「男はつらいよ」独尊論/第11作「寅次郎忘れな草」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/五十嵐敬司
脚本山田洋次、朝間義隆、宮崎晃
ロケ地北海道網走
公開日1973年(昭和48年)8月4日
上映時間99分
動員数239万5000人
配収9億1000万円
主な世相・ウオーターゲート事件
・熊本水俣病裁判勝訴

キャスト
マドンナ浅丘ルリ子(レコード歌手/リリー、本名:松岡清子)
主な出演 ・毒蝮三太夫(リリーの夫/寿司職人)
・利根はる恵(リリーの母)


寅次郎を巡る主な出来事

・ 父親の27回忌に出席するが、悪ふざけをして御前様に怒鳴られる。
・ 北海道網走にてリリーと知り合う。
・ 北海道の開拓部落で酪農の仕事を手伝うが、3日目で倒れる。
・ リリーがとらやを訪ね、楽しい一時を過ごす。
・ 酔っ払ったリリーが再びとらやを訪ねるが、その後姿を消す。
・ 寅次郎が旅に出た後、しばらくしてリリーが寿司屋の女将になる。

◇ ◇ ◇

冒頭の夢

借金の肩に娘を連れて行かれる貧しい農村一家。娘が連れて行かれるその直前、 家に小判が放り込まれた。見ると御政道に逆らってお尋ね者となった我が長男、寅次郎 である。妹・櫻の問いかけに対し、「何かのお間違いじゃあございませんでしょうか。あっしは この柴又村には、何の関わりも持たねぇ、旅がらすでございますよ」と言いきる寅次郎。 背を向ける寅次郎に娘を連れに来た御政道の使い手が襲いかかる。二人をたたっ切る寅次郎。 「お天とう様は見ているぜい!」・・・・・雨降りの中、空き家の軒下で目を覚ます寅次郎。

◇ ◇ ◇

ストーリー

父親の27回忌の日に寅次郎が帰ってきた。お経を上げる御前様の声が玄関先まで聞こえ、てっきりおいちゃんが 死んだと思った寅次郎は慌てて中に入る。みんなといっしょに手を合わせ、何気なく横を見るとおいちゃんが 座っている。話しを聞いてみると父親の27回忌の法事だと言う。それを聞いてほっとした寅次郎は、御前様が 真面目にお経を上げている最中に悪ふざけをし、御前様をカンカンに怒らせて法事をメチャクチャに してしまった。

満男も幼稚園に行く歳になり、櫻は満男にピアノを買ってやりたくて仕方がなかった。しかし金銭的な 事情から買えない。その事を博と話していると、寅次郎がやってきてピアノぐらい買ってやれという。 ぐずぐずしている博と櫻の態度を見兼ねた寅次郎は、すぐにおもちゃのピアノを買ってきた。櫻が欲しい のは本物のピアノである。しかし、勘違いとは言え寅次郎の行為を無にはできず、ありがたく受け取る事にした。 ところが夜になってタコ社長が余計な一言を言った為に、欲しかったのは本物のピアノだという事が寅次郎に ばれてしまった。寅次郎は不愉快になり、結局その事が切っ掛けでおいちゃんと喧嘩してしまい、例によって とらやを出る事になった。

北海道の大自然の中を歩く寅次郎。夜汽車で網走まで移動し、レコードの売をするがさっぱり売れない。 橋の欄干にもたれてぼんやりしていると、一人の女が声を掛けてきた。レコード歌手のリリー(マドンナ・浅丘ルリ子) である。聞けばリリーも寅次郎同様フーテン暮らしのようである。どこかの港でリリーと話しをしている内に、 寅次郎にはリリーが自分と同じ種類の人間に思えてきた。寅次郎はリリーに生まれと名前だけ伝え、その場で 別れた。

雨の柴又。おいちゃんはパチンコ屋に行ったっきり帰って来ない。そこへ北海道から速達が届いた。手紙の 内容によれば、寅次郎は北海道のとある開拓部落で酪農の手伝いをしているらしい。しかし三日目に熱を出して 倒れてしまい、寝込んでいるとの事である。博と相談した結果、櫻は寅次郎を見舞って北海道まで行く事にした。 櫻に連れられてとらやに帰ってきた寅次郎であるが、まだ体調は良くないらしい。ちょっとした事で家族と喧嘩 し、弾みでまた家を出ようとしたところへ網走で知り合ったリリーが訪ねてきた。リリーと再会して気分が良く なった寅次郎は、そのままとらやに留まる事になった。

しばらくして、別な日にまたリリーが訪ねてきた。その夜リリーはとらやのみんなと楽しく食事をし、とらやに一晩泊まる 事になった。さらに別な日の夜中、リリーは酔っ払ってとらやにやってきた。仕事で嫌な事があったらしく、 かなりの荒れ模様である。リリーをなだめる寅次郎だが、リリーは昂ぶるばかりで大声を出して泣きながら帰ってしまった。 その後寅次郎はリリーのアパートを訪ねたが、すでにリリーはアパートを引き払ってどこかに行ってしまった後だった。 その夜寅次郎は旅に出る決心をし、上野駅構内の大衆食堂まで櫻にカバンを持ってきてもらった。

