596−2.環境問題とは人口問題だったのか



得丸
おはようございます。暑い日が続きますね。

1 立山止観の会の次回のご案内
先週木曜日の富山の論語の会は、新しいメンバーも入ってなかなか
もりあがりました。

次回は7月26日(木)7時から、富山市・そば処大庵2階で行います。
子罕第九の「子見斉衰者」(通番214)から読みます。

2 永平寺参籠のご報告
永平寺での参籠は、一泊二日コースでしたが、の間に座禅をする時
間が夜一回20分、朝一回20分しかなかったので、コースが終了した
後で、私はお願いして追加で40分を2回座ってきました。

「お経も読まず、仏も拝まず、念仏しないで不幸になったらそれで
よい。そこには幸福と不幸もない、生も死もない、ただあるのは、
自己の全存在が仏の生命と一つになっている事実」。(鎌田茂雄「正
法眼蔵随聞記講義」、講談社学術文庫)

道元の教える「只管打座(しかんたざ)」、ひたすら座禅せよ、です
。なかなかよかったです。今度は3泊4日の参禅コースに挑みたいで
す。

3 環境問題とは人口問題だったのか
週末は、環境問題について、考えていました。世界銀行の出した環
境政策の報告書を読みながら、感じる違和感と取り組んでいました。

環境問題とは、外部不経済の内部化といわれますが、この外部経済
(不経済)とは何なのでしょう。どうすれば内部化できるのでしょう。

たとえば、CO2を排出するのも、ゴミを燃やすのも、生活廃水をその
まま川に流すのも、ジャングルを燃やして焼き畑するのも、人口が
少ないときには、許されたことです。

だから、ひとりひとりの人間にとって、車でドライブすることも、
ゴミを燃やすことも、罪の意識はない。内部化できていない。

これが「問題」化するのは、規模が大きくなるから。人口が60億人
もいたら、あっという間に森林はなくなるし、ゴミはたまるし、地
球は温暖化してしまいますね。

結局、環境問題とは、人口爆発の問題だったのではと思い至りまし
た。

だとすると、いろいろと対策をたてたり、京都議定書の批准につい
てどうこう議論しても意味がないのではないか。人口を適正水準に
減らすことができるかが問われるべきなのかもしれない。

過剰人口問題として、地球環境問題をとらえ直すとどうなるのだろ
う。

道元だったら、「何が外部で、何が内部なのだ。よく考えてみろ」
というかもしれませんが。

得丸久文
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    手習いごとのすすめ            得丸久文   
これは友人が作っている「コロボックル」という雑誌に書いた原稿
です。
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 なんで日本がこんなにひどい国になったと思う? それは世代か
ら世代へと文化を伝えなくなったからだ。文化って何かといえば、
芸当、人さまの役にたつ技、「手に職つけろ」の職、心と体に刻み
込んだ技術だ。 
 考えてもみてごらん。君たちは親の世代から、いったい何を教え
てもらった?農作業や家業をもつ人なんてもうほとんどいない。そ
れ以外でも、礼儀作法、料理や裁縫、俳句や短歌、お茶やお華、武
道、古事記や日本書紀や論語や孟子といった古典。日本の歴史も昔
話も、先祖代々の物語も、なにひとつ親から習っていないんじゃな
いかい。 
 こういった文化は、ひとりひとりが自分で身に付けて、次の世代
に伝えることによって、何世代、何十世代にもわたって伝えられて
きた。日本の文化は、そうやって時代を超えて生き延びてきたんだ
。今はそれが途絶えてしまった。 
 学校というのは、時間を守りきちんと言われた通りに仕事をする
ことができる工場労働者を養成する場所でしかない。(学校で円周
率を3にするというのは、もう工場労働者は必要とされないから、
養成をやめたということなんだと思う。) 
 学校とは別のところでというか、学校ができるずっと前から、
日本の文化は寺子屋や手習いごととして生きながらえてきていたん
だ。残念ながらその伝統は消えつつある。 

 たしかに今は文化が必要とされない時代になった。 
 ちょっと前の時代まで、日本では「手に職をつけろ」と口うるさ
く言われていた。ところが、いわゆる職人さんたちが機械化や自動
化の波の中で仕事を失うようになった。今は何を職業として生きて
いけばいいかわからない時代になってしまったのだ。おかげでみん
な無力で芸のないサラリーマンになっちまった。リストラされたら
オシマイだ。弱々しいったらありゃしない。 
 家事は電化製品がやってくれ、料理はコンビニやスーパーででき
あいのものが買え、なんでもデリバリーしてもらえる時代になった
。テレビをつければスポーツもお笑いもワイドショーもどんな番組
だって放送されている。ビデオ屋もテレビゲームも豊富にある。暇
つぶしにはことかかない。すでに君たちの親の世代から、何も苦労
しなくても食べて、楽しむことができる時代を生きている。 
 それと、戦争に負けたこともある。GHQの占領政策の一貫として、
神社や神道が否定されて、日々感謝の心を持って生きていくことが
教え込まれなくなった。武道が禁止されて、体と心を鍛える機会が
なくなった。町内会が否定されて、地域社会の顔の見える範囲内で
の付き合いが重んじられなくなった。 
、 
 結果的に、君たちのおじいさんやおとうさんの世代をみてごらん
。みんな暇つぶしして暮らしている。若い世代を教育しなくなった
。彼らも文化的に空っぽなんだ。何も意味あるものを生み出してい
ない。それはゾンビの生活だ。 
 お金さえあれば、何でもほしいものが買えると思ったら大間違い
だ。僕たちの心は文化なしでは、不安でたまらない、いつも欲求不
満で貧しいままだ。 
 結局のところ、僕たちは文化を身につけなくては生きていけない
のだるのだ。 

 君たちは文化的に空っぽなんだ。これは大変なことだよ。あせら
なくちゃ。 
 でも取り乱さなくてもいい。それは君たちだけではないんだから
。君の親も、もしかするとおじいさんの世代も、戦後の日本人はみ
んなのっぺらぼうの空っぽの心で生きてきたんだ。 
 日本に生まれて、日本人として育って、それでいて君たちはちっ
とも日本の文化を身につけていない。それは恥ずかしいことなんだ
ということを、肝に銘じよう。 
 今となっては、親を恨んでもはじまらない。彼らもどうしていい
かわからないんだ。君たちは自分で自分の心を耕す必要があるんだ
よ。文化を身につける必要があるんだ。 
 心を耕すってことがわかるかい。体全体をつかって、一生懸命に
何かを覚える。何でもいい。自分が心ひかれる手習いごとをやって
みるんだ。 
 テレビを消して、一切の娯楽から身を引いて、自分の体をうごか
してみる。何かお稽古ごとの先生を見つけて、通ってみるんだね、
とりあえず。 


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