1986.企業買収と憲法改定について



企業買収・防衛技法の創造者   
   
 ウォール街のユダヤ人/ライブドア対フジにも応用
獨協大学教授 佐藤 唯行
ライブドアの株買収はLBO

 ニッポン放送買収を巡るライブドアとフジサンケイグループとの攻防劇は日本の企業社
 会における本格的なM&A(企業買収・合併)時代の到来を告げる出来事となった。

 これまで、一部の識者の間でだけしか知られてこなかったM&A技法とそれに対抗する
 防衛技法が今回の攻防劇を巡る一連の報道の中で、一般庶民にとってもなじみ深い話題
 となっていったと言えよう。

 そうした技法、LBO(テコの原理を応用した買収)、ポイズンピル(毒薬条項)、パ
 ックマンディフェンス、クラウンジェルはいずれも一九六〇年代から八〇年代にかけて、
 ウォール街のユダヤ人たちによって創造されてきた事実は日本では専門家の間でさえ知
 られていない。彼等が編み出した技法が数十年の時を経て、多くの日本人の注目を集め
 るようになったことはユダヤ人史を専攻してきた筆者にとり、またひとしお感慨深いも
 のがある。これらの技法は、いつ誰の手によって、どの様な背景のもとに考案されてい
 ったのか、次にみてみることにしよう。

 まずはM&Aの最終兵器とよばれる買収資金調達法、LBOであるが、これは一九四七
 年、裸一貫で渡米してきたイスラエル出身のユダヤ移民、メシュラム・リクリス(一九
 二二―)によって、一九六〇年代にウォール街の裏通りで、人知れず考案された技法で
 ある。これは買収資金の大半を借入金でまかなうという斬新な手法である。さらに、そ
 の借入金は買収の標的とされた企業が保有する資産、あるいは当該企業が将来生み出す
 であろう収益を担保として調達される点に発想の独創性があるといえよう。

 〇四年三月期の連結本決算で売上高四千五百五十九億円のフジテレビに対して、同年九
 月期の連結本決算で売上高三百八億円にすぎぬライブドアが買収を仕掛けることができ
 る唯一の技法が、小魚が鯨を呑み込む、このLBOである。

フジ側のポイズンピルは挫折

 一方、歓迎されざる買収者を迎え撃つための様々な防衛技法も実は被買収企業側に助言
 者として傭われたユダヤ人たちによって生み出されたものであった。そうしたひとつ、
 ポイズンピルは買収側が不利益を被る措置を、買収される側があらかじめ社内に仕掛け
 ておくという対抗策である。今回の買収劇ではフジテレビ側が新株予約権の発行という
 形で、このポイズンピルを実行したのであった。これは既存の株主に対して、時価を大
 幅に下回る価格で株を購入できる権利をあらかじめ付与しておくことで、買収者ライブ
 ドアの議決権比率を下げてしまおうとする策略であった。(結局は東京高裁が差し止め
 を決定し、この策略は水泡に帰してしまうのだが)この技法は化粧品大手レブロン社買
 収を巡る攻防の中で、レブロン社防衛に力を貸したユダヤ人弁護士、マーティン・リプ
 トン(一九二三―)により、一九八三年頃、考案されたものであった。

 日本製テレビゲームの名に因んで命名されたもうひとつの防衛技法、パックマンディフ
 ェンスは買収を仕掛けてきた企業に対して、仕掛けられた企業が逆に買収攻勢に撃って
 出るという技法である。攻守ところを変え、一挙に形勢を逆転させてしまうこの技法は
 M&Aに対する究極の防衛策といわれる。これを一九八〇年代に考案したのは投資銀行
 キダー・ピーボディーの幹部、ユダヤ人、マーティン・シーゲル(一九四七―)であっ
 た。

「汚れ仕事」からチャンス掴む

 最後に、こうした技法の創造者たちがユダヤ人に集中した背景についても語らねばなる
 まい。何よりも言えることは一九七〇年代以前、ウォール街の金融ビジネスの世界でさ
 え、企業買収は品位に欠ける、紳士にあるまじき行為と長らく忌避されてきたという点
 である。