ある日とらやにリリーから寅次郎宛ての手紙が届いた。手紙にはリリーは結婚してお店の女将になったと書か れていた。櫻はリリーの嫁いだ千葉の寿司屋を訪ね、元気そうなリリーの姿を見てほっとしたのであった。一方寅次郎 の方は再び北海道の開拓部落に顔を出し、大きな麦藁帽子をかぶり気まぐれな労働に精を出すのであった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第11作「寅次郎忘れな草」はマドンナに照準を合わせた作品である。これまでの10作品では 第7作、8作、10作を除いてマドンナには恋人に近い存在、もしくは夫がいた。多くの場合、寅次郎は その恋人の存在を知らずにマドンナに惚れてしまい、最後に手痛い思いをしてきたのである。7作は 少し方向性が違うとして、第8作、10作のマドンナは一度は結婚して子供も産んでいる。これらの事を考え ると、11作のマドンナの性質はシリーズ始まって以来の重大な方向転換であると言える。その裏付けとして、 マドンナが清純な女性ではなく、寅次郎公認のフーテン女であるという事が挙げられる。本来ならば寅次郎は この手の女性には興味はないはずである。しかしフーテン同志であればこそ、お互いの気持ちが通じ合うという 部分もある。この点がこの作品の最大の特徴ではないだろうか。

この作品で使われているロケ地は北海道網走である。第5作でも北海道がロケ地として使われているが、 11作のように北海道の大自然は表現されていない。11作では大自然の中を壮大なBGMに載せて 寅次郎が歩くシーンがあり、このシーンは寂しげな旅情を堪能できるシーンである。野原に寝っ転がる寅次郎、 牧場、夕日、夜汽車・・・。これらのカットを見るたびに思うのは「男はつらいよ」の奥の深さである。 この奥深さは何度ビデオを見ても未だに私はうまく表現できない。

この作品を見てて面白い事に気がついた。マドンナ・リリーと寅次郎が初めて会うのは網走のどこかの橋の上 である。二人は近くの港まで歩き、漁に出る漁船を眺めながら座って話をする。すぐにマドンナが仕事の 時間となり、二人はそこで別れるが、地面に座って話をしていた為にマドンナの白いズボンの尻が 少し汚れる。これは浅草名画座の劇場で見て初めて気がついた事であるが、その後マドンナがとらやを 訪ねて来た時も同じ汚れがズボンに残っているのである。これは、マドンナがフーテン女なのでズボンの洗濯など マメにできないという事として解釈すれば良いのだろうか。たとえこれが演出ではなく偶然だったとしても、 そこまで考えるとさらにこの映画が楽しめる。

第11作には興味深いシーンがある。それはタコ社長の工場で働く水原君と恋人めぐみちゃんとの 絡みである。同郷を理由に、近所で働くめぐみちゃんが工場で働く水原君を度々訪ねてくる。お互いに 好き合っている事は一目瞭然である。しかしお互いに言い出せない。結局は水原君が江戸川土手で 告白する事になるが、この告白のシチュエーションは第39作「知床慕情」を連想させる。周りに座り込んでいる 仲間に対して一旦背を向け、その後振り返って告白する。第39作の告白シーンは11作の江戸川土手のシーンを モチーフにしているのは間違いないだろう。

特記すべき点として、前作までのマドンナを全て回想するシーンがある。このシーンはとらやの団欒シーンの 中に出てくるが、このシーンを初めて見た時は無性に感激した覚えがある。やはり過去の作品を思い出させて くれるシーンはファンとしては嬉しい事である。寅次郎が浅草雷門のすぐ前で売をしている点も見逃せない。 浅草は渥美清さんが喜劇役者としての基礎を築いた場所でもある。その浅草で映画俳優として成功した渥美清さん がロケをしている時の気持ちはどういうものだったのだろうか。これは非常に気になる点である。余談ではあるが、これを書く しばらく前に雷門に行き、寅次郎が売をしていた場所に実際に立ってみた。特に新しい発見はないが、何か不思議な 感覚になったのを覚えている。

第11作は笑えるシーンが少ないように思える。ビデオで見てもそう感じるが、劇場で見た時はさらに強く 感じた。笑えるシーンを挙げればとらやの団欒シーンで寅次郎が博の真似をして口を尖がらせ、「もうちょっと 気を使って下さい、兄さん」というあたりだろうか。法事の一件で夜になって寅次郎とおいちゃんが 喧嘩しているところも面白い。この喧嘩のやりとりは何か現実味があり結構笑える。

この作品の見所はやはりマドンナ・リリーの生き方であろう。同じフーテンでも寅次郎との境遇の 違いも見所かもしれない。リリーが酔っぱらってとらやを訪ねた時に寅次郎に向かって吐いた言葉にもあるように、 寅次郎には「とらや」という帰るべき家があり、またそこで待っている人達もいる。しかしリリーの帰る先は安 アパートで、待っている人などいない。寅次郎がリリーのアパートを訪ねてみたが、リリーは既にアパートを引き払って おり、リリーが昨日まで使っていた小物が部屋中に散らかっている。これを見た寅次郎は一人暮しの寂しさをひしひしと 感じ、そこで初めてリリーの気持ちがわかったに違いない。しかしラストでリリーは結婚し、千葉の寿司屋の女将となる。 この点は寅次郎が考えている以上にリリーは強かでしっかりした女である事を表現している。これらを考え合わせると、この作品は マドンナ・リリーを通し、女性の強かさ、弱さ、そして自立心を表現しているのではないかと感じる。リリーの出演はさらに 第15作へと続く。



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