2034.ハダカホネクイザル



現代という芸術 11:  ハダカホネクイザル

 人間は、だいぶ昔にサルから進化したので、自分をサルだとは思わない。サ
ルから人間への進化のプロセスは、人類史最大の謎であり、失われた系譜
(ミッシングリンク)とよばれる。これはおそらく人間が過去を知りたがらな
いからでもある。

 だがもし、他の動物や異星人が人間を観察したら、迷わずサルの一種と見る
だろう。少なくとも霊長類学者は、人間をサルの一種として観察する。だか
ら、とてつもなく恐ろしい発見やダイナミックな推理を行う。

 とくに島泰三先生を含む日本の霊長類学第三世代は、餌付けされたサルには
見向きもせず、ひたすら山の中で野生のニホンザルをおいかけた。雨の日も、
風の日も、台風の日も。だから、台風で大きく揺れる木の枝で、子ザルたちが
嬉々として遊ぶ姿にも出逢うのだ。

 そのとき島先生は、「人間はどうして便利な毛皮を失ったのだろう」と思
い、「はだかの起原」(木楽舎)を著した。

 人間は、洞窟生活を続けていて、突然あるいは徐々に、毛皮を失ったのだ。
裸の動物は珍しいが、ハダカデバネズミも、ハダカオヒキコウモリも、ともに
温度と湿度が一定している洞窟の中で、独特の社会組織を作って暮らしてい
る。

 島先生は、マダガスカルのアイアイを観察して、その不思議な指の形が、主
食のラミーという木の実を食べるための道具であることに気づく。それをきっ
かけに、人間の指と口の形から、初期人類の主食を類推しようとする。

 「親指は何故太いのか」(中公新書)は、まず、アイアイをはじめとするさ
まざまなサルの手と口の形と、それらのサルが主食とする食べ物の関係を明ら
かにする。人間の手は、しっかりと石を握るのに適している。これで石を握っ
て、アフリカの草原で肉食獣が食べ残した骨を食べやすく小さくするのだ。ま
た、人間の下あごは左右にも動くため、硬いものでも長時間口の中でなめわす
ことができ、少し柔らかくなったときに、厚いエナメル質でおおわれた奥歯で
ちょっとずつかじりとり、摩りつぶす。

 誰も見向きもしない骨だが、栄養はある。それを主食として何十万年も生き
ているうちに、我々の親指と歯は、今のような形になった。人類は、アフリカ
で肉食獣が食べ残した骨を拾ってもって帰って食べる生活を送っていたのだ。
直立二足歩行も、石と骨を持ち運ぶためだ。これこそが人類が忘れている(忘
れたかった)過去ではないか。

 私は自分の手を見つめ、顎を回しながら、ひたすら納得している。他の動物
を絶滅させるほどに残酷で、驚くほどに繁殖力の強いハダカホネクイザルが、
地球をわがものとして環境改変を行って、今の地球環境危機があるのだ。
(2005.6.21, 得丸久文)
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政府、米提案に深まる困惑   
   
 G4結束に微妙な影
安保理改革、新たな局面に  (世界日報掲載許可)
 国連安保理改革をめぐり、米国が常任理事国の拡大枠を日本など二カ国程度にとどめる
 新提案を行ったことに、政府が困惑の度を深めている。米国案は、ともに常任理事国入
 りを目指して枠組み決議案をまとめた日本とドイツ、インド、ブラジル四カ国(G4)
 の分断を狙ったともとれる内容。政府は引き続き、G4の結束で枠組み決議案への支持
 拡大を図る方針だが、米国案が各国の対応に影響を与えるのは必至だ。

 ◇裏切られた期待

 「厳しいね。こういう提案を米国がしてきたということは」。十七日昼、記者団から感
 想を求められた小泉純一郎首相の顔が一瞬ゆがんだ。米国案は日本の常任理事国入りに
 「当確」を打ってはいるが、実現の見込みはほとんどなく、実際には日本の後押しには
 ならないためだ。町村信孝外相も「一見ありがたいような、困ったような複雑な変化球
 を投げてきた」と当惑を隠さなかった。

 米国案は、人口や経済力など「国力」を常任理事国入りの基準としている点で、地域代
 表を基本とするG4案と大きく異なる。町村外相が「(小国が多い)アフリカ諸国が諸
 手(もろて)を挙げて歓迎するとは思えない」と指摘するように、途上国の多くが米国
 案に反発するとみられている。

