2150.中国の民主化



大紀元日本支社の記者たちと会談した。それと、大紀元のサイトか
らの情報も追加した。   Fより

大紀元日本支社の記者たちは、日本の東大や阪大、九大などへ留学
した中国人である。支社長だけは日本人であるが、記者全員が日本
語を流暢にしゃべり大変有能であると見えた。しかし、全員、現時
点では中国には戻れない。

大紀元は中国共産党が如何に悪いかを9個の視点で論評した「九評
」を世界的に本土中国人に無料で渡している。この効果がでてきて
、中国本土で500万人の人が共産党からの脱党声明を出している。
この本は中国国内で回し読みがされていることと、インターネット
で「九評」を読んでいる人がいる。今後益々多くの中国人がこの「
九評」を読むことになるのでしょうね。このため、毎年60万人が
脱党を宣言していることになる。

ソ連共産党員2000万人のうち400万人と5分の1が共産党か
ら脱党してソ連は崩壊した。中国の共産党員は6000万人である
ため、まだ崩壊になっていないが、5分の1の1200万人が脱党
するようであると、中国共産党政権は崩壊することになると見てい
る。

このため、中国共産党の幹部たちは子弟をカナダなどに移住されて
、海外へ亡命できる状態にしている。ご自身が二重国籍を持ってい
る人が、1000人以上もいる。

中国は二重統治されている。共産党の全国組織と政府機関の全国組
織であり、農民や企業家は2重化された多くの政府関係者と共産党
員の贅沢な生活を支えるために過重な税金を取られている。国家財
政で養っている国家公務員と準国家公務員の人数が7000万人を超え
、官・民の人口比は1対18となっている。このほかに共産党機関要
員もいる。

この公務員が汚職をしている。OECD(経済協力開発機構)によると
、去年中国官僚の横領した金額は、およそ4090〜6830億人民元、一
昨年の前半だけでも、8300名の汚職官僚が外国に逃亡し、また6500
名の汚職官僚が国内で「人間蒸発」となったという。近年来、中国
の汚職官僚が国外に持ち出した資金の総額は、およそ87〜500億ドル
(700〜4000億人民元相当)に達している。このため、今までも社会
発展が阻害されている。

現在、中国が発展しているように見えるのは、中国政府の統計数字
の誤魔化があるためで、地方政府は、他政府の数字を調整して中央
に送っている。そして、中国の経済成長が始まって以来、崩壊の道
を辿っており、年金制度の前借金は2兆元も超え、失業率20〜40%の
現状、貧富格差のジニ指数はすでに0・60を超え(0・40を超えると
社会不安定を招く)などの中国社会の現状を詳細かつ確実なデータ
を通して、あらゆる角度から中国社会がすでに崩壊の臨界点に達し
ていると。このため、9%の経済発展をしているというのはウソが
ある。上海や北京などのショーウィンドウ都市に投資を集中して大
発展したように見せているだけである。

海外の投資者が中国に投資を続けている状況について、「夢を見て
いるのだ」と。「ザ・チャイナ・ドリーム(中国の夢)」という本
が紹介しているように、中国に進出した大手海外企業は、利益を上
げている企業はほとんどないにもかかわらず、中国に引き続き投資
を行っている。その理由として、海外企業は中国をスーパーマーケ
ットとして、大きな市場が開ける夢を見ているからだという。

今は海外からの投資があるために発展しているが、この投資が無く
なれば、中国の経済発展は終わりである。それと、海外企業が過重
な税金を支払うことを知って、逃げ出すことになると見ている。

中国で投資する外国企業に略奪行為を働くのは中共の政策であると
証言した。年に一万件近くもある台湾企業の被害件数で、解決した
ものは一件もなく、被害の補償を求めるのは不可能であると。

2006年、外資銀行が中国で人民元を扱う銀行業務を開始する時期、
政府に不信を抱く中国国内の預金者が一斉に貯金を引き出す取り付
け騒ぎが起きて、国有銀行が潰れる引き金となり、国家財政の破綻
へつながると見ている。

なぜ、今反日運動かというと、現代の20歳以下の人たちが文化大
革命や天安門事件のような共産党からの迫害を受けていないため、
共産党の反日運動指示をまともに受けるようになった。1980年
以前の方がより過激な反日教育をしていたが、国民は反日的ではな
かった。20歳以上の人は共産党の庶民を恐怖に落とす政治を知っ
ているために、いくら反日教育をしても、一番おかしいのは共産党
であると肉親縁者を殺されて知っていた。

