314−1.共産主義とは何か



図越様
NO.311−2に対して
 ほそかわです。
>           犠牲者数について
> 「no304-1犠牲者数」を興味深く読みました。
> フランスで刊行された『共産主義黒書』において、虐殺の数値が記
> されているとのことですが、やはり、疑問は残ります。
> 数値は、研究者によって幅が生じていたりして、非常に流動的であ
> ります。例えば、飛行機墜落事故で、325人が亡くなりましたと
> いうように、正確な数値を算出することは不可能でしょう。

 ごもっともです。各国の研究者たちが、どのような資料や調査を
もとに算出しているのかわかりませんが、かなり精度の差がある
でしょうね。共産主義の実態に関しては、これから、より緻密な
研究がされていくのではないでしょうか。現段階ではあくまで概算
と受け止めるべきものと思います。

> さらに、素朴な疑問としては、共産圏では、なぜ人々を殺害しなけ
> ればならなかったのでしょうか。

 この問いは、「共産主義とは何か」という問いとほとんど重なると
思います。そして、「人間はなぜ殺し合うのか」という問いにもつな
がると思います。

 私見を申しますと、共産主義の「人道に対する罪」は、マルクス
に根本的な原因があると思います。
 マルクスは「現実的なヒューマニズム」と称し、プロレタリア独裁に
よって「人間の全面的解放」をめざしたのですが、かえってかつて
例のない人間の抑圧と、大量殺戮を生み出しました。
 「疎外からの回復」のはずが、一層の疎外を進め、「物象化から
の解放」のはずが、一層の物化や偶像崇拝を招きました。
 これは、マルクスの思想に、こうした結果を招く欠陥があった
ためだと、私は思います。

 第一に、唯物論的な世界観は、自然と人間を物質ととらえ、神・
霊魂などの観念を否定します。そのことによって、人間の人格的・
道徳的欲求が見失われています。第二に、唯物史観は、階級闘争
を社会発展の原動力とします。そのため、対立・抗争が一面的に
重視され、調和・融合が軽視されています。第三に、マルクス思想
は、西欧近代の合理主義・啓蒙主義を極端に推し進めたものです。
理性への過信が、情念の暗黒面を見落としています。第四に、マル
クスは近代を貫く全般的合理化についての認識が浅く、プロレタリ
ア独裁が官僚制的合理化を極端化することを予想していません。
 そのほか、いろいろな見方が可能でしょう。

 マルクスの先進国革命の予想はことごとく外れ、革命が成功した
のは、後進国のロシアでした。このことが共産主義に決定的な
性格を刻印しました。ロシアでは西欧先進国のように市民社会や
資本主義が発達していなかっため、マルクス主義の欠陥が露骨に
表れたと思います。

 ロシア革命を指導したレーニンは、ナロードニキ・ニヒリズムの
伝統に基づく独自の革命理論をもって、マルクス主義を発展させ
ました。それが、前衛党組織論・階級意識外部注入論・暴力革命
主義等です。この理論はその必然的な結果として、一党独裁に
よる官僚支配を生みだします。
 革命という目的は、暴力や陰謀などあらゆる手段を正当化しま
す。そして独裁権力の維持のためにも、あらゆる手段が正当化さ
れます。
 ロシア革命の過程は、クーデター的な権力奪取、労農ソビエトの
統治機関化、クロシュタット反乱の鎮圧など、ボルシェビキによる
人民支配の過程にほかなりませんでした。
 そして極度に集中された権力は、その頂点に立つ英雄への個人
崇拝に帰結します。そして、強大な権力は、その維持のために、
秘密警察と強制収容所を必要とします。そして、党や人民の名の
もとに、大量の殺戮や粛清が行われます。
 これらはすべてレーニンの段階で表れていたことです。後継者ス
ターリンは、さらに強烈な権力欲をもって、個人崇拝や恐怖政治
を極限まで推し進めたのでした。
 トロツキーはスターリンを批判して「裏切られた革命」と呼びまし
たが、そもそもロシア革命は、「人民を裏切った革命」だったの
です。

 ロシア革命後の共産主義は、レーニン=スターリン主義が主流と
なり、各国に類似の指導者を生み出していきます。毛沢東もポル
ポトもチャゥチェスクも金正日も、そのヴァリエーションです。我が国
の共産党指導者も、そのミニチュア版でしょう。
 一党独裁・全体主義の国家には、自由と民主主義がありません。
指導者への批判は許されませんから、指導者の権力欲、支配欲を
制御するものがありません。そうした状態においては、指導者の、
権力の行使や支配の徹底という欲望は、無制限に昂進されると思
います。また、権力者は権力の維持・拡大のために、あらゆる手段
を講じるでしょう。中国においては、近年も天安門事件や法輪功
事件という形で、弾圧が繰り広げられています。

 20世紀の共産主義が生み出した抑圧と大量殺戮は、マルクスの
理論的欠陥と、ロシア経由の歴史的展開に多くを負っていると、私
は考えます。
 この問題は、単に共産主義の問題というだけでなく、人間性の
問題へと掘り下げてゆくべきものと思います。

 最後に谷沢永一氏の言葉を、「正体見たり社会主義」(PHP文庫)
から引用します。

 「そもそも人間には権力欲がある。権力本能がある。その権力欲
が最も極端に達してできたのが共産主義権力である」
 「人間性の暗い部分をほしいままに跳梁させるときに、政治は常に
独裁の方向へと突っ走るだろう。文明の歴史は独裁をいかにして
防ぐか、その手段を講じるための智恵の積み重ねかもしれない。
しかし、その努力は、一方で成功して民主主義政権を生んだが、
他方で、その強烈な反動として、史上最大の独裁を20世紀の世に
実現させてしまった。
 この悲劇を再び繰り返さないための最も根源的な処方箋は、人間
理性への過大評価を慎むという自戒ではなかろうか」

ほそかわ・かずひこの<オピニオン・プラザ>
http://www.simcommunity.com/sc/jog/khosokawa

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