523−1.きまぐれ読書案内「世界あちこち隠し味」



きまぐれ読書案内 篠田香子著「世界あちこち隠し味」
 世界人として食べる、眠る、生きる −        得丸

きまぐれ読書案内 篠田香子著「世界あちこち隠し味」 
(全日法規、1500円、2001年5月) 

 モスクワやニューヨークからアマゾンや南極まで、貴族 
の宮殿からスラム街まで、著者はどこでも旅し、その土地 
のおいしい料理をその土地の人と味わおうとする。著者の 
心に写し取られた世界各地の町並みやおいしい料理や土地 
の人の心を読んでいると、まるで著者に案内してもらいな 
がら、世界各地を旅しているような気分になる。 

 前作の「世界でさがす、私の仕事」(1998年、講談社) 
も読ませてもらったが、世界のどんな人間とも心を通わせ 
て話をすることのできる奇特な人だなと、感心した。海外 
体験をつづった本の中には、海外に慣れていないがために 
不必要な苦労や誤解を書いたものがある中で、篠田さんの 
本には、経験不足や無知による余分な記述が一切ない。そ 
れに彼女はあるがままの事実をそのまま描こうとしている。 
自分の心の上に世界を、友人たちの心を写し取り、そこか 
ら何かを感じ取っている。だからとても読みやすい。 

 世界各地を旅して、そこで長期短期のアルバイトをして、 
その経験をまとめたのが前作だった。それだけでも面白か 
った。でもこの「世界あちこち隠し味」は、前作のときの 
体験に加えて、著者がこれまでに体験してきた世界各地の 
食事を、その土地の人間の生活の臭いを感じさせながら、 
その土地で知り合った友人の気持ちに肉薄しながら、紹介 
している、地域的には二倍ほど広がり、内容的にも数段深 
まった。 

 料理を実際に食べることで、その土地を自分の中に取り 
込むから、文章に現地の香りがつくのだろうか。いっしょ 
にメシを食うという行為が、その土地の人たちと心を通わ 
せるための最良の方法なのかもしれない。 

 紹介されている人たちの会話もまた楽しい、というより 
かなり鋭い。一人だけ紹介させてもらうと、モナコに住ん 
でいるアメリカの石油王の娘のセリフ。 

「今の世界は、国籍よりも金持ちと貧乏人という分類の方 
が明確だ」 
 これは、グローバリゼーションの行き着く先を予見して 
いるかのようだ。 

「どこのパスポートを持ってるかより、どこのプラチナカ 
ードを持ってるかのほうがずっと重要よ」 
 国籍が違うから、宗教が違うからといっていがみあった 
り、人を排除している人たちこそが、現実感覚の乏しい、 
旧態依然の発想に束縛されているのだと気づかされる。 

「結局、お金をいくら出しても何も所有できないのよ。一 
定期間借りているだけ。あえていえば自分の物になるのは、 
自分の体だけ。だから体になるものと体を託す物には惜し 
まない。」 
 と発言した彼女は、しばらくして、 
「さっき気づいたの。自分の体も実は借りているだけだっ 
て。一定期間で地球に返すんだもの」 

 この醒めきった感覚に、僕はゾクゾクした。 
「肝心なのは、食べる時と場(right place at the right 
time)」。 
 並大抵の宗教家や教育者の講話なんかよりよっぽど中身 
が濃い。これらの発言はおそらく、著者の問題意識や感受 
性に触れたために触発されて生まれたのであろう。 

 篠田香子は、国籍や人種や宗教を超越して、世界の人と 
共に楽しみ、共に憂える「世界人」という新しいタイプの 
人種である。孟子に「楽しむに天下を以てし、憂えるに天 
下を以てす」という君子の心の有様が語られているが、著 
者はまさに「楽しむに世界(の料理と友)を以てし、憂える 
に世界(の人々の生活の悩み)を以てし」ている。 

 本書を読むことで、著者が実体験で味わったことのごく 
一部でも我がものとしたいものである。国際人を目指す人 
には超お勧めの一冊である。 
(得丸久文、2001.05.02) 


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