 当時のウォール街を牛耳っていたワスプとよばれるプロテスタント系のエリート白人は
 「汚れ仕事」とみなされた企業買収に関する助言・仲介業務のスキルを誰も本腰を入れ
 て修得しようとはしなかったのである。

 一方、新参の余所者として、当時のウォール街の花形職種、投資銀行の引き受け業務か
 ら排除されていたユダヤ人たちはワスプが忌避したこの「汚れ仕事」に将来を賭けたの
 である。しかし、彼等にとり、チャンスは意外なほど、早く訪れた。それは日欧との熾
 烈な国際競争の中で、その地位を脅かされていたアメリカ企業を強化・再編する目的の
 もとにレーガン政権が推進した金融ビジネスの大幅規制緩和であり、その結果生じた八
 〇年代における空前のM&Aブームであった。現下に繰り広げられ始めた買収劇を前に、
 その業務スキルの蓄積を怠ってきたエリート白人たちは手をこまねくしか術はなかった。
 一方、ユダヤ人たちは自ら開発した独自の技法を武器に、ふって湧いたビジネス・チャ
 ンスを我が物とし、一躍、時代の寵児となることができたのである。こうして企業買収
 ビジネスは今日に至るまで彼等の御家芸となったのである。(世界日報)掲載許可
       Kenzo Yamaoka
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■【正論】京都大学教授・佐伯啓思 倫理欠いた株主資本主義の暴走   
   
 企業の本質は社会的存在にあり   《批判を浴びる日本型経営》
 「ホリエモン騒動」が落着した。時間外取引においてニッポン放送株を一気に大量取得
 したライブドアが、いわばその株を人質にして、フジテレビを支配すると合法的な恫喝
 (どうかつ)をかけたようなもので、その決着を「和解」と呼んでも常識にはかなうま
 い。だがこの常識はずれの事態をむしろ常態化するのが、今日の経済の姿である。

 フジテレビとニッポン放送の間の親子関係のねじれ現象は、ここでは直接問題ではない。
 また、ライブドアの時間外取引の合法性も本質的な問題ではない。そうではなく、株の
 取得を通じた恫喝めいた敵対的買収や強引な経営参加等が、合法的であるのみならず、
 そのことを短期的利益と株価優先の経営によって奨励したのが、今日の経済なのである。

 九〇年代の構造改革とIT(情報技術)バブルは、M&A(合併・買収)を容易にする
 株式市場中心の企業経営、外資の導入、経営の短期的な視野、ベンチャー型のビジネス
 の重視、といった一連の事態を積極的に導入した。

 これは、経済の軸を、長期的なモノづくりから短期的な金融へ、実物の経済から情報や
 イメージの虚の経済へ、組織の安定から市場の競争へ転換するものであった。ひとこと
 でいえば、アメリカ型の株主、金融中心の経済への転換であり、批判の槍玉にあげられ
 たのは、株主の利益をおろそかにする日本型経営であった。

《企業のほうが永続的存在》

 今日、敵対的買収はいくらでも生じえる。即席の虚業によって時価総額をバブル的に膨
 らませたベンチャー企業は、既成の大企業を支配することが可能となる。

 この事態に対して、六割ほどの経営者が危機感をもち、対策をすでに導入もしくは検討
 している、という。そして、そのうちの九割が、有効な防衛策として自社の株価を上げ
 て時価総額を高めることをあげる(日経新聞四月二十三日)。しかし、これは有効な防
 衛策というより、事態の追認にすぎない。それだけ、今日の経済は「倫理なき資本主義」
 へと暴走しているのである。

 社会主義の崩壊とともに「資本主義革命」がおきた。経済活動の軸は資本家つまり「株
 主」に移った。こうして「株主資本主義」なるものが出現する。これは、株主の利益と
 は異なった次元での経営者の役割を説く「経営者革命」(ジェームズ・バーナム)とは
 大きく異なったものである。「経営者革命」においては、企業活動の中心は株主ではな
 く経営者であった。

