2124.米国外交の優先順位



米中首脳会談の報道から米国外交の優先順位について

 まず、ブッシュ大統領と胡錦涛主席の会談の報道をチェックして
いて、内容の違いに少々驚いた。国内各紙の基本姿勢は、ブッシュ
大統領の発言がないか、外交辞令だけを取り上げ、胡錦党主席の発
言だけを取り上げていた。その内容も主に経済問題だけ取り上げ、
中国が問題解決に努力しているというようにとれる内容になってい
た。かろうじて毎日新聞が米国議会の強硬な対応を予想する記事を
書いていた。翌日の論評で、中国のエネルギー獲得政策が、米国の
国際戦略と衝突する危険を指摘した記事が見られた。

 ところが、ニューヨークタイム紙ではまるで違った内容だった。
初めに、イラン・北朝鮮の核問題を取り上げ、特にイランの核問題
ではブッシュ大統領が胡錦党主席に働きをかけをし、次が台湾問題
となる。さらに人権問題で、ニューヨークタイム紙の研究者(記者
)が北京で逮捕された問題を取り上げたと報道していた。続いて、
北朝鮮の核問題の解説記事で、日本国内でも報道されている通りに
、米国と日本が核問題の解決で同一歩調を取り、中国と韓国が別行
動を取っていると書いてあった。最後に、経済問題を取り上げ、過
去の日本との貿易摩擦を書き、胡錦党主席の発言を報道した。この
発言に対し、米国への輸出制限を中国がすることへの言及を胡錦党
主席は避けたと論評し、ハリケーンで経済成長を阻害されたら、こ
の中国の政策は(米国経済への)追い打ちとなると予想し、保護貿
易はすでに叫ばれいると記事は書いていた。つまり、胡錦涛主席が
米国との経済問題に前向きではないと評価した記事である。

 この違いは何だあろうか。ニューヨークタイム紙はあくまで米国
の関心事に基づいた記事だ。つまり、米国の優先順位は安全保障で
あり、次に社会体制(価値観)で、最後に経済問題ということだ。
日本のジャーナリストが経済問題に主眼をおくのは通常の報道姿勢
だが、少々お粗末な記事だ。ロシアのプーチン大統領とブッシュ大
統領との会談内容の報道とまるで違う。こちらは、まともな記事だ
った。国内報道機関は、中国政府のご機嫌伺いの姿勢から、まだ、
脱却していない。インターネット時代に、姑息な報道姿勢は信用を
失い、偏った考え方を助長する恐れが強くなる。中国での取材妨害
を恐れて、強権政治に自己規制するジャーナリズムやマスコミは、
完全に時代遅れな存在で百害あって一利なしである。

 ところで、米国外交の優先順位は安全保障が第一であることが判
る記事だった。米国の安全保障の基本戦略は軍事・経済覇権の維持
とそれにリンクしたエネルギー(石油)の支配だ。この2点を押さ
えておけば、米国の安全保障は多少のことでは揺らがない。この戦
略の行方を検討してみたい。

 現在、軍事面での米国への挑戦者は実質存在しない。テロは相手
の消耗を図れるが、覇権を獲得することはできない。潜在的挑戦者
はロシアと中国になるが、ロシアは経済・社会制度の混乱と停滞か
ら妨害者にはなりえても、挑戦者にはならない。中国は人口大国の
優位性&高い経済成長と優れた政治力から唯一の挑戦者になりえる。
ただし、現時点では正面衝突の能力はない。つまり、米国は現時点
での絶対的優位者である。

 次に、経済覇権は「量的パワー・質的パワー」「生産力&開発力・
消費力」「金融力」「資源(エネルギー)支配力」等から成立する。
この内、米国は一部の「量的パワー・質的パワー・生産力&開発力」
が他国に劣るが、総合的には経済覇権を握っている。そして、第二
次世界大戦においてドイツより「質的パワー・開発力」で挑戦を受
けた時に威力を発揮したのが、「量的パワー・生産&開発力・資源支
配力」の優位性だった。21世紀に入り、人口大国の挑戦を受けた
場合に絶対的優位に立つには、「資源支配力」の確保だ。次に「質
的パワー」「開発力」になる。基本的には、「資源(エネルギー)
支配力」により、人口大国を支配できる。つまり、人口大国が「量
的パワー」による「生産力・消費力」を発揮する前提条件は、自国
が思うがままに資源を獲得できなければならないからだ。

