350−2.カタツムリたちにとっての文化と文明



PCよりはエコロジー思想のほうが受けるようで、、、
カタツムリ版の文化と文明論議を一席、、、
ちょっとふざけすぎですかね。

得丸久文
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仕事帰りのカタツムリの恋人たちは、自由が森のあじさいの葉の下
で落ち合う。夕暮れがせまっている。 

オス「ああ、今日もカラがこっちゃった。国際戦略コラムで、文化
と文明について何度も議論されてるの知ってる? 
あのね。たいていの本には、文化と文明は同じだと書いてあるよ。 
なのに、どうして、わざわざ、それを分けなきゃいけないんだろ? 
んと、、、文化は個々のカタツムリの意識(心)である。 
んで、、、文明は環境、システム、時空間だってさ。 
どうにも触覚がピンと立たない。これは単なる言葉遊びかい。」 

メス「あなた、この頃疲れてるわ。ウィーン出張がひびいたかしら
ねえ。ほらカラのここ、ささくれだってる、、、なめてあげる、、

文化も、文明も、いろいろな人がいろいろな場面で好きなように使
っているから、 何がいいたいのか中味が混乱しているのよ。 

こないだの大雨でできた公園の広い水のひろがり、あなたは池だっ
て言ったわ。 でも、あたしは沼だと思った。 
ところが、あの水のひろがりを飛び越えながら、人間の子供は水た
まりだって叫んだのよ。 

こんなふうに、私たちひとりひとりが自分の意識の上に 持っている
文化とか文明とかいう概念が混乱しているから、いつまで議論して
も焦点が定まらないでフラフラしてしまうの。」 

オス「あれは池だよ。イケイケ。あっ、また触覚が立ってきたぞ。
ねえ、葉っぱの下にもぐろうよう」 
メス「まだダーメ。おまけに、文化っていう言葉、けっこう使える
のよね。文化住宅、文化鍋、鯖の文化干し。 
鯖の文明干しって変な感じ。ってことは、やっぱり文化と文明は意
味がちがうんだわ。

ねえ、あたし達の新居は、やっぱり自由が森あたりがいいな。きれ
いなアジサイの木があるのよ。」 

オス「ぼく的には米沢公園が好きだけど、、、とにかく、ちょっと
整理してみようか。文化とは、高尚なものか、庶民的なものか」 
メス「どっちでも問わないわね。」 
オス「文化は、遺伝的なものか、後天的で生まれた後に獲得するも
のか」 

メス「そう言えば、あなたのことよく知らなかったわ。あなた、出
身はどこ?えっと、言語活動にしても、創作活動にしても、礼儀作
法にしても、何ひとつとして遺伝的なものはないでしょ。文化は後
天的ね」 

オス「ぼく、三四郎池出身だよ。入るのかんたんだぜ。さて、文化
は、本能か、意識の作用か」 
メス「やな感じぃ。あっ、まだダメよ。みんなが見てるじゃないの
。そうやってあたしの体をさわるのはオスの本能的なことでも、エ
イっ、文化的とはいえないわよ。」 
オス「イテっ、うわーん、また触覚がしおれちゃったよう。」 

メス「ふふふ、オイタばっかりね。睡眠や、セックスや、食事とい
った本能そのものにもとづく行為は文化とは呼べないな。
まったく無意識の衝動的な行為は、文化じゃあない。あなたの触覚
は文化じゃないわね。たまに言葉や表現がほとばしり出ることはあ
るけれど、それも実は無意識のうちに意識の働きを経たものだと思
う。あ、結論が出たわ。文化とは、意識の作用、意識活動だわ」 

オス「じゃあ、ちょっと休憩しようよう。」 
メス「まさに、言葉がほとばしり出てるけれど、文化じゃなーい。
ん、やだ、、、くすぐったい、、、」 

2 文化と文明 
オス「フー、すっきりしたあ。あっ、カラを着るの手伝うよ。さて
、ことばはどうだい。ことばは文化かい」 
メス「あなた、いつもながらロマンティックに欠けるわねえ。あ、
ありがと。うまくとまったわ。 
んと、ことばについては、少し考えながら整理してもいい? 