現在、幼稚園から愛国教育をされているが、愛国ではなく、愛党教
育になっている。共産党がいかに良いかを教育しているが、「九評
」は、この教育をまともに批判したことになっている。

共産党の真の敵は、台湾でも、日本でもなく、領土面の問題ではな
い。独裁の敵である民主を代表する米国であるとし、台湾海峡戦争
から起因する対米の核戦争は中共の本音であると指摘した。

無料で「九評」を配っているとうことは、パトロンがいるのではな
いかと質問したが、いないという答えであった。日本支社はソフト
ハウスとして営業して、その利益で活動している。週刊新聞も発行
しているが有料購読者は100名以下であるために、収益に寄与し
ていない。今後有料読者を増やしたい。また、日本語の「九評」も
1800円で売り出している。

もう1つ、法輪功が中心に活動していると中国政府は言っているが
どうなのかと質問したら、法輪功の信者もいるがそれ以外の人も多
いとの答えであった。どうも、中国国内でも法輪功の信者を中心に
活動をしているようである。このため、政府からの弾圧を法輪功は
中国国内で受けていると言う。

中国の民主化は、この大紀元が中心となって進むことになると私F
は見ている。
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『九評』:共産党についての九つの論評
http://www.epochtimes.jp/editorial/9ping.html
○第一評:共産党とは一体何物か
○第二評:中国共産党はどのようにでき上がったか
○第三評:中国共産党の暴政
○第四評:共産党が宇宙に反する
○第五評:法輪功への迫害における江沢民と中国共産党の相互利用
○第六評:中国共産党による民族文化の破壊
○第七評:中国共産党による殺人の歴史
○第八評:中国共産党の邪教的本質
○第九評:中国共産党の無頼の本性

【第一評】共産党とは一体何ものか
序文
5000年来、中華民族は黄河と長江が育んだこの地に生まれ、生活し
、数十の王朝を経て、輝かしい文明を築き上げてきた。その間、栄
枯盛衰を繰り返しながら、怒涛の如き壮大なる、感動の絵巻を展開
してきた。 
アヘン戦争が起きた1840年は、歴史家の間では中国近代史の始まり
であり、中国が中古の世紀から近代化へ向かう出発点であると考え
られている。それ以来、中華文明は四度の挑戦とそれに伴う対応を
経験した。初めの三度はそれぞれ、1860年代初期の英仏連合軍の北
京への侵攻、1894年の日清戦争、そして1906年の中国東北地方にお
ける日露戦争が、大きな引き金となって形成された挑戦であった。
そして、それらの挑戦に対する中国の対応は、器だけの導入(つま
り、精神的なものは取り入れず、科学技術だけの導入、即ち洋務運
動)、制度の改良(即ち戊戌の変法と清国の立憲)、ならびに後の
辛亥革命であった。 

第一次世界大戦後、戦勝国である中国の利益は、列強たちによって
考慮されることはなく、当時の多くの中国人は、初めの三度の挑戦
に伴う国内の対応は全て失敗であったと考えた。その結果、五四運
動が起こり、そこから第四の波、つまり最後に残った一面での対応
が始まったのである。それは、文化面での全面的な西欧化であり、
その後極端な革命、即ち共産主義運動が始まったのである。 

この社説が関心を寄せるのは、最後の一波に対する中国の対応の結
果として生まれた、共産主義運動と共産党である。160年余りの間、
1億人に近い人々の不正常な死とほとんど全ての中国の伝統文化・
文明を代償にして、中国が選択したもの、言い換えれば中国が押し
付けられたものは、一体どのような結果であったのかを分析してみ
ようと思う。 


一 暴力による恐怖によって政権を奪取し維持する 
「共産党員は自らの見解と目的を隠しごまかすことを潔しとしない。
彼らは、自分たちの目的は、暴力によって全ての現存する社会制度
を覆して初めて達成できると、公然と宣言するのだ。」『共産党宣
言』(マルクス、エンゲルス著)は最後にこのように締めくくられ
ている。暴力は、共産党が政権を奪取する手段であり、最も主要な
手段でもある。これは、この党が生まれた日に決定付けられた第一
の遺伝子で、以後も受け継がれている。 

