433−2.種としての「人類の使命」



〜人類への警告〜
白鳥宙
地球に棲む生命体は、全て「種」として造られた。
野生の生命体は、全て「種」を残すために」自分が犠牲になること
を厭わない。
野生の法則は、「強きものが生き残る」という宿命である。
野生の生き物には、全て過酷な自然の中で生きる「武器」が与えら
れた。
人間が種として生き残るために与えられたものは、「助け合って生
きる智慧」であった。
自然の摂理を踏み外したものは、淘汰される。

二十一世紀の摂理 
 神は人類に対し、より不可思議な試練を与える事を選ぶだろう。
地球は我が身を守る為、ありとあらゆる手段を使って共同生命体で
あった人類を寄生虫と判断して排除する活動を行うだろう。地球が
生命体である以上、治癒能力を発揮するのは当然だし、自らの生命
を守ろうとするのを誰も否定する事はできないだろう。しかし神は
人類に対し一塵の望みを託していくつもの不可思議を問い続けるの
だ。自然界の天変地異なのか、新種の疫病なのか、また奇形と呼ば
れる新人類の誕生なのか、今はわからない。しかしたった一つ言え
る事がある。それは愚かな人類のまま絶滅するのか、母体である地
球を守って再び共同生命体として神に認められるのか、その試練が
人類に与えられた選択肢だということだ。
 人類だけが進歩すると思っているのは人間の思い上がりだ。人の
進歩に匹敵する程全ての生命体は進歩している。与えられた環境に
順応して自らの種族を守ろうとしている。ゆえに地球上の生物の調
和が保たれて成り立っていたのだ。しかし人間はその進化のスピー
ドすら自然界を無視したため、神の逆鱗に触れているのだ。

 自らの便利さを求めて自らの肉体すら不具に追いやる事を神の
「領域」と考え、頭脳のみの進化を求めた結果なのだ。人間は自ら
も気付かぬ内に世紀末の新人類を生み出している。肉体でも精神で
も過去の常識をくつがえす新人類が生まれつつあることを知らない
のだ。いや、すでに生まれてあなたの隣りに何食わぬ顔で座ってい
るかもしれない。その新人類こそ地球の意志によって造り出された
人類を滅ばす破壊神に他ならないのだ。調和を乱した者は疎外され
る運命にあることを「摂理」と言うのだ。

転生輪廻
私自身はかって、様々な国に様々な人間として生まれ、様々な状況
に置かれ、様々な肉体的体験を味わってきた。平民、奴隷、武士、
学者、こじき、金持ち、求道者、商人、水子・・・etc。そこで私は
じっと見つめていた。様々な人々の生き様、その喜びや悲しみ、怒
りや絶望、愛や希望、恐怖、勇気、そして人生を終えるときの体外
離脱感覚、また母親の体内でのやすらぎや恐怖、安心や不安、それ
らも皆味わってきた。

幾度も幾度も地上に生を受け、私が味わってきた人生の旅は、真の
私自身に気付くための長い長い道程、喜びよりも苦しみが多いのは
当たり前、魂を輝かせるのに必要なものは喜びではなく苦しみなれ
ばこそ。

ギリシャでは哲人にあこがれを抱き、哲学を探求していた。自由な
学園の雰囲気は自分が最も好むものであった。師や学徒と共に人生
や宇宙、物質の原理などについて思いや考えを語り合うことは事の
外楽しかった。また、古代の神話に思いをはせるときはむせぶよう
な懐かしさを覚えた。

アマゾンでは熱帯雨林の気候の中、ジャングルで生活していた。
子供心に大人は万能であり、自分たちをいつも守ってくれるという
安心感があった。自分も早く種族の大人たちのように強い大人にな
りたいと願っていた。
子供時代は大人たちから時々もらい受ける槍や弓といったものは、
この上なく尊い宝物となり,それを持つことによって自分も大人た
ちと同じくらい強くなったような気持ちになったものだ。
ジャングルにある様々な危険や獰猛な動物たちもそれを怨み嫌うも
のとしてでなく、神秘的な何か擬人的なものとしてとらえていた。
毎日降るスコールに全身を打たれながら、自然との一体感に限りな
い心地よさを感じていた。

アメリカでは、インディアンの一人としてある小さな部族の中にい
た。その長老から、あらゆる万物の中にそれぞれに神が宿っている
と教わった。私は神を畏れ自然を畏れた。欲張ることは神の怒りを
かうことだと教わっていたので、余分な狩などはせず、自然を大切
にし守ろうと努めていた。
青年のある時期、自分の人生においてとてつもない大事件が起こり
、自分も含めた部族の運命を変えてしまった。白人たちの来襲だっ
た。彼らは私たちのまったく知らない優れた武器を持っており、
部族の何人かはそれによって殺された。私ははじめ彼らを神だと思
った。神が私の犯した罪故に、私を罰するために出現したのだとた
だ恐れおののくばかりだった。私はとても臆病なインディアンだっ
た。白人たちにどう立ち向かうかについて部族の中で長老(酋長)
を中心に熱烈な議論が戦わせられた。自分たちには神がついている
から、必ずや白人たちを打ちのめすことができる。だから勇敢に戦
いを挑むべきだと主張する勇気ある若者もいた。その一方で身近な
友人を彼らの武器によって殺されたのを目の当たりにした者の中に
は、白人に対する恐怖心で、ただおろおろするばかりの者もいた。
酋長の苦悩もその表情からはっきりと読み取ることができた。
長い苦悩の末に酋長が出した決断は、白人たちとの間に友好関係を
樹立しようというものだった。この決断は酋長自信の苦悩に満ちた
熟慮と神への祈りの末に導き出されたものだった。そして、この決
断には酋長自身の部族の長としての責任感や、神への信仰、また
先祖たちから受け継いできた自然や人間に対する深い博愛の心が含
まれていたのだった。
             白鳥宙全集 第三巻「平安」
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