡る主な出来事

・ とらや一家が九州旅行に出掛け、寅次郎が留守番をする。
・ 同級生の柳文彦を痴漢と間違える。
・ マドンナ/りつ子が書いた絵に絵具を塗ってしまい、りつ子と大喧嘩となる。
・ マドンナに初めてパトロンと呼ばれる。
・ りつ子が失恋し、同時に寅次郎の恋も一巻の終わりとなる。

◇ ◇ ◇

冒頭の夢

その頃――――
未曾有の大飢饉に葛飾郡柴又村の民は
苦しんでいた――――

菜種油を悪徳商人に買占めされ、灯りを失った柴又村の民衆。国賊として追われる"車寅次郎"の 妹・櫻に乱暴を働く買占め商人。そこへ現われた車寅次郎。「この面体、よもや見忘れでは なかろうよ。よくも私達一家にむごい仕打ちをしてくれたな。餓えに苦しむ柴又の民衆に代って、 天罰を与える!」。ピストルで悪人どもを撃つ車寅次郎。喜ぶ柴又の民衆。「柴又村の皆さん!  もう大丈夫です。ここに我が同志は立ちあがった!」・・・・・フェリーの中で目を覚ます寅次郎。

◇ ◇ ◇

ストーリー

三越デパートの紙袋を抱えてとらやに帰ってきた櫻。明日から行くとらや一家の九州旅行の為の買物である。 おいちゃんは寅次郎の事を考えると気分がすぐれないらしい。万が一旅行中に寅次郎が帰ってくると 面倒な事になる。それを考えると憂鬱になるのであった。

案の定、その事をタコ社長に話していると寅次郎が突然帰ってきた。とらやの面々は夜になっても明日から 旅行に行く事を寅次郎に言えずにいた。そこへ御前様が餞別を持ってとらやにやってきた。御前様が 「寅が留守番をすればいい」と話したところで、みんなで旅行に行く事が寅次郎にばれてしまった。 これは寅次郎に話が伝わるケースとしては最悪である。

どうして最初からスッと言わなかったのかと怒り出す寅次郎。おばちゃんが泣き出し、櫻と博が 何とか寅次郎をなだめて一件落着となった。そして寅次郎が一人で留守番をし、とらや一家は翌日から 九州旅行に出掛ける事になった。

出掛けた日の夜、旅行を楽しんだ一行は寅次郎に電話する事をすっかり忘れていた。時計が夜の8時を 回ってから電話の事を思い出し、とらやに電話すると酔っ払いながら怒っている寅次郎が電話に出た。 家族のみんなを一人づつ電話に出させ、なかなか電話を切らない寅次郎。小さな満男まで電話に出させる始末で、 結局電話代を2,800円も使うハメになった。

2日目の夜、とらやに電話するとまた寅次郎が突っかかってきた。電話口でおいちゃんと喧嘩になり、 家を出ようとするが誰もいない事を思い出してか、寂しくて自分の部屋に篭ってしまった。みんなが帰って くる日、寅次郎は風呂を沸かしてシャケの切身とお新香を用意し、部屋の片付けまでしてみんなを優しく 出迎えた。

江戸川土手の歩道を歩く櫻と満男。土手の斜面に寝そべっている男が一人、櫻をじっと見つめている。 怪しい男だと思った櫻は満男の手を取り急いでとやらに帰った。男は櫻の後を追ってとらやの近くまで やってきた。変な男が追いかけてくるとおばちゃんに言うとすぐに寅次郎を呼び、とらやの店先まで来て いたその男を羽交い締めにした。しかしその男は痴漢などではなく、寅次郎の小学校時代の同級生 の柳文彦(前田武彦)だった。文彦は羽交い締めにされた時に思わず寅次郎の名前を呼び、難を逃れた。

通称デベソの柳文彦は小さい頃は父が開業医をやっており、いつも石鹸の匂いをプンプンさせた裕福な子供 だった。しかし今は医院もなくなり、放送作家をやりながら細々と暮らしている。再会した二人は意気投合し、 文彦の家まで行って酒を酌み交わした。二人が酒を飲んでいる家には文彦の妹・りつ子(マドンナ・岸恵子) が住んでおり、絵を書いて生計を立てていた。

りつ子の書きかけの絵を何気なく触った寅次郎は、誤って絵に絵具を塗ってしまった。そこへちょうどりつ子が帰って きた。絵具を塗られた自分の絵を見て怒りだすりつ子。謝っても許してくれないりつ子の態度に寅次郎も怒りだし、 寅次郎はそのまま家に帰ってしまった。夜になっても昼間の事で気分が冴えない寅次郎は、不機嫌なまま 自分の部屋に篭ってしまった。

しばらくしてりつ子が一人でとらやにやって来た。追い返して塩をまくつもりでいた寅次郎だったが、女らしい 優しい態度のりつ子を見たとたん、そんな気持ちはいっぺんに引っくり返ってしまった。とらやで食事を しながらりつ子と話している内に、例によって寅次郎はりつ子に惚れてしまったようである。

ある日りつ子は画商の一条(津川雅彦)ととらやで待ち合わせをした。何だかんだ言いながら二人の話に首を 突っ込もうとする寅次郎に、二人っきりで話をさせて欲しいと一条が言い放った。てっきり振られたと思った寅次郎 は旅支度をするが、りつ子が一条は大嫌いだと言った事により旅に出るのは直前でお預けとなった。