世界で最初の共産党は、実はマルクスの死後数年を経た後、ようや
く生まれたのである。1917年の10月革命の翌年、ソビエト共産党(
ボルシェビキ)が正式に誕生した。この共産党は、「階級の敵」に
対して暴力を振るう中で生まれたものであり、同時に仲間内(即ち
裏切り者)に対する暴力の中で存在を維持してきたのである。ソビ
エト共産党の内部粛清の過程で、2000万人以上ものスパイ、裏切り
者、異分子が殺害された。 

中国共産党は成立当初、ソビエト共産党のコントロール下にある第
三コミンテルンの一支部であったため、当然のこととしてこの種の
暴力の伝統を受け継いだ。1927年から1936年のいわゆる第一次国共
内戦の時期、江西省の人口は二千万人余りから一千万人余りにまで
減少しており、その災いの激しさの一端を見て取れる。 

仮に、政権を奪取する戦争において暴力が避けられないとしても、
共産党のように平和時においても依然として暴力を好む政権は、世
界にかつてなかった。1949年以降、中共が暴力によって殺害した中
国人の数はなんと、それ以前の三十年近い戦争時期の死者数を超え
ているのである。 

この点で程度が特に甚だしかったのが、中国共産党が全力で支持し
たカンボジアのクメール・ルージュで、政権奪取後、なんと全国民
の4分の1が殺害され、その中には多くの華人と華僑も含まれてい
た。その上、中共は今に至っても、国際社会のクメール・ルージュ
に対する公開裁判を阻止している。それは、もちろん、中共がその
中で果たした役割、つまり、悪辣な役どころを隠し続けるためであ
る。 

指摘しておくべきことは、世界各地に割拠する最も残虐な武装勢力
と残虐政権もまた、中国共産党と密接な関係があるということであ
る。クメール・ルージュ以外に、インドネシア共産党、フィリピン
共産党、マレーシア共産党、ベトナム共産党、ミャンマー共産党、
ラオス共産党、ネパール共産党等も全て中共が一手にその設立を支
持したもので、それぞれの党の指導者の多くが華人であり、その一
部は現在中国国内に身を潜めている。 

また、世界で毛沢東主義をその宗旨とする共産党には、南米の「輝
ける道」や日本の「赤軍」も含まれており、それらの残虐な手口は
同様に世の人々に知られ、唾棄されているところである。 

共産主義理論の源の一つは、進化論である。共産党は種の競争を社
会が進化する過程での階級闘争に当てはめ、階級闘争こそ社会が発
展進歩するための唯一の原動力であると考えた。このため、闘争が
、共産党が政権を獲得し生存を維持するための主要な「信仰」とな
った。毛沢東の名言「8億もの人口がいる。闘争なくしてどうやっ
て機能するのか」は正にこの種の生存論理の表明といえる。 

この表明と同様に有名なのが、毛沢東のもう一つのことば、文化大
革命は「7、8年に一度は必要だ」である。暴力の反復的使用は共
産党政権が統治を維持するための重要な手段であり、その目的は、
恐怖を生み出すことである。毎回の闘争運動はいずれも共産党の恐
怖訓練であり、人民は内心びくびくしながら服従し、恐怖の奴隷と
なるのである。 

今日、テロリズムは文明と自由世界の第一の敵となった。しかし、
共産党の暴力テロリズムは国家がその担い手であり、規模はさらに
大きく、持続時間は更に長く、効果はいっそう顕著である。二十一
世紀の今日、われわれは共産党のこの「暴力」の遺伝子が、適当な
時期に必ずや共産党の未来に決定的な作用を果たしうるということ
を忘れてはならない。 


二 虚言を以って暴力の潤滑剤と成す 
人類の文明の程度を測る基準の一つに、暴力が制度の中で果たす作
用の割合がある。共産政権社会は明らかに、人類文明の大きな後退
である。しかし、共産党は意外にも、かつて世の人々にそれを進歩
であると思わせることに成功した。彼らは、暴力の使用は、この種
の社会が進歩するには必要かつ必然の過程であると考えたのである。 