 そもそも企業とは何か。この問いに対して、戦後すぐの一九四六年に出版された『企業
 とは何か』において、ピーター・ドラッカーは次のように答えていた。「企業の本質は
 社会的存在だということである」。企業は、自由主義社会の安定と成長をつかさどる使
 命をもった社会的存在だというのである。だから、彼はいう。「株主とは、企業とかか
 わりを持つ多くの利害当事者のひとつにすぎない。企業が永続的存在なのであって、株
 主のほうが一時的な存在なのである」(ダイヤモンド社の新版より)

《多様な利益に配慮は当然》

 この永続する企業を、ドラッカーは、ゴーイング・コンサーン(永続する事業体)と呼
 ぶ。企業が永続する事業体である限り、経営が、企業の長期的視点に立って「人間活動
 を組織化する」(ドラッカー)役割を負うのは当然である。経営は、ただ株主の利益だ
 けではなく、従業員、顧客、取引先、地域住民などの多様な利益に配慮するのも当然の
 ことであろう。その中で、従業員のやる気を引き出し、「人と人の関係」である組織を
 効率化することが経営者の役割であった。

 また、そこに経営者や組織人としての倫理も生み出された。いわゆる日本型企業は、そ
 の点で長期的な合理性をもった独特の慣行を作り上げ、組織的な力を発揮したといって
 よい。

 企業価値とは、これらの目に見えない組織力の産物である。株主資本主義は、この「経
 営者資本主義」とは対立する。それは、企業価値を短期の株式市場の動向に従属させる
 ことで、一時的な株式保有によって利益を上げようという即席の投資家の評価に委ねる。
 ここには経済活動の倫理はでてこない。

 確かにそれでよいという考え方もあろう。いわゆる日本型経営に多大の問題があること
 も事実だろう。だが「企業とは何か」と考えれば、倫理なき株主資本主義が企業活動を
 阻害する可能性に目をつむるわけにはいかない。(さえき けいし)
       Kenzo Yamaoka
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国民投票法の早期成立を   
   
 衆参の憲法調査会会長に聞く
 衆参の憲法調査会が5年間の論議を経て報告書を提出、憲法改正に向けて大きな一歩が
 踏み出された。今後の焦点は、憲法改正の手続きを定めた国民投票法の成立だが、中山
 太郎・衆院、関谷勝嗣・参院の両憲法調査会会長はそれぞれ世界日報社のインタビュー
 に応え、早期に同法案の成立を期すとともに、次のステップである改正憲法草案では自
 民、公明、民主の3党を軸に協議を進めていくべきだと語った。
(聞き手=黒木正博・政治部長、窪田伸雄・解説室長) 世界日報 掲載許可

自公民で改憲案を作れ
中山太郎・衆院憲法調査会会長 

 なかやま・たろう 大正13年生まれ。旧制大阪高等医学専門学校(現大阪医大)卒。
 医師。大阪府議を経て昭和43年から参院議員3期。同55年、総理府総務長官・沖縄
 開発庁長官。同61年から衆院議員。平成元年、外相、同9年に超党派の「憲法調査推
 進議員連盟」会長。同10年から衆院憲法調査会会長。自民党、大阪18区。6期目。 
  
 
 ――最終報告を発表したが、率直な感想は。

 約五年間の議論を発言の大きかったところから整理して、公正中立な事務局が出した。
 良かったと思う。

 ――報告書を出した際の会見で、これをベースに改正論議を進めてほしいと発言したが、
 今後の見通しは。

 連休明けの国会で、憲法改正国民投票法案を扱う調査会になるか委員会になるか、それ
 を設置してもらいたいとお願いした。それができれば、法案の審議に入る。憲法改正の
 手続き法を決めるわけだから、それに半年はかかるだろう。そうしたら、いよいよ各党
 が改憲案を出してくるから右上がりになるだろう。