いわゆる文化と文明の相互作用とよべる現象がここでは起きている
と思うから。 
個々のカタツムリが言葉を覚えていく言語習得のプロセスは、つま
りもともと存在する言語共同体の約束事を、個々のカタツムリの意
識の上に移植していくプロセスは、文化現象だと思うの。 

また、一人一人が自分の意識の上にあるボキャブラリーを使って、
他人とコミュニケーションを取る行為も、文化行為だわ。今のあた
し達みたいにね。 

でもね、言語共同体の存在そのもの、共通の語彙を保守運営してい
こうとする行為、たとえば国語審議会のようなものは文明的だと思
うの。 
俳句の季語や季語辞典の存在も文明的だな。 
たらちねの母って言葉、ちょっと悲しいな。 
あたしもいつか母親になるでしょうけれど、すぐオトシヨリ扱いさ
れるみたいで。 

文化は個人、個人の意識で、文明はシステム、社会、環境という分
類は、これって事態をうまく言い表わすことができると思わない?」 

オス「男にとって女は永遠に母親のイメージがあるんだよ。だいじ
ょうぶ、君はいくつになってもかわいいよ。 
んと、言語活動は文化、言語体系は文明だっけ。 
俳句のように、言葉と季節の結びつきを共通の決まりごとにして、
辞書まで作ってしまうというのは、文明的だというわけだ。」 

メス「そ。文明は、体系。 
芭蕉や、利休や、あるいは孔子は、それぞれ俳諧、茶の湯、礼を体
系化したでしょ。 
何百年にひとりの天才が、文明のシステムを構築するの。 
私たち一般カタツムリは、そのシステムの中で、自己を文化的に磨
くの」 

オス「へへ、ぼくは何百年にひとりの天才だぜ。文明のシステムを
構築する。君はその立会人だよ。 
法律や憲法、あるいは都市計画や建築というものは、カタツムリが
意識の活動によって作るものだという点では文化的なんだ。 
だけど、いったん出来上がると、その社会を生きるカタツムリ、そ
の場所を訪れるカタツムリに対して、共通の環境になってしまうか
ら、文明的であるわけだ。」 

メス「法制度や法体系というのは、だから文明。 
文化の次元を探るのなら、法感覚や法意識といった言葉があるわ。 
もう絶版になっているけど、中川剛さんが「日本人の法感覚」(講談
社現代新書)で、一生懸命に説明していたのは、日本の法体系、とく
に憲法は、日本人の法意識・法感覚と乖離しているということだった
わね。 

あの人って人間にしては、するどいこと言ってるじゃない? 
つまり吉良家討ち入りは法的には許されないことなのに、日本人は
どうしても忠臣蔵が好きだということ。これは意識の上に起きる現
象であって、実存的なことだから、軽く考えてはいけないのよ」 

オス「養老天命反転地では、意識が生まれる、意識をつくりだせる
ということだけど、あれも建築という文明的環境の中で個人の意識
である文化が作り出されるということだね」 

メス「ああ、なんだかアタシもカラがこってきちゃった。 
まだ、反転地に行ったことないんだけれど、今度連れていってくれ
る?」 

オス「もちろん!今から車とばして行く? 
現代芸術や現代詩は、コンピュータでいうならばマシン語処理の部
分を問題にしているのだと思う。私達の意識にも、OSやマシン語処
理の部分があって、それは普段は気づかれていないだけ、、、、 

山本陽子の「はるかするするするながら III」や 荒川修作の連作
「意味のメカニズム」や奈義町現代美術館の「太陽」、岐阜の
「養老天命反転地」には、私たちの意識の深層にはたらきかける何
かがあるよ。
荒川さんが文明を作りたいとよく口にするのは、そういうことだっ
たんだね」 

3 文化コンバータ 
ある夕暮れ時。海を見下ろす公園。 
体をよせあう、カタツムリの恋人たち。 

オス「きれいな眺めだね。でも、ぼく達はあの波に体を委ねること
はできない。とけちまうんだろ?」 
メス「ええ。離れているから美しい。そこにふみこんでしまえば死、
こわいわ」 

オス「、、、養老天命反転地、よかっただろ?また行こうね。あそ
こなら安全だよ。 
ところで、僕たちって、日本古来の意識についてはあまり深く考え
ないで、明治以来の西洋化を実現してきたと思うな。」 

メス「あれっ、言われたらそうだわ。あなたっていつもながらスル
ドイわねえ。そういうところ、大好きよ。 
意識は日本的なままで、形式的な制度は西洋のものを入れた。うん
、そのとおりだわ。 
そのときにあまり深く考えなかったから、そんな途方もないことが
できたのねえ。まじめに考えたら、きっと分裂病になってたに違い
ない。春先のヒトデみたいにね。 

