2185.バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(上)



バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(上)

byコバケン 05-11/22
	
▼国際政治の見方――三つの視点
この国際戦略コラムというのは、基本的に「国益」という立場に軸
足をおきつつも、様々な立場や視点から国際政治を分析しているも
のがあるということは、読者であるみなさんもすでにお気づきのこ
とであろう。

ところが、国際政治を専門に分析する欧米のアカデミック界では、
大きくわけると、ほぼ三つの理論(セオリー)のみによって成り立
っていることになっている。私ことコバケンは、これをくどいほど
主張しているのだが、この事実はこの分野をちょっと勉強した人間
なら誰でもすぐ気がつく常識だ。

参考までにその三つを具体的に挙げてみると、

@リアリズム(現実主義)
Aリベラリズム(自由主義)
Bコンストラクティビズム(社会構成主義)、もしくは
 その他(マルキシズム等)

ということになる。これをそれぞれものすごく簡単に説明すると、
以下のようになる。

@リアリズムは「国際政治は力の闘争で成り立っている」という視
 点から国際関係を分析し、
Aリベラリズムは「国際政治は人間の理性を信頼し、とくに経済な
 どによる相互利益を活用すればうまくいく」という立場、そして、
Bコンストラクティビズムは「国際政治は政治を動かす人物たちの
 使う言葉や考え方によって成り立っている」という分析の仕方を
 する。

ということである。

もちろんどの理論が究極的に正しい、というのはなかなか判断がつ
けにくいのだが、「国際政治を戦略的に考える時にどの理論が有効
か」ということになると、がぜん@のリアリズムが強いということ
になる。

事実として、第二次世界大戦直後からアメリカの国際戦略を考える
人間たちは、すべからくこのリアリズムという学問の分析法を使っ
て、「アメリカは世界戦略をどうするか」ということを、冷戦時代
を通じてずうっと考え続けてきた。

▼冷戦後のアメリカの戦略は?
ところが1990年代に入ってからすぐ、アメリカの戦略家たちに
とっては天地を揺るがすような事件が起こった。アメリカの長年の
「敵」であった、ソ連の崩壊である。

リアリズムからすれば、これはかなり理論的にはかなり「ありえな
い事件」である。なぜならリアリズムではその理論の前提として「
国家というものは、自国の存亡(サバイバル/生き残り)のために
命をなげうって戦争を起こすほどだ」という想定をしているからだ。

事実として、第二次世界大戦の時の日本はまさにそういう状態で泥
沼の戦いをしていた。マッカーサーの言う「日本が(大東亜)戦争
を戦ったのは、主に自衛のためだった」という米国上院委員会での
有名な発言には、一面の真実が含まれていたと考えるべきである。

ところがアメリカとソ連が対決した冷戦では、追い込まれていたソ
連が、戦争を起こさずに、しかも自国を崩壊させてしまったのであ
る。つまり、リアリズムの理論が教えていることとは全く正反対の
ことが起きてしまったのだ。

このような事情から、欧米の国際政治を論じるアカデミック界では
、冷戦直後からAのリベラリズムやBのコンストラクティビズムが
、一気に「リアリズム叩き」を始め、このような視点から、「アメ
リカはこうして行かなくてはならない」という風に書かれた文献が
、それこそ雨の後のタケノコ、いや、市場開放後の中国の工場のよ
うに、一気に増えてきたのだ。

それでもアメリカの戦略家たちにとっては、これがすぐさまリアリ
ズムの理論を否定する、ということにはならなかった。

理由は簡単。この理論を使うと「冷静に戦略的に考えられる」とい
う部分が、まだまだ有効だからだ。

事実として、アメリカの国際政治言論界でも、要所要所ではキラリ
と光を放つリアリズムの理論によって書かれた文献が、1990年
代を通じていくつか書かれて有名になっている。題名もかなり直球
勝負で、「アメリカのための大戦略」みたいなものが多かった。

▼「グローバリズム」の研究
ところが冷戦後の1990年代に入ると、アメリカの国際戦略云々
とは全く関係のないところで、社会学的なアプローチから「国際社
会のグローバル化」という現象をとらえて研究するものが多くなっ
た。

「グローバル化」(Globalization)というのは、アメリカ主導の
IT開発や、交通機関などの発達によって、世界の情報・政治・経
済・人的交流が密接になってきた現象のことを言うのだが、これが
なぜここで問題になってくるのかというと、今までの国際関係論の
三大理論というのは、結局のところは国際政治の実体というものを
「一つの変化しない型」として分析するものだったという部分があ
るからだ。

