2207.バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(中の2)



バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(中の2)

byコバケン 05-12/16
	
▼第三章
前回ではバーネットの新刊『Blue Print for Action』の第二章まで
の内容を説明したが、今回は第三章以降の紹介をする。

最初の二つの章で、バーネットはグローバル化戦略に必要なものと
して、まずは「戦闘部隊」、つまり「リヴァイアサン部隊」と、「
平和維持部隊」、いわゆる「シスアド部隊」というものの両方の役
割をバランスよく発展させることが重要であると主張しており、こ
れを踏まえた上での中東地域に対する具体的なグローバル化戦略な
どをくわしく説明したことはすでに述べた通りである。

そしていよいよ第三章では、日本も絡んだ「東アジアグローバル化
戦略」について細かく述べている。

この章のタイトルは「東(アジア)を安全にすることによってコア
を拡大する」(Growing the Core by Securing the East)というも
のなのだが、実質的にはアメリカの「対東アジア戦略」を簡潔に述
べたものであるといえる。

まずこの章は今後のアメリカの外交政策の重要課題となる対中国戦
略の説明からはじまるのだが、その前に結論として、彼は東アジア
に北大西洋条約機構(NATO)のような組織をつくり、そこに日
本や統一朝鮮(!)だけでなく、中国とインドも参加させるという
大胆な構想をいきなり述べているのだ。

▼「超親中派」のバーネット
すでに述べたが、バーネットは二〇〇四年の八月十五日に、自分の
四人目の子供として中国生まれの女の子を養子に迎えている。この
ことからもわかる通り、彼はアメリカの戦略家ながらも、極端な親
中派であることがうかがえる。

養子を迎えるというのは、中絶を拒否する彼の宗教(カソリック)
とも関係あるのかも知れないが、とにかくアメリカの戦略家として
はかなり型破りである。なんせ自分の家族に中国人の女の子を迎え
ているくらいだから、アメリカの潜在的な敵国となる中国と衝突さ
せないという強い覚悟が彼の行動からハッキリとうかがえるからだ。

彼がどのような経緯からこのようなことを思い立ったのかはくわし
く述べられていないのだが、バーネットの一冊目の本の中国語訳は
北京大学で出版されており、彼はそこで何回か講演も行っていて、
豪華なレストランで中国政府の要人たちと歓談している様子なども
記されている。これらのエピソードからもわかる通り、バーネット
は中国政府のエリート層ともかなり深いつながりがあることが見て
取れる。

余談だが、バーネットはそのような人物たちから「中国政府のため
の戦略家にならないか?」とかなり本気で(?)話を持ちかけられ
ているほどだ。谷垣財務大臣や橋本元総理のように、すでに中国政
府から寝技をかけられているのでは?と勘ぐりたくなってしまう。

まずこの章でバーネットが主張していることで最も注目すべきなの
は、「今の中国は、十九世紀後半頃のアメリカと同じ状況である」
というものだ。このような比較というのは、日本人の私たちからす
れば明らかに怪しいものなのだが、アメリカの戦略家の間では意外
と単純に受け入れられているものだ。

たとえばYS氏が以前この国際戦略コラムでも紹介された「フォー
リン・ポリシー」という雑誌で行われたブレジンスキーとミアシャ
イマーの討論があるが、そこでも「十九世紀後半のアメリカ」と「
現在の中国」は、「多民族国家による新興国」という意味では状況
が似ていることを前提にして、激しい議論が交わされている。

ではバーネットが中国政府の独裁的な面に批判的ではないかという
と、そういうわけではない。

彼の場合は、いずれ中国が完全にグローバル化に組み込まれるとそ
ういった独裁的で閉鎖的な部分も開放的にならざるを得なくなるか
ら、当面の独裁状態には目をつぶっておこう、ということなのであ
る。その証拠に、バーネットはこのままの状態が続けば、中国は
2025年までに民主化するとハッキリと明記しているほどだ。

なぜここまでバーネットが「中国はアメリカの敵にはならない」と
楽観視できるのかというと、やはり昔のアメリカとの対比である。

たとえばバーネットは「アメリカは世界で最も長期間、多民族によ
る政治・経済体制を維持できた成功例であり、逆に中国は世界で最
も長期間、多民族による政治・経済体制を維持できなかった失敗例
である」ということを述べている。つまり基礎的な部分では似通っ
ているという、アメリカの知識人にありがちな中国に対する幻想を
匂わせているのだ。

