427−1.陪審制度の議論



国際戦略コラムno.413-2陪審制度導入の問題点 ふる@鶴川 
   
 陪審問題で「O.J.シンプソン事件」が引き合いにでますが、確か
に、日本人の感覚では信じられない評決です。しかし、あの裁判で
の評決を陪審制度の問題に単純に引き合いに出すのはどうでしょう
か? 
 無罪となったポイントは、「O.J.シンプソン」が犯人である決め
手の証拠を発見したのが、人種差別主義者の警官だったことで証拠
の信憑性が疑われ彼が無罪となったではなかったでしょうか? 
人種問題が絡むと異常な程、過剰反応するアメリカ国内の内面が
問題でしょう。 
 あちらでの裁判では、証拠の正当・違法性が極めて重要になって
います。日本では警官が不審者に対して職務質問をして犯人逮捕に
繋がることがありますが、あちらでは、職質した結果偶然犯人であ
ることが判明しても、その職質の正当性が問題になるようです。
例えば、明らかな不審な点があった、通りで人種にわけ隔たりなく
職質が行われていた等、これらを満足しないと、単に例えば黒人で
あるだけで職質が行われたのではないか!と、突っ込まれて証拠性
を失うと聞いています。 
アメリカの裁判制度に感じることは、「権力は常に悪」であるとの
考え方を感じます。確か、一人の犯罪者を捕まえるよりは、一人の
市民のえん罪を防ぐ方が重要なような裁判官のコメントを記憶して
います。 
 あの裁判は証拠を信じるならば、明らかに「O.J.」が犯人に違い
ありませんが、それを証明する証拠で問題が発生したために刑事事
件で無罪となったので、陪審制度の問題ではないと思います。現に
、民事事件の裁判では賠償の評決となってバランスが取られていま
す。 
 仮に言えば、人種差別主義者の警官によって無実の元ヒーローが
えん罪を免れたと考えれば(極端ではありますが)、陪審制度の利
点だったのではないでしょうか。 
 (しかし、あの事件は日本で言えば「長嶋」さんが奥さん殺した
ような事件だよなー) 

 日本で裁判制度の問題が起きてきたのは、職業裁判官の裁判に限
界が生じている点ですね。検察官の言い分に鵜呑みにし易い、市民
感覚から離反している。近頃では、自分で有罪・無罪の判断ができ
ない裁判官の卵もいるそうです。 
 だからといって、私も日本での陪審制度導入は市民生活に極端に
影響を与えるのと、どこまで陪審員としての義務を発揮できるのか
疑わしいので賛成はできません。むしろ、参審制度の方が賛成です。 
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Re:国際戦略コラムno.413-2陪審制度導入の問題点 得丸久文
   
>無罪となったポイントは、「O.J.シンプソン」が犯人である決め
>手の証拠を発見したのが、人種差別主義者の警官だったことで証
>拠の信憑性が疑われ彼が無罪となったではなかったでしょうか?  

僕がOJシンプソン事件を引き合いに出したのは、東電OL殺人事
件のネパール人容疑者が一貫して無実を主張していて、自白をしな
いこととの類似性においてです。 

これまで日本では、「お白洲」に引き出された犯人は、自らの汚れ
た心を白い石の上で確かめて、「お奉行様、私が悪うございました
」と自白していたのです。白洲に立っても、自白しない異文化に属
する容疑者を裁かなければならない場合、異文化にも刑事事件にも
不慣れな陪審員には難しいのではないかと思うのです。 

佐野真一は、「東電OL殺人事件」の中で一貫して容疑者は無罪だ
と主張していますが、少なくとも僕が彼のルポを読んだ限りにおい
て、無罪の確証は得られなかった、だんだん読みすすめるうちに「
こいつ、殺ってる」と思ったのでした、、、 

戦前にも陪審員制度は取り入れられたそうですが、どうしてやめた
のかな? どなたか教えて下さい。 
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戦前の陪審制度の中止理由 ふる@鶴川 
   
 1928(昭和3)年から1943(昭和18)年まで15年間にわたって実施
されました。 
 この間、484件の刑事事件が陪審制で裁かれていますが、そのうち
、81件(17%)に無罪判決が出ています。 
 参考資料 
 http://www.baisansin.com/tuite.html#Q3 
  
中止した理由は、やっぱり戦争のせいのようですね。昭和18年とい
えば、山本五十六が戦死し、アッツ島守備隊玉砕、イタリア降伏、
学徒出陣の時ですから・・・ 
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得丸さんへのコメント ふる@鶴川 
   
