289−1.「生物者」と装った「偽善者」の本当の姿



(管理者Tから、英語部分をカットし、HP上に掲載しました。)
投稿者 れいこ
From: http://www.cnn.com/
の英訳

昭和天皇の戦争責任に言及の研究書 米教授が出版
2000.08.29
Web posted at: 6:50 AM JST (2150 GMT)
東京(ロイター)「昭和天皇は、戦争遂行に深く直接関与していた」 
一橋大学で教鞭をとるアメリカ人教授による歴史書「ヒロヒト・アン
ド・ザ・メーキング・オブ・モダン・ジャパン(昭和天皇と現代日本
)」が27日、米ハーパー・コリンズ社より発売された。
著者のハーバート・ビックス教授は、大正・昭和時代の天皇制や戦
争と日本社会、日米国際関係論が専門。現在は一橋大学で平和社会
論の講座を担当している。ロイターとのインタビューで、「昭和天
皇は、ヒトラーやムッソリーニのような独裁者ではなかった。しか
し国策決定に関しては、常に活発に干渉し、自分にも言うべきこと
があると必ず主張していたようだ」と語った。

 昭和天皇のイメージは、時代と共に180度転換した。戦前・戦中
は白馬にまたがった現人神。しかし、敗戦後は平和と国民をこよな
く愛する、めがねをかけた生物学者に一転した。そして戦後55年
を迎えた日本では、天皇の地位を利用した好戦的な軍部を悪者扱い
し、昭和天皇は地位を利用された平和主義者だった――という見方
がかなり広く浸透している。

 800ページに及ぶビックス教授の本は、この一般的な昭和天皇
像を否定する。単に利用されただけではなく、戦争の政策決定過程
に積極的にかかわっていた天皇の姿を、ビックス教授は描き出して
いる。このためこの本は、昭和天皇の戦争責任論争を再燃させるこ
とになりそうだ。

日本帝国時代の外交についての著作もあるニューヨーク市立大学の
バーバラ・ブルックス教授(歴史学)は、「日米両国は戦後、昭和
天皇の虚像をとりつくろってきた。政治や戦争から距離をおいた平
和の人だったと強調して、負の側面には目をつぶってきた」と指摘
。ビックス教授の新著について、「ビックス教授は、これまで10
年以上も議論されてきたことを、実に明確に、包括的にまとめるこ
とに成功している」と評価する。

昭和天皇と戦争責任
戦後55年を経た今でも、天皇の戦争責任議論は決着していない。
日本政府はこれまで、アジア諸国に対して、戦時中の日本軍の行為
について公式に謝罪の念を表明してきた。しかし、戦争責任の所在
はあいまいのままだという批判は根強く残る一方で、政府の「謝罪
外交」に批判的な声も日本国内には多い。

1988年10月には長崎市の本島等市長(当時)が市議会で、「
天皇に戦争責任はあると思う」と発言し、1990年1月に右翼関
係者から狙撃されている。

また、今年5月には就任したばかりの森首相が「日本は神の国」と
発言。軍国時代の皇国史観を想起させると、激しい議論がおきた。

「天皇」と「戦争」の関係性について、日本での議論は常に歴史論
争と感情論が複雑に交錯する。一方、ビックス教授は、軍国主義の
台頭を背景に、国家元首としてのみならず、軍の統帥権を持つ指導
者として教育された昭和天皇の生い立ちを詳細に追っている。

ビックス教授は、即位後の天皇は、軍事戦略・外交政策の進展を常
に把握しており、開戦から戦局が中国から南太平洋へと拡大してい
く過程においても、政策決定に天皇が積極的な役割を果たしたと解
釈する。そして、昭和天皇の役割をあいまいにしたことが、日本が
戦争責任を明確に認識できない原因となったと主張している。

「軍部に利用された天皇」というイメージが浸透した結果、「昭和
天皇は、軍国時代に苦しんだ人々のシンボルとなった」とビックス
教授は書く。同時に、「天皇は戦争にかかわっていなかったと、役
割を不問にしておけば、自分たちの役割も不問のままで済むという
意識が国民のなかにあった」と述べている。

 日本の歴史学者の間には、ビックス教授の結論は、戦勝国アメリ
カの価値観に寄りかかったものに過ぎないという見方もある。また
、戦前戦中の政策決定に天皇がかかわっていたとしても、実質的に
は内閣の決定を追認する役割にすぎず、天皇個人の政治的影響力は
きわめて小さかったという説も根強い。
 残る疑問は、昭和天皇が、何か違った行動をとれたかどうか、と
いうことだ。ブルックス教授は、「理論的には、昭和天皇が戦争を
止めるは可能だったかもしれないが、実際には何もしなかった。し
かし、理論的に可能だったからといって、当時の天皇に実際にそれ
を期待するのは、無理な話しだと思う」と話している。

英語文:
http://user2.allnet.ne.jp/tsuday/siryou/120909.htm
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(Fのコメント)
 日本の戦前の戦略は、アジアを欧米諸国から独立させることでし
たから、この線で、天皇が発言したことはあったと、私も思います。
それは、東京裁判での東条元首相の陳実にも、天皇のお言葉によっ
てと言えないため、苦労した跡が窺えるからです。

 しかし、それだからと言って天皇に戦争責任があるとは思いませ
ん。大東亜戦争の目的がアジアの解放だからです。このため、
フィリピンは、日本により独立した国を第2共和制と言っているの
です。インドネシアでは、戦後オランダからの独立戦争に、旧日本
軍軍人が多数参加しています。この事実は何を意味しているので
しょうか。

 中国でも、結局、腐敗していた国民党政府ではなく、共産主義政
権が、戦後力を持ち、その後数千万人が文化大革命の時殺される
のですから、中国人民は日本支配下に独立した汪兆銘政権の方が、
よかったのではないですか?
 南京も、日本支配時代は安定していた。軍人の質が中国軍より、
日本軍の方が数段良かったからです。

 戦前でも、天皇は1つの機関でしたから、天皇の思い通りにはな
らなかったのです。これは、この本でも言っていることです。

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