ところが90年代に入って盛んになった「グローバル化」という現
象の研究というのは、当たり前だが「世界が怒涛の流れで変化して
いる」ということを前提にして、その「ダイナミックさ加減」や「
移り変わりが与える影響」みたいなものを分析する。

ようするに、いままで国際関係論の理論などとは分析のアプローチ
が根本的に違うわけで、「ある一定の静止したモデル」を研究する
国際関係論の理論に対し、グローバル研究のほうは「流れものの、
水もの」を研究するといえるのだ。

これをいいかえれば、国際関係論の三大理論のほうが「国際政治は
どういうものか?」という質問設定をしているのに対して、グロー
バル化の研究のほうは「国際政治はどう変化しているのか?」とい
う質問設定をしているのだ。

グローバル化についての研究として有名なのは、一般書の分野では
なんといってもトーマス・フリードマンというニューヨークタイム
ズのユダヤ系名物コラムニストによって書かれた『レクサスとオリ
ーブの木』(1999年刊)という本である。

現在はこの続編とも言える"World is Flat"という本が欧米でバカ売
れしており、邦訳ももう間もなく出ることになりそうだ。

アカデミック界のほうではデヴィッド・ヘルド(David Held)とい
うロンドン政経学院(LSE)の教授の研究が特に有名であり、著
作の数も膨大である。日本でも何冊かは邦訳が出ているので、その
分野ではそれなりに知られている。

この「グローバル化」の研究なのだが、すでに述べたような、動き
や変化そのものにあまり注目していない国際関係論の三大理論とは
考え方が根本的に違うため、ここからアメリカの戦略を考えるとい
うところまで考えられたものはほとんどなかった。

たしかに「グローバル化はアメリカの陰謀だ」とか「アメリカ主導
のグローバル化を批判する」というような内容のグローバル化系の
本は掃いて捨てるほど出版されたのだが、これを「行う側」から戦
略的に論じたものはほぼ皆無だった。

その証拠に、『レクサス〜』においてフリードマンは「グローバル
化は自然に進行していくプロセスなのだから、この波に乗り遅れな
いようにしないといけない!」という感覚で書かれており、フリー
ドマンは「グローバル化を利用してアメリカは世界展開せよ!」み
たいな戦略的なことはあまり主張していない。

▼バーネットの「グローバル化戦略」
ところが2004年に入ってから、このようなグローバル化の視点
を持ちつつ、アメリカの国家戦略に結び付けて論じた本が登場した。

トーマス・バーネット(Thomas P.M. Barnett)という海軍大学の
教授が「エスクワイア」という雑誌向けに書いた記事を元にして膨
らませた『ペンタゴンの新しい地図(The Pentagon's New Map)』
という本である。日本では『戦争はなぜ必要か』というタイトルで
邦訳本も出ているので見かけたことのある人もいるかも知れない。

この本で述べられていることを簡単にまとめて言えばこうなる。

まず冷戦後のアメリカの戦略はどうあるべきかと考えると、アメリ
カにとってはソ連のような「最大の敵」がいなくなってしまったと
いう事実がまず大きい。ところが冷戦後でもスケールの小さい地域
紛争は多発しているし、アメリカとしても必要に迫られて軍事介入
しなければならいケースもあった。

しかしアメリカのペンタゴン内部では、結局のところでは対処療法
的に軍事介入しているだけで、大きい意味では自分たちが一体これ
から何を目指しているのか、国際戦略としてどうして行こうとして
いるのか、自分たち自身でさえ認識できないでいたのだ。

ところがバーネットは、冷戦後にアメリカが武力介入していた地域
を分析してみて、あることに気がついた。

それはアメリカが冷戦後に軍事介入してきた地域のほとんどが、「
グローバル化の進んでいなかった地域」に集中していたという事実
である。しかもそれとは対照的に、グローバル化が進んだ地域では
、アメリカがわざわざ介入しなくてはならないような軍事紛争はほ
とんど起こっていないのだ。

ここでバーネットがひらめいたのが、「コア」(Core)と「ギャッ
プ(Gap)」という世界の単純な色分けである。つまりグローバル化
が進んだ地域が「コア」で、進んでない地域が「ギャップ」という
わけだ。

バーネットが冷戦後のアメリカの軍事政策を分析してみた時に見え
てきた大きな地図というのは、単純にいえば、世界警察のアメリカ
が主に「ギャップ」という「田舎」だけで紛争介入しており、「コ
ア」という「都会」ではほとんど用無しであった、ということを教
えていたのだ。