りつ子にはかねてから心に想う男がいたが、その男が金持ちの女性と結婚する事になった。りつ子は食事も喉を 通らなくなり、失恋の痛手でついに寝込んでしまった。寅次郎がりつ子を見舞って家を訪ねた時に、りつ子から 失恋した事を知らされた。話を聞かされた寅次郎はショックを受け、結局寅次郎も失恋の症状が出てしまい、 寝込む事となった。

今度はりつ子が寅次郎を見舞ってとらやまでやってきたが、意識がもうろうとする寅次郎はりつ子を櫻だと 勘違いし、りつ子に惚れている意味の事を本人の目の前で言ってしまった。それを聞いたりつ子はその場に居られず、 すぐに帰ってしまった。

その後寅次郎はりつ子を訪ね、自分の失態を弁解するような話をした。しかしりつ子から「友達でいたい」などと あっさり言われてしまい、結局は振られる結末となった。とらやに帰った寅次郎は旅支度をし、寒空の下また 旅に出て行くのであった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第12作「私の寅さん」は不思議な魅力を持った作品である。恐らくそれは小学校の同級生である柳文彦の登場に よるものと思われる。前田武彦さん扮する柳文彦は金持ちの坊ちゃん同級生というキャラクターがピッタリはまり、 「ああ、こういうヤツいたなぁ」という印象を与えてくれる。寅次郎に自分の書いた絵に絵具を塗られて怒った文彦の妹に対し、 「あいつの事、許してやってくれよ」という辺りは前田武彦さんの優しい性格が滲み出ているような気がする。 その事が私の第12作に対する印象を一層強くしているのであろう。

同級生の柳文彦は以後の第28作にも同窓会シーンで登場するが、しかしそこでは寅次郎の事を毛嫌いしている。恐らくそれは 第12作の終盤で元気を無くした寅次郎を心配し、ワンカップを持って行ったにもかかわらずそれを放り投げられた事を根に持っていた からかもしれない。または第12作では仲の良い振りをしていて実は寅次郎が大嫌いだったか、または第28作の同級生達に 相づちを打つつもりで寅次郎の悪口を言ったか、その辺りの真相はわからない。しかし私は酒を飲みながら昔話に酔いしれていた 時の二人の気持ちを信じたい。

この作品で印象に残ったシーンは「キリギリスの唄」を唄うシーンである。寅次郎と文彦は酒を酌み交わしながら昔の事を思い出し、二人で 「キリギリスの唄」を合唱するのである。

♪柱の傷はキリギ〜リ〜ス〜、五月いつか〜のキリギ〜リ〜ス〜

これは「背くらべ」の替え唄で、キリギリスのような痩せた女先生に対して悪戯心で作った唄である。しかし その先生は寅次郎を呼びつけ、ピアノを弾いて泣きながら自分でこの唄を唄ったらしい。それを見た寅次郎は どうして良いかわからず、「へへ〜」と笑うしかなかった。これは女先生と寅次郎の感情の交差点である。寅次郎の思い出話を聞くだけで情景が 思い出され、やはり印象に焼きついてしまうシーンである。

ところでこの作品には不思議な点がいくつかある。一つ目は主題歌が流れている時のテロップの中のおいちゃんの名前が"龍造"に なっている事である。おいちゃんの名前は"竜造"のはずである。この点については単なる間違いか、それとも何か 思惑があっての事なのか、以後の作品を見直す際に注目したいと思う。二つ目はおばちゃんの「あたしゃ箱根より西へ 行くのは初めてなんだからね」というセリフである。おばちゃんは第3作で三重県の湯の山温泉においちゃんと二人で 旅行に出掛けている。これはどう考えれば良いのだろうか。第3作のおいちゃんは森川信さんであり、第12作の おいちゃんは松村達雄さんである。この違いが何か関係あるのだろうか。三つ目は柳文彦が登場するシーンで櫻と 満男が歩いている場所である。あの場所から参道までは小さい満男には歩けないはずである。しかもどう見ても買物帰りである。 いや、やはりこういう事にはあまり拘らない事にしよう。

第12作の特記すべき点は、旅のシーンの寅次郎ととらや一家が逆になっている点である。多くの作品は 序盤で寅次郎がとらやに帰ってきた後に喧嘩となり、寅次郎が土産を櫻に放り投げるなどして再び旅に出ていくのが定番である。 第12作も喧嘩するところまでは例に同じだが、その後寅次郎が留守番をして家族が旅に出る。家族が旅先にいると思うと 寅次郎は心配になり、電話が待ち遠しくなる。これは普段から家族に心配ばかりかけている寅次郎にとっては骨身に凍みる 体験だったに違いない。その結果風呂を沸かすなどして家族を立派に出迎えているのである。もちろん一時的なものではあるが。

前作ではリリーという強烈な個性を持ったマドンナが登場したが、第12作にはそのような激しい部分はない。 むしろ柔らかい感じの作品に仕上がっていると感じる。しかしながらマドンナの気質はただの優しい女性ではなく、 自立した、男負けしない強い女性像を意識している。この点は前作のマドンナ・リリーの流れが残っているのだろうか。 第12作は既にシリーズとしては安定感があり、シナリオにも固定的な部分と柔軟性をもった部分の境界がはっきりしている ように感じる。ちょうどこの作品で全シリーズの4分の1となるが、この4倍の作品数を世に送り出し、さらに世に受け入れられた という事は信じ難い事実である。監督をはじめ、スタッフと出演者の皆さんの熱意にあらためて脱帽したい。



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