これは、共産党が虚言や欺瞞を比類なきほどに上手く運用した結果
であると言わざるを得ない。このことから、欺瞞と虚言が共産党の
もう一つの遺伝子であるといえる。 

「幼いときから私たちは、アメリカが特に親しみの持てる国である
と思っている。それは、ただ単にアメリカが中国の土地を占領した
ことがないからだけではなく、中国に対して侵略戦争を発動したこ
とがないからである。更に根本的には、中国人のアメリカに対する
好感は、アメリカの国民性から発散される民主的風格と豊かで広い
心にその源を発している」 

これは中共の中央機関紙『新華日報』が1947年7月4日に発表した社
説であるが、わずか3年後には、中共は北朝鮮に派兵し、アメリカと
武力衝突することになった。そして、アメリカ人を世界で最も邪悪
な帝国主義分子として描くことになったのである。中国大陸からや
って来た人は皆、この50年前の中共の社説を見て、一様に大きな驚
きを感ずるであろう。そのため、中共は、そうした以前の類似の文
章を引用した関係書籍を取り締まらなければならなくなった。 

中共が政権を打ち立てて以来、反革命分子の粛清、公私共営、反右
派闘争、文化大革命、六四天安門事件、法輪功(ファルンゴン)の
弾圧において、いずれの場合も同じ手段が採られた。その中で最も
有名なのが、1957年、中共が知識人らに、中共に対して意見を述べ
るよう呼びかけ、その後それを手がかりに「右派」を捕えた事件で
ある。それは陰謀であると指摘されたとき、毛沢東は、それは陰謀
ではなく「公の謀」だと公言して憚らなかった。 

虚言と欺瞞は、これらの権力を奪取し、それを守る過程で極めて重
要な役割を演じてきた。古来より、中国知識人層の最も重要な信仰
の一つが歴史である。中国は世界の中でも詳細な歴史記載が最も長
く、最も整っている国であるが、それは、中国人が歴史に基づいて
現実を判断し、更にはそれによって個人の精神的昇華を果たそうと
するからである。このため、歴史を隠し歪曲するということも中国
共産党の重要な統治手段となった。早くには春秋戦国時代から最近
の文革までの歴史が全般に亘って隠されたり、歪曲、改竄されたり
した。それはこの五十年来絶えず行われ、その上、歴史の本来の面
目を取り戻そうとするあらゆる試みに対しては、容赦なく封鎖、抹
殺が行われた。 

暴力が足りず、覆い隠したり飾り立てる必要があるときには、欺瞞
と虚言が登場する。虚言は暴力のもう一つの一面であり、暴力の潤
滑剤である。 

これは別に共産党が発明創造したことではなく、昔からあるごろつ
き行為を共産党が堂々と使用したにすぎないということを認めなけ
ればならない。中国共産党は、農民に土地を与えると約束し、労働
者に工場を与えると約束し、知識人らには自由と民主を与えると約
束し、平和を約束したが、その約束は現在一つとして果たされてい
ない。ある代の騙された中国人が亡くなると、その次の代の中国人
が引き続き虚言のとりこになる。これは中国人の最大の悲哀であり
、中華民族の不幸である。 


三 絶えず変化する立場と原則 
今年のアメリカ大統領選挙のテレビ討論の際、ある候補者が次のよ
うなことを言っていた。人はしばしばある問題に対する見方を変え
ることがあるが、決して問題を見る原則を変えてはならない。そう
でなければ、その人は信頼できる人ではない。この話は大いに示唆
に富んでいる。 

共産党が正にその典型である。中国共産党を例にとると、結党以来
80年間で開かれた16回の中共全国代表大会において、なんと党規約
を16回も修正し、政権奪取後の50年で中国憲法を5回も大きく修正し
た。 

共産党の理想は社会の公平であり、最終的には共産主義を実現する
ことである。しかし、今日、共産党が統治する中国は、すでに世界
で貧富の差がもっとも甚だしい国となり、しかも党と国の高官たち
は、8億の貧しい人々を犠牲にして、巨万の富を持つボスとなった。 

中共の思想は、最初のマルクス主義に毛思想を加え、更にケ理論を
加え、最後にまた三つの代表理論が加わった。そのうち、マルクス
・レーニンと毛沢東の主義・思想と、ケ理論ならびに江沢民の代表
理論は互いに全く関係がなく、相反するものであり、その差は極め
て大きいにもかかわらず、中共はそれらを同じ神棚に並べてひれ伏
している。なんとも、古今の一大奇観である。 

