371−2.【書評】僕はアメリカに幻滅した



                 小林至 著 太陽企画出版
 
この本は面白い。刺激的な書名だが、いきなり著書の「まえがき」
で、「便宜的にこういう書名になっていますが〜」という言い訳が
入っている。まあ、売らんがためには目をひく書名も必要というこ
とだろう。実際、それでたくさん売れるのであれば、書いたことが
読まれるという意味では、著者にとっていいことだということもあ
るだろう。

 著者の小林至氏は、ご記憶の向きもあろうが、非常に珍しい東大
卒のプロ野球選手として、ロッテ球団に入団し、2年のプロ野球生
活の後渡米し、ビジネス・スクールを卒業して、アメリカのスポー
ツ・ジャーナリズムの世界に入ったという経歴の持ち主である。私
はゴルフをやらないので知らなかったが、日本のゴルフ雑誌に連載
もあるということだから、ご覧になった方もあるかも知れない。氏
のアメリカ生活は7年にも及んだということで、一般庶民としての
生活実感があますところなく伝えられている。

 書名でもわかるとおり、この本では、ふつう滅多に紹介されない
アメリカのあまりよろしくない日常の実態が紹介されている。アメ
リカの治安の悪さ、人種差別、貧富の格差の拡大・・・と云ったこ
とは、それなりに知られてはいるのだが、こうして現実感あふれる
文章で突きつけられると、今更ながら思いを新たにするところも多
い。

氏自身がアパートで拳銃の流れ弾に遭遇した話、人種差別発言を繰
り返して処分されたにもかかわらず、まさにそれゆえにスタンディ
ング・オベーションで迎えられるプロ野球選手、たぐいまれなゴル
フの天賦の才を持ちながら、「身障者ごときに健常者と同様にプレ
ーされたくない」という差別にあってプロライセンスを拒まれ、い
じめに遭う身障者ゴルファーの話など、さすがにスポーツ・ジャー
ナリストだけあって、現実の取材に基づく重い話もたくさん出てき
て考えさせられる。私はこれらの話のほとんどを知らなかった。

 さらに、もっとわが国では知られていないアメリカの現実、たと
えば行き着くところまで行った感のある乱訴社会、権利と義務にが
んじがらめになって互いに不信感のかたまりになっているコミュニ
ティ、そしてあまりにも高額な医療費と手薄な社会保障のために、
満足な医療や健康診断を受けられないという実態が次々と語られて
いく。アメリカはもともと貧富の格差が日本などに比べて大きく、
さらにそれが二極分化しつつあることは知られているが、ここで語
られている話は、貧困層(それでも日本よりはるかに多い)だけの
話ではなく、いわゆる中流層の日常でもあるというのだから驚かさ
れる。

 政治についての一章などは、今現在繰り広げられている大統領選
挙のドタバタ(まあ、政治のドタバタぶりは日本もひどいもんだが
)ぶりを思うと、まさに深くうなづかされてしまうものを持ってい
る。

 なぜ「労務屋」でこの本?と思われるかも知れないが、アメリカ
の企業組織の実態もしっかり記述されているし、最後の章は著者自
身がアメリカ企業でリストラにあった経験を書いている。その後の
失業給付の支給をめぐる経緯なども非常に興味深い。
日本人(に限らず、世界中のほとんどの国の人)は、アメリカに対
する大きな憧憬を持っている。著者自身もそのひとりであったと告
白している。むしろ、その憧憬が大きかっただけに、現実を見たと
きの落胆が大きかったのだろう。

 それは、転じて「日本人に生まれて本当に良かった」という著者
のことばに現れた気持ちにつながっている。アメリカはおそらく世
界で唯一のフロンティアを持つ国であり、成功のチャンスの最も多
く大きな国である。成功を求めて世界中の人を引き付ける国である
。世界最先端の先進国であり、その中に大きな発展途上国を内抱し
ている、それだけの包容力のある国である。しかし、それはすなわ
ち、決してすべての人の暮らしがバラ色というわけでもなく、むし
ろ格別幸福というわけでもない人の方が多数派であるということで
もある。ついつい忘れてしまうそういうことを思い出させられる本
である。

 残念ながら、政治が悪いとか、金持ちが悪いとかいう論調には少
々短絡的なものを感じるし、こうした実態がどのような政策インプ
リケーションを提示するかについての記述もいささか貧弱な感はあ
るものの、これは研究者でもなければ評論家でもない著者に求める
べきことではないだろう。著者の書きたかったことは、「日本人に
生まれて本当に良かった、日本はそういう国」という率直な気持ち
なのだろうから。

 とにかく、事実を知る本として読んでも非常に面白い本である。
ぜひともご 一読をおすすめしたい。

raotu

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