YS/2000.04.23 ★一冊の本との出会い 幼い娘が、公園で蟻を見つけると突然しゃがみこむ。そしてじっと蟻を 観察している。そして私もその娘を観察するためにしゃがみこむ。無邪 気な表情に、かって自分も同じように蟻を観察していたことを思い出す。 確か「科学と学習」の教材にも蟻の巣観察キットがあり四六時中見てい たような気がする。 2匹のヒトに見つめられながら彼等は忙しそうに餌を運ぶのである。娘 が「小さな指」を差し出すと彼等はパニックに陥る。慌てる様子を見て 娘の目はいっそうに輝くのである。 動物園の猿山などを見ていると飽きることがない。人間社会と重ね合わ せて見入ってしまう。結局のところ似たようなものだろう。 そんな視点で政治経済を見たらどうなるか? そんな事を考えながら書店を徘徊していたら一冊の本に出くわした。 ●「生態系が語る日本再生」 岡本久人著 ¥2600 日本経営協会総合研究所発行 ★カモメとホシムクドリ ヨーロッパに生息するホシムクドリはあたかも巨大な岩のように密集し た群を構成して、夕暮れ時の空に浮かんで飛んでいる。この群の動きを 観察すると、どの個体も中心へともぐり込もうとするようだ。 一方カモメは群れていることが多いが、適当に集まっている程度のもの だ。 その理由は個体の強さ・弱さに関係する。カモメは体も大きく襲われる 天敵もあまりいない。かたやホシムクドリは体が小さくいつもタカやハ ヤブサなどの天敵に狙われている。そして群の外側にいるほど危険性が 高くなるので中心へもぐり込もうとするのである。 ホシムクドリの群が巨大になりすぎると、構成する個体の中心指向型の 欲求を満たすことが物理的に不可能になるため、やがていくつかの群に 分派するようになる。 ★ヒト科日本種の特性 ヒト科日本種の特性は行動や思考が均一で社会的バラツキが少ない群特 性・社会特性にいきつく。分業と協業が不可欠だった産業社会構造のも とでは、この特性はきわめて優位に作用した。 この戦後の成功の過程を経て均一性、中心指向、一丸性の傾向がますま す強くなる。しかし多様化する社会の巨大化に際し独立分派へと傾き始 める。政治の派閥や行政の縦割り行政、企業の系列化などはこのような 行動特性から説明できる。 この部分最適型の社会ではそれぞれに過激な競争・闘争が見られるが、 その結果中心指向・一丸性の傾向がいっそう強くなる。そして、短期的 な効率や成功を追い求めることに終始して、長期的な視点を見失う傾向 が生じる。また指向が強く中心へと向かうことから国家なり民族なり人 類全体のことや将来のことなどの外部環境に対する関心は失われる。 ★カモメの国・アメリカ アメリカ(合衆国)は構成する民族がそれぞれのアイデンティティーを 保ちながら他民族が共存している社会である。歴史的にみれば南米はス ペインやポルトガルといったラテン系の豊かな環境で育まれたバラツキ の多い民族が融合してミックス・ジュース社会を構成している。かたや アメリカはアングロ・サクソンやゲルマン系、ケルト系といった貧困な 環境のもとで育ったホシムクドリ型民族が侵入し社会を構成しており、 野菜の原形を残すミックス・サラダ社会である。 いわばアメリカはホシムクドリ型郡特性を内包しながら、カモメ型社会 を構成している。資源的にも地勢的にも豊かで、外部に適当な外敵があ ることから国家をまとめる環境が十分に整っていたのである。 以上が「生態系が語る日本再生」の引用である。 ★岡本理論による日米欧政治経済分析 ここで展開される岡本理論は日米欧の政治経済環境に当てはめると非常 に興味深い。 各国とも産業分野において企業グループ、系列、財閥などの群に該当す る企業群が構成されている。そしてその群が政治群と連鎖しあって国家 が形成されている。この統率する手段においてカモメ型、ホシムクドリ 型の特徴がはっきりと見出せる。 