共産党は当初、祖国を持たず、全世界に大同の世を打ち立てようと
したが、今日では極端な民族主義になった。又あらゆる私有財産を
没収し、全ての搾取階級を打倒しておきながら、今日では資本家を
入党させようとしており、その基本原則が一貫していないのは言う
までもない。共産党が政権を発展させ維持してきた歴史において、
昨日まで堅持していた原則を今日放棄し、明日また改変するといっ
たことは、これまでに何度もあった。しかし、如何に改変しようと
も、共産党の目標は明確である。それはつまり、政権を奪取し維持
することであり、社会権力の絶対的独占を享受することである。 

中共の歴史における、いわゆる十数回に上る「生きるか死ぬか」の
路線闘争は、はっきり言えば、その立場と原則を改変したときの内
部抗争に他ならない。 

立場と原則の改変は、いつも中共の合法性と生存が回避できない危
機に直面したとき引き起こされたものだということを説明しておか
なければならない。国共合作、親米外交、改革開放、民族主義の推
進は、どれ一つとしてそうでないものはない。しかし、どの妥協も
全て、権力の奪取あるいは安定のためであり、弾圧と名誉回復の周
期的循環も、この理由によって発生しなかったものはない。 

西欧のことわざに曰く、真理は堅持されなければならず、虚言は永
遠に変化する。なんと当を得たことばであろうか! 


四 党性(党是)が人間性に取って代わり、人間性を消滅させる 
中国共産党はレーニン主義の、つまり権威主義的政党として、結党
時に、政治路線、思想路線、組織路線の三大路線を確立した。平易
なことばでこの三大路線を説明するならば、思想路線とは共産党の
哲学的基礎であり、政治路線で目標を確立し、その後厳格な組織で
この目標を実現するのである。 

共産党員ならびに共産社会の人民がまず求められるのは、絶対的服
従であり、これがいわゆる組織路線の全てである。 

中国では、人々は、共産党員は普遍的に二重人格の特徴を持ってい
るということを知っている。個人としては、共産党員は普通の人間
性を持っており、一般人の喜怒哀楽を具えているし、普通の人々と
同様、長所も短所も持ち合わせている。彼らは、父親であり、夫で
あり、親友である。ところが、これらの人間性の上に、共産党が最
も強調する党性(党是)が君臨しているのである。党性(党是)は、
共産党の求めるところとして、永遠に普遍的な人間性を超越して存
在するものである。人間性は相対的、可変的であるが、党性(党是)
は絶対的で、疑いや挑戦を受けるべきものではないのである。 

文化大革命時、中国人は父子が互いに傷つけ合い、夫婦が互いに闘
い、母と娘が互いを告発し、教師と学生が反目するということが普
通に存在した。それは党性(党是)が作用したからである。早期には
、中共の高級幹部の家族が階級の敵として弾圧されても、その高級
幹部自身どうにも救いようがないという事例が更に多く見られたが
、それらも同様に党性(党是)の作用であった。 

この種の党性(党是)は共産党組織の長期にわたる訓練の結果であり
、その訓練は幼稚園から始まる。幼児教育において、与えられた模
範解答が常識や児童の人間性に合わないとしても、それがいい成績
を得るための基準なのである。小・中・高、ひいては大学の政治教
育において学生が学ぶことは、党が与えた模範解答に従わなければ
ならないということであり、さもなければ、合格も卒業もできない
のである。 

党員は、いくら個人的にどんな意見を述べようとも、一旦党員とし
て態度表明するときには、必ず「組織」と一致しなければならない。
この組織は、下から上へと統一され、最後にはこの巨大な集団のピ
ラミッドの頂点まで統一していくのである。これが共産党政権の最
も重要な構造的特徴、つまり絶対的服従である。 

今日、中共は完全に自身の利益を擁護する政治集団に変質し、もは
や共産主義の追及する目標をなくしてしまっている。ところが、組
織の原則は変化しておらず、絶対的服従という党性(党是)要求にも
変化がないのである。この党は、全ての人類ならびに人間性の上に
君臨するという方式で以って存在し、党の組織または指導者に危害
を及ぼす、もしくは及ぼす可能性があると考えられる一切の人々は
、その人が一般人であれ、中共の高級指導者であれ、即座に排除さ
れるのである。 