 資源支配力において、冷戦終了後の米国は、二つの目標を設定し
たと思われる。一つがそれまでカバーしていなかったユーラシア大
陸中央部を手中に収めることだ。つまり、冷戦勝利により、カスピ
海一帯にある石油支配力をロシアから奪い取ることにほぼ成功した。
具体的には、旧ソ連より一帯を独立国家とさせた後に、莫大な投資
を行い生産設備及びパイプラインを整備した。そして、最後に産出
国及びパイプライン通過国にある権益を軍事的に守るために、アフ
ガニスタン紛争を利用して中央アジアに軍隊を常駐させる基地を獲
得した。二つ目の目標が中東で米国の支配力の及ばないイラク・イ
ラン両国への支配力の回復だ。9.11テロを口実にフセイン政権打倒
を掲げて行った今回のイラク戦争は、石油支配の目的が判りやすい
戦争だった。また、国連改革の主目的も資源支配力の復活だろう。
前回のイラク制裁が思うようにならず、石油支配力に結びつかなか
ったこともあり、今後のイラン制裁での実効性確保を目指す動きが
予想される。イランの核問題の背景の一部も石油支配が含まれてい
ると考えられる。なぜなら、日本がイランと締結しようとした石油
開発契約に横やりをいれてきた。

 ところが、最近この資源支配力に挑戦したのが中国だ。中国の石
油入量は、2003年は55%増、2004年には35%増(統計
によっては、各年とも16%増としているものもある)で日本の半
分強までに達した。つまり、2年間で2倍になっている。中国は、
経済成長に伴うエネルギー確保を国際市場からの調達(つまり米国
支配市場からの調達)と、それ以外に2国間(つまり中国支配)取
引を行っている。その重点を2国間取引へと移行してきた。イラン
・スーダン・アンゴラ・チャド・ナイジェリアへの巨額投資・武器
輸出による石油権益の確保を行い、さらにベネゼエラへの首脳外交
による接近・カナダの石油会社買収を通じてのカザフスタンの石油
利権の確保、ロシアからの石油天然ガスの購入等と邁進している。
これでは目的を明らかにしない軍備増強もあり、明白な対米挑戦布
告になってしまう。それに対し、中国の対米説明は「中国は内政に
多くの問題を抱え、その解決には経済成長と近隣諸国との安定を望
んでいる。内政の安定のためには、経済成長は絶対条件である。」
としている。逆に読めば、中国発の国内争乱に伴い米国が巨額の損
失を被ってもよいかと脅して い

 しかし、これから先は不明だ。安全保障部門からのメッセージは
米軍のトランスフォーメイションであり、明らかに対中安全保障戦
略を含んでいる。また、上海協力機構(事務局・北京)の声明で「
中央アジアの米軍基地の駐留期間を明示するよう同機構が求めた」
ことは、米国の中央アジアの石油支配への挑戦となる。どういう訳
か、最近あわてて中国はこの声明を後退させている。

 根本的に、中国は米国の資源支配力の下では、将来的に自国の富
が国際ルールという名の下に米国に合法的に略奪されることを恐れ
ている。19世紀後半よりの被害者意識と中華思想の持つ高いプラ
イド・覇権的発想からの脱却が進まなければ、米国と中国の安全保
障への確執が、今後、増大していく可能性が高い。

 今一歩踏み込めば、地政学的な発想で世界を多極ととらえ、各々
の極は周辺を各々の流儀で支配し、中国はその極の中で最大である
とする将来像を獲得する方向に中国が進めば、世界をブロック化す
ることになる。現在の世界は、良くも悪くもパックス・アメリカの
一極体制である。安全保障は経済利潤よりも優先される国際社会で
、完全に米国の安全保障に挑戦することになる。

