No.7 <オーヴェルニュの歌>

 先日、通勤の帰りに何気なくつけた車のラジオから流れて来た曲は全く素晴らしいものでした。それはカントルーブという人が作った歌曲だったのですが今まで一回も聴いたことのない曲でした。と言うより今まで経験したことのない音楽と言った方が良いかも知れません。私はカントルーブという名前さえ知らなかったので家に帰ってから早速忘れない様にその名前をメモしました。気に入った作曲家の名前くらいは覚えておきたいものですし、出来ればCDを手に入れたいとも思ったからです。
 この頃私の記憶力は衰える一方で曲名を記憶にとどめようと思ったのですが、ラジオで一回聞いただけではやはり無理でした。しかし何曲か流れた曲の歌詞の中にレロレロと聞こえる箇所を持った強く印象に残る曲がありました。口の中で何度もレロレロと唱えた結果流石にこれは翌日まで記憶に残りました。これを頼りに札幌の駅前通りにあるタワーレコードに行ったわけです。ちょっと苦労しましたが、流石タワーレコード、作曲家別の棚にカントルーブのCDが数枚ですがちゃんと置いてありました。何しろレロレロだけが頼りだったので、その曲を見つけられるか心配だったのですが、数枚のCDは全て同じ曲を違う演奏家が録音したものだったので、心配も何もする必要はなかったわけです。CDケースをひっくり返して曲名を必死に目で追い、オーヴェルニュの歌という歌曲集の中にバイレロという曲を発見しました。もう、これに違いありません。ということでCDを一枚買って帰りました。ちなみに私が買ったCDはソプラノがドーン・アップショウ、指揮ケント・ナガノそしてオーケストラはリヨン国立歌劇場管弦楽団でERATOレーベルです。
 ライナーノーツを引用してカントルーブとオーヴェルニュの歌の紹介をちょっとだけします。カントルーブは1879年にフランスのオーヴェルニュ地方(と言う地方があるそうです)で生まれ1957年に没した作曲家だそうです。カントルーブはフランス各地に残る民俗音楽を採譜することに熱心だったそうで、自分の生まれ故郷のオーヴェルニュ地方に残る民謡を編曲したものがオーヴェルニュの歌という歌曲集なわけです。作曲は1927年から1955年まで続けられその間、何回かに分けて数曲ずつ発表されたそうです。民謡の編曲といってもオーケストレーションの腕前はなかなかのものです。というか素晴らしいです。オーヴェルニュの歌には全部で27曲の歌が納められていますが、その内26曲にはオック語という古い南仏の言葉が使われているそうで、どうりでラジオで聞いた時に何語か全く見当がつかなかったわけです。
 さて全曲を聴いた感想ですが、全て魅力的な曲ばかりで甲乙つけ難いといった感じです。木管が活躍する色彩豊かで洗練されたオーケストレーションは流石フランス人の手になる音楽と思わずにはおれませんが、それでいて民謡が持つ素朴さをしっかり残している希有な作品だと私は思います。その中でも私が特に素晴らしいと感じたのはやはりバイレロです。バイレロは木管と弦で始まりオーボエが特徴的な旋律で続きさらにフルートなどの木管が少しの間絡み合いその後ソプラノの歌が始まります。歌が始まるまでの1分ほどの間にこの曲の風景が目の前に鮮やかに展開されます。
 のどかで暖かく心地良く軽やかで何の心配事も不安も無く何も持たないのに不満もなく心も体も満ち足り、空はあくまで青く高く、遠くにそびえる山の頂は純白の雪で飾られ、流れる川は早過ぎず深過ぎず清らかでいて命に溢れ、緑の森は深くしかし明るく小鳥はさえずり、時間は永遠に保証されている、そんな風景です。全く素晴らしい! ここは神々の国に違いありません。ソプラノが歌う歌は浪々として伸びやかでいささかの屈託もありません。歌詞がまた素晴らしいです。ちょっと失敬してご紹介します。

バイレロ 

 羊飼いさん、川向こうには何もいいことがないでしょう? 
 バイレロ レロ レロ レロ レロ レロ バイレロ ロ・・・と歌って! 
 ーーー何にもありゃしない、で、あんたは? バイレロ レロ レロ レロ レロ・・・・ 
 羊飼いさん、牧草が花盛り 群れをつれてここへおいで バイレロ レロ レロ レロ・・・ 
 こっちの原っぱの草はとてもいいの バイレロ レロ レロ レロ・・・ 
 羊飼いさん、川があって わたしには渡れないの バイレロ レロ レロ レロ・・・ 
 ーーー待ってろよ、こっちから会いに行くから! バイレロ レロ レロ レロ・・・

どうですか? 素晴らしいでしょう? わたしはこの歌詞を読んだ時、ああこれは万葉集に収めてもちょうど良いくらいの歌だなと感じました。男女の素朴な恋愛を歌った問答歌ですよね? 訳は濱田 滋郎氏です。飾り気のない朗らかなやり取りですが、羊が食べる牧草を出汁に使っている辺りは何と言っても男女の駆け引きですよね。まあ、音楽を言葉では説明しきれるわけがないので、もし聞いてみたいと思われる方がいらっしゃったら、何かのついでにでも手に入れてはどうでしょうか。


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