 米国は、安保理の効率を低下させる大幅な拡大は容認できないとの姿勢で一貫している。
 このため政府内では当初から、常任・非常任理事国を現在の十五カ国から二十五カ国に
 増やすG4案では、米国の支持を得るのは困難との見方が強かった。「枠組み決議案の
 採決まで沈黙を守ってほしい」(外務省筋)というのが本音だったが、そうした期待も
 裏切られた。

 ◇G4の功罪

 米提案の発表から約七時間後の十六日夕、ニューヨークの国連本部。「日本ともう一カ
 国はどこか」と繰り返し尋ねる記者団に、パターソン米国連代理大使は「名前は挙げな
 い」と口を閉ざした。だが、関係筋が「インドは『プラス1』が自分たちだと考え、ひ
 そかに喜んでいる」と明かすように、G4の結束には既に微妙な影が落ちている。

 G4はこの日、国連本部に近いドイツの国連代表部で会合を開き、四カ国の連携を再確
 認した。しかし、米国から露骨に排除されたドイツ代表部には重たい空気が漂った。い
 つもは多弁なプロイガー国連大使も、この日は記者団を避けたまま。代表部玄関前では、
 ドイツの当局者が記者団に「きょうは大使はしゃべらないと言っただろう」といら立ち
 をぶつけた。

 日本がG4結成に踏み切ったのは、インド、ブラジルと組むことで、加盟国の大半を占
 める途上国の支持を取り付ける狙いがあったからだ。しかし、この枠組みは当初から、
 米国を敵に回すリスクを背負っており、そのマイナス面がここにきて噴き出した。G4
 案への反対姿勢を鮮明にした米国の意向を完全に無視することもできず、政府は難しい
 対応を迫られている。
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米が「小幅拡大案」提示−国連安保理改革   
   
 効率性の低下を警戒 
 米国は先週、国連安保理常任理事国の拡大枠を日本を含む二カ国程度とする案を提示し、
 日本とドイツ、インド、ブラジルの四カ国(G4)が採択を目指す枠組み決議案に反対
 する方針を明らかにした。効率性の低下を招く安保理拡大にはもともと消極的で、拡大
 するとしても極力小幅にとどめたいとする米国の思惑が表れた格好だ。
(ワシントン・早川俊行・世界日報掲載許可) 
 米国は国連予算の最大の負担国であり、国連改革自体には積極的なスタンスだが、その
 中心的視点は「いかに米国の国益につなげるか」だ。
 米国はイラク戦争をめぐり、フランスやドイツの反対で安保理の「お墨付き」を得られ
 なかった苦い経験がある。理事国が増えれば当然、安保理の効率性がさらに低下するこ
 とは避けられない。

 従って、米国にとって安保理拡大のメリットは、同盟国・日本が常任理入りするチャン
 スが生まれる以外には見当たらないのが実情。本音では拡大には反対だが、日本を支持
 している立場上、消極的ながら「小幅拡大案」を提示したものとみられる。

 米国の提案は、常任理事国を二カ国程度、非常任理事国は二、三カ国増やし、全体では
 現在の十五カ国を十九か二十カ国にするというものだが、そこには米国の緻密(ちみつ)
 な「計算」が働いている。

 常任理事国の拡大枠を「二カ国程度」としたのは、日本以外の常任理入りをできるだけ
 少なくしたいのと、ドイツ、ブラジルは支持できないという思惑が絡んでいると考えら
 れる。ドイツはイラク戦争に反対した経緯があり、ブラジルはメキシコやアルゼンチン
 などのライバルを抱え、支持しにくい状況がある。

 また、日本政府が「複雑な変化球を投げてきた」(町村信孝外相)と見ているように、
 米国案にはG4の結束を分断し、拡大論議にクギを刺す意図が込められている可能性も
 否定できない。

 日本では国連改革イコール安保理拡大ととらえられがちだが、米国では平和維持活動や
 大量破壊兵器拡散防止体制の強化、不祥事再発防止のための組織改革、国連人権委員会
 の改組などが改革論議の中心テーマになっており、安保理拡大に対するウエートは極め
 て低い。

 実際、ライス国務長官は安保理拡大を「他の改革を差し置いて先に進ませるつもりはな
 い」と明言しているほか、米議会が設置した「国連に関するタスクフォース」(座長・
 ギングリッチ元下院議長、ミッチェル元民主党上院院内総務)が最近公表した報告書も、
 安保理拡大に関しては具体的提案を避けている。

