428−2.「悪童日記」の描く真心



●得丸(182)言葉の壁を越えた「まごころの世界」 
『悪童日記』が日本人の心をとらえた理由

語りの必然性
亡命ハンガリー人作家クリストフ(姓)・アゴタ(名)の書いた小説
『悪童日記』(掘茂樹訳、早川書房, 1991年)が、日本で版を重ねて
いる。

著者は1935年ハンガリー生まれ。1956年のハンガリーでの政治反動
の後に、乳飲み子を抱えて夫とともに徒歩で国境を越えた彼女は、
以来亡命者として仏語圏のスイスで時計工場の女工などの仕事をし
てきた。

この小説の舞台は、第二次世界大戦末期から戦後初期にかけての
ハンガリー西方の国境地帯。混乱する時代、おとなたちですら戸惑
いあせり、自分を見失っている。その中で主人公の双子の男の子は
、冷徹といえるほどに合理的に考え、少しも迷わずに決断し、即座
に行動に移す。「ぼくらはけっして遊ばない」、「ぼくらは仕事を
し、勉強する」と宣言する双子の日常には、まったく遊びや無駄が
ない。さまざまな学習と精神および肉体の鍛練の日々だ。

農園の世話や家畜の飼育。軽業や寸劇など芸の習得。聖書と歴史と
地理の学習。ドイツ語やロシア語など外国語の習得。空腹や暴力や
不眠や心理的苦痛に屈しないための荒行、言葉を発しない訓練、
残酷さの習得。

それぞれの学習や鍛練は、食糧確保、当局の管理や拷問からの防衛
、祖母の安楽死、地雷原を越えての亡命など、サバイバルの手法と
一々結び付いている。

双子は何ひとつ忘れず、他者への配慮も怠らない。性的虐待を受け
る近所の女の子に身の護り方を教える一方で、強制連行されていく
ユダヤ人を冒涜した女性には、弾薬を隠し薪を使って私的制裁を加
える。

双子は自ら見聞し体験したことを作文に著す。できあがった作文は
内容が「真実」だと確認されてから「大きなノート(Le Grand Cahier)
」に清書される。こうして出来上がった60数篇の作文として小説
『悪童日記』(原題"Le Grand Cahier" Agota Kristof, Editions 
du Seuil, Paris, 1986)がある。

簡潔さを極めて文体
この小説は、著者の母語マジャール語ではなく、彼女が日常使うフ
ランス語で書かれた。
「簡潔さを極めた文体」が本書の特徴である。掘茂樹氏の日本語訳
も修辞が少なく簡潔な文体だが、フランス語原文はもっと単純で
無味乾燥だ。

たとえば冒頭の文章は、原文に忠実に訳すと「ぼくらは大きな町か
ら着く。ぼくらは一晩中旅してきた。お母さんの目は赤い。」(
『おばあちゃんの家に到着』より、得丸訳)となる。

生硬で稚拙でゆとりのない表現。構文は基本通りで平板。もっとも
初歩的で基本的な単語。余分な修飾や強調はない。

言葉足らずや冗長さがないため子供らしさに欠ける一方、表現に個
性や深みがないのでおとなの文章らしくもない。フランス語に無縁
な国からの難民や亡命者がフランス語圏に移り住んだが、十分な
語学教育を受ける機会のないままに、生活の中で身に付けた乏しい
語学力を使って書いた文章というところか。

著者は亡命後数年間、仕事と子育てに追われフランス語を学ぶゆと
りがなく、読み書きのできない文盲の生活を送っていたという。
この文体は彼女の実生活に基づいているのだろう。

亡命者の日常言語が小説の文体へと質的な変換をとげるとき、単語
や構文の単純さは保ちながら、意味のあいまいな言葉、多義的な言
葉、定義の不明確な抽象概念は周到に取り除かれる。

どうしても伝えなければならないことだけが、絶対に誤解や曲解を
受ける恐れのない簡潔で隙のない言葉と構文で表される。能や茶の
湯にも似た、計算し尽くされた簡素さがこの文体の強さであり、
それが読者の心を貫き通す力を文章に与えている。

真実のルール
抽象的な表現がことごとく排除されている本書において、一ヶ所
だけ「真実の、ほんとうの(vrai)」という形容詞が使われる。だが
心配は無用、すぐにその後で定義が行われる。

「ひとつとても単純なルールがある。作文はほんとうでなくてはな
らない。ぼくらは、そこにあるもの、ぼくたが見るもの、ぼくらが
聞くこと、ぼくらがすることを書かなくてはならない。」(『ぼく
らの学習』より得丸訳)

著者は作品に真実性の要求を課す。簡潔な文体はそれを実現する
装置でもある。
社会主義体制において、多くの言説はプロパガンダであり、内容が
ないかむしろ真実を覆い隠すためにあった。そのような歴史への
反省として、真実のルールは作られたのだろうか。