日本及びドイツに代表されるホシムクドリ型の集団は、金融機関を中心 に非常に強い結束力を有しているが、時代変化に対しては極めて対応が 遅い。その理由は各企業群と独自に部分最適化された政治群との利害調 整に時間を有するために決定が遅れるためである。経済用語では護送船 団方式と名付けられたこの制度は特に変化のスピードが加速化する現在 においては、致命的な欠点となっている。 カモメ型の代表であるアメリカは、効率を前提とした『すみわけ』を目 的とした集団であり、その結束力は非常に弱い。それは様々な拘束を受 けずに自由に飛びまわれることも意味し国際化はその土壌から生まれて きたものである。この企業群が政治群、そして教育機関と有機的に結合 しあってピラミット型の権力構造に発展している。結果として所得格差 という欠点も指摘されるが、意志決定が迅速に行われ変化に強い社会構 造となっている。 従ってアメリカにとってはホシムクドリ型民族を有機的に連鎖させるこ とで広い視野と多様な行動特性を発揮することができる。そのために時 には仮想外敵を仕立てる知恵も考え出された。システマチックな国家運 営には、国防省などの政策決定機関に生態学、生物学、民俗学、文化人 類学、心理学、行動科学などの専門家からなる研究分析部門を参加させ ている。 その結果ホシムクドリ型社会の行動分析は世界でもっとも進んだ研究が 行われ実践されている。ヒト科日本種分野もその重要な対象であり、時 にはその戦略にいかされているのである。 ★「小さな指」に怯える蟻 この部分最適に走る社会特性の背景にはホシムクドリと同様に、環境・ 資源の貧困さと個体としての弱さ・臆病さがあり、周囲環境の急速な変 化に遭遇するとこの傾向はいっそう増幅されるのである。そして時には パニックに陥る場合もある。 おそらく最近の日本国内のナショナリズムの高揚はこの増幅からくるも のかもしれない。 また「小さな指」を外圧として利用する知恵もこうした背景から生み出 されたものであろう。 ★ドイツの挑戦 近代の歴史をみると、バラツキが少ない均一性傾向が強い群特性をもっ た国は日本とドイツであり、ともに破局、再生を繰り返してきた。破局 のたびに多くの生命や資源が失われてきた過程は生態学・生物学の目か らみると生存効率の悪い種となるようだ。 ただしドイツは過去の経験から自らの行動様式を研究分析し、常にその 欠陥を修復しよう努めている。 日本の場合は、教育機関と学界がこれまた独自の部分最適化の道を歩ん でおり、いまだ引きこもり状態が続いているようである。 ★小さな蟻の小さな冒険 人を鳥や蟻と一緒にするなと大批判を浴びそうな内容であるが、いみじ くも岡本氏も同様のことを言っている。私自信も含めひょっとして人は 鳥や蟻以下かもしれないということだ。荒廃する自然の姿を見るたびに 人は自然界にとって癌細胞ではないかと自覚することがあるからだ。 実はこの私は画一的な教育に本能的な恐怖を抱き、高校時代に中途半端 なドロップ・アウトを自ら選択し現在に至っている。一応それなりの大 学を卒業し、それなりの企業に努めてはいるが、つねに群れることへの 恐怖を感じアウトサイダーに徹している。それは決して居心地がいいも のではない。 どうも娘達も親の血を受け継いだらしく、窮屈そうに小学校やら幼稚園 に通っている。親として絶望的な社会に吸収されていくようで心配でな らない。 これまで私は波乗りやカヌーを通じて出会った自然に時間さえあれば逃 げ込んでいた。いい加減にそのエキスが体に染込んだようである。そし て娘を持つ身になって自分なりの責任感からこのようなコラムを書くよ うになった。そしてコラムを通じてこれまでにない新たな出会いが始ま っている。この繋がりを大切にしたいと思う。少しずつ少しずつ芽生え 始めた新たな息吹を実感できるからだ。多分まもなく小さな冒険が始ま りそうだ。