今年の6月に筒井謙氏と共に北アルプス白馬連峰の東麓、姫川流域でPidonia(ヒメハナカミキリ)の調査をしました。
このとき青木湖の北、日本海斜面にセスジヒメハナカミキリP.amentataの斑紋形態を異にする個体群がいくつかあるらしいことが分かりました。今回はこれらの個体群の紹介をします。
Pidoniaは日本国内では目で見てすぐ分かる新種の発見の時代はだいぶ前に終わったと思われます。最近の新種記載は混同されていた種群の整理をした上で独立種とするケースが多いようです。そういう意味では変異が多いといわれている種の中にはまだ未知の種が隠れている可能性があります。また、種のレベルまでいかなくても個体群レベルでの違いを明らかにすることは価値のあることだと思いますし、その個体群の由来を考えてみることも楽しいことではないでしょうか。

← 白馬村佐野 姫川源流の
   amentata

                白馬村八方尾根南麓 平川の →
                             amentata

どちらもS紋(会合紋:鞘翅の中央の黒い紋)が太く、肩まで広がって達しています。これは太平洋斜面のamentataの特徴の一つです。日本海斜面ないし多雪地域のものは会合紋が細くしかも肩まで達しない形態のものと常識的に考えておりましたので、姫川源流のカラコギカエデの花から採れたときは、アレッなぜだ!と叫んでしまいました。
この地域は多雪地域ではないのでしょうか?
ただし、これらの個体のLP紋(側部第3紋)は褐色化しています。太平洋斜面(例えば静岡)のものにはLP紋がはっきりとついています。ここでは姫川源流タイプと呼ぶことにします。




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小谷村白馬大池駅から栂池方面への 小谷村 親の原
の登り道での amentata 栂池ゴンドラ しらかば駅付近amentata

姫川源流で意外なものを見た私たちは、イメージにあった日本海・多雪地域タイプのものがどのあたりから出てくるのかが気になり、北へ向かってamentataの変異を追いかけてみることにしました。
まず八方平川と白馬大池駅付近は姫川源流と同じ形態と云えるものでした。ところが、白馬大池駅から小さな尾根を越えた栂池高原のしらかば駅付近には典型的な日本海斜面・多雪地域タイプの個体群がいました。白馬大池付近個体群とは直距離で2km弱しか離れていません。
親の原の個体と前の3カ所の個体を比べれば斑紋の形態が全く違うものであることが分かります。中間的な個体はありません。
種の違いとまで云えるのかどうか詳細な検討はまだですが、少なくとも分布系統群としての歴史の相違があるとは云えそうです。


白馬岳猿倉のamentata 糸魚川市大所のamentata

左は当日ではなく以前7月初に猿倉で採ったものです。栂池と同様に八方平川と猿倉でも、標高的に低い方に太平洋斜面タイプ、高い方に日本海斜面・多雪地域タイプがいるように見えます。
栂池親の原での採集の後、小谷村奉納温泉奥(妙高山塊側)および蓮華温泉下の大所川付近を調べましたが、すべて日本海斜面・多雪地域タイプでした。



白鳥山大倉峠付近(青海町)の 白鳥山大倉峠付近(青海町)の
amentata   amentata    

近隣地域のamentataの様子を知る必要が出てきたため、翌週北村民弥氏、中林博之氏を加えた4人で北アルプス北端地域から黒部峡谷にかけて調査を行いました。黒部から新潟側へ戻る行程でしたが、姫川下流域との繋がりの関係でここでは、北アルプスが北端の白鳥山から親不知へ落ちていく中腹付近のamentataを示します。
どうもこのあたりには姫川源流タイプと日本海斜面・多雪地域タイプの両方がいるようです。確認する必要はありますが、AとBの間に連続的な変異はないようです。





























富山県入善町負釣山 富山県入善町負釣山
amentata    amentata  

富山県朝日町を流れる小川と黒部川の間にある負釣山六谷林道でも2タイプがあるようです。左の姫川源流タイプと見える個体はLP紋(側部第3紋)がはっきりと見えてより太平洋斜面タイプに近い姿をしています。右がわのもう一つは明らかに日本海斜面・多雪地域タイプといえます。


← 富山県宇奈月町祖母谷温泉の
    amentata

黒部峡谷にはいるとすべてこの形態のものでした。
これを黒部タイプと呼ぶことにします。

それでは姫川源流タイプと黒部タイプは同じものなのでしょうか。
私は黒部に至ってはじめて真の太平洋斜面に近いものが出てきたと考えています。
LP紋(側部第3紋)もしっかり出ていますが、もっと大きな理由は写真では見えない腹面側にある口器の下部の色が黒色であるということです。
私はいわゆるkurosawaiキタセスジヒメハナカミキリとか裏セスジといわれていた新潟中部産のものと関東山地南部のamentataの違いがどこにあるのかを調べたことがあります。その結果、関東南部にいるlylaコトヒメハナカミキリとamentataの違いを示す2つのキーと相似していることが分かりました。裏セスジの口器下部の色が幅広く白く、中・後腿節端部の黒色部分がより狭い、ということです。
口器下部の色でみると姫川源流タイプは白で、裏セスジの系統に入るものと考えられます。北アルプスでは手元の標本では白骨温泉のものが黒でした。
富山平野周辺のamentataは黒部タイプと考えられます。

一方、姫川源流タイプとはいったい何なのでしょうか?
従来考えられていた太平洋斜面のamentataと雪国タイプとされていた裏セスジの移行型なのでしょうか?


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