> これまで日本では、「お白洲」に引き出された犯人は、自らの汚
>れた心を白い石の上で確かめて、「お奉行様、私が悪うございま
>した」と自白していたのです。白洲に立っても、自白しない 
> 異文化に属する容疑者を裁かなければならない場合、異文化に
>も刑事事件にも 不慣れな陪審員には難しいのではないかと思うの
>です。 

 得丸さん、時代劇では「お白州」に引き出されても、悪徳商人の
「越後屋」は罪を認めず、それを「遊び人の金さん」が、もとい、
北町奉行の遠山金四郎がパッと、「この背中の桜吹雪が目にはいら
ねぇーかー」と、自らが確固たる証人となって悪人をやっつける
(笑)。 
 と、言うように悪い奴は、証拠を突き突かれなければ自白しない
のでは? 
  
 現在の「自白」偏重の立件を是正して、陪審員に犯罪の立証を判
りやすくする証拠主義になることでも意義があるように思えますが。 
 確かに陪審制度がスタートした場合、定着するまでは違和感があ
るでしょうね。特に、仕事を持っている人などは陪審員としての
義務に反発あると思います。 
 まあ、アメリカでも陪審制度の啓蒙映画「12人の怒れる男」が
作られたぐらいだから、いいかげんな評決で処理される裁判も多数
あったでしょうが。 
  
 そうそう、三谷幸喜と東京サンシャインボーイズが脚本を手がけ
た、映画「12人の優しい日本人」、これは「12人の怒れる男」
のパロディですが、笑いと日本の陪審制度を考えるにも面白い映画
です。 
 “もしも日本に陪審員制度が導入されたら?”という架空の設定
で、12人の陪審員が 殺人容疑者の判決をめぐって議論を繰り広げ
ていくうちに混乱に陥っていく姿をユーモラス に描いたコメディで
して、「怒れる男」とストーリーが逆で、確か、犯人も罪を認めてい
て、評決が楽勝かと思ったらおばさんの陪審員が疑問をあげるのです。
だんだん、「怒れる男」のように無罪を信じる人が増えて行くので
すが、ところが、土壇場になって最初に疑問をあげた人物が一転し
て有罪に回り、再び、有罪が増えていく・・・なかなか勉強になる
映画でしたよ。陪審員制度を考えるご参考までに。 

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421−3.陪審制導入是非に関する見解に対して
わざわざすいません!  
 たかです。
 まじでー感じです。ホントにどうしようもなく適当な意見に答え
ていただきありがとうございます。
 もう少しきちんと書けばよかったですね。回答をいただいたのは
、Fさんでしょうか?
 とても、好感を持ちました。続けて購読しようと思いました。

 ただFさんは、かなり直球一本勝負のような方(僕はこういう方
好きです)なのだからなのでしょうか。
 制度に反対する側(Fさん自身)が深く考えていて、制度に少し
でも賛成する側(僕のことですね)が深く考えていないというのは
・・・ マーあたってるかな。

 直球一本勝負だからしょうがないのかなー。
 それから、僕は陪審制度については、それほどの知識があるわけ
ではないし(普通の方よりは・・)それほど興味ある分野ではない
ので、これ以上議論するつもりはないのですが、何かについて発言
するのなら、賛否の是非はともかく、議論する最低限度の知識は
必要なんではーとないのかな思いました(陪審制度なら高校生でも読
める専門書がいくらでもあるんだけどなー・・シンプソン事件を連発
したいのは、わかるのですが、もう少し違った事例で反対論の議論
を進めてもおもしろいですよー・・・・でもFさんの持ち味ですから
しょうがないのかなー)。
 Fさん、これからも様々な分野で直球一本でかんばって下さい。
期待してます。でも、ただもう少しだけがんばった方がいいかもし
れません。
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(Fのコメント)
読者からの厳しい質問にたじたじしていますし、海外の事件から
国内の事件までほとんど全ての問題を扱っているため、詳しい分野
と、知識がない分野があります。このため、読者の皆様の方が、
専門の場合、私より専門知識を持っている可能性が高いと思います。

私が、基本的に心がけているのは、人生哲学の根本、人間をどう見
るかなどの根源的な人間性、人間の幸福とはというような観点から
考えていると思っています。知識は足りない時は、どうぞ怒って、
メールください。または、教えてください。お願いします。


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