 国内安定のために、量的拡大を優先する成長政策を続ける中国は
資源(エネルギー)を大量に輸入しなければならない。本当に安定
を望み覇権野心がなく、米国との衝突を避けようとするなら、2国
間取引に拘るよりも資金だけを出し、外国企業に開発・生産をさせ
輸入すればよい。そうすれば、全体の産出量が増加し、世界システ
ムの安定に寄与したこととして歓迎される。その場合に、輸入する
権利の保証を得る方法は、量的パワーを発揮すれば十分可能であろ
う。しかし、自国の安全保障上を狭くとらえ、2国間取引(支配)
に邁進すれば、米国が民主党政権になったとしても衝突するだろう
。中央アジアの資源確保戦略は民主党政権時代に進展したのだから。

 佐藤 俊二
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熊谷氏の冷徹なる分析     アルルの男・ヒロシ 
   
 非常に面白い、ためになるBig Pictureを語っているサイトがあっ
たので、紹介しないではおられません。かつて静岡7区で国会議員
として、連立与党の一角である保守新党の党首として政治家として
活躍しておられた、熊谷弘氏のウェブログです。

長年の政治家経験を生かして、現在は国際関係論の講師として、浜
松大学で教鞭を取っておられるようです。短いコラムながら、鋭い
一言、一言です。

たとえば、9月13日付の日記はこう。

(貼り付け開始)

2005年09月16日(金)
日記9/13
9/13

「北東アジア」に関するsessionに参加。Speechを行なう。
第一に21世紀に入ってこの地域の国々が劇的に変化したこと。
20世紀最後の5年間と21世紀最初の5年間を比較して説明。
    中国の台頭、韓国の復活。
    ロシアの政治的、経済的安定と発展。
    日本の失われた10年の克服。
第二に、この結果、北東アジアの政治的、経済的重要性は非常に増
大したこと、逆に北東アジアの政治的経済的安定は世界にとって
vitalになったこと。
第三に、しかしながら北東アジアの安定と繁栄にとってそのhandling
のあり方によっては重大な危険をもたらす可能性のある問題が三つ
あること、即ち
(i)   北朝鮮の核問題
(ii)    台湾問題
(iii)   域内諸国のnationalismの衝突
第四に、特に最近注目すべきはnationalismの問題であるが、日本の
nationalismについて注意を喚起。(Japan Problem)
近時日本のnationalismが急速に台頭してきた背景には、
(i)   90年代以降市場原理、弱肉強食が進むに従って、日本の
経済社会は二極分化勝ち組と負け組み)が進んだこと。この結果中
流階級の没落が起り、これが右翼化の温床になっていること。
(ii)   日本は伝統的に権威主義(弱きをくじき、強きを助く。
)の風向が強く、これが(i)の傾向を一層促進させていること。
(iii)  政治的にポピュリズムの傾向が強まっていること。ポピ
ュリズムはemotionalな手法であって、アジテーションの受け入れら
れ易い環境を作り出していること。これが極端な右翼化を促してい
ること。
第五に、こうした危機を克服するためには、
(i)   北東アジアをゼロ・サムゲーム化するのではなく、プラ
ス・サムゲームに変えていくためのbig pictureが必要であること。 
(ii)  中国、韓国、日本の三国の指導者、有識者が賢明な判断
をするように努力すること。
が必要であることを強調。

午後、久し振りにメトロポリタン美術館に出かける。
今年はヨーロッパを見てきたせいか、ヨーロッパのものはあまり感
動せず。中国、日本などの収集品はうならせるものが多い。
配列の仕方も工夫されていて、文化の伝達が一見で分かるように工
夫してある。
しかもアジアの庭や室内も展示されていてなかなかのものであった。

熊谷弘HP
http://www.kumagai.ne.jp/column/entry.php?entry_pkey=271
(貼り付け終わり、太字は引用者)