 安保理拡大に消極的な米国のスタンスは当初から明らかだったが、米国の提案によって
 先行きは一層不透明になったといえる。 
    Kenzo Yamaoka
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同盟演出した米韓首脳会談   
   
 批判かわす盧氏の戦術/嫌米親北の本性は変わらず
外交評論家 村岡 邦男
米韓関係悪化の中の首脳会談   世界日報掲載許可

 今月十日、ワシントンで行われた米韓首脳会談について感想を述べたい。

 会談直前の米韓関係はまさに危機的な状況にあった。北朝鮮が核兵器所有を認めその増
 産を公言しながら、六カ国協議への復帰については曖昧な態度をとり続ける中で、韓国
 は北に一切の圧力を加えることに頑なに反対し、ブッシュ政権を苛立たせていた。

 本年三月盧大統領は、米軍再編成に伴う「戦略的柔軟政策」は韓国をアジア地域の紛争
 (即ち台湾問題)に巻き込むものとして異を唱え、さらに、「東北アジアの平和と安定
 のため、均衡者の役割を果たしてゆく」として、日米韓三国の同盟関係(南方三角同盟)
 から離脱する意向も示唆するなど、米韓同盟の土台を揺るがせた。四月には、韓国側が
 米軍駐留費分担金を削減し、また北朝鮮崩壊事態に対処するための米韓共同作戦計画を
 廃棄し、摩擦が激化した。

 米韓摩擦は対日関係悪化と同時並行的に進んだが、同時期に韓国が中国との軍事交流拡
 大を決めていることは見逃せない。

 韓国世論、特に経済界は、韓国発展の基盤である日米との関係悪化に強い危機感を持っ
 た。四月末の国会議員補欠選挙で政府与党のウリ党が完敗し、国会での多数を失ったの
 は、このような盧政権の政策に対する国民の危惧の結果であろう。

 米韓関係の緊張は、首脳会談直前のローレス国防副次官補の訪韓で頂点に達した。「ロ」
 は訪韓前に駐米韓国大使に対して「東北アジア均衡者論は韓米同盟と両立しない概念で
 ある。万一同盟を変えたいならいつでも言ってくれ。したい通りにさせてやるから」と
 述べたが、訪韓中にも「韓国の戦略価値は終わった。韓国が米国の要求を受け入れない
 場合は駐韓米軍の撤退もあり得る」と述べたと報じられた。

共同歩調を示し得たのは成果

 このような背景のもと、今次首脳会談は米側の求めに韓国側が応じる形で実現した。六
 カ国協議再開に向け日米韓三国の連携に揺るぎのないことを示したい米国と、米韓関係
 の悪化に対する国民の思わぬ反発に危機感を抱いた盧大統領の思惑が一致したものであ
 る。従って、首脳会談の議題も北朝鮮の核と米韓同盟の二点に絞られた。

 会談後の共同記者会見では、核問題についてブッシュ大統領は「米韓両国は朝鮮半島の
 非核化という目的を共有し、金正日氏に核兵器を断念すべきだと伝えるには六カ国協議
 が重要であることに合意した」と述べ、盧大統領も「両国は基本原則について完璧に合
 意しており、何の問題もないことを確認しておきたい」と応じた。

 しかし、北が状況を悪化させた場合の措置について議論したかとの記者の質問に対し、
 潘外相は「それを公開すれば六カ国協議再開の雰囲気の助けにならない」と答えている。
 一方ブッシュは昨年六月の提案以上の譲歩をする意図がないことを明言している。盧が
 制裁に踏み込んだ合意をするとは考え難いから、「基本原則について完璧な合意」はや
 や誇張と思われるが、それはともかく、米韓両国が共同歩調をとることを内外に示し得
 たことは、今次会談の最大の成果である。

 米韓同盟についてはやや様相が異なる。ブッシュが「米韓同盟は今強固である」と述べ
 たのに対して、盧は「韓米間で重大な不協和音があるのではと危惧する人が多いが、ブ
 ッシュ大統領と話した結果、重要な問題はすでにすべて解決されており、韓米同盟は今
 後も良好であろう。一、二小さい問題が残っているが、十分に解決することができる問
 題だという考えを得た」と答え、ブッシュを振り返って「どうですか、韓米関係はうま
 くいっていますか」と質問した。

