「男はつらいよ」独尊論/第10作「寅次郎夢枕」
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作品データ
監督/助監督山田洋次/五十嵐敬司
脚本山田洋次、朝間義隆
ロケ地長野県奈良井
公開日1972年(昭和47年)12月29日
上映時間98分
動員数211万1000人
配収7億6000万円
主な世相・田中角栄日本列島改造論
・ランランとカンカン来日

キャスト
マドンナ八千草薫(美容師/志村千代)
主な出演 ・米倉斉加年(東大の助教授/岡倉先生)
・田中絹代(農家の奥さん)
・津坂匡章(寅次郎の舎弟/登)


寅次郎を巡る主な出来事

・ 寅次郎が見合いをする決心をするが、誰も相手にしてくれない。
・ 旅先で商売仲間の「伊賀の為三郎」の死を知らされる。
・ 信州信濃の宿で登と再会する。
・ 幼なじみのお千代坊(マドンナ)に再会する。
・ 岡倉先生の恋の指南役となるが勘違いされる。
・ お千代坊から告白されて腰を抜かし、旅に出る。

◇ ◇ ◇

冒頭の夢

古き良き時代のとあるバー。長次郎親分(吉田義男)とその子分達がサクラを 取り囲んでテーブルに座る。サクラに無理やりダイヤの指輪を渡そうとするが、 それを拒むサクラ。そこへヒロシが現れて「おい、やめろ!」と叫ぶ。 親分の命令で袋叩きにされるヒロシ。杖で叩こうとする長次郎親分の手を黒手袋の 男が掴む。「て、てめえはマカオの寅!」。親分が懐からピストルを抜こうとするが、 一瞬早くマカオの寅のピストルが火を噴く。入口から警察が入ってきてあっさりと 捕まるお尋ね者のマカオの寅。そして警察に連れていかれるマカオの寅がサクラに向かって 一言。「江戸川は、葛飾柴又の川っ淵、題経寺にあるおとっつぁんの墓だけは 参ってくれよ」。マカオの寅が自分の兄だとわかったサクラ。「お兄ちゃぁん!」と 何度も叫びながら追いかける。その姿を見たマカオの寅はたまらず、「旦那、マカオの 寅も人の子でござんす」と漏らす・・・・・駅で昼寝をしてる寅次郎が汽笛の音で目 を醒ます。

◇ ◇ ◇

ストーリー

「お転婆のさっちゃん」の結婚式の日に柴又に帰ってきた寅次郎。いつものようにとらやを 素通りした寅次郎であるが、この日は虫の居所が悪く、とらやの正面には戻らずにタコ社長の 工場の通用口から朝日印刷に入って博にあたり散らした。とらやのみんなが自分の悪口を言っていると 思った寅次郎は、裏庭からとらやの茶の間に回り、窓の外でこっそりとみんなの会話を聞いた。 寅次郎が話を聞いているのを知ったみんなは、わざと寅次郎に聞こえるように寅次郎を誉める 会話をした。それを聞いた寅次郎はみんなの優しさに心打たれ、すっかり改心したのであった。 改心した事をみんなから誉められ、所帯を持つ事を勧められる寅次郎。次の日早速タコ社長が 知り合いに寅次郎との縁談話を持ちかけたが、誰も相手にはしてくれなかった。おいちゃんの知り合い からも電話で根掘り葉掘り聞かれた挙句、見合いの相手は寅次郎だと言ったら「馬鹿にするな」 と怒鳴られてしまった。この話が元で寅次郎とみんなは大喧嘩となり、例によって寅次郎は夜の 柴又を後にする事となった。

秋の信濃路、寅次郎は一軒の農家で昼をご馳走になった。そしてその農家の奥さん(田中絹代)から商売仲間の 「伊賀の為三郎」の死を知らされた。為三郎の墓に線香をあげ、夕刻の寒空の中を農家を後に する寅次郎であった。その夜、為三郎の事を考えながら宿で寝そべっていると、隣の部屋から 妙な話し声が聞こえてきた。「俺の故郷はな、東京は葛飾柴又・・・」。寅次郎はその聞き覚えの ある声から声の主が舎弟の登だとすぐに気がついた。再会した二人はしばらくいっしょに売を したが、ある朝登が目を醒ますと寅次郎は書き置きを残して姿を消していたのであった。