小泉・竹中流のネオ・リベラリズム政策がナショナリズムを生み、
中国との衝突をもたらしているという分析は、確か、外務省の佐藤
優氏も『国家の罠』で行っていました。

熊谷さんは政治家でいたときよりも雄弁になってますね。このまま
国際関係論の教授として活躍して頂きたいですね。インテレクチャ
ルな熊谷氏ですから、日米人脈も相当広いでしょうし、裏方にまわ
って日本外交の役に立つ日も遠くないような気もします。

非常に面白いブログなので是非皆さんもご一読を。 
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小説「日本売却計画」

◆第1章 総選挙

バンザーイ!、バンザーイ!、バンザーイ!
平成17年×月×日の今夜、全国の自民党候補の選挙事務所で万歳三唱が響き渡っ
た。
保泉駿一郎首相が「郵政民営化法案のためなら、殺されてもいい」と言い放って、そ
の是非を問うために仕掛けた衆院総選挙で与党、政民党が勝利した。
連立を組む公民党と合わせると、300議席を優に超える地滑り的圧勝となった。

それにしても激しい選挙だった。
郵政民営化法案が参議院で否決されると、事前の予告通りすぐさま保泉首相は衆議院
を解散したが、政民党内の造反議員は公認せず、逆にその選挙区には法案賛成のいわ
ゆる刺客と呼ばれる落下傘候補を立てた。

民営化法案反対の急先鋒で派閥の領袖でもある鴨井鈴馬の選挙区には、IT業界の覇
者トリエモンことパイプモア社長の鳥餌堅文が立候補した。
将来の初の女性首相候補と呼ばれ政民党のマドンナ的存在だった織田景子の選挙区に
は、外資系証券会社アナリストの加藤さゆりが「くノ一」として放たれた。

マスコミは、最初、鴨井VSトリエモンの戦いに注目したが、鴨井が死に物狂いで行
うドブ板選挙の前に意外とトリエモンに勝目が薄い事に気付き、中盤から後半に掛け
ては景子VSさゆりのマドンナ対決に注目した。
美人同士の切った張ったの方が、カモと豚の対決よりもビジュアル的に視聴率競争で
優っていたとも思われる。

◆第2章 特別国会にて
総選挙の一週間後に開かれた特別国会で、保泉駿一郎は首班指名を受けた。
続いて、衆院で短期間の内に与党の圧倒的多数で郵政民営化法案は殆ど原案通りに呆
気なく可決された。
元々、衆院で与党が2/3の議席を占めているため、参院で仮に否決されても再度衆
院に回されればあらゆる与党提出法案が成立する体制となっていた。
参院の造反議員も総選挙での与党圧勝の前に数人が欠席しただけで、大半が戦意を失
い賛成に回り、郵政民営化法案は成立した。

駿一郎は、その夜、郵政民営化担当大臣松中米助を首相公邸に呼び入れ、姉の作る手
料理で労った。 
「今回は、ご苦労だった。」
「総理こそ、参院否決から抜く手も見せず衆院を解散し、刺客を放ち流れを作り圧勝
した手腕は芸術的でした。まるで、一幅の戦記絵巻を見ているようでした。正に平成
の世の中に出現した信長です。」
「ほう。してこの俺と信長公、もし較べ得るなら米助はどちらが上と考えるか。」
「それは、もちろん総理でございます。」
「その訳を述べて見よ。いい加減な事を申すと許さんぞ。」
「この現代日本は、信長公の時代とは比較にならない程複雑で、民度も高い社会でご
ざいます。特に情報通信が発達しており、それを即座に処理して流れを作る技術たる
や当時の何倍もの判断の速さが求められます。それ故、総理が上と申し上げたので
す。その事は、この平成の蘭丸めが保証致します。」
「相変わらず弁が立つ奴め。しかし、そのような世辞で図に乗るような俺ではな
い。」
駿一郎はわざと怒った口調で言ったが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