 ――当初、憲法調査会は五年をメドに憲法を調査し論じるだけという議案提出権のない
 スタートだった。最終報告で調査が終わり、改憲という流れが途切れることはないか。

 ないと思う。はっきりと公明党と民主党と自民党で、いわばトライアングル(三角形)
 の中で議論してこういうことが決まったわけだから。

 ――九条問題では改正の方向性を出したという認識か。

 そうだ。(一項を残し)二項、三項での改正だ。

 ――会長の見通しと開きはなかったと。

 そうだ。海外にしばしば調査に出ているが、外国から日本の陸海空の自衛隊を見てどう
 思うか聞いている。

 ――現行憲法の六十年近い歴史の中で、国会で初めて憲法について審議が行われた調査
 会と報告の位置と比重をどう見るか。

 つまり、かつては朝鮮戦争があったし米ソの東西冷戦の対立が厳しく、政党が一つの方
 向に向かって話し合うことができなかった。冷戦構造が崩れた結果、イデオロギーより
 もこの国の在り方を真剣に考えだした。

 ――五年間でよくまとめたとの評価と、一方で改正派から遅過ぎたとの不満もあると思
 うが。

 今回の報告書では不満はないと思う。はっきり憲法改正をしてはいけないという意見は
 ないということだ。

報告書を草案の叩き台に
 ――報告書では意見の幅が広く、各条文などの具体的な意見集約に至らなかった面があ
 るが。
 各党それぞれが憲法調査会を作っている。条文をどうするかは各党が出してくるだろう。
 しかし、一つの政党だけで今は物事が決まらない。去る二月十七日の調査会において、
 民主党から「政権を担う意思のある政党はどちらが政権に就いても、今後、国政運営の
 共通ルールを憲法で定める合意形成を進める必要がある」との歴史的な発言があった。
 改憲発議に必要な総議員の三分の二の賛成を取ろうと思えば、公明、自民、民主の三党
 間の協議というのは原則になる。

 ――その意味では憲法改正案を探る現実的な叩(たた)き台に報告は一番近いと。

 近い。

 ――現憲法制定の際、最後の帝国議会で反対した八人のうち六人の共産党議員がいたが。

 その共産党が自衛力のない憲法は認めないと反対した。

 ――共産党は百八十度変わって自衛隊違憲論の政策をとり、いま九条護憲の組織的運動
 をしているが、そういうことを今日の国民は知らなくなっている。

 そうだ。知らない。

 ――長らく憲法を改正しないため、明文規定を置かなくても解釈によって何でも補って
 しまう傾向にあった。

 それはいけない。本当は憲法も変えないといけない。

 ――国民もそれに慣れきって、国会での論議でも自衛隊組織の必要性を認めても、中に
 は憲法に規定しなくてもいいという意見もある。

 それは、憲法を改正できないから政府が便宜的に行った。本来は憲法にも書くべきだ。

 ――改憲で筋を通さない手法に国民も現状に甘んじた部分があると思うが、いかに意識
 を高めるべきか。

 憲法改正のための国民投票法が成立すれば、一挙に憲法問題は国民の方にいく。民主党
 では投票権を十八歳以上からとするという。若い世代が今後新しい政治パワーとして大
 変強くなっていく。

 ――非常事態規定は現実的な改憲案として浮上すると予想されるか。

 そうだろう。

 ――象徴天皇を元首とするという論点では意見が分かれたが。

 元首ではなく象徴だろう。元首というのは国家を代表して責任のある立場だから、やは
 り政治家が責任を持つべきだろう。

 ――天皇をお守りするという意味で、政治責任から離れ超然とするということか。

 そうだ。天皇制というものを続かせていくことが一番重要だ。

 ――報告では一つの大きな問題提起として集団的自衛権について、認める、制限して認
 めるなどの意見が出された。

 それは恐らく戦後初めてだろう。

 ――望ましい憲法の在り方として、新しい憲法を作る場合に一番強調したいことは。

 憲法調査会設置以来五年三カ月間守ってきた「人権の尊重」「主権在民」、そして「再
 び侵略国家にならない」との三つの理念、いわゆる「中山三原則」を今後も堅持してい
 くべきだ。

 ――推進議連で国民投票法案ができているが、これが叩き台になると考えられるか。

 形式が重んじられるから、議員連盟が主体ではなく、委員会というものが一から議論す
 べきだ。

関谷勝嗣・参院憲法調査会会長 

 せきや・かつつぐ 昭和13年生まれ。中央大学法学部卒。同51年衆院議員初当選
 (以後8期連続)。平成元年、自民党国民運動本部長、同2年、郵政相。同6年党総務
 副会長、同9年、党政治改革本部長。同10年、建設相・国土庁長官。同12年から参
 院議員。同16年から参院憲法調査会会長。自民党、参院愛媛県選挙区。2期目。  
 
