306−3.靖国神社について



干し柿仙人です

またもや、のらりくらりとかわされてしまいました。

日本は戦後、国旗を変えるべきであったと考えています。
それは国民主権の国として生まれ変わったはずだったからです。
しかし実際には、国旗をかえず、民主主義も実現されていません。
私は、この国はまだ鎖国の最中であると考えているのです。
その象徴が日の丸でしょう。

靖国神社も宗教と政治を切り離すべきとの主張であれば、
政治家は参拝すべきでないでしょう。イタリアが国教を廃止した
のは、新しいイタリア人を受け入れるためでした。日本も国際社会
の中で生きるのであれば、特定の宗教による戦没者慰霊を廃止
すべきでしょう。それは民間が運営しているかどうかという問題で
はまったくありません。

ドイツが21世紀をリードするのはドイツだと自負できるのに対し、
日本の体たらくはどうでしょう。私がこんな主張を繰り返すのは、
「ずるい」「危険な」「信用できない」日本を作っているのが、
この話題で、日本の独自性を主張するような態度であると考えてい
ます。

私は、国民主権の象徴としての国旗が欲しいし、国歌が欲しいし
誰もが抵抗感なく慰霊することのできる慰霊碑が欲しい
といっているのです。

靖国神社である必要性について、まだ返事はなかったものと
判断しています。

アメリカでは、国歌が軍歌であることから国歌を変えようという議
論もあるそうです。(「USAトゥデイで英語を覚える法」)
==============================
対象;国際戦略コラム No.294?3 天皇の戦争責任、
コメント内の「大東亜戦争がアジアの解放であった」という見解

1,大東亜戦争に関しては、上記のような見解が示される一方、
他方で自己の生存のためであったとする考えがあります。このよう
な見解のずれは、私としては、戦略と戦術という言葉を使って理解
しています。

2,みなさん御存知のとうり、戦略とは、一定事項(戦争など)の
遂行のための包括的な指針、であります。戦術は、これを具体的に
実施していく際の方針であります。

3,戦前の日本の東南アジア進出は、戦略として、自国の生存を確
保することであり、その戦術としては、同地域のヨーロッパ諸国か
ら解放することだったと思われます(一次資料を考察したわけでは
ありませんが。)。つまり、日本が植民地体制からの独立を支援す
ることで、友好関係を築き資源へアクセスすることをねらったもの
と評価できます。

4,戦略と戦術の関係は、後者が前者を凌駕することはない、とい
うものです。
ここでは、独立した国々が、日本の政策に反抗し始めると、日本は
徹底的に支配をつよめることになったと考えられます。

5,日本という一国全体の行為ということで東南アジア政策(大東
亜戦争も含む)を評価をするならば、やはり、戦略というものにつ
いて的確に判断するべきではないかと思います。

6,そうなると、「日本はいいこともした」という評価は、ここで
は、なすべきではないでしょう。

7,「ここでは」と限定をつけました。というのも、歴史の見方と
して、単に一国全体の動きを見るのではなく、歴史の登場人物に焦
点を当てて考察するアプローチもあるように思われるからです。こ
のような観点からのアプローチに依れば、たとえば、実際の植民地
独立を支援した現地の高官の言動等を考察し、「いいことをした」
という評価を引き出すこともできると思います。