公邸の窓からは、鉄の桟越しに秋の半月が覗いていた。
「しかし、流石のこの俺も時々不安になる時がある。郵政民営化は俺のライフワーク
だ。だが、俺は細かい事は解らん。果たして、あの法案で本当に日本は良い方向に
変って行くのだろうか。」
「もちろんです。改革は進んでおります。」

◆第3章 憲法改正案
その年の初冬、政民党の憲法改正草案が策定され公表された。
ここで、この小説は少しフィクションを離れ、実在の元首相である中曽根康弘氏の率
いる世界平和研究所が平成17年1月に発表した憲法改正試案の「安全保障」「国際
協力」に関する個所を見て行く事にする。
架空の政党である政民党の憲法改正草案も、これらの項目に関しては中曽根試案に近
いものと考えて良い。

◇中曽根改憲試案
「 第三章 安全保障及び国際協力
(戦争放棄、安全保障、防衛軍、国際平和等の活動への参加、文民統制)
第十一条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発
動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として
は、永久に認めない。
2 日本国は、自らの平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため、防衛軍をも
つ。
3 日本国は、国際の平和及び安全の維持、並びに人道上の支援のため、国際機関及
び国際協調の枠組みの下での活動に、防衛軍を参加させることができる。
4 防衛軍の指揮監督権は、内閣総理大臣に属する。防衛軍に武力の行使を伴う活動
を命ずる場合には、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を得なければならな
い。」

このように中曽根試案では、集団的自衛権が明記されておらず別の法律(安全保障基
本法:仮称)で定める事とされている。また、安全保障と国際協力が同一の条文に書
かれている。
この2点に最大の特徴がある。

平成17年9月現在、日本は、イラク戦争への支持をいち早く表明し、戦後は復興支
援のため自衛隊を派遣している。
イラク戦争支持は、現政権が政権維持の後ろ盾としてブッシュ政権と密着し、歴代政
権中最も親米路線を取っている特殊事情を差っ引いても、日本が防衛を米国に大きく
依存している事が背景にある事は否めない。

現在、辛うじて内閣法制局による集団的自衛権を行使出来ないとする現憲法の解釈に
よって戦闘行為を行わない事になっている。
しかし、この日本の現状を考えれば、中曽根試案では「国際協調」の名の下と、条文
に書かれていない集団的自衛権の自在の解釈によって、今後中東や東アジアでの無条
件で徹底した対米協力に道を開きかねない。
即ち、自動参戦装置化してしまう可能性が極めて高い。

さて、小説に戻ろう。
先の総選挙で大敗を喫した民友党は、保守系の防衛外交の若手論客、中原忠三を新党
首に選出した。
民友党は、中原のリードの下、集団的自衛権と集団安全保障の概念の整理を行い、集
団的自衛権の制限付き明記と国際協力の独立記述を謳った試案を取りまとめ、与党案
との差別化を図った。

しかし、多勢に無勢。やがて民友党の保守系議員の中からも与党案で良いのではない
かという意見が出始め、情勢は与党案成立に大きく傾いていった。

◆第4章 郵貯資金の行方
平成19年9月より、法案に従って郵政公社は分割民営化され、巨大民間会社が出現
した。26万人の郵便局員は、様々な措置により公務員の尾っぽを付けていたが、名
目上は一応民間人となった。
しかし、当初は政府が株式を保有する事となっているため、各新会社は政府の強力な
コントロール下にあった。このため、分割、業務拡大による肥大化により逆にポスト
が数倍増し、総務省、財務省の高級官僚が大量に天下った。
少なくとも、今回の郵政民営化が、彼等官僚にとって痛みを伴う改革でない何よりの
証拠であった。
もし、保泉が郵貯簡保の大幅縮小・廃止のアイデアを持っていたとしたらどうなって
いただろう。
そもそも、官僚の反対で法案化は絶対に不可能だっただろう。官僚機構は、形を変え
ても必ず増殖しようとする。これがパーキンソンの法則と言われるものである。