その頃とらやでは東大の助教授をしている御前様の甥の岡倉先生(米倉斉加年)がとらやの二階 に居候していた。夜、とらやのみんなが食事をしているところへ寅次郎が帰ってきた。岡倉先生に 気がついた寅次郎は、知らない人間が家族同様に食事をしているのが気に入らなかったらしく、 嫌味ったらしい事を言った。岡倉先生が東大の助教授だと聞くと寅次郎は益々気に入らなくなったようである。 それまでの経験から、岡倉先生が自分の部屋に居候している事を察知した寅次郎はカバンを持って とらやを出ようとした。そこへ寅次郎の幼なじみのお千代坊(八千草薫)がとらやに入ってきた。 懐かしさのあまりお千代坊と話がはずむ寅次郎。二人で和気あいあいとなり、さっきまでの険悪な雰囲気 はどこへやら。すっかり機嫌が良くなった寅次郎はしばらくとらやに落ち着く事となった。

女手一つのお千代坊に何かと手助けをしてやる寅次郎だが、そのお千代坊に岡倉先生が惚れてしまった。 初めてお千代坊を見た瞬間から岡倉先生はお千代坊にぞっこんとなり、大学に提出するレポートにも「お千代」 と書いてしまう始末。その日から完全に恋の病となってしまったのである。お千代坊には別れた亭主と 亭主が引き取った小学生の息子(サトシ)がいる。ある日サトシがお千代を尋ねて柴又にやってきた。江戸川の土手で 二言ほど言葉を交わしたが、友達といっしょに来ていたサトシはすぐに自転車に乗って行ってしまった。 涙が止まらないお千代坊・・・。 その話を聞きつけた寅次郎は、その夜お千代坊をとらやに呼んで食事をして元気をつけてやろうと考えた。 夕食の席、何の話をしてもどういう訳かすぐに子供の話題になってしまい、お千代坊を元気づけてやろうという 計画は失敗に終わった。しかしお千代坊はみんなの心遣いに感謝し、嬉しさと寂しさで涙が溢れるのであった。

しばらくすると岡倉先生の恋の病がひどくなり、とうとう大学へも行けなくなってしまった。その姿を 見るに見兼ねた寅次郎は、お千代坊に岡倉先生の気持ちを伝える事にした。お千代坊を誘って何時間も 連れ回し、やっと亀戸天神で岡倉先生の気持ちを伝えた。ところが寅次郎の言葉が足りなかったせいで、 お千代坊は寅次郎の話を寅次郎本人のプロポーズだと勘違いし、事もあろうにそのプロポーズを了承して しまったのである。つまりお千代坊は寅次郎を好いていたという訳である。お千代坊の勘違いに気がついた 寅次郎はその場で腰を抜かしてしまった。結局岡倉先生の話はそれっきりとなり、何とも後味の悪い結末と なってしまった。

お千代坊との関係がぎくしゃくしてしまった寅次郎は、やり切れない気持ちのまま再び旅に出るのであった。

◇ ◇ ◇

見所と独尊的論評

第10作「寅次郎夢枕」は非常にメリハリのある作品である。寅次郎の改心からいつもの喧嘩に発展し、 郷愁の信濃路、そして再び柴又へと舞台が移る。さらに大学教授・岡倉先生の登場から一騒動の末のマドンナ・お千代坊 と寅次郎の再会。この逆転劇の連続は山田洋次監督ならではの持ち味であり、まさに人情喜劇と言える のではないだろうか。序盤から中盤への起伏の激しさは、やがてラストシーンの寅次郎とマドンナの恋のすれ 違いに絶妙に発展していく。

この作品の冒頭では「お転婆のさっちゃん」という女性が花嫁姿で登場する。この花嫁、実は源公役の佐藤蛾次郎さん の奥さんである。山田洋次監督の計らいにより、結婚直後の佐藤蛾次郎夫妻に対して奥さんを花嫁姿で映画に出演 させたのである。これは「男はつらいよ」を象徴するかのような粋な演出である。

