406−3.アメリカの低迷と日本の成熟



                    久保
三島由紀夫は生前、語ったことがある。日本を「暗黒」だというと
インテリ・進歩的文化人になり、逆に「バラ色」だと言うものなら
馬鹿にされると。

 以下は、バブル崩壊前の拙文の一部であるが、まだまだ充分皆様
にご一考願えるだけの文章であると思い、皆様のご笑覧に供したい
と存じます。

1.アメリカン・デモクラシーの懐疑
  絶対王政に対する市民側の反抗として近代デモクラシーが生まれ
たのは、周知の通り1688〜9 年のイギリス名誉革命、1776年のアメ
リカ独立革命および1789年のフランス革命の三大革命によってであ
る。これを契機に、近代デモクラシーは次第に世界の支配的政治制
度となった。ともかく、一人または一部の人に政府権力が独占、集
中することを極度に警戒し、政府権力から市民の自由を守ることを
目的としていた。

  政治の第一義が、この三大革命の目的通り、国民の「自由」「平
等」「生命」「財産」の確保、維持であるとすると、治安劣悪、
人種差別社会で、失業率が高く、国民を貧苦に貶めるものなら、い
かに高邁な理念・思想を掲げようと、近代デモクラシーの理念に背
く最悪の政治と言わざるをえない。

  わが国は、戦後50年、小判鮫のごとくアメリカに追随し、保護さ
れてきた。かくて自民党政権が崩壊した一つの理由は、そうした自
民党のアメリカ一辺倒に対する国民の反発とも受け取れる。今や、
わが国が近代化の範としたフランス、イギリスも既に没落し、これ
らの国の年間国家予算はわが国のおよそ半分に過ぎないという。

 第2次世界大戦後、世界を二分する支配力を誇ったアメリカも、
ライバル・ソ連の崩壊、国内経済の停滞と共に、今や60、70年代の
精彩はない。また政治的にわが国より成熟しているとは決して言え
ない。民主的とも言い難い。しかし、アメリカ政治に対する日本人
の評価は、明治以来の「脱亜入欧思想」や戦後の「敗戦コンプレッ
クス」により、いまなお相当甘い。

  アメリカン・デモクラシーは、今や問われ始めた。例えば、国民
が選出したわけでなく、議会も承認してない大統領夫人ヒラリーが
、政府中枢に入り込み、介入する現象は、わが国なら「日野富子現
代版」としておそらく批難噴出しよう。

  また政権交代毎に、新大統領によって4,5 千の高級官僚が一度に
罷免され、新たに任命されることは、新将軍が家臣を率いて江戸入
りする様に似ていなくもない。
  また12年もの長期間、下院歳入委員長という権力的地位に居座り
、公金横領など17件の罪名で起訴されたロステンコウスキー議員。
この「封建的」議会制度を当のアメリカ人たちはどう見ているので
あろうか。

  経済的にも、世帯収入は、70年代前半から全く増えていないとい
う。国内には10人に1人の生活保護、8人に1人の貧困、4世帯に
1人の失業が出ているという。

 最上流、上流、上層・中層・下層労働者、貧困・最下層階級が歴
然たるアメリカにおいて、企業買収などのマネーゲームや倒産など
で、今や中流階級が次々転落、二極化されだした。目下、所得上位
者4 %の総所得と下位者約半数の総所得とが同じであるという。
また連邦議会議員など「新特権階級」の税制等の優遇制度が取り沙
汰される。貧民窟や無法地帯が各都市で膨れ上がり、居住地域の貧
富差も大きい。

  瞬く間に全国に拡大したロスアンジェルス黒人暴動。インディア
ン、ヒスパニックなど少数民族に対する人種差別はアメリカには厳
然と存在する。全米では毎日65人の殺人事件が起きている。'92 年
のロスアンジェルス犯罪件数は警官犯罪を含め73810 件であった。
麻薬、同性愛、エイズ。公立学校や刑務所も暴力の温床と化し、邦
人の銃被害も度々報道されている。家庭崩壊。5割は離婚家庭、
都市家庭の8割は父親不在、黒人の6割は父親の顔を知らないとい
う。

 低所得者層や老人などへの医療保険制度の不備。これはクリント
ン政権最大の政治課題である。特に教育の荒廃には目を覆うものが
ある。子供人口の21パーセントは貧困家庭に育ち、満足な教育を受
けていない。学校における殺人が第2位。10代の殺人は第1位(ABC
ニュース) 。性体験率は男子8割、女子6割。年間110 万人が妊娠
し、50万人が出産しているという。注目されたクリントンの娘も、
荒廃した公立学校を避け、より安全な私立学校に入った。

 かくして、三大革命の目的「自由」「平等」「生命」「財産」の
確保、維持は今やアメリカでは風前のともしびである。ド・トクヴ
ィルが「デモクラシー国家ほど市民が取るに足りない存在の国はな
い」と述べたが、今日のアメリカでは、ますますこの言葉に真実味
が増している。こうしたアメリカに、わが国は今後も追随してゆく
のであろうか。

2.日本政治は果たして三流か
  マッカーサーが「12才の少年」と評した日本も、戦後50年間、
経済活動に邁進し、わが国は今や世界一、二の経済大国となった。
これほどわが国が繁栄し、国力(軍事力を含め)を保持したことは
、有史以来なかった。

  ところで、アメリカには「キリスト教を基礎原理に、アメリカが
率いる西洋文明のみが価値をもつ」とする思想が横たわる。そして
、アメリカ思想が「人類普遍の原理」として日本国憲法に具現され
た。しかし、アメリカは、今日の日本政治は理解しにくく、真のデ
モクラシーにはまだ至っていないという。そしてライバル・ソ連の
崩壊後、あらたに日本を標的に据えはじめ、近頃とみに「日本叩き
」を増してきた。