これを踏まえてバーネットは、世界警察であるアメリカがこれから
目指していかなければならないのは、結局のところは「世界をグロ
ーバル化させる」ということではないか、と考えた。

そこから方法論として出てくるのが、「それだったらアメリカは自
ら進んで紛争の温床である"ギャップ"を縮める努力をすればいい」
、ということになる。これを単純にいえば、「世界を都市化して田
舎を少なくせよ」、つまり「積極的に世界のグローバル化を推進せ
よ!」ということにならざるを得ない。

受身の状態だと思われていたアメリカの軍事政策なのだが、実は無
意識的にある一定の方向へ向かっていた、とバーネットは気づいた
のだ。だったら積極的に意識して行け!というのが彼の提言の真髄
である。

▼バーネットの理論と地政学の理論
このようにバーネットは「グローバル化推進」というアメリカの進
む方向、もしくは使命のようなものを提言したわけなのだが、この
ように大きなビジョンによる進むべき方向性を示すことは、特に冷
戦後のペンタゴンの指導部のような組織にとってはありがたいこと
になる。

なぜなら、少なくとも自分たちがどの方向に向かっているかを教え
てくれることにより、細かいことを気にしなくて済むからだ。よい
意味で「思考停止」の状態を与えてくれるわけであり、しかもやる
べきことが明確になるから、仕事もしやすくなる。

このような大きなビジョンによる「大戦略の構築」という意味では
、彼の戦略は「地政学」(ジオポリティクス)という学問と非常に
密接な関連性を持っていることがよくわかる。

「地政学」というのは、思いっきり単純に言えば「国家戦略のため
の学問」のことだ。

この地政学というのは、歴史的にナチス・ドイツとの関連からその
名前が忌み嫌われているのだが、欧米のアカデミック界では、その
ような地政学の伝統が、リアリズムの中の「グランド・ストラテジ
ー(大戦略)」という分野の議論の伝統へと忠実に受け継がれてい
る。

近代地政学の祖とされるイギリス人のマッキンダーは、二十世紀前
半に地政学の理論を構築する際に、これからイギリスのとるべき大
戦略とは「自国をシーパワーであると自覚しつつ、ランドパワーの
勃興を抑えること」と位置づけたのだが、ここで注目すべきなのが
、マッキンダーの言う「シーパワー」と「ランドパワー」という二
分法である。

簡単にいえば、「シーパワー」とは海洋的な戦略志向を持つ島国国
家のことであり、「ランドパワー」とは大陸的な戦略文化を持つ陸
国家のことである。

マッキンダーはこのように世界を二つの異なる戦略文化の陣営にハ
ッキリと色分けして、「世界の歴史はこの二つの陣営の戦いである
」、と断言した。イギリスは海洋国家なのだから、陸、つまりユー
ラシア大陸から脅威を出さないようにしなければならない、と言っ
たのである。

意外かもしれないが、アメリカもその実態は海洋国家であり、戦略
文書などを読むと「島国意識」というものが非常に強いことがよく
わかる。本当に優秀なアメリカの戦略家たちは、自分たちを「ヨー
ロッパ(つまりユーラシア)大陸の沖にある島国だ」と本気で考え
ているのだ。

よって、アメリカも当時のイギリスにならって、海洋国家戦略を志
向しつつ、ユーラシア大陸から脅威を出さないような戦略をとって
いることは言うまでもない。

ここでなぜこの地政学とバーネットが関係してくるのかというと、
それは他でもない、バーネットの「世界グローバル化戦略」という
ものが、地政学と同じような二分法的な対立によって描かれている
からだ。

地政学の祖であるマッキンダーは、「シーパワーとランドパワー」
という風に世界を二分的に見たというのはすでに述べた通りだが、
新世代のバーネットのほうは、冷戦後のアメリカの戦略を提言する
際に「コアとギャップ」という二分法を提唱したのである。

傍目にはこの二つの二分法の基本的な概念はそっくりであるし、世
界地図を使ってビジュアル的に説明しているやり方もそっくりであ
る。

ところがこの二人には決定的な違いがある。

それは、旧世代のマッキンダー及び彼を受け継ぐリアリストたちが
「シーパワー(イギリス、アメリカ、日本)はユーラシアからのラ
ンドパワーの脅威(ナチスドイツ、ソ連、そして中国)に備えなけ
ればならない」と言って、どちらかといえば対決的な姿勢を示して
いたのに対し、バーネットのほうは「コア(アメリカ・日本を含む
いわゆる先進国)はギャップを取り込んでいかなければならない」
ということを主張したことだ。