 突然の質問にブッシュは苦笑いしながら、「大統領、同盟は大変強いと考えます」と答
 えていたが、こうまでして自国民にブッシュのお墨付きを見せねばならぬ盧大統領の苦
 衷が透けて見えるパフォーマンスだった。

反日に国民のブレーキ働かず

 だが今次会談で、彼が持論の戦略的柔軟政策反対や南方三角同盟離脱論を引っ込めたと
 は考えられない。今回の一応の手打ちは、国民の批判をかわすための戦術に過ぎないと
 考えるのが妥当だろう。むしろ盧の経歴、大統領選挙当選の経緯、民衆迎合的な傾向、
 大統領府における反米人士の跋扈などから考えると、彼の米国嫌い・北方志向はその本
 性に根ざしたもので、是正は難しく、米韓同盟危機再燃の可能性は残る、と感じる。

 最後に日韓関係であるが、幸いブッシュ大統領の助言により、韓国による小泉訪韓のド
 タキャンという最悪の事態は回避された。これも今次米韓会談の成果の一つである。そ
 の延長で、今回の小泉訪韓でも、困難な問題についての正面衝突は回避し、大所高所か
 ら日韓友好関係の維持・増進を謳うことを期待したい。

 だが反米と違って、反日には国民の批判にブレーキが働かないから、これは無理な期待
 かも知れない。金大中大統領当時動き始めた両国関係の本格的な発展は、反日を主導す
 る盧武鉉の政権担当期間中はあきらめざるを得ないのだろうか。(敬称略)
       Kenzo Yamaoka
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EU 分裂の危機   
   
 憲法発効は無期延期、予算案で決裂
 欧州連合(EU)首脳会議が十六と十七の両日、ブリュッセルで開かれ、欧州憲法と予
 算案を中心に議論した。憲法は二〇〇六年十一月の発効を断念、予算をめぐっては英国
 とフランスの対立が続き、決裂した。「欧州がこれまで経験した最大の危機」(シュレ
 ーダー独首相)に陥っている。
(ベルリン・豊田 剛・世界日報掲載許可) 
 ●欧州憲法
 EU首脳会議は、フランスとオランダで欧州憲法批准が否決された事態を考慮し、憲法
 では二〇〇六年十一月までの発効を延期することでひとまず合意した。批准プロセスの
 終了期限を無期限に延長することで「死文化」は逃れたが、発効は大幅に遅れる。

 各国の世論調査では、憲法反対派が勢いを増し、批准の見通しが悪くなった。英国は早
 々と国民投票の凍結を決めた。首脳会議に際し、デンマーク、ポルトガル、チェコ、ア
 イルランド、スウェーデン、フィンランドは、相次いで投票の凍結または延期を発表し
 た。ルクセンブルクも延期を示唆している。

 二〇〇六年前半期のEU議長であるユンケル・ルクセンブルク首相は、残された選択肢
 を「プランD」と名付けた。ダイアローグ(対話)とディベート(討議)の頭文字を取
 った。欧州市民の理解を得ることを最重要と位置付けた。「欧州憲法に勝る条約はなく、
 EU市民を説得できる」と強気の姿勢を示しているが、状況が好転する保証はない。

 欧州委員会のバローゾ委員長は、「欧州憲法の代案はない」として、再協議や憲法書き
 換えの可能性を拒否。一方で批准の延期は「時間稼ぎ」であることを認めている。

 憲法の批准が否決されたフランスとオランダが二〇〇七年までに二度目の国民投票など
 で批准できるかどうかは、同年に行われる両国の選挙の結果次第となりそうだ。EU首
 脳は、フランスの大統領選、オランダの議会選挙がEUにとって有利に働くよう期待し
 ている。

 欧州憲法の批准を訴え続けているシュレーダー首相の立場も平安ではない。今年九月に
 も前倒し総選挙が行われる見通しで、シュレーダー中道左派政権の敗北は確実視されて
 いる。次期首相候補のメルケル・キリスト教民主同盟(CDU)党首は、現在のEU統
 合・拡大に距離を置いている上に、トルコの加盟には反対だ。

 ●EU予算

 二〇〇七年から一三年までの中期予算案では、英国だけが恩恵を受けている「予算還付
 金(リベート)」に批判が集中した。仏独などは「EUは英国の利益だけのためにある
 のではない」とし、特例の撤廃を強く求めた。〇四年だけで還付金は約四十六億ユーロ
 に上る。英国は、還付額を一三年まで現状維持するという妥協案を拒否した。