  ここで、確認せねばならないことがある。わが国は今やアメリカ
に伍する経済力を獲得した。また先進国首脳会議やG7に加わり、
安全保障理事会入りも取り沙汰されている。
国際政治はもはや日本抜きに語れなくなりつつある。

(1)政治的成果
 経済的成果は統計にしやすいが、政治的成果はとかく測りにくい。
実際、経済一流、政治三流とはありうる事か。諸外国を見ると明ら
かである。政情や社会秩序の安定しない国に充分な経済発展などあ
りはしない。「経済と政治は車の両輪」である。
 <平均寿命世界一>  現在、日本は世界一の長寿国である。長寿
は人類の究極の欲望であり、古今東西の権力者もそれに心を砕いた。
その最も達成された国が、日本である。
日本人は生物的に特に強靱な民族であろうか。特に恵まれた自然環
境の国であろうか。それだけではない。医療、福祉、保険、食物、
経済、治安、その他さまざまな好条件の総合結果であろう。平均寿
命値はその国の政治の総合的指数である。それは国内においても現
れる。ニューヨークのハーレム地区に暮らす黒人男性のうち、65歳
まで生きる人は4割に満たない。バングラディシュより低率である
という。政治混乱が続くロシアも、80年後半から93年にかけ、3歳
(69 歳から66歳まで) も平均寿命が短くなったという。

  <失業率最低>  先進国中、わが国は失業率が最も低い。これは
近代デモクラシーの目標の一つ「生命の確保・維持」に密接に関連
している。
  1.イタリア(92 年)11.5 % 2.フランス11.2% 3.イギリス11.2%
 4.カナダ11.2%  5.ドイツ( 旧西ドイツ)7.3% 6.アメリカ6.8 %
 7.日本 2.5%

  <治安世界一>  わが国は世界で最も安全な国であるという。
イザヤ・ベンダサンが日本人は「水」と「安全」はタダで得られる
と考える民族と見たように、治安世界第一で、犯罪発生率は、欧米
諸国に比し、最低である。一方、犯罪検挙率は最高である。わが国
独自の「交番」制度も国際的に高く評価されている。

 <自由の国>  多くの国において、体制批判には厳しい政府対応
がなされる。しかしわが国では全く放任状態(言論の自由)といっ
てよい。職業選択の自由、信教の自由も、その全体的達成度はおそ
らく欧米以上である。

 <平等社会>  国民総中流意識の日本社会は、社会主義国の目指
した理想社会かもしれない。「赤い貴族」を生み出したソ連は、
平等社会を結局実現しえなかった。

 <富裕国世界一>  日本は、三年連続、世界一富裕な国となった。
中流サラリーマン賃金はアメリカをはるかに凌いでいる。しかし
、日本人は、生活実感として決して豊かでないと言う。これは周囲
との比較か、あるいは対国民総生産( GNP) の国際比較か。いず
れにせよ、人々はまず「人並み」を、次に「ワン・ランク上」の暮
らしを求め、地球上最も贅沢な暮らしをしている。海外における日
本人の有名ブランド漁りをどう評価すべきか。

  日本では、企業のみ収益を独占し、外国に比べ、個人所得として
充分還元されていないと言う。しかし、日本企業は、事実上の福祉
団体である。わが国の企業は、福利厚生、退職金、見舞い・慶弔費
、通勤費、扶養家族手当等があり、社内運動会や社員旅行を行い、
保養施設をもつものまである。こうした「フリンジ・ベネフィット
」は、欧米では個人負担である。

(2)陰
 あらゆる事柄には「陰」がある。
 <住環境> 日本の住環境は先進諸国に比べ、決して良いとはい
えない。しかし、わが国の場合、耕地面積や大都市への異常な人口
集中を考慮しないわけにはいかない。また、人口過密都市に住み、
庭付き一戸建てという「持ち家信仰」がある。わが国は、住宅金融
公庫や会社の特別融資により、アメリカに次ぎ「持ち家率世界第二
位」である。

 <農業> わが国はアメリカ、フランスのように農業国ではない。
したがって比較的高値の農産物もやむをえない。明治以来、工業発
展のみに専心し、農業政策をおろそかにした結果である。とはいえ
、農産物を輸入し、購入するだけの富を日本人は充分持っている。
世界各地の農産物が街の店頭には溢れている。

 <政界汚職> わが国政界汚職の原因の一部は、一党のみの政権
が続き過ぎた弊害であろう。その意味で、昨今の「政権交代」は、
政治改革をある程度達成したかもしれない。
実際、政界汚職が次々露見し、摘発されている。
 ただ政界汚職はどの国にもある。連日、マスコミで報道されてい
るように、イギリス、イタリア、フランス、アメリカにも政界汚職
はある。むしろそれらが暴露、摘発されるのは、その国の政治的健
全を示すと言えないか。政界汚職の露見、摘発は、全体主義国や独
裁国にはない「民主制の証」かもしれない。
           水廼舎 
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(Fのコメント)
この論文は、バブル前ということを考慮ください。現状では、少し
修正が必要かもしれませんね。
まず、失業率4.5%、しかし、家の広さは改善されてきた。
日本は平等社会から世界の標準の非平等社会になっている実感をも
つ。
それと、浮浪者の数が断然多くなった。新宿以外にも、近郊の駅に
もいる状態になっている。この人たちの平均寿命は、短いはずであ
るのに、これが勘案されていないように思う。確実に日本が欧米社会
化しているように感じる。ニューヨークにいったが、昔に比べ浮浪
者の数が減っている。街も全体的にきれいになっている。ここは
日本と反対に、よくなっている。日本社会が下り坂にあるのは、明確
になっている。


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