郵貯簡保の340兆円弱の巨額資金は、法案に依れば新旧勘定に分けられていたが、
運用は一体で新会社が行う事になっている。
といっても、役人上がりの社員達に運用出来るノウハウがあるはずもなく、外部の運
用会社に任された。
邦銀メガバンク系の投資顧問会社に混じり、ペリル・ミンチ、ボールドマン・ソック
ス等の外資系証券会社が目に付いた。
運用には高いリターンと安全性が求められ、主に外資系証券会社を通し外債特に米国
債に向かった。
米国の国債は、最長でも30年債である。それも、そのような長期国債は2001年
に発行されたのが最後である。
郵貯簡保の資金が主に向かったのが、米国財務省が年金資金を捻出するために新たに
発行した60年債だった。
米国は公的年金制度が破綻しかけており、これを民間ベースのものにシフトさせる改
革の為に、移行措置として1兆ドルすなわち110兆円の資金が必要になると言われ
ていた。
その他、通常の米国債の消化のためにも、郵貯簡保資金が向かう事となる。
これらは、高いリターンと安全性を両立させるための運用会社の独自の判断とされた
が、実質的には日米両政権の合意に基づくものだった。

◆第5章 保泉後継政権
さて、話は前後するが、保泉は予てから宣言していた様に、党則に従い平成18年秋
に政民党の総裁職を辞し、首相の座を降りた。
郵政民営化法案可決後の内閣改造・党役員人事で、保泉は次期首相の有力候補達を重
要閣僚・党三役に起用し、「保泉改革を引き継いでくれる人」を見極めるとして後継
を争わせた。

しかし、結局、一年前の総選挙で関西地区から東京の選挙区に鞍替えして、造反議員
の斬り込み隊長格を破ったマドンナ的存在の外務大臣尾池るり子が、後継指名され
た。

野党民友党の中原党首が40代前半という若さのため、それに対抗するためには女し
かないという発想の前に、ベテランの浅井次郎、若手タカ派の加辺金蔵等も従わざる
を得なかった。
もっともこの頃には、あらゆる事について、保泉に意見しようとする者は皆無になっ
ていたが。
保泉は、総選挙で初当選したいわゆる保泉チルドレン、出身派閥の堀派、連立を組む
公民党を権力基盤として実質上の院政を敷いた。

ここで、保泉・尾池政権で、郵政、憲法以外のテーマがどうなっているか見てみよ
う。
年金については、連立を組む公民党の主導で、負担と給付を再度見直した「200年
安心プラン」が成立した。
前回の「100年安心プラン」に、既に決まっていた基礎年金への国費支出割合1/
2化の他、出生率調査に基づき給付を下げ、保険料を上げた以外は前回のものと変わ
らないものだった。

消費税については、保泉退陣後の平成19年から、年2%づつ増税し当面10%まで
上げる事が決まった。
当初は、年金資金に全額使う目的税にしようという案があったが、政民等の案との差
別化を図るためと、財務省の強力な抵抗により一般財源として財政赤字の穴埋めに使
われる事となった。
所得税の定額減税は廃止され、一般のサラリーマンの手取額は大幅に減った。

個人情報保護法の強化により、公人に対する報道が実質的に規制されるようになり、
また人権擁護法の成立により、隣人が相互に監視する体制が出来あがりつつあった。
国民は、日常生活でも口を噤み勝ちになり、社会の空気は淀んだものとなった。

◆第6章 200×年、イラン攻撃
200×年、米国とイスラエルは、核兵器開発の危険があるとしてイランの核施設を
攻撃し破壊した。
イランは、米国に戦線布告したが、米空軍の精密爆撃により首都テヘランの主要施設
が破壊され、政府は機能停止に追い込まれた。

国連安保理は、全会一致で米国への非難決議を採択。
米国とイギリス、加えて非常任理事国の日本は欠席し、「国連はイランの核開発の脅
威について全く機能していない。我々は真に責任感のある有志によって新たな国際組
織を構築する準備がある。」と共同声明を発表した。

この頃、日本国憲法は、与党案の通り改正されており、集団的自衛権は安全保障基本
法に定められた解釈によって実質的には制限なく行使可能であるとされていた。
日本は、イージス艦2隻を始め、海上警戒と兵站のためにペルシャ湾沖に艦隊を派遣
した。