第10作は第9作に引き続き舎弟の登が登場する。再会場所は同じく旅先の宿である。9作との違いは、 9作が登が書き置きをして去るのに対し、10作は寅次郎が書き置きをして去っている。10作 では久しぶりに二人の売のシーンが見られる。しかし登が寅次郎の舎弟として出演するのはこれが 最後であり、次回の登場は遥か12年先の第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」となる。12年後の登は女房と 子持ちの堅気であり、それが登のシリーズ最後の出演となる。シリーズ初期の登の存在は寅次郎の フーテンぶりをさらに強調する事に一役買っていたのは間違いないだろう。

この作品の見所は大きく三つある。一つ目はお千代坊の我が子に会えない寂しさと悲しみである。別れた亭主が引き 取った息子と再会し、お千代坊が「僕、大きくなったわねぇ・・・」というセリフには思わずジーンときて しまう。「もう行くの?」、というセリフには「ずっといっしょに居たいのに」という気持ちがありありと表現 されており、少ないセリフにもかかわらず痛いほど感情が伝わってくる。我が子に会えない親の気持ちが どれ程のものかはわからないが、片腕をもぎ取られる以上の痛みと悲しみである事は間違いないだろう。 短時間ながらこのシーンではその心境が見て取れる気がする。

二つ目は一つ目の延長で、寅次郎がお千代坊を元気づけてやろうとするシーンである。子供の話題に触れない ように注意しているはずが、新聞やテレビを見ると子供の話題ばかりが登場する。第2作でも同様の喜劇は 見られたが、10作の方が緊張感があるように感じる。その違いは親を思う子の気持ちと子を思う親心との差 かもしれない。いや、第2作では寅次郎が張本人だったから緊張感がなかったと言う方がすっきりするかも しれない。しかしこのような悲劇的な場面も寅次郎の言動で一瞬のうちに喜劇化してしまう。そして このシーンは単なる喜劇ではなく、喜劇と悲劇の間の人情が絶妙にバランスをとっているように思える。

三つ目はやはり終盤の寅次郎とマドンナ・お千代坊との亀戸天神での会話である。寅次郎の話を寅次郎の 気持ちとして聞いてしまったお千代坊の態度と顔つきが実に良く撮れている。寅次郎からのプロポーズだと勘違いした お千代坊が嬉しさと迷いで橋の欄干を指でなぞるシーンなどは女心が実にうまく表現されている。しかしお千代坊 の勘違いに気がついた寅次郎が腰を抜かすとすぐにお千代坊は自分の言った事を撤回する。この辺はシナリオの 逆転劇の見せ所でもある。参考までにこのシーンの雰囲気は以下のような感じである。

寅次郎: 「イヤかい?」
お千代: 「イヤじゃないわ・・・」(欄干を指でなぞる)
寅次郎: 「じゃあいいのか?」

第10作はこれまでの作品と較べると異色である。これまでのシリーズではことごとく寅次郎のマドンナへの 思いは空振りに終わっているが、この作品は結果的に寅次郎がマドンナに惚れられているのである。どの作品 もそれぞれ特色はあるが、寅次郎がマドンナに明確に惚れられるというのは「男はつらいよ」の柱が一本増えた事に 等しい。以後の作品でもマドンナが寅次郎に恋愛感情を抱く作品が登場する。しかし10作ほど マドンナの恋愛表現がはっきりした作品は他にないだろう。 もう一点異色だと感じるのは寅次郎が恋の指南役となる点である。この点も前作までには見られないシナリオである。シリーズが 終盤に近づくにつれて寅次郎は恋の指南役に徹するようになる。その原型がこの作品ではないだろうか。

この作品は記憶の奥深くに残る印象的なシーンを多く含んだ作品である。そして寅次郎がマドンナに惚れられる 最初の作品として記念すべき作品でもある。最後になるが、この作品の冒頭の口上は前作までの作品とは少し違う。 前作までは、「わたくし、生まれも育ちも・・・」で始まり、「・・・フウテンの寅と発します」で終わる。しかし この作品の場合はさらに続きがあり、「右に行きましても左に行きましても・・・」、と続く。このような思考錯誤 の繰り返しと微細な変化が「男はつらいよ」を継続させていた理由の一つではないだろうか。



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