221.知のパラドクス



ホームページ一周年おめでとうございます。
ますますのご発展をご祈念申し上げます。

 議論を円滑に進めるために、お互いに知っておくべきと思う逆説
命題を書きます。
「人間は自分が既に知っていることしか、新たに知ることはできな
い」
 まるで冗談のような命題ですが、よく考えてみると真理です。

 たとえば、自分の知らない語学で語られることは知り得ません。
あるいは、日本語であっても、自分がその意味を知らない言葉(新
しい言葉や古い言葉、専門用語など)は理解できません。

 同様に、新聞や雑誌や本に、あるいはこのコラムに、誰かが、自
分の知らないことを書いていても、その記事を読まない人が多いの
ではないでしょうか。知らないから興味がわかない。どれくらい大
切なことを言おうとしているかわからないから、読まない。

 これは概念だけに限りません。海外ではじめての街を歩くときに
、自分の目に映るのは、自分がすでに知っているものだけです。

 たとえば、ロンドンに来る人は、二階建てのバス、ビッグベン、
テームズ川、タワーブリッジなどにはすぐに目がいき、「わー、ロ
ンドンに来た!」などと歓声を上げます。しかしながら、一般の日
本人の知らない世界、会員制のクラブの建物(ロンドン三越のすぐ
近くにある)、ウエストエンドの劇場群(シェイクスピアの生まれ
た国です)には、見向きもしません。それらこそが、実はロンドン
的であるといえるのですが、知らないから見えないのです。

 私は日本からの顧客と、何回もパリのルーブル美術館に行きまし
た。たいていの人は、自分がかつて見たことのある名画の前にくる
と、「これ知ってる」、「この絵、有名だよね」といいます。かつ
てテレビで見たか、教科書にのっていたのでしょう。本当は、「知
っている」ではなくて、「見たことある」というべきだと思います。

 そして、そこで思考を停止してしまいます。自分が見たことある
ものを見ると、なんとなく安心してしまうのでしょう。満足してし
まうのでしょう。自分がその絵を好きか嫌いかすら考えません。そ
れは単なる確認行為に伴う感動であって、絵画と自分の心との直接
の対話や心の動きはありません。

 自分がそれまで見たことのなかった絵画や彫刻や美術工芸品や古
代遺跡の出土品と、じっくり向き合って新たな感動をする人はほと
んどおられませんでした。

「人間は自分が既に知っていることしか、新たに知ることはできな
い。」

 大変なことです。私たちは、自分が何を知っているかということ
すらよく把握していないのですが、自分が何を知らないかとなると
、さっぱりわかりません。

 自分が既に知っていることしか、新たに知ることができないとな
ると、いったいどうすれば、人と議論を深めることができるのでし
ょうか。そもそも、他人と議論することに意味はあるのでしょうか。

 どうすれば、自分の知見の境界線を広げることができるのでしょ
うか。

 困ったことに、人間の脳は、いったん何かの意見に染められてし
まうと、もう他の意見は受け付けられなくなります。アレルギー反
応を起こしてしまって、刷り込まれた意見以外は拒絶してしまうの
です。

 南京虐殺の有無や、日の丸・君が代の受け入れや、憲法第九条の
是非や、日本の神道について意見を交わすと、ほとんどの場合、み
んな自分が刷り込まれたことを振りかざしてきます。だから不毛な
のです。

 自分と違う意見を見つけると、問答無用で否定しようとします。
対話ではなく、攻撃や中傷の言葉しか出ません。だから殺伐とする
のです。

 本来であれば、自分に刷り込まれたことが、いったい誰によって
行われたのか、その考えは普遍的に妥当するのか(世界すべての国
家・民族に当てはまる話なのか、時代を超えて有効であるのか)、
自覚しつつ議論しなければならないのです。

 虚心に構えることができるならば、どうして自分はある人の意見
を拒絶してしまうのか、どこを許せないのか、といったことを素直
に言語化してみることです。

 たとえていえば、パソコンでメールを交換している友達同士が、
うまくメールが開かないときに、お互いのソフトのバージョンやバ
グについて情報を交換するようなものです。パソコン同士であれば
、君のメーラーは何?、バージョンは?、どうして添付した写真が
読めないのかな?、と素直になれるのです。

 この国際戦略コラムで、いかにして知のパラドクスを乗り越える
かを、みなさんと議論してみたいと思います。

 問題提起だけでは失礼ですので、問題解決の鍵となる本をご紹介
します。鈴木大拙著「禅」(ちくま文庫)と吉田松陰著「講孟冊記
」(講談社学術文庫、上下)です。これらの本には知のパラドクス
を乗り越えるヒントがあります。

 今これらの本を読む力があるかどうかは別として、今日本では本
がどんどん書店から消えており、いい本かどうかにかかわらずどん
どん絶版になっていっていますので、お金に余裕のある人はぜひと
も積ん読でいいですから買っておいてください。(2000.06.26)

得丸久文(鷹揚の会)
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(Fのコメント)
 その通りですね。私も同様なのでしょうが、何とか冷静な議論に
したいですね。そして、知のパラドックスを乗り越えましょう。

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