今回のイラン攻撃は、2003年のイラク戦争の続編と言える。
イラク戦争を定義付ければ、9・11同時多発テロを機に、米国が大量破壊兵器拡散
への恐怖心を煽り米国民の支持を取り付け、中東民主化を旗印に、石油ドル決済体制
を揺るがすサダムフセイン退治と軍事、復興利権獲得、EU・中国・ロシア・インド
等の勃興に対し石油資源を押さえる事による覇権の維持のために始めた戦争である。

このように、イラク戦争の性格は中東民主化の大義と米国の恣意性が表裏一体で綯い
交ぜになったものであり、今回のイラン攻撃も米国の唱える「拡大中東構想」と呼ば
れる中東強制民主化の一環の中にあると言えた。

9・11を基にした大量破壊兵器への恐怖心、イラク戦争、石油利権等、中東民主化
の大義、そして拡大中東構想は、昭和初頭から20年までの日本の行動と似ている。
即ち、それぞれは、満鉄爆破、満州事変、市場と石油の確保、アジア解放の大義、そ
して大東亜共栄圏に該当する。

大東亜戦争は、大きな傷跡を残しながら、結果的にアジアの欧米植民地からの解放を
もたらして、当事者の日本は敗退した。
今回の米国の戦争も、中東に結果的に反米ナショナリズムを伴う民主化をもたらし
て、米国の衰退の序曲となるのか。

果して、歴史は繰り返すようだった。
国連安保理の非難決議に続き、国連総会、アラブ諸国、イスラム諸国から続々と非難
声明が発せられた。
これに触発され、米国内、イギリスでも反戦デモが行われた。
反戦デモは、米国の保守層中でも草の根保守と言われる古くからの保守層にも広がっ
た。
決定的だったのは、在郷軍人会の全国組織が「大義なき戦争で兵士達を殺すな。」と
声明を発表した事だ。ここに至って、米政府は戦争継続が不可能になった。
米軍は、地上部隊を投入する前にイランと停戦協定を結び撤収を開始した。
米国の威信は地に落ちた。

◆第7章 米国の失墜と日本の政変
米国の威信失墜は、経済、財政に波及した。
長期金利が上昇し、米国債の価額は大幅に下落した。
とうとう、イラク戦争、イラン攻撃の戦費を含む巨大な財政赤字をファイナンス出来
なくなり、米政府は国債償還のリスケジュールを発表した。
30年国債は40年後の返済となり、日本の郵貯・簡保資金が購入した60年債は9
0年後の返済となった。
また、その間の利息は低く押さえられたため、国債の時価は大幅に下落した。
日本だけでなく、諸外国政府と投資機関、米国民も富を減価させた事は確かである
が、60年債を買っていた郵貯・簡保資金は事更損失が大きく、資産は半減する事と
なった。

ここに来て、大人しい日本人も流石に怒りを露にし始めた。
全国の郵貯・簡保新会社の窓口には、預金者と加入者が殺到した。
国会と財務省、総務省は、デモ隊で囲まれた。

尾池るり子首相は、退陣と共に国会議員を辞職する事を表明。
内閣総辞職の後、暫定内閣が組織され、その半年後に痛烈な反省と一からの出直し、
危機に当たって国民の結束を呼びかけ、解散総選挙を行った。

結果は、米国との全面的な関係見直しと対等な同盟関係を目指す「戦略的親米路線」
とナショナルミニマムを伴う自立社会の構築を謳った、野党第1党の民友党が大勝し
た。

◆終章 嵐の後
経済誌記者の才田年男は、米国のハーバード大学に松中米助を尋ねた。

松中はここで、経済学部で教授となり、公共経済学と国際金融論を教えていた。
キャンパスの広い芝生の周辺に所々菩提樹が植えてある。そのベンチの一つに松中が
一人で座っていた。
背中が少し丸くなり、白髪はかなり増えていた。
もっとも、米国では黒髪の日本人社会とは違いグレーの髪はエルダーの象徴ではなく
別段染める習慣はない。

