小沢「靖国発言」とアジア外交 民主党の小沢一郎代表が行った靖国神社からA級戦犯「分祀」を求める発言が、波紋 を呼んでいる。 以下、産経新聞のインターネット記事を引用する。 ◆靖国参拝 小沢氏批判、首相は反論 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060411-00000006-san-pol 小泉純一郎首相は十日、民主党の小沢一郎代表が、首相の靖国神社参拝を批判した ことについて「中国がいけないと言うからいけないのか、戦没者に哀悼の念を表する のがいけないのか、よく分かりませんね」と反論した。首相官邸で記者団に答えた。 小沢氏は九日のNHK番組で、「戦争を主導した大きな責任がある人たちは、靖国 神社に本来祭られるべきではない。戦争で亡くなった人のみを祭る本来の形に戻し、 天皇陛下も堂々と行ける靖国神社にすればいい」と述べ、A級戦犯が合祀(ごうし) されている現状を改め、戦没者慰霊の場にすべきだとの考えを示した。ただ、小沢氏 は記者団に「分祀(ぶんし)ではない。政権をとったらすぐにやる」と語り、具体的 な解決策には触れなかった。 これに関連し、安倍晋三官房長官は十日の記者会見で「政府が合祀の取り消しを申 し入れれば、憲法に定める信教の自由と政教分離の原則に反する」と指摘した。 小沢氏は靖国参拝に関し、昨年十月二十一日付の夕刊フジのコラムで、「中国や韓 国の批判には同調できないが、小泉首相の『終戦記念日以外』『記帳しない』などと いう姑息(こそく)さだけは看過できない」と批判。「霊璽簿に名前を記載するだけ で祭神とされるのだから、単に(A級戦犯を)抹消すればいい」としている。 (産経新聞) - 4月11日3時11分更新◆ 上記がこの件に関する現在最も詳しい記事だが、小沢氏はどのような方法で霊璽簿か らA級戦犯を抹消するつもりなのかは依然不明である。 A級戦犯を抹消しなければ国立追悼施設の建設に取り掛る事を梃子に、靖国神社側の 譲歩を図ると言った所だろうか。 だが、小沢氏の過去の剛腕手法から類推すれば、靖国神社の接収による再国営化や宗 教法人認可の取り消しのような常人の発想の域を超える手法も有り得るかもしれな い。 ◆靖国問題の本質 さて、霊璽簿抹消の具体的方法は現時点では本人しか分からないので、首相の靖国参 拝問題自体について考察してみたい。 靖国神社参拝問題は現在完全に外交問題化しており、小泉首相の「個人としての参拝 である」との主張は意味を成さない。 首相は参拝を続けるなら、むしろ宗教的側面は別にした公的追悼行為である事を主張 すべきである。 その場合、村山談話の借用を繰り返すだけで無く、明治維新以降についての自身の一 貫した歴史観を整理して示す必要がある。 筆者は、それを行った上で、A級戦犯合祀のままでも時の首相は参拝を行うのが本来 ではあるが、国際問題は他国との関係で成り立つ事を考慮すれば参拝をしないか小沢 氏や中曽根元首相の主張のようにA級戦犯「分祀」を図った上で参拝するのが現実的 な首相の態度であると考える。 国際問題は、国益と国際的大義に立脚した外交戦略を基に判断されるべきである。 筆者は、今後10ないし30年の外交戦略として、以下の事をそのグランドデザイン とすべきであると考える。 ◆日本は、米国と共同してその力を利用すると共に、国際社会なかんずくアジア諸国 を味方に付け、中国等を囲い込みその牙を抜き普通の国にする事を図るべきである。 ◆日本は、再びアジアの盟主を目指すべきである。 ただし、今回は武力に拠らず、周囲から推される形でなければならない。 ◆日本は、やがて来る米国の相対的衰退と世界の多極化に向けて、新世界秩序建設を 模索すべきである。 中国韓国を除いたアジア諸国では、政府は靖国神社参拝を公式には問題とはしない が、一方国民は問題視すると言うのが平均的な所だ。 従って、国際社会なかんずくアジア諸国を味方に付けるためには、A級戦犯合祀の下 では首相の靖国神社参拝は避けるのが適当だろう。 ◆歴史問題の整理 歴史認識問題を整理する必要がある。 明治の開国から太平洋戦争敗戦に到る時代を総括をした確固たる歴史観の確立と、そ れに対して国際社会なかんずくアジア諸国の理解を得る事が不可欠である。 先の戦争は、弱肉強食の植民地争奪戦の中で欧米に対しては覇権を掛けた普通の戦 争、アジアに対しては侵略戦争の要素が強かったとした中曽根元首相等の歴史観は概 ね妥当なものである。 加えて、筆者は以下のように考える。 新興工業国としての生存のため資源と市場を獲得するために始められた満州事変以降 の戦争は、「八紘一宇」やアジア諸国を欧米の植民地状態から解放すると言う大義が 掲げられ、これらが表裏一体となっていた。 日本は、太平洋戦争で緒戦の勝利に引き続き敗戦し、その結果、欧米列強のアジアか らの一掃 → 日本の敗北と撤退 → 欧米列強のアジア復帰に抗した独立戦争 → アジアの独立という弁証法的展開が起こった。 東京裁判とサンフランシスコ講和条約については、歴史的経緯から見て不当な面があ り、何れは国際社会に対し正式に見直しを求めるべきだが、少なくとも当時の記憶の ある世代が存命する今後20年間は声高に行う時期ではない。 さもなくば、国際社会から孤立する恐れがある。 ◆今後の展開−小泉実質続投 東条英機元首相等、A級戦犯を政治的死者であり戦没者ではないとした小沢氏の考え は、これを切り離して先の大戦と共に、その評価を今後の歴史的審判に委ねるという 側面もあり、ある意味上手い手である。 従来からの中国・韓国に加えて、アジア諸国、最近ではブッシュ政権も小泉首相の靖 国神社参拝に懸念を示唆し始めている。 米国の態度は、現在は中東制圧に注力したく、アジアで揉めたくないという現実的な 戦略から出ている面もあることは確かであるが。 首相が靖国神社参拝をしないのなら別だが、参拝する以上外交上の具体的な解決策は A級戦犯「分祀」以外には有り得ないだろう。 次期首相には安倍晋三氏が有力視されてきたが、商売上日中関係の悪化を懸念する奥 田経団連会長初め財界からも参拝への懸念が表明されている事に加え、今回小沢氏に よって保守の中からのA級戦犯「分祀」論が声高に語られた事も影響し、恐らく本命 温存策として首相への登板は1回間を置く事になるだろう。 小泉首相は、影響力を残せてかつ変節を意に介さず世論に打たれ強いような人物を事 実上の指名によって後継首相に立て、自身が実質的首相として小沢氏と対決する事を 考えていると推測される。 一方の小沢氏のA級戦犯「分祀」論は、従来からのものではあるが政局まで見据えて 相当に練られたものと考えて良い。 政策と政局のダイナミズムが政治の本質なら、靖国問題は今後その大きな一郭を占め るだろう。 以上 佐藤 鴻全