だが実際に収容所社会の悪夢の中を生きた人々は、否が応でも騙
(だま)しのテクニックへの免疫ができていく。真実を見極める
技術や直観が身につく。

たとえば一部の地下出版物は、その所有が当局にわかれば逮捕され
る。人々はそれを受け取るにしても渡すにしても、相手が信用でき
るかどうか見極めることを要求された。その判断の正しさは、自ら
が生き残る過程で日々確かめられていく。

こう考えると、むしろいつまでも社会主義のプロパガンダに騙され
続けたのは、私たち西側の人間だったのかもしれない。

収容所社会を告発する人々の悲痛な声を耳にしても、「そんなひど
いことが行われるはずがない」と黙殺したり、自分が聞きたくなけ
れば「反共宣伝」のレッテルをはって否定したり、「社会主義の美
しい理想のためには、多少の犠牲もやむを得ない。長い目で見よう
」と無責任に弁護したり。

真実のルールが必要とされているのはむしろ西側社会だ。『悪童日
記』はそこで生まれた。
私たちの周りに、真実のルールを貫いている報道機関はない。活字
や電波を通じて氾濫する報道は、ほとんどが現場取材に基づかない
二次情報であり、それらが真実であるかどうかを確かめることは難
しい。

報道や他人の言葉をそのまま鵜呑みにする前に、真実のルールに照
らし合わせ、それらがどんな事実(現実存在)に基づいていて、
語り手は何を伝えようとしているかを、ひとつひとつ確かめてみる
べきではないだろうか。

まごころも真実
ところでこの小説の中には、前述した4つの真実のルールにあては
まらない表現が一ヶ所だけある。双子が物乞いをする場面。

「女性が通る。ぼくらは手を伸ばす。彼女は言う。『かわいそうな
、おチビさん。私はあげるものが何もない』彼女はぼくらの髪を撫
でる。ぼくらは言う。『ありがとう』(略)帰路、ぼくらは道沿いの
草むらに、リンゴ、ビスケット、チョコレートと小銭を捨てる。髪
への愛撫は捨てられない。」(『乞食の練習』より、得丸訳)

「髪への愛撫は捨てられない」という表現は、真実のルールにあて
はまらない。目にも見えず、耳にも聞こえず、あるものでも、する
ことでもないからだ。

だが、それは心に深く刻みこまれて忘れることができない。ルール
に反してまで伝えずにおれなかったそれは、真心だ。

真心は真実だ、真心が大切だと訴えたくて、著者は例外を作った。
これこそが収容所から持ち帰られた大切な教訓なのだ。

収容所の遺産
ソルジェニーツインの『収容所群島』(木村浩訳、1ー6、新潮文庫
)は、読むと勇気がわいてくる希望の書だ。暴力と不条理が支配す
る収容所社会で、不当逮捕から逃れ、拷問に打ち勝ち、身に覚えの
ない調書への署名を拒否し、収容所で待遇改善を勝ち取った、多く
の英雄たちが紹介されている。

『悪童日記』の主人公たちは、断食や体罰を含む肉体的鍛練、悪態
や甘い言葉に打ち勝つ精神的鍛練を行うが、それらは『収容所群島
』で紹介された多彩な拷問の手口とみごとに対応している。

はじめて『悪童日記』を読んだとき、これは『収容所群島』の教訓
を広めるためのものだ、タイトルだけ有名なわりにはほとんど読ま
れていない『収容所群島』で紹介されているサバイバルの知恵を
大衆に広めたいのだ、と私は思った。

ここまで直接的な結び付きがあるかどうかは別として、『悪童日記』
が「東」の収容所社会で得られた知見を下敷きにしていることは間
違いないだろう。収容所で不当な強制労働をさせられた無念の思い
が、著者に本書を書かせ、生き残った者の知恵と失敗者の後悔や後
知恵が後世の人間に伝えられることを望んだために本書が生まれた
と考えられる。

本書には現代のサバイバルマニュアルとしての価値がある。
冷戦構造が崩れ、東西を隔てる壁はない。だがかつて壁は本当にあ
ったのだろうか。今や冷戦は米ソのヤラセだったというのが通説だ
という(孫崎享著『日本外交 現場からの証言』、中公新書、1993年)
。ベルリンの壁は実在したが、それは実在しない冷戦をあるかのよ
うに見せかけるカモフラージュだったのか。

冷戦がインチキなら、冷戦後だってインチキということになる。私
たちは冷戦中と後で何がどう変わったのかという現実をよく見極め
て、世界と対峙する必要がある。

今の東欧社会に収容所はない。だが収容所はかつて確かに実在し、
罪もない多くの人を奴隷のように酷使した。

冷戦後に、収容所の歴史が反省されたり、再発防止が議論されたこ
とはない。収容所の悲劇はいつまた思いもかけない形で繰り返され
るかもしれない。収容所から持ち帰られた知恵を、人類は共有すべ
きだ。

まごころが私たちの武器だ。
(初出、国境のない惑星1、"World Plaza" (No.46, June-July 
1996)、国際文化フォーラム発行、得丸久文)


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