328−3.ある日の新幹線ー至福のひとときー



                                  久 保 憲 一
 この8日、東京で学会があった。7日の午後に東京に向かった。
連休に入るとあって。名古屋駅発の新幹線普通車の指定席はやはり
数時間後まで満席である。仕方なく空席があるグリーン車にした。
こう言うと私がいつもグリーン車に乗っているるように誤解されそ
うなのでこの際弁解しておくが、確か今回が二度目である。

 ところがプラットホームにはあちこちに警備員が立っている。近
くの係員に聞くと、どうやら名古屋駅から皇族のどなたかがお乗り
になるらしい。それで納得した。

 間もなく、一行がやってきた。そして私の目の前に突然立ち止ま
った。なんと秋篠宮ご夫妻ではないか。伊勢の県営サンアリーナの
パラシューティング選手権開会式にご出席だったらしい。私と同じ
車両に入られた。わたしは少し躊躇しつつもご一行の後に従い、指
定席に座る。両殿下は車両中程にお着きになった。生憎私の席から
は見えない。

 席に着くや、ヘビースモーカーの私としてはどうしても吸いたく
なった。
しかし流石にこの私もしばらくは遠慮していた。やはり我慢できず
、ついに通りがかりの車掌に尋ねたところ、予想に反し、あっさり
と認められた。
この10号車は確かに喫煙席である。宮様も愛煙家と分かり、何と
も嬉しくなった。それでも入り口に最も近い席に移動した。

 世が世ならとても殿上人と同じ車両に乗せていただくなど、田舎
者には考えられぬこと。例えば、平安時代ならば、宮様のご先祖は
牛車、私の先祖は道端にひれ伏したことであろう。伊勢の山奥の私
の先祖などは都に上ることさえ一生なく、こういう場さえまず遭遇
しえなかったであろう。皇室を尊崇してやまなかった軍人で神職の
私の祖父や教員で神職の父などはこのような場にどれほど感動した
ことであろうかと、ふと思った。

 ただ私は、宮様と同じ狭い車両空間を共有しうる、あまりに「無
防備な平成の皇室」のお姿にいささか心配になり、他の車両からの
客の行き交う人々の所作を注視しては、もし一旦緩急あれば身を挺
して、「臣民」たるものこの場で一命を賭しても悔いなしとか、と
りとめもないことを色々思いつつ、この豊かな時間をとても幸せに
感じていた。驚いたことにいつもうるさいと感ずる携帯電話での会
話は東京までの二時間というもの、一切なかった。係員から注意を
受けたわけでもないのに皆デッキに出、携帯電話をする。日本人も
まんざら捨てたものではないと妙に感心した。

 到着直前に、ご一行は入り口の方へ向かって来られた。ご夫妻共
々私に目を向けて来られる。私は直立してお辞儀しようと思ったが
、警備員に怪しまれるのではないかと咄嗟に思い、中腰の悔いの残
る姿で両殿下それぞれにお辞儀をした。お二人ともそれぞれ会釈を
され、通り過ぎられた。一瞬の出来事である。
 
 私は戦後デモクラシーや科学技術至上主義を常々批評しているが
、皮肉な事に、思いがけず私もその恩恵に授かったわけである。改
札口で駅員に理由を告げ、この名古屋15時58分発、東京17時
52分着、「ひかり240号」10号車グリーン券を欲しいと頼ん
だところ、切符の端に認印を薄く押してくれた。私の手元には今も
この切符が大切に保管されている。

           水廼舎 こと 久保憲一
電子メール アドレス : mizunoya@mx3.mesh.ne.jp

コラム目次に戻る
トップページに戻る