五 自然に反し、人間性に反する邪悪な生命体 
天地万物はみな生成衰亡の生命の過程を持つ。 
共産党政権とは異なり、全ての非共産党政権社会は、それが如何に
独裁的、全体主義的であれ、社会には自然発生的な組織や自主性が
存在するものである。中国の古代社会は、実は、二元構造であった
。農村は宗族を中心とする自然発生的な組織であり、都市は同業組
合を中心とする自然発生的な組織であった。そして、上から下への
政府機構は、県レベル以上の政府関係機関の事務を管理するだけで
あった。 

近代において、共産党以外の最も厳格な全体主義社会、例えばナチ
スドイツは、それでも私有財産権と私有財産を保持していた。とこ
ろが、共産党政権においては、これらの自然発生的な組織と自主性
は全て徹底的に排除され、上から下への徹底的な集権構造がこれに
取って代わった。 

前者の社会形態を、下から上への自然発生的に成長した社会状態で
あるというならば、共産党政権は自然に反した社会状態であると言
える。 

共産党の中では、普遍的な人間性の基準はなく、善と悪、法律と原
則が随意に移り変わる基準となってしまった。人を殺してはならな
いが、党が認めた敵は例外であり、両親には孝行しなければならな
いが、階級の敵となった両親は例外であり、仁義礼智信を重んじな
ければならないが、党が願わないときは例外である。普遍的な人間
性は完全に覆され、だからこそ共産党は人間性に反するのである。 

全ての非共産社会の多くは、人間性に善と悪が同時に存在するとい
う現実を認めた上で、固定した契約によって社会のバランスを生み
出している。ところが、共産社会は人間性を認めないため、人間性
の中の善も悪も認めないのである。これらの善悪の観念を一掃する
ということは、マルクスのことばに従って言うなら、旧世界の上層
建築を完全に覆すということである。 

共産党は神を信ぜず、自然の万物も尊重せず、「天と闘い、地と闘
い、人と闘い、その楽しみは尽きず」、大自然と闘い、人をほしい
ままに傷つけるのである。 

中国人は天と人が一体であることを重んじる。老子のことばを借り
れば、「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に
法って」おり、人と自然は連続した宇宙の状態なのである。 

共産党もある種の生命ではあるが、それは自然に反し、天に反し、
地に反し、人に反しており、宇宙に反する邪悪な生霊である。 


六 邪悪な憑き物の特性 
共産党組織それ自身は、別に生産や発明創造には従事せず、一旦政
権を取得すれば、国民の体に付着し、人々を操りコントロールし、
社会の最小単位をコントロールしながら権力を保持し、権力を失わ
ないようにする。そして同時に、社会の富の源を独占し、社会の財
産資源を吸い取るのである。 

中国では、党組織が存在しないところはなく、党組織に管理されて
いないところもない。ところが、人々は中国共産党組織の財政予算
を見たことがなく、目にするのは、国家予算、地方の政府機関の予
算と企業の予算だけである。中央政府から農村の党委員会まで、行
政役人は永遠に党の役人より地位が低く、政府機関は同レベルの党
組織の命令に従う。党の支出は、均しく行政部門の出費の中から支
払われることになっており、独自に支出するということはない。 

この党組織は、まるで巨大で邪悪な憑き物のようである。それは、
影が寄り添うように中国社会の一つ一つの細胞に付着し、細かいと
ころにまで入りうる吸血管で、社会の一本一本の毛細血管と一つ一
つの細胞の奥深くにまで入り込み、社会を操りコントロールしてい
るのである。 

この種の奇怪な憑き物構造は、人類の歴史上、社会の局部では現わ
れたことがあるし、社会全体にも短期間現われたこともあるが、共
産党社会のように徹底的に長期にわたって、しかも安定的に持続し
た例はこれまでになかった。 

中国の農民がかくの如く貧しく苦しんでいるのは、彼らが伝統的な
国家役人の分を負担しなければならないだけではなく、国家役人と
同数あるいはそれ以上に多い“憑き物役人”の分も負担しなければ
ならないからである。 