国際法を勉強している大学生より(これから投稿する時は、憂国人
とします)
==============================
あー、左翼の神楽坂です。
私の何気ない質問から、変に話がこじれているのは
なんだか心苦しいです。
> (Fのコメント)
>  国家が宗教に関与するのはよくないと考えていますから、国家神
> 道は大反対です。明治時代は日本の歴史からすると、異常な時代で
> 天皇を立てないと、欧米諸国の植民地になるという危機的状況があ
> って、国家神道にしたのです。今は、明治時代のような危機とは
> 性質が違う。今の時期に天皇制の強化は必要がありません。
> また、そのようなことをしたら、欧米・中国からの孤立を意味しま
> す。それは得策ではないからです。
> 
>  国家として、靖国神社に強制的にお参りしろと、日本政府はいっ
> ていない。それをあたかも言っているとして、干し柿仙人さんは言
> 及している。国家は宗教に関与しないが原則です。しかし、古来か
> ら自然な形で、風習で行っていることは、その習慣を大事にする必
> 要があります。この場合は、国家はその風習に従うこともしかたが
> ないのではないでしょうか??
>  
> 特定の宗教によらない戦没者慰霊を国家行事では、気をつけている
> と思います。それをどういう風に勘違いしているのですか。そこが
> わからないため、干し柿仙人さんは、国家が靖国神社を廃止しろと
> 言っているように聞えるのです。
> 靖国神社の行事はすべて、民間の費用で国家ではなくやっています。
> 千鳥が渕には、戦没者慰霊碑もあります。これ以上、国家がどうし
> ろというのか分からない。こんなに気をつけている国家は日本しか
> ないですよ。一様、カトリックではないといいながら、様式等を更
> 新しないイタリアより、よほど気を使っています。そこまでする必
> 要はないと感じるぐらいです。アメリカの大統領宣誓式には、聖書
> が出てきます。宗教の自由をアメリカは保障しているのにですよ。

Fさんは博学なのでご存知なのだと思いますが、他の方々へ。
西洋には「アジール」(聖域)という思想があります。
これは王権と宗教と法律がまだ峻別されていない中世の頃の
話で、各都市においては裁判というものは月に一度程度しか
開かれませんでした。
それは何故かというと、王様が自分の領地の都市に月に一度
しか回ってこなかったからです。そのことがどう関係するかというと
王様が都市へ回ってきて、初めて裁判が開かれたということです。
しかも、場所が決まっていました。
「城外のどこそこの木の下で、誰それは何の服を来て、誰それは
どんな杖を持って、誰それがどこどこに立って」などという細かい
慣習に従い、最後に「王様がいて」アジールは発生します。
このアジールで出された判決にのみ法的拘束力が生まれたのです。
ですから判決などはとうの昔に決定していて、ただアジールを
発生させて「王様はそこにいる」だけでよく、ずらずらと一ヶ月
たまった裁判は解決していったそうです。
アメリカの大統領の宣誓には、このアジールの影響がみてとれます。
そもそもアメリカ合衆国は清教徒たちが作った国ですからね。

話を戻します。
私が質問しているのは、何故問題になるにもかかわらず、
閣僚が「国家の代表」(公人)として一宗教団体の行事に参加
し続けるのでしょうか。
肩書き無しで参加するのには異議はないんです。そんなの
勝手だと思います。
しかし、毎年、意地になったように公人として参拝する政治家と
意地になったように批判するマスコミ(マスコミは左翼ですからね)。
毎年の繰り返しの中で、公式参拝を続ける閣僚には何か
狙いがあるのでしょうか。これが質問です。
ただ単に支持団体に気を使っているだけなのでしょうか。

ところで天皇家と仏教につながりがあった事を初めて知りました。
勉強不足を痛感いたしました。
これからもためになるコラムをお願いします。
             神楽坂 紅梅
==============================
靖国神社と宗教の自由についてコメントします。
靖国神社参拝等で宗教の自由から論じるのは一面的な議論と思いま
す。

戦争当時、出征するときに戦死したら、いったん英霊が靖国神社に
もどって、それから、個々の宗教をもった家に(?)戻るという国
と出征する兵士との約束だったようです。
もし、英霊を靖国神社が受け取らない(?)とか、日本のために死
んだ兵士を国が敬意を表さないとかするとのは、契約違反ではない
でしょうか。

その事情を考えずに、神道の押し付けとか、宗教の自由から論じる
のは少し無理があると思います。あくまで、死んだ日本の兵士に対
して国が敬意を表し、国を代表する立場の人が弔うということが自
然な解釈でなないでしょうか。
国家神道に対しては、もちろん良いとは思っていません。
だからといって国のために死んでいった人に対して、日本が敬意を
表さないというのは、これも道義に反するような気がしませんか?

