148.国家と世界の関係について



Fさん、いつもありがとう。

国歌と国旗についていろいろな方の議論が紹介されていますが、
私はもう少し別の視点(といえるかどうか)から問題を整理し
てみたいと思います。

「鶏が先か卵が先か」という難問がありますが、国家と人間は
どちらが先かと問えば、間違いなく人間が先です。国旗や国歌
のなかった古代国家と比べても、人間が先です。

しかし、これが国家と国民とどちらが先かと問うと、難しいこ
とになります。国民という存在自体が国家を前提にしているか
らです。

実は民族(nation)すら、国民(nation)と同様に国家を前提とし
て存在している「概念依存型概念」です。国家がなかったら民
族という概念は存在しません。これは国家の中の少数民族は
けっして民族(nation)と呼ばれることがなく、民族(ethnic 
group)として取り扱われていることからも明らかでしょう。
(以前にもご紹介したかもしれませんが、ベネディクト・
アンダーソン「想像の共同体」(NTT出版)は、中国とベトナム
という社会主義国同士がどうして戦争をしたのかという疑問に
発して、「国家があるから民族があるのだ」という原理を探り
あてます)

戦後日本では一貫して自虐的な歴史観が表舞台にありましたの
で、国家、国旗、国家官僚、天皇、神社神道など日本的なもの
が否定されてきました。これは多分にアメリカの占領政策のお
かげであろうと思われます。

最近の国家と国旗をめぐる論争は、このアメリカの占領政策に
よる伝統的な反日的歴史観と、占領政策の風化や海外情勢が身
近になったために広まりつつある「普通の国」国家観の対立で
はないでしょうか。

私はそのどちらも時代を誤るものであると考えます。つまり、
戦後の反日的な歴史観への固執と、それから解放された揺れ戻
しであるかぎりにおいて、どちらも同じ穴のむじな(アンチ巨
人は巨人ファンであるのと同じ)だと思うからです。

自分の生まれた土地や、身近な親類縁者、クラスメートや同僚
を愛することは正しいことです。同じ言葉を話す人間とは心を
通わせやすいことも確かです。しかしながら、地理的・政治的
国境線という概念的存在に惑わされて、自分が愛するべきもの
はその国境線の中に限ると考えることは間違っています。

つまり、愛するべきは人間であり、国民ではない、といいたい
のです。愛国は愛世界へと広がるべきで、愛国が憎他国へと発
展してはならないと思うのです。

二重国籍や国際結婚がこれからますます増えるでしょう。その
ときに「ふたつの祖国」あるいは「複数の祖国」「複数の母語」
をもつ人間が増えてくるでしょう。いまのような国家システム
では分類不能となる人間が増加します。彼らを困らせないため
に、彼らといつまでもともだちでいるために、できるだけ早い
時点で近代西欧で生まれた「国民国家システム」の罠から自由
になる必要があります。

「日の丸」は、シンプルでなかなかいいデザインです。この旗
をかかげることに目くじらをたてる必要はないと思います。
「君が代」はとても短い言祝ぎ歌です。国民国家制度が続くか
ぎり、これらの旗や歌を日本のシンボルとすることに私は異存
はありません。

しかし、同時に私は、それらを過渡期的な存在であると常に意
識しています。また、国旗や国歌が、他の国に所属する人間と
のコミュニケーションや交友を阻むものであってはならないと
思います。

国家という概念にとらわれることなく、ひたすら人間と人間の
交わりをよりよいものにしていくことが大切ではないでしょう
か。国旗も国歌もそのためにのみ存在するべきでしょう。

得丸久文(思想道場 鷹揚の会)
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(Fのコメント)
 ありがとうございます。得丸さんのような考え方を米国、英国、
豪州、カナダの人たちに感じています。かれらは、あまり国を意識
せずに、英語圏を飛び回っている。同一民族ではないのですが、
同一言語の人たちだからでしょう。日本人も、英語ができれば、同じ
感覚になるはずです???

 しかし、日本語も知らない、日本文化も知らないアイデンティティ
を無くした2世3世の日本人を米国で見ると、この生き方にも、何
かわびしさを感じます。自分のルーツ探しが米国で流行るのも、分
かるような気がします。自分の祖先の伝統文化はやはり守りたいの
でしょう。

 国家も必要からできたのですから。その役割はあるはずです。
その大きなものは、私は、伝統文化の継承だろうと思います。
この文化の継承には歴史もあり、このため、過去の蟠りによる隣接
諸国間での紛争が絶えないのが現実です。この現状はしっかり認識
しないと、理想論だけでは外交や国際戦略はできないのではないで
しょうか。

 日本は残念ながら、欧州の近くになく、アジアの近くにあるため、
欧米の理想論を実行したくても、中国や北朝鮮という過去の覇権主義
や王権絶対主義国家の近くにあるため、現実的な政策・外交とならな
いのです。

 また国際外交は、理想論を掲げた国家利益追及の面が濃厚であり、
このため、国民1人1人が英語を習得して、国際化する事の方が現実と
して、国際化が早いと思うのですが。このため、英語教育を真剣に
する必要があると考えています。

 しかし、結局、得丸さんの意見とFの意見は、実現方法の違いを言
っているたけで、同じなのですね。どうも欧米諸国で仕事をしたこと
がある人は同じ意見になるのだと思う。

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