かつてカール・レービットが、日本社会のことを指して、一階が和
室、二階が洋室で、一階と二階をつなぐ階段のない家だといったそ
うだけど、うまいたとえだと思わない? 
彼、きっとずいぶん悩んだんだろうな」 

オス「英語で話すときには、名前、名字の順に語順を逆にするとい
う実行上の決まりを作ったことなんかも、何も考えずに西洋システ
ムに適応するための、簡便なシステムだったわけだね。
100ボルトで使う電化製品を200ボルトで使うためのコンバーターみ
たいなものだね」 

メス「ふふふ、文化コンバータとは、いい表現ねえ。 
日本人が名刺の表と裏で氏名の語順を入れ替えているなんて、漢字
の読めない人は絶対に気づかないもの。
つまりあの英語のほうの名刺を見せられた漢字の読めない人間は、
日本人は西洋人と同様に名前名字の順であると思い込むわけ。 
カメレオン的なのよ。中味はいっさい変わっていないのに、西洋人
の目には、一見すると西洋的なシステムの国に見えちゃう」 

オス「日本人は親しい友人同士でも名字で呼び合うなんて聞いたら
、きっとびっくりするだろうね」 
メス「それこそ、カルチャーショックだと思うわ。でも、アタシは
名字でよばれるのはだいきらい。 

今度うちに遊びにきて玄関先で名字で呼んでごらんなさいな。家中
から、お母さん、お父さん、おじいちゃん、ひいおばあちゃん、ひ
いひいおじいちゃん、みんながアイヨーって出てくるわよ。」 

オス「おやおや、そんなたくさんの方の中から、無事、君というカ
タツムリさんを判別できますかな?」 
メス「ふふふ、失礼ね。」 

4 文明 
オス「なんか、このごろハラ具合が変なんだ、、、 
さて、文明について少し整理しておこうよ。 文明は、自然か人為か」 
メス「だいじょうぶ? 質問なんだっけ?文明は、自然か人為か、、
、人為だわ」 

オス「文化が個人の意識の上に構築される一代かぎりのものだとす
ると、文明はどうなる?」 
メス「時空間を生きる環境、時空間に構築されたシステムとはよべ
ないかしら。ねえ、顔色が良くない。もう帰ろうよ。」 

5 コンピュータにたとえると、 
オス「昨日はごめんね。どうもね、ノドの具合も変なんだよ。どう
したのかなあ。さて、ひとりひとりの意識ってものは、今僕たちが
つかっているパソコンのハードディスクみたいなもんだと考えられ
ないかな」 

メス「、、、え、ハードディスク?、、、へ?なんで?」 
オス「いいかい?つまり、ハードディスクは最初はすっからかんの
からっぽだろ?だけど、そこにマシン語を処理するソフトウエア、
OS、そしてアプリケーション・ソフトウエアが、それぞれインスト
ールされていくと、、、」 

メス「次々に記憶・蓄積されていくわけね。 
私たちは、社会環境や家庭環境の中で、礼儀作法、言葉、料理、農
作物の手入れ、手芸、木工、その他いろいろなことを覚えていく、
教わっていく。 
ここのハードディスクにそれぞれのアプリケーションソフトをイン
ストールする作業・過程を、文化獲得と呼びたいのね」 

オス「君とはずっとずっと付き合えそうだよ。もう1本花を君のカ
ラに飾ろうか。 
じゃあ、お茶やお花の先生がいて教室があるということは?」 
メス「うーん、いい気持。答えは文明的。じゃあ、道場に行けば、
合気道を教えてもらえるということは?」 

オス「文明的だよね。学校や、ソフトウエアショップ、あるいは個
人教授や家伝であっても、そのような教育体系があることが文明だ
と考えればいいのかな。
秘すれば花と代々伝えていくシステムだって文明的だし、伊勢神宮
の式年遷宮だって文明現象とよべるわけだ」 

メス「文化は個人、文明は時間軸と空間軸を貫く社会環境、かしら
ね。ね、うちであたたかいスープを召し上がれ。」 

6 文化と文明を考えなければならない理由 
オス「ふーっ、おいしかったよ。ごちそうさま。これでやっと概念
の整理がついたよ。こうやってみると、なんとなく文化と文明を考
えなければならない理由がわかってきたような気がする。 

少なくとも戦前の日本は、あるいは戦前に教育を受けた日本人は、
西洋化したといいながらも、意識形成の上ではまったく昔ながらの
日本的な意識形成を行っていた。 
だから和魂洋才のようなことができたんだ。ふー」 