「松中さんですか。」
「あなたは、どなたです。取材なら全て大学事務局を通してもらう事になっています
が。」
「申し遅れました。大道経済の才田と言うものです。事務局の方に聞いて来たので
す。お話を聞かせてください。」
才田は、名刺を差出した。
「今更、私に話を聞いて何をしようと言うんですか。ああいう事になって当初は私も
日本のメディアの集中放火を浴びました。しかし、もうそれから2年が経ってい
る。」
「確かにあなたが大臣を辞任し、この地に逃れて来て、、、失礼。」
「いや、その通りだよ。」
「マスコミはあなたの事を売国奴とまで言って叩いた。」

「だが、私はよりリターンが多く、株式や途上国の債務よりは安全な米国年金債に投
資した事は今でも当時の判断としては間違っていなかったと思ってる。」
「あなたには、米国があんな強引な政策を行っていて早晩行き詰まるという感覚は全
く無かったのですか。」
「それは、当時の日本人の中に分かっていた人間が果たして何人いたかという問題だ
よ。」
「でも、あなたは少なくとも政治家であり指導者だったでしょう。」
「政治家も結局は、民衆の支持を受けられなければ発言の機会が無く何も出来ない。
それはエコノミストの世界も同じだよ。」

「私は、日本の大学を出て政府系銀行に入り、そこでは決して成功者ではなかった。
こちらに来て初めてチャンスを掴んだ人間だよ。そういった人間に米国が破綻するな
んて発想が出来る訳が無いじゃないか。それは自己否定につながる。」

沈黙が続いた。
「ところで、最近、保泉さんのニュースを聞かないが、どうしているか知ってるか
い。」
「保泉さんは、しばらく議員をしていましたが、今では政界を完全に引退し自ら風狂
老人と称し歌舞伎とオペラ三昧に更けています。実は一度引退した保泉さんを訪ねた
事があるんです。」
「・・・・・」
「リタイア後の趣味と生活という特集の取材でしたが、是非聞かなければと思い、機
をみて郵政民営化で結果として多くの国民が財産を減らした事について聞いて見たん
です。」
「それで、」
「暫く下を向いて沈黙が続きましたが、やがて土気色に変色した顔を上げると今まで
聞いた事のない低いドスの効いた声で、『それがどうした!』と一喝されました。」
「はっはは。」
「あの時程、人と話していて恐いと感じた事はありませんでした。」
「我々は神では無い。時代時代で国民が求める指導者が出るものだとしか言い様がな
い。さあ、もう次の授業が始まる。」
「そうですか。どうもお時間を取らせました。」

才田は、ハーバードの正門に向かって歩きながら考えていた。
確かに、指導者を選ぶ民衆の限界、指導者自身の資質、バックボーンから来る限界と
いうものはあるだろう。
しかし、保泉や松中には指導者として決定的に欠落したものがある。
それは端的に言えば、指導者としての自己犠牲の精神ではないか。
「先憂後楽」という言葉がある。天下の事について民に先んじて憂え、民の誰よりも
後に楽しむのが国を治める者の在り方だという中国の古典に出てくる言葉である。

才田は、ハーバードの白い建物を振り返った。
国際社会は、国益と国益のぶつかり合いである。
しかし、国を超えた大義に沿わない国益は、やがて現実の壁の前に屈する事になる。
それは、卑近な言葉で言えば、無理が通れば道理が通らないという事だ。
日本は、敗戦で何もかも失い、国の誇りと国家の背骨も失った。
そして、今回の米国債下落によって再び財産を減らし、漸く国益に目覚めた所だ。
日本は、今後健全に発展して行けるだろうか。試行錯誤の長い道のりが待っているの
だろう。
才田は、再び正門に向かって歩き出した。
強い風の中、行く手の掲揚台には星条旗がはためいていた。(了)


※この小説はフィクションであり、登場する人物、団体については断りの無い限り全
て架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません。

                                   以上
佐藤 鴻全


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