 英国に対する特例はサッチャー首相時代の一九八四年から続いている。当時、経済難だ
 った英国は現在、経済低迷する仏独を尻目に好調な成長を続けており、時代的内容にそ
 ぐわない。農業人口の少ない英国にとって、共通農業政策(CAP)での受益はわずか
 な上に、拠出金が多いことが不満になっている。ただし、ドイツの支払う分担金は国内
 総生産(GDP)の0・36%で英国(0・16%)よりも多い。

 ブレア英首相は「農業予算で根本的改革がなければリベート制について話し合えない」
 と述べ、フランスやドイツに見られる社会主義的経済を手厳しく批判した。EU全体の
 人口のうち農家の割合は約2%にすぎないにもかかわらず、補助金はEU予算の約43
 ・5%も占めている。これに対し、科学技術研究を含む成長・雇用促進分野への割合は
 8%しかないことが英国や北欧諸国の不満となっている。

 〇五年には中欧などから十カ国が同時加盟した。〇七年にはブルガリアとルーマニア、
 さらにはクロアチアやトルコも加盟候補国となっており、拡大に伴う支出の増加は避け
 られない。独仏やオランダ、スウェーデンなど、拠出国の国家財政は明るい状況ではな
 い。

 首脳会議後には、仏独が英国やオランダを名指しで厳しく批判するなど非難合戦となり、
 内部分裂を露呈した。ユンケル首相は「加盟国には妥協しようとする政治意思が欠けて
 いた」と総括した。加盟国同士の対立は、欧州市民のEU不信を助長しかねない。
       Kenzo Yamaoka
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EU 分裂の危機   
   
 英と仏が激しく対立
憲法発効は無期延期、予算案で決裂
 欧州連合(EU)首脳会議が十六と十七の両日、ブリュッセルで開かれ、欧州憲法と予
 算案を中心に議論した。憲法は二〇〇六年十一月の発効を断念、予算をめぐっては英国
 とフランスの対立が続き、決裂した。「欧州がこれまで経験した最大の危機」(シュレ
 ーダー独首相)に陥っている。(ベルリン・豊田 剛・世界日報掲載許可)

 ●欧州憲法

 EU首脳会議は、フランスとオランダで欧州憲法批准が否決された事態を考慮し、憲法
 では二〇〇六年十一月までの発効を延期することでひとまず合意した。批准プロセスの
 終了期限を無期限に延長することで「死文化」は逃れたが、発効は大幅に遅れる。

 各国の世論調査では、憲法反対派が勢いを増し、批准の見通しが悪くなった。英国は早
 々と国民投票の凍結を決めた。首脳会議に際し、デンマーク、ポルトガル、チェコ、ア
 イルランド、スウェーデン、フィンランドは、相次いで投票の凍結または延期を発表し
 た。ルクセンブルクも延期を示唆している。

 二〇〇六年前半期のEU議長であるユンケル・ルクセンブルク首相は、残された選択肢
 を「プランD」と名付けた。ダイアローグ(対話)とディベート(討議)の頭文字を取
 った。欧州市民の理解を得ることを最重要と位置付けた。「欧州憲法に勝る条約はなく、
 EU市民を説得できる」と強気の姿勢を示しているが、状況が好転する保証はない。

 欧州委員会のバローゾ委員長は、「欧州憲法の代案はない」として、再協議や憲法書き
 換えの可能性を拒否。一方で批准の延期は「時間稼ぎ」であることを認めている。

 憲法の批准が否決されたフランスとオランダが二〇〇七年までに二度目の国民投票など
 で批准できるかどうかは、同年に行われる両国の選挙の結果次第となりそうだ。EU首
 脳は、フランスの大統領選、オランダの議会選挙がEUにとって有利に働くよう期待し
 ている。

 欧州憲法の批准を訴え続けているシュレーダー首相の立場も平安ではない。今年九月に
 も前倒し総選挙が行われる見通しで、シュレーダー中道左派政権の敗北は確実視されて
 いる。次期首相候補のメルケル・キリスト教民主同盟(CDU)党首は、現在のEU統
 合・拡大に距離を置いている上に、トルコの加盟には反対だ。

