タイの留学生と話し合うことが最近あった。 タイでは、今でも宗教に関する授業が小学校・中学校にある。 タイは、小乗仏教の国であるので、その教えを教えているのだと思 ったが、勿論小乗仏教は教えるが、キリスト教、イスラム教、ユダヤ 教の教義も教えるのだそうです。 もう1つ、タイでは今でもお金を得るのがたいへんで、苦労して いる。日本に来るとお金が簡単に手にできるため、苦労しなくて 済む。ここが大きな違いですと言う。 そう言えば、この10年から20年、日本企業も日本人も、中国や 東南アジアに物を作られて、それを持ってきて商売をしている。 日本は苦労を他人に押し付けて、自分は楽な方向で商売をし始め ていると感じる。 日本人全体の傾向も困難を安易な方法で避けようとしている。 戦後の成長期には、いろいろな難題を1つ1つ克服していた時代 であったが、この感覚が感じられない。 日本のベンチャーも安易に、他人のまねをして大きくなろうとして いる。このため、底が浅く、すぐに見透かされてしまう。 この困難に立ち向かう気持ちが、今日本に必要で、その気持ちは 苦労が自分を伸ばす。苦労しないと、楽にならないということが 真に分かる必要がある。日本は成長期の資産があるため、この資産 で食えるために、今楽であるから、苦労する必要がないと感じている はずだが、苦労せずに置いておくと益々困難な状況になるでしょう。 この法則は「知行合一」の陽明学に求める必要があると感じる。 また、仏教でも無私によって、困難を乗り越えることができると言って いる。このような宗教や哲学を失ったことが、日本の衰退や17歳の 少年問題に直結しているように感じる。 小学校・中学校で、哲学的・宗教的な授業も必要ではないでしょう か?森首相もそのことが言いたかったのではないですか?