それから閣僚の靖国神社参拝が問題になるのは、戦犯が靖国神社に
祭ってある為に中国などからなぜ東京裁判で戦犯になった人を閣僚
が参拝するのだという抗議になっているようです。
東京裁判自体がでたらめなのは、いまや周知の事実ですし、
日本の宗教観からすれば、死ねば戦犯だろうが、犯罪者だろうが「
ただの人」という意識と悪い人は「死んでも悪い人」という海外の
意識との差が問題になっているのでしょう。

日本の宗教観が中国や他の国に理解されにくいことは、承知してお
く必要があると思います。
しかし、一方では、日本の宗教観を世界に認めさせることが、日本
の国益にかなうのか、または、戦後処理のひとつとして閣僚の靖国
参拝等を止めさせるのかが国益になるのかを考える必要があると思
います。
kishizuka
==============================
質問は、石原慎太郎都知事は、今年、初めて都知事として公式に靖
国神社に参拝したと、報道されました。石原氏の当日の発言では、
公人も私人もないのだから、そういう質問はやめるべきだ、という
ことに私も賛成します。質問の質としては愚問です。
 さて、それでは、石原氏は昨年の春に都知事に就任されましたが
、昨夏は靖国神社に参拝しなかったということですか。していない
のなら、当日は何をされていたのですか。まさか、腹痛でトイレに
こもっていたということではないでしょう。

図越
==============================
(Fのコメント)
Kishizukaさん、別視点ありがとうございます。まず、その観点から
問題を分析したと思います。
靖国神社は、戦前・戦中の国民に戦死したら、靖国神社に祭られる
と教育していたのでしょう。しかし、戦後そのようなことを国民に
、契約していない。このため、宗教的に神道はイヤという人を無理
やり靖国神社に合祀するかどうかです。むりやり合祀するのは、
反対です。個人の自由でしょうから。過去の人たちは契約上、履行
するべきでしょう。国家と個人の契約ですから、しょうがないです
が、この契約履行を民間に維持してもらい、その代わり靖国神社の
敷地等の利用料が取らないとしているのです。補助金も出していい
と思うが。
 中国の反対は、A級戦犯も合祀しているためですから、野中幹事
長は、A級・B級戦犯を別に移すと言って、大問題になったことが
あります。これは、日本の伝統に従うしかないはずです。野中さん
に私も反対です。

干し柿仙人さんの意見ですが、日本が民主主義でないと規定してい
ますが、国民全員が意見を自由に言え、宗教・心情の自由を確保さ
れ、選挙も自由に選択できる現状の日本が、なぜ民主主義でないの
か、理解できません。
政治家個人の宗教の自由は、イタリアでも確保されています。
政治家が、教会や宗教施設に出入りできないという国家はないはず
です。どうして、日本だけそのようなことをする必要があるのです
か??非常に偏った意見です。世界的に物事を見ていない。

 干し柿仙人さんがどう思うかは個人の自由ですが、民主主義の原
則は、自分の意見をどう他人に伝え、説得するかです。そして、
国民が政策合意する過程で、議論することです。このためには、
事実と論理による自己意見の正当性証明をする必要があるのですが
一切、干し柿仙人さんの意見には正当性証明がなく、心情の発露し
かないと感じます。このため、他人を説得できる要素がないように
思うのですが。

靖国神社は、日本の歴史上戦没者の合祀に必要だと明治時代の人た
ちが決めて、確立したのです。その伝統が既にあるのです。
もし、その神社が現在の日本に不都合であれば、廃止すればいいの
ですが、そのように感じている人があまりいないので、存続してい
るのです。反対に廃止をすると、不都合が大きいので、廃止ができ
ないのです。今後の靖国神社は、戦前とは性格が変化するでしょう。