 ●EU予算

 二〇〇七年から一三年までの中期予算案では、英国だけが恩恵を受けている「予算還付
 金(リベート)」に批判が集中した。仏独などは「EUは英国の利益だけのためにある
 のではない」とし、特例の撤廃を強く求めた。〇四年だけで還付金は約四十六億ユーロ
 に上る。英国は、還付額を一三年まで現状維持するという妥協案を拒否した。

 英国に対する特例はサッチャー首相時代の一九八四年から続いている。当時、経済難だ
 った英国は現在、経済低迷する仏独を尻目に好調な成長を続けており、時代的内容にそ
 ぐわない。農業人口の少ない英国にとって、共通農業政策(CAP)での受益はわずか
 な上に、拠出金が多いことが不満になっている。ただし、ドイツの支払う分担金は国内
 総生産(GDP)の0・36%で英国(0・16%)よりも多い。

 ブレア英首相は「農業予算で根本的改革がなければリベート制について話し合えない」
 と述べ、フランスやドイツに見られる社会主義的経済を手厳しく批判した。EU全体の
 人口のうち農家の割合は約2%にすぎないにもかかわらず、補助金はEU予算の約43・
 5%も占めている。これに対し、科学技術研究を含む成長・雇用促進分野への割合は8
 %しかないことが英国や北欧諸国の不満となっている。

 〇五年には中欧などから十カ国が同時加盟した。〇七年にはブルガリアとルーマニア、
 さらにはクロアチアやトルコも加盟候補国となっており、拡大に伴う支出の増加は避け
 られない。独仏やオランダ、スウェーデンなど、拠出国の国家財政は明るい状況ではな
 い。

 首脳会議後には、仏独が英国やオランダを名指しで厳しく批判するなど非難合戦となり、
 内部分裂を露呈した。ユンケル首相は「加盟国には妥協しようとする政治意思が欠けて
 いた」と総括した。加盟国同士の対立は、欧州市民のEU不信を助長しかねない。


EU旧加盟15カ国における拠出・受給額

拠出国名  GDP比(%) 拠出額(億ユーロ)

オランダ    0.43   19.5

ドイツ     0.36   76.5

スウェーデン  0.36   9.5

ベルギー    0.28   7.7

ルクセンブルク 0.28   0.5

英国      0.16   27.6

オーストリア  0.15   3.3

フランス    0.12   19.1

デンマーク   0.11   2.1

イタリア    0.06   7.9

フィンランド  0.01   0.2

受給国名  GDP比(%) 受給額(億ユーロ)

スペイン    1.21   87.3

アイルランド  1.40   15.6

ギリシャ    2.22   33.6

ポルトガル   2.66   38.4

(出典・欧州委員会)
    Kenzo Yamaoka
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権力闘争続く仏第5共和国   
   
 コアビタシオンの弊害/大統領選で民意問う原則崩す
在仏・米コラムニスト William Pfaff(ウィリアム・ファフ) 
仏ドゴール主義の“死亡証明”  世界日報掲載許可

 フランスの評論家で歴史家のニコラ・バベレは最近、こう書いた。「(フランスが欧州
 憲法条約を拒否したことは)ドゴール主義を信奉するフランスの死亡証明だ。フランス
 は、フランソワ・ミッテラン(前大統領)の下で腐敗し、ジャック・シラク(現大統領)
 の下で荒廃した」

 まさにその通りだ。ミッテラン前大統領は、さまざまな手段を使って第五共和国を腐敗
 させた。政治的には、共和国の精神とその重要な基本原則――明示されてはいないけれ
 ども――を破ることで、共和国を破壊した。この基本原則の下で大統領は、政策や政府
 が選挙民の投票によって拒否された場合、専門家からなる超党派の政府を発足させるか、
 辞職して大統領選を実施し民意を問うかを選択してきたが、ミッテランはこの原則を破
 った。

 一九八一年に選出されたミッテランの社会・共産連合政府は、八六年の議会選で敗れた。
 当初、前大統領は、権威が失われ、望んだ通りの政治ができないまま大統領職にとどま
 るくらいなら辞職したい、と語っていたが、自らの支持者らが選挙で敗北すると、心変
 わりしてしまった。右派のリーダー、ジャック・シラク氏を首相に任命する一方で、自
 らは続投し「コアビタシオン(保革共存)」を生み出した。ミッテラン、シラク両氏の
 築いたこの双頭の政権で、互いに激しい個人攻撃が行われ、両者とも二年後の大統領選
 で有利な位置につくための戦いに明け暮れた。このような事態は、政府がその重大な任
 務を果たすのに障害となるものであり、第四共和国が党派主義の下で不安定化し失墜し
 たのと似ている。
 しかし、第四共和国はそのような運命をたどる必要はなかった。第五共和国憲法の起草
 者の中には、有名なミシェル・ドブレらのように、議会と大統領が対立してもその使命
 を果たすことはできる、と考える人々がいた。大統領が暴走すると、議会からの不信任
 を受けて政権は崩壊に追いやられるというリスクを負う。一方で議会が同じことをすれ
 ば、大統領は議会を解散させ、選挙を行わせることができる。

