「さざれ石」と私


   久保憲一/1999-9-03

  先月九日、ようやく国旗国歌法案の成立を みた。各種世論調査によって国民の大部分が 日の丸、君が代に賛成しているのだから、こ の結果は当然と言えば当然。だが、われわれ の父祖が守ってきたわが国の慣習法が今日あ まり効力をもたなくなっていることは、将来 に一抹の不安を残している。今ではまだ笑い 話で済むが、「日本の国語は日本語である」 という法制化を大まじめに考えなければなら ない時代がやって来るかも知れない。

 ところで、国歌・君が代に詠われている「 さざれ石」について、今回はお話したい。
 従来、さざれ石とは、細かい石と解され、 真砂または俗語の砂利などと同義のものであ った。しかし、「国歌、君が代のさざれ石」 は実在している。
岐阜県の伊吹山の麓に採れる石で、学名「 石灰質角礫(れき)岩」。長年月で溶解した 石灰岩が付近の小石を接着し、大きな固まり となったもので、現在は岐阜県の天然記念物 に指定されている。このさざれ石は、文部省 の中庭にも「さざれ石」として設置され、昭 和天皇皇后両陛下、皇太子と皇太子妃殿下( 当時)、各宮家、新国技館やぎふ中部未来博 覧会会場でも「さざれ石」として紹介され、 伊勢神宮の内宮・外宮、熱田神宮、明治神宮 、金刀比羅宮、出雲大社、霧島神宮、日枝神 社、橿原神宮、乃木神社など、全国四〇以上 の有名神社に奉納されている。
 県内でも多度神社、椿大神社、そして有り 難いことに筆者の田舎の鎮守さま、飯高町・ 水屋神社でも実物を観ることが出来る。


 この「さざれ石」の名称の起源は「君が代 」の歌と共に、少なくとも平安時代にまで遡 る。鎌倉時代以降は神事や宴席の祝い歌とし て一般に広まり、江戸時代には物語、御伽草 子、浄瑠璃や謡曲にもなった。
 しかし「国歌・君が代に詠われているさざ れ石」は、昭和三六年一月、岐阜県の小林宗 一氏によって発見され、特殊な、特定の石で あることが判明した。

 岐阜県の春日村には次のような「伝承」が ある。平安朝時代、文徳天皇(在位八五〇− 八五八年)の皇子惟喬親王に椀生地の司とし て仕えていた藤原朝臣石位左衛門は、親王の 命を受けて良材を求めて椀生地を探し回り、 ついに春日谷の奥地一帯を発見し、一族と共 にそこへ移り住んだ。小宮地区には現在もそ の一族九〇余戸が居住している。
石位左衛門は春日村と京を行き来する途上 、古屋笹又地区の谷間の、渓流に山積する「 さざれ石」を発見、「これは珍しい石、目出 度い石である」と、見たまま、感じたままを 詠んで奉った。その歌が

わが君は千代に八千代にさざれ石の
いわをとなりて苔のむすまで…

の一首である。
都では「見かけぬめずらしい石であり、か つまた秀歌である」として、「古今集」(巻 七賀の歌)にこの歌を採用した。

しかし、当時、石位左衛門はあまり身分が 高くなかったので、詠み人知らずと発表され た。後に、この歌により位を得た。すなわち 、石に関連し、石位左衛門と改名した。
石位左衛門という名は、古来類例のない特 異な名前である。この地方の藤原一族の男子 元服時には申し渡しの儀式が行われ、長老に よる先祖由来の申し渡しでは今も「先祖の石 位左衛門は歌詠みで、朝廷から歌によって位 を賜った」と伝えられるという。

 「さざれ石」は海外にも渡った。本稿で「 さざれ石」を取り上げた理由は、この数年来 、いささか筆者も「さざれ石」に関わってい るからでもある。さざれ石発見者のご子息・ 小林文治氏らと共に、台湾において新設の東 方国際大学にさざれ石を寄贈し、また台北の 烏来郷・高砂義勇隊慰霊碑への奉納のお手伝 いをさせていただいたからである。
 この新設四年制大学の許国雄学長は、日本 人以上に日本人らしく、建学の精神になんと 日本の教育勅語を掲げ、既設の短期大学でも 大和魂教育を実践されているのである。私が 大学のゼミの学生を引率し、訪問すると、い つも温かく招宴してくださる。また来日の度 にご連絡をいただく。情宜の人である。
 また高砂族の女酋長・周麗梅さんは教育勅 語や君が代を愛唱されている方で、さざれ石 奉納に涙を流して感謝してくださり、我々を 兄弟にしてくださった。一度もさざれ石を見 たことのない日本人観光客に得意気に「さざ れ石」を説明されているという。
 また日本軍人が世界戦史に記録されるよう な壮絶な戦をし、戦後、あちこちに散らばっ た遺骨を今も丁重に拾い集め、弔ってくださ っている親日国・パラオへのさざれ石寄贈を クニオ・ナカムラ大統領とお約束している。

 これらの国々の人は「さざれ石」と共に、 われわれ日本人がすでに忘れ去ったものを今 も大切に保有しているのである。
      鈴鹿国際大学助教授 久保憲一

『三重タイムズ 』 平成11年9月3日(金)
「日々想 々」より転載
水廼舎(久保憲一)

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