それは、そこに合祀されたくないという人が出てきたからです。
これはその人の自由ですから、国家や神社は強制できないと思いま
す。

 また、現に千鳥が渕の戦没者慰霊碑がありますが、管理主体は社
会党や労働組合だと思います。しかし、現時点で管理していると思
われません。
これを国が管理しろというのでしょうが、国民の多くは、靖国神社
に行きますから、国は最低中立しかできないでしょう。
国家は、そこに国籍のある国民の大多数の希望により運営されてい
るので、国内問題はそこにいる国民がどう思うかです。この多数は
靖国神社の国営化推進にあるのであろうと思いますが。

 紅梅さん、ありがとうございます。公人か私人かの区別はできま
せん。名簿に書く肩書きで判断するのですから、呆れる状況です。
どうでもいいではないですか??アジールの情報は面白いですね。

憂国人さん、戦前の日本に、孫文やスカルノ、ラモスなどアジアの
戦後その国を立ち上げた人たちが、日本にアジアの独立を支援して
もらおうと、集まってきていました。そして、その支援を頭山満な
どの右翼団体が行っています。チャンドラ・ポーズは、孫文に対し
、「アジアの独立は、日本との協力がないとできない。欧米は、植
民地にするだけで、独立を許さない。貴方は、敵を間違えている。
いま、戦わねばならないのは、日本ではなくて、欧米諸国に対して
で、アジアが結束する必要があるのです。」と。

こう1つ、戦前に、日本は国際連盟に対し「人種差別の撤廃」を提
案しましたが、17対10で勝ったのですが、議長が全会一致が
必要と拒否したのです。このように、戦前、日本は世界の有色人種
(黒人、黄色人)から期待されていました。このような、行為を戦
前に執拗に行っているのですから、アジア解放は、戦術的な決定で
はないのです。しかし、当時の日本は、国力が欧米に比べてあまり
のも小さいので、実行できないと考えていたのです。このため、
行動右翼の人たちが、満州や中国、アジアに出て現地で行動したの
です。日本国民の全体もやはり、そのような右翼の活躍を応援して
いましたから、戦術的な決定という感じではないと思います。

 戦後、この理想は引き継がれて、アジアは独立します。しかし、
その指導者は、ほとんど戦前、戦中に日本で教育を受けた人たちが
なったのです。

戦後、フィリピンのラモウが、「歴史的に見るならば、日本ほどア
ジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかし、
またその解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示して
やったりした諸国民そのものから日本ほど誤解を受けている国はな
い。」と。

いいですか、日本とアジアの戦後賠償問題が大きくないのは、戦後
のアジア諸国の首相や外相は、日本びいきだったからです。スカル
ノも日本の「南方特別留学生」制度で日本で教育を受けているので
すよ。そういう歴史をすべて、GHQは禁止したのです。日本は悪
いとしたのです。しかし、ほとんどの民族を欧米が植民地化したの
でしょう。

日本の侵略というなら、欧米諸国が真っ先に反省するべきです。
アメリカインディアンに対し、反省の言葉が出てきたのは、つい最
近です。何千万か何百万人は殺しています。そして、その土地を奪
っているのですよ。自分達の行為はよくて、日本人が白人から、
植民地を独立させて奪うのは、けしからんでしょう。東京裁判の結
論は。

日本がアジアやアフリカの植民地を独立に導く、原動力であったの
は、欧米の歴史家では当たり前です。
「A HISTORY OF WARFARE」JOHN KEEGAN を読むと明治維新や第2次
世界大戦の日本の役割が書いてある。非常に感銘を受けた。日本で
は明治期から現在までの日本に対し、正統な評価をしていないが、
世界史的には、日本に対しての正統な評価がされているのを発見し
たためです。

しかし、日本を欧米では、戦前非常に危険視している姿も見えるの
です。自分達がしていることを日本がしたようにする画策が、巧妙
に仕組まれたのです。東京裁判によって。

 東條さんの反論書を読むと、欧米の方がけしからんという思いが
しますよ。読んでみてください。

図越さん、石原知事は、今年の夏は外国で休暇であったようです。

コラム目次に戻る
トップページに戻る