保革が責任をなすり合い共存

 だがコアビタシオンでは、各陣営が大統領職を目指して競い合い、権力闘争がフランス
 政治を動かすようになった。それは今も続いている。ミッテランは八八年に再選され、
 議会でも社会・共産連合が多数派を占めた。しかし、議会の中間選挙で再び敗北し、コ
 アビタシオンが再来した。そして、仏政界ではそれが当たり前となった。

 右派が九五年にようやく大統領、内閣双方を勝ち取ると、シラクは短期間で繰り上げ議
 会選を実施、政権固めを狙ったものの、右派が敗北したため、社会党のリオネル・ジョ
 スパンが首相に就任した。こうして左派が多数の議会、社会党の首相というコアビタシ
 オンが生まれ、その後五年間続いた。

 コアビタシオンの持つ魅力は、責任が回避できることだ。失敗があっても共存する他方
 の勢力が非難されるということがありうるからだ。だが、その結果、政治は停滞し、政
 界への国民の怒りは高まり、今回の国民投票での欧州憲法拒否というかたちで爆発した。

 コアビタシオンが持つ問題を解決しようと二〇〇〇年に、大統領選と議会選を同時に行
 う試みがなされた。ところが問題解決どころか、大統領職をめぐる戦いが与党内でも起
 きるようになった。フランスでは現在、三頭政権が政治を行っている。さらに野党の左
 派が、本来の左派と穏健派に分裂したため、五つの勢力が競い合っている。

 右派で権力を争っているのは、まずシラク大統領。欧州憲法をめぐる国民投票で敗北し、
 決定的な打撃を受けた。さらに、内閣を率いる首相にシラクが任命したドミニク・ドビ
 ルパン、保守派最大政党のニコラ・サルコジ総裁が控える。サルコジは、若く、保守派
 としてシラクにとって代わることを狙っている。これが仏政界の現状だ。おまけに国民
 は政治に対して苛立ちと不満を抱え、内閣は国民投票での敗北を受けて指名されたばか
 りだ。この政府が、不況、失業、雇用不安、党同士の対立、政治的閉塞という三年間に
 およぶ不満から国民を解放できるとは考えにくい。

制度よりも野心の支配が問題

 ではどうすべきか。フランス人はこれまで五つの共和国を経験してきており、第六共和
 国の樹立にそれほど抵抗はない。大統領が名目的な権限しか持たない第四共和国の議会
 制度に戻ろうという話もある。もっともらしい話にみえるが、問題は制度でなく人やそ
 の思想にあるという考え方に正面から取り組むことを避けている。

 議会制度は事実上、西欧のどの国でも採用されている。しかし、これまでの経験が示す
 通り、政治家は自らの都合のいい制度をつくり、それらを自らの野心の実現のために悪
 用してきた。

 五〇年代の第四共和国と政党では、フランスがインドシナとアルジェリアでの戦争で陥
 った深い危機を乗り越えることはできなかった。フランス人はこの困難な問題の解決を、
 一人の優れた人物に求めた。シャルル・ドゴールだ。だが今のところ、第二のドゴール
 は見当たらない。

 ドゴールは、第五共和国で大統領に強い権限を与えることを求めた。アルジェリア戦争
 を終わらせ、国家を立て直すために必要だったからだ。しかし、ドゴールの憲法も、政
 治的に敗北しながら権力を手放そうとしないミッテラン前大統領、さらにそれを受け入
 れた野党の前には無力だった。シラクら右派の指導者は、ミッテラン前大統領の下での
 組閣を拒否することもできたがそれをしなかった。

 その結果、党の利害と個人的な野心が政治を支配するようになった。歴史が分かってい
 る人なら、こんなことで驚きはしないだろう。ただ、救いがあるとすれば、必ずそうな
 るというわけではないことぐらいだ。
       Kenzo Yamaoka


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