これを簡単にいえば、

―旧地政学:「シーパワーとランドパワーの対決」
―新地政学:「コアによるギャップの同化」

ということになるのだ。この際に、バーネットの理論でカギとなる
のが、「つながり(connectivity)」というコンセプトだ。

なぜなら、この「コア」と「ギャップ」、つまりは世界の「都会」
と「田舎」を区別しているのは、グローバル化している世界とどれ
だけ「つながっているかどうか」という度合いだからである。

つまりバーネットは、世界の田舎を都会化させて"つなげる"ことが
世界の安全保障、ひいてはアメリカの安全保障に"つながる"という
ことを言ったのだ。

マッキンダーのような「ランドパワーを外側からけん制して封じ込
めよ」という「分離政策」とは根本的に違い、バーネットのほうは
「関与政策」を勧めていることになる。

▼新しい本で示された具体的な政策

バーネットがアメリカの戦略家たちから熱い注目を浴びた『ペンタ
ゴンの新しい地図』では、以上のようなことが論じられたのだが、
その続編というものが今年の夏にアメリカで発売された。

その名も『行動のための青写真:理想的な未来のかたち』
(The Blue Print for Action: A Future Worth Creating)という
題名であり、一冊目で示された戦略的ビジョンを達成するための行
動指針という位置づけで書かれている。

日本ではメディアの注目が低く、現在では韓国の新聞の日本語サイ
トで「バーネットが新刊で北朝鮮をつぶせと言っているぞ!」とい
う感じで報道しているものが目に付く程度だ。

私もこの報道を目にしてから本を買いに行ってくわしく読んでみた
のだが、たしかに北朝鮮をつぶせということが書いてある。

ところがそこに至るまでの理由づけというのは、ニュース記事の紹
介でわかるような単純なものではない。バーネットは彼独自の「グ
ローバル化戦略」の考えから、かなり大きな地政学的な変化を及ぼ
すような、過激で大胆な戦略の一環として「北朝鮮をつぶせ」と言
っているのであり、北朝鮮などは大きな戦略地図の、ほんの一部の
枝葉の問題でしかないのだ。

また、こんな大胆なことが書かれても、「所詮はたった一人の元軍
人が書いたものだ」として無視することもできよう。

ところがこのバーネットという人物はかなり曲者である。なぜなら
彼はアメリカ国防省(ペンタゴン)の中の一部の声を代弁している
と考えられているし、実際に彼の理論は前著の発表のころからアメ
リカ中の戦略家や政治家の間でもかなり注目され、浸透してきてい
るからだ。

バーネットは海軍大学の教授という役職につきながらペンタゴンで
アメリカ軍の軍事革命(RMA)に関する政策作成にも関わってい
たし、これは私が個人的にも聞いた話なのだが、軍需関連の戦略家
のほとんどは、去年の末の時点ですでに彼のブリーフィングを受け
ている。

政治家の方面や評論家、そしてメディアの注目もあるため、その影
響力は無視できないものになっているのだ。

アメリカのこれからの軍事・政治戦略を占う上で、このバーネット
の新しい地政学を知ることは日本のこれからの国際戦略を考える意
味でもかなり重要な作業となるはずである。

これを踏まえて、次回ではバーネットのこの新刊本の内容をくわし
く紹介してみたい。

■参考のための文献

国際関係論の三大理論の説明
http://www.foreignpolicy.com/users/login.php?story_id=2710&URL=http://www.foreignpolicy.com/story/cms.php?story_id=2710

「リアリズム」については拙著の記事、「リアリストたちの反乱:その2」
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k5/151122.htm

冷戦後のリアリズムの理論にのっとって書かれたグランド・ストラテジーの代表文献の比較紹介
http://mitpress.mit.edu/catalog/item/default.asp?ttype=6&tid=3366

『レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体』(上・下巻) by トーマス・フリードマン(草思社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794209460/qid=1132941809/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-0326666-9660354

『グローバル化とは何か―文化・経済・政治』」 by デヴィッド・ヘルド
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4589025965/qid=1132941854/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-0326666-9660354

『戦争はなぜ必要か』 by トーマス・バーネット(講談社インターナショナル)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/477002794X/qid=1132941883/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-0326666-9660354

『The Blue Print for Action: A Future Worth Creating』 by Thomas P.M. Barnett
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0399153128/qid=1132942062/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-0326666-9660354

バーネット教授、「米・日・中・ロ連合軍、5年以内に金正日を除去」 中央日報・日本語版
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=69383&servcode=500


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