その次に、どんな国でも新興国の時は政治体制が独裁的でないとや
っていけないものだ、ということも述べている。アメリカもその例
にもれず、十九世紀末の上り坂を駆け上がっている時は今の中共政
府ほどではないとしても、アメリカ中央政府も掌握力が必要だった
から、というのがその理由である。

また、バーネットは中国の掲げる共産主義も、ただの建前/念仏で
あるということには充分気がついている。たしかに現在のアジアで
は中国がその周辺国を「資本主義」で牽引している面が大きいし、
バーネットはこれを「逆ドミノ現象」(reverse domino effect)だ
と指摘しているほどだ。

このように中国のグローバル化、つまり国外とのつながりだけでは
なく、国内の「都会化」をも大歓迎するバーネットなのだが、彼に
とって何が一番怖いのかというと、それはズバリ、中国の鎖国化で
ある。

これもアメリカのリベラル派、グローバル化派の意見として根強い
典型的な意見だが、もし中国を鎖国化により世界市場から失ってし
まえば、世界で進行中のグローバル化という動き自体も止まること
になる、だからある意味で、中国を世界経済に組み込むことこそが
大国間戦争防止の最後の砦だ、ということになるのだ。

この延長線上で、バーネットは台湾問題についても記している。結
論からいえば、彼は台湾の独立は支持しておらず、将来的にもムリ
だろうといっている。

だから独立を宣言せずに現状維持で行けということなのかといえば
、そうではない。それよりもむしろ台湾は中共に吸収されるべきだ
という、驚くべき発言をしているのだ。

理由は単純である。台湾が中国に組み込まれると、それにつられて
民主化された台湾が本土全体に民主主義的な面でポジティブな影響
を与えるからだ。つまり、台湾吸収によって中国側もグローバル化
の影響をさらに受けるから良い、ということになる。

▼北朝鮮をどう料理するか
このように超親中派的な発言を繰り返すバーネットだが、北朝鮮に
対しては手厳しい。この主な理由はすでに皆さんもお分かりの通り
、「北朝鮮がグローバル化しないから」である。

対中国戦略を述べたあとのバーネットは、コアには新・旧二つのタ
イプがあり、アメリカは「新コア国家」と性格的に近いものを持っ
ているというのだ。これを以下にあげてみると、

新コア国: 中国、インド、ロシア、ブラジル、アメリカ
旧コア国: 西ヨーロッパ諸国、日本、

ということになる。バーネットはアメリカがグローバル化の速度を
増加したがっている点から新コア国に分類されるというだが、グロ
ーバル化戦略を推し進める際に重要になってくるのが、新コア国と
旧コア国を衝突させないことだと説く。

概して旧勢力というのは新興勢力に対して恐怖を感じやすいもので
あるし、ここから様々な紛争が起こりやすくなるのは事実なのだが
、バーネットにとって重要なのは「とにかくコアを拡大すること」
なので、ここでコア同士が無駄な紛争をするべきでないし、またで
きないだろうというのだ。

ところが北朝鮮のようにグローバル化しない国に対しては、バーネ
ットは冷酷で容赦がない。たとえばアメリカが日本と共同開発しよ
うとしているミサイル防衛計画があるが、これは直接的、建前的に
は北朝鮮の脅威によるものであるため、北朝鮮の脅威が消滅しない
限りは計画が推進されてしまうことになる。

ちなみにバーネットはこのミサイル防衛が、最終的にはグローバル
化最後の虎の子である中国に対する、「日米共同のグローバル化阻
止」への動きにつながる可能性を指摘して、厳しく批判している。
こういう意味からも、彼は徹頭徹尾「親中派」なのだ。

このような日米中の衝突のきっかけを作っているという北朝鮮に対
して具体的にどうするかというと、バーネットは以下のような三つ
戦術を提案している。

@、「政権亡命」:金一族に国外亡命をさせる(delocation)
A、「政権交代」:政権トップだけの交代を狙う、いわゆる"首切り
         戦略"(decapitation)
B、「脅迫」:ひそかに使節を派遣し、暗殺するぞと強烈に脅す
       (blackmail)

バーネットは@が最も望ましい戦術で、Bが最もダメだといってい
るのだが、とにかくアメリカはこれらのうちの一つを、遅くとも
2010年ころまでには実行しなければならないとしている。