メス「あなた、どうしてこんなに汗が出ているのかしら、、、」 
オス「だいじょうぶだよ。とにかく体がだるいんだけど、何か今ま
でぼくが知らないことが起こりそうな。 
さて、戦後教育の中で、武道やその他日本的なものが否定されてい
った。悲しいね。 

都市開発や海の埋め立てといった現象の中で、自然に親しむことも
なくなった。ぼくらが語らえるアジサイの木もどんどん減ってしま
ったもの。 

ぼくらも彼らも、自分たちを日本のカタツムリ、日本人だと思って
いるけれど、実はそれほど日本的ではないかもしれない、、、 
必要なアプリケーション、もしかするとマシン語処理やOSの次元で
も、足りないソフトウエアがあるかもしれない。」 

メス「それにグローバル化やボーダーレス化といった現象が加わっ
てくるから、話がとんでもなく複雑になるのよ。あたしって、行く
国々の人と少しずつ同化してしまうから、外国に長くいればいるほ
ど、自分が日本産であることが薄くなってしまうの。」 

オス「とんでもないカメレオンだな。」 
メス「ふふふ、そう。 
福田和也や西部邁ほか一部の人たちは、こんな時代に、民族主義に
回帰しようとしているけど、ナンセンス。それは大変な時代錯誤、
間違い、ぷぷーっだわ。 

ボーダーレスの時代に、民族主義のタコ壷に戻るなんて、道を誤る
こと甚だしいな。」 

オス「ねえ君? なんで急にそんなに過激になってるんだい? 
ね、福田和也だって、一生懸命考えてああいったことを言っている
んだと思うよ。」 

メス「そんなこたあどうでもいい! あら、本当だ、あたし変ね。 
いいかい?民族なんて、そもそも実在かどうかもわからないんだぜ。 
この不確かな時代に、そんな怪しい概念に染まったら危険このうえ
ないよ」 

オス「じゃあ、どうすればいいの?」 
メス「時代を見るの。ひたすら眺めるの。 
世界の動きを、人々の流れを。商品の流通や国際分業がどう行われ
ているか、見るの。宮崎市定さんの交通交易史観は、こんな時にも
役立つわ。 

鈴木大拙さんが「禅」で書いておられるように、智は愛を生む。 
ひたすらあるがままの世界を見る。そしてそこにうまれつつある大
きな矛盾や問題と自分を同一化、一体化していく。すると、答えは
自然に得られるんだよ」 

オス「君、少し言葉遣いが変わっちゃいないかい? 
21世紀に、人類がはじめて地球規模で大量移動し、大量流通が実
現してしまった時代に、ぼくたちは自分のハードディスクにどんな
ソフトウエアをインストールすればいいと思う?

人間というハードウエアが進歩していないから、インストールにか
かる時間は昔と全然かわらないんだよね。スピードが求められてい
る時代には、インストールにかける時間を惜しむ人間が多いから、
結局アプリケーションをインストールしないまま、市場に出回って
しまっている人間が増えているんだ」 

メス「それは人間たちにとっては全世界的な問題だわ。
西洋的唯一絶対の神をもたない日本人が、意識に常駐させる行動基
準としてふさわしいのは何? 

自由・平等・博愛・人権・民主主義という、美しいけれど実体のな
い、えてして人を惑わしてばかりの概念はいらない。 
世界は一時的に荒涼とするかもしれない。既存の文明システムが行
き詰まって、機能しなくなり、文化発展や文化継承に問題が生じて
くる。 

そのような時代に、どういった文明を構築するのか、どんな文化を
身につけなければならないのか、それを考えなければならないの」 

オス「文化や文明を考えるということは、そのための準備作業なん
だね。さあ、ぼくたちもひとつになろう。 
ああっ、なんだこれえっ?!なんだよこのヌルヌルボチボチは?」 

メス「きゃあっ、卵巣よ卵巣。うわーん、あなた、メスになっちゃ
ったあ!」 
元オス「道理でこのごろ触覚の立ちが、、、。 
、、、じ、じゃあぼくのオスの機能が残っているうちに、アタシの
卵巣に流しこむと純粋なぼくの子供をアタシが生める。ああ、なん
という至福。」 

メス「ちょいと待ちな。そうはさせるか!あたしもオスに変身だぜ!」 
元オスと元メス「これこそ新しい時代の始まり」 
ふたりはいまやひとつになっている。 
(2000.11.09 得丸久文) 

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