285−1.宮崎市定「西アジア遊記」との出会い



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このたび念願かなって富山の友人達と富山市内で宮崎市定現代語訳
「論語」の読書会を開くこととなりました。私自身「論語」を誰か
に習ったわけでなく、読み返した回数も数えるほどでしかないので
、いったいどのような勉強会になるのか、はなはだ予想もつきませ
ん。この点は止観の会に誘われてはじめて「論語」を読むことにな
る皆さんは、もっと不安で不透明ではないでしょうか。

少しでもその不安を取り除くために、宮崎「論語」を身近に感じて
いただくために、私が私淑している宮崎市定さんの著書との出会い
について、簡単にお話しておきたいと思います。

1 「西アジア遊記」(中公文庫)

1992年ごろ、私はパリに住んでいてユネスコ(国連教育科学文化機
関)の職員として、発展途上国で人工衛星による地球観測技術を利
用するためのプロジェクトを考えていました。

国連職員の生活は、あまり裕福とはいえないもので、日本語の新聞
を購読することがままならず、何人かで共同で朝日新聞の衛星版を
購読していました。私が日本にいるときに愛読していた毎日新聞は
衛星電送による欧州内での印刷がなく、日本からの空輸版は朝日の
二倍かかるので、購読は夢のまた夢でした。

でもある日ついに我慢ができなくなって、毎日新聞のパリ支局に西
川恵さんを訪ねました。支局に送られてくる毎日新聞は、3ヶ月た
って縮刷版が届くと廃棄処分になるというので、その廃棄処分にな
った3ヶ月前の新聞をいただくことにしたのです。私の興味は文化
欄や読書欄でしたから、3ヶ月の遅れなど一向に気になりませんで
した。

宮崎市定さんの「西アジア遊記」も、当時の毎日新聞の読書欄で紹
介されていたものです。日本に出張があったときに買い求めて読み
、歴史学者の心眼の人間味と冷静さの絶妙なバランスに驚きました
。これは昭和12年の秋に、著者が約3ヶ月かけて中東を旅行した
ときの旅行記です。

当時東大の学者がシルクロードは海の道だったと主張していたとき
に、シルクロードは陸路だったのではないかという歴史学者の直感
を自分の目で確かめるという意味もあったこの旅行は、単なる旅行
記を超えた深みをもっています。それでいて筆調は軽やかで、旅先
で出会った人々との対話や自分自身の心の動きを素直に描いていま
す。まだお読みになったことのない方、お勧めできます。

2 「アジア史概説」(中公文庫)

1993年秋から私は宇宙技術の専門商社の駐在員としてロンドンに勤
務していました。一年間に出張日数が150日以上もあり、常に誰か
のお供をしてヨーロッパ諸国、主としてフランスで仕事をしていま
した。

1996年の1月7日から二週間、イギリス人の技術者2名を引率して、
東京に出張する機会がありましたが、相手の会社の近くを昼休みに
散歩していて、古本屋で見つけたのが宮崎さんの「アジア史概説」
でした。

この本は買ったまましばらく積ん読になっていたのですが、1997年
の夏に、ロンドン鷹揚の会の緑陰読書会でのテキストにどうかなと
思って読んでみると、これがまたすごい本でした。

なんとこの本は、大東亜戦争期に日本の文部省が大東亜共栄圏に生
活する人たちのための歴史の教科書として学者に作らせたものだっ
たのです。それが戦前は出版されることなかったものの、そのまま
の形で昭和22年の占領下に出版されました。

旧石器時代から現代までの、中東から東アジアまでの歴史を文庫本わずか500頁
にまとめたという力量もさることながら、本書に一貫する著者の歴史観(交通交
易史観)が、きわめてわかりやすく世界史を説明していくことに、驚きました。
内容がきわめて簡潔なので、読みこなすのが大変ですが、力のある読者にはぜひ
お勧めします。

3 「論語の新研究」(岩波書店)

去年の暮、つくばの古本屋を回っていたときに見つけたのが「論語の新研究」で
した。誰かが話題にしたのを聞いたことはなかったのですが、宮崎市定さんの本
だからと思って購入しました。

読んでみて、宮崎さんならではの、大胆でかつち密な論語解釈に驚きました。そ
れまで論語には、なんだか意味のよくわからない章があるなと思っていました
が、宮崎さんはそれらは誤字や脱字ではないかと疑い、詩経や他の文献の知識も
総動員して、しかるべき文字や文章を推量しながら、すっきりとした意味を探り
当てるのです。

この本はぜひみんなに読んでもらいたい、と思っていたところ、今年の五月に岩
波現代文庫の一冊として宮崎現代語訳の「論語」が出版され、望外の喜びを感じ
たのでした。

 こうして立山止観の会は、宮崎「論語」を読むことから始めます。論語に他に
もいろいろな版が出版されていますが、私が宮崎「論語」を選んだのは上記のよ
うないきさつからです。

私は宮崎市定さんの著作をそれほどたくさんは読んでいませんが、読んだもの全
てがすばらしいと感じています。この論語についても、私は大変感動して読みま
した。

みなさんも、自分で読んでみて、どのようにお感じになられたか率直にお話し下
さい。みんなで感じたこと、考えたことをぶつけあいながら、論語に書かれてい
る世界を、みずからの意識として取り込みたいと思います。

上記の本に限らず、世界人類の歴史や日本や中国の歴史にわずかなりともご興味
のある方は、ぜひとも宮崎市定さんの本を読んでみられることをお勧めします。
幸いにして中公文庫でいくつも出版されていますし、岩波書店からの全集もあり
ます。(2000.09.05,得丸久文)

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