中国の労働者がかくの如く大規模に失業しているのは、至るところ
にある吸血管が長年にわたり企業の資金を吸い取り続けているから
である。 

中国の知識人が、自由を得るのがかくの如く難しいと感じるのは、
管轄の行政機構以外に、至るところに存在するにも拘わらず何もせ
ず、専ら彼らを監視している影があるからである。 

憑き物は、取り付いた人の精神を完全にコントロールし、自身の存
在を維持するためのエネルギーを獲得しなければならない。 

現代政治学では一般に、社会の権力には暴力、富、知識の3つの源が
あると考えられている。共産党は、暴力を独占し、それをほしいま
まに使用し、人民の財産を剥奪し、最も重要なこととして、言論と
報道の自由を剥奪し、人民の自由な精神と意思を剥奪することによ
って、社会の権力を完全にコントロールするという目標を達成する
のである。この点から言って、中共というこの憑き物の社会に対す
る厳密なコントロールは、古今東西その右に出るものはいない。 


七 自己を反省し、中国共産党の憑き物から逃れる 
マルクスは1848年、共産党の最初の綱領文書となる『共産党宣言』
の中で、「一つの亡霊、即ち共産主義の亡霊がヨーロッパをぶらつ
いている」と書いた。100年後、共産主義はすでにただ単なる亡霊で
はなく、真に具体的な物質的実像を具えたのである。この亡霊は、
前世紀の100年の間に伝染病の如く全世界にはびこり、数千万人の
人々を虐殺し、億万の人々の財産ならびに彼らの本来自由であった
精神と魂を奪い去ってしまった。 

共産党の当初からの原則は、全ての私有財産を没収し、その上で全
ての「搾取階級」を消滅させることである。個人に属する私有財産
は、民衆のすべての社会権利の基礎であり、多くの場合、民族文化
の担い手としての重要な部分でもある。私有財産を剥奪された人民
は必然的に精神と意思の自由も奪われ、最後には社会的、政治的権
利を勝ち取るための自由をも失ってしまうのである。 

中国共産党は、自らの生存の危機のため、前世紀の80年代から経済
改革を始め、人民の財産権利を部分的に返還した。それは、共産党
政権という巨大で精密なコントローラーに最初の穴を開けたという
ことでもある。この穴は、今日ますます大きくなり、共産党の役人
全てが狂ったかのように、己のために人民から富を搾取するまでに
発展した。 

この暴力と虚言によって自己の外見を絶えず変化させてきた邪悪な
憑き物は、近年その衰退した兆しがことごとく表に現われ、すでに
鳥が弓の音におびえ、鶴が風の音におののくように、ほんの些細な
ことにもおびえるようになった。そこで、更に狂ったかのように、
富を搾取し権力をコントロールすることによって自らを救おうと試
みるのだが、それが却って、危機の到来を更に激化させることにな
っている。 

現在の中国は、繁栄したように見えて、実は社会の危機がすでに空
前のレベルにまで累積しており、中共の習性に倣えば、再度過去の
手口を使うかもしれない。つまり、再度、ある程度の妥協をして、
六四天安門事件の当事者や法輪功(ファルンゴン)などの名誉回復を
行うとか、ごく少数の敵を作り出し、暴力による恐怖の力を振るい
続けるといったことである。 

中華民族は、100年余りにわたり直面してきた挑戦の中で、器の導入
や制度の改良から最後の極めて激しい革命まで、無数の生命を犠牲
にし、民族文明の伝統を大部分失ってしまい、それが失敗であった
ということが証明された。その後、全人民の恨みと憤懣の中、邪悪
な生命体が虚に乗じて入り込み、ついにはこの世界で唯一依然とし
て古い文明を継承している民族をコントロール下に置いたのである。 

未来の危機の中で、中国人は再度選択することを余儀なくされる。
どのような選択をしようとも、中国人ははっきりと認識しなければ
ならない。この現存する邪悪な憑き物に対する全ての幻想は、中華
民族の災難を加速させるものであり、体に取り付いた邪悪な生命に
エネルギーを注入することになるということを。 

唯一、全ての幻想を放棄し、徹底的に自己を反省し、決して恨みや
貪欲な欲望に左右されないようにして初めて、この50年もの長きに
わたり憑き物にうなされ続けた悪夢から完全に抜け出し、自由な民
族の立場で、人間性を尊重し普遍的ないたわりの心を持った中華文
明を再建することが出来るであろう。 

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