第三章の最後に、バーネットは現ブッシュ政権が任期中(〜2008
年末)までに東アジアでやることとして三つの政策をあげている。

@、台湾に独立を宣言させない
A、中国をグローバル化推進にさらに参加させる
B、北朝鮮の金政権を崩壊させる

そしてこれらを行なっていくのは、世界で最初にグローバル化を果
たしてきたアメリカの「使命」であるとして、第三章を締めくくっ
ているのだ。

▼第四章
この章は基本的に前の本で主張した戦略的コンセプト、つまりなぜ
ギャップの縮小化を目指さなければならないのかという戦略の再確
認をしているといってよい。

題名もズバリ、「疎外を終了させることによりギャップを縮める」
(Shrinking Gap by Ending Disconnectedness)である。

バーネットはこの章の最初で、戦略家としてこれからのアメリカの
進むべき方向、つまり「問題の認識と、その解決への道のり」を鮮
やかに示したことを、数多くの人間に非常に感謝されたことをまず
紹介している。

その後、バーネットは結局のところグローバル化というのが波のよ
うに地域全域を飲み込む形で起こるという、すでに述べたような「
逆ドミノ論」を再び展開し、最終的にはグローバル化による「バン
ドワゴン状態」を起こすことが目標だとして、これを効果的に起こ
すために6つ、もしくは7つの戦略シナリオを描いている。これら
を以下にそれぞれあげてみると、

1、「ならずもの国家シナリオ」:イランを温存して北朝鮮をアジ
  ア版NATOでつぶす。その後は南米に集中し、コロンビアの
  内戦を終わらせてベネズエラのチャベスを狙う。アフリカにと
  りかかるのは最後。
2、「イスラム円弧シナリオ」:まずイスラム世界をコアに組み込
  むことに集中。北朝鮮はつぶさない。基本的にシーパワー連合
  重視で、中国とは組まずにインドと海軍で協力。
3、「破綻国家シナリオ」:テロの温床である破綻国家を優先して
  コアのマーケット経済に組み込む戦略。まず中央アジアに行き
  、それからアフリカに取り掛かる。アフリカは中国にまかせる。
  ヨーロッパの支持を得られやすいと指摘。
4、「国土防衛シナリオ」:アメリカ本土周辺の問題解決に集中。
  カリブ海周辺や南アメリカからのドラッグ流入などの防止を主
  に行う。
5、「エネルギー独立シナリオ」:東アジアにはあまり関心を向け
  ず、アメリカのエネルギーが供給できるところ、つまりペルシ
  ャ湾岸、中央アジア、そして次にアフリカの問題解決に集中。
  軍事的にはコストが最もかからないかもしれないが、コア諸国
  の間に植民地時代のような資源争奪戦を生み出してしまう可能
  性あり。
6、「人道救助シナリオ」:いわゆる超孤立政策であり、人道的な
  救助以外はアメリカは海外に派兵しないというもの。中東政策
  が失敗してアメリカが内向きになったときに起こりやすい。ギ
  ャップの状態が悪化してしまう恐れ大。
7、「その他のビックリシナリオ」:アメリカ国内で大量破壊兵器
  がテロ攻撃に使われたり、中国が東アジアの覇権を狙って軍事
  的に暴走すること、その他にも環境破壊が大規模で起こること
  や、中東で大戦争が勃発することなど。

ということになる。この後、「グローバル化」は「アメリカ化」で
はないことを、日本などのコア国の例やフリードマンなどの論者の
説を使って説明しつつ、最後にバーネットはギャップ国がグローバ
ル化してコア国になるために必要な三つの要素を主張している。
この三つとは、

1、「良い政府」:かならずしも"民主的"ではなくてもよい。むし
ろある程度独裁的なほうが効果的であるから良いという認識。
2、「女性への教育」:女性への教育が行き届いた国はテロリズム
の温床にはならない。女性をどう扱うかによってその男の本性がわ
かるということわざから、国家が女性をどう扱うかによって程度が
わかるとしている。
3、「個人投資家が資本へアクセスできること」:もちろんグロー
バル化のカギとなる経済的な結びつきには金のめぐりが重要という
考えから。

この三つが揃ったときに国の都会化が促がされてグローバル化が進
む、というのがバーネットの持論なのだ。

以下、次号へつづく

■参考文献
『ライジング・チャイナ・・キングギドラ、それともバンビちゃん?
』 by YS氏
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k7/170115.htm


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