 ――報告がまとまったことを受けて率直な感想は。

 かつては、閣僚が「憲法改正すべきだ」と言うとそれだけで問題になり、野党から追及
 されると、総理はその大臣を更迭しなければならないという状態が、戦後ずっと続いて
 きた。

 だから、憲法調査会ができたということ自体が画期的なことで、「よくここまで来たな」
 と感無量な半面、「戦後六十年も異常な状態が続いてきたんだな」という思いもあり複
 雑な気持ちだ。

 中曽根元総理は憲法改正までに七、八年かかると言われているが、それまでに憲法改正
 ができればと希望している。ただ、国民投票法すら無いわけで、これは立法府の大変な
 怠慢だ。早く同法案を作って前向きな論議をやっていかなければならない。

 ――取りまとめのため最も腐心した点は。

 二つある。一つは、各党の中でもまだまとまっていないということ。こうした状況下で
 五年間の論議のまとめを出さなければならない。五党で共通の認識になったもの、自公
 民の一致で“趨勢(すうせい)”としたもの、自公民でもまとまらなかったもの、と大
 きく三つに分けて報告したが、分類するのが難しかった。

 さらに日本では憲法改正というとどうしても肩に力が入り過ぎる。特に共産、社民両党
 が反対するのが九条の問題だ。自衛隊、集団的自衛権、すなわち国防に対するアレルギ
 ーがある。知的財産権や環境権、新しい人権などは国民も変えなければと考えていても、
 憲法改正というと誰もがまず九条が頭に浮かんでしまう。

 参院の報告書は衆院のものよりもはっきりしていない、と言われるが、共産、社民両党
 が反対したものはまとまった項目としては報告しなかったためだ。“共通認識”とした
 項目が三十三項目、“趨勢”が六項目に減ってしまったのは、改憲反対の共産、社民に
 配慮し過ぎたためだ。憲法改正の入り口に九条が立ちふさがっているため、論議を進め
 るのが難しかった。

首相の指導力が問われる
 ――報告の中で最も評価するポイントは。
 それは二院制堅持という点だ。衆院も二院制維持としているが、一院制という声もある。
 参院は衆院の“カーボンコピー”だという。確かに今の社会の流れは早いので法律を作
 るのにもスピーディでなければならない。今は時間がかかり過ぎているのは事実だ。従
 って参院改革を行いつつ二院制は堅持するということだ。

 また、衆院憲法調査会の方は三分の二以上の同意で“多数”としているが、参院では、
 自公民に共産、社民も加えて“共通認識”とした。その意味では衆院よりも幅広くまと
 まった分野を多く提示したとは言える。

 ――報告書提出で、改憲の“ボール”は首相と政党に投げられたことになる。

 今後は、各党首のリーダーシップが問われる。そして誰よりも内閣総理大臣のリーダー
 シップが問われる。小泉さんが郵政民営化が本丸だと言ってやっているように、次の総
 理が憲法改正を本丸としてやれば、五、六年でできるだろう。改正条項に、国会議員の
 三分の二以上の賛成とあるが、これは非常にハードルが高い。今なら自民に民主、公明
 が賛成すれば三分の二を取れるが、こういう状況は今後そう生まれてこないだろう。だ
 から拙速はいけないが、今の状態のうちに憲法改正を急いで進めていかなければならな
 い。

 ――報告書では、個別的自衛権や国連下の集団安全保障、あるいは私学助成については
 共通認識としているにもかかわらず、これらの明文規定には触れていないが。

 例えば自衛隊の問題では、これまで九条を拡大解釈してきた。特別措置法を作って、ア
 フガニスタンやイラクに自衛隊を派遣している。自衛隊派遣についてきちんと憲法にう
 たうことに関しては各党内でもまとまっていないので、明文化すべきとはなっていない。

 しかし、9・11テロでも明らかなように、今や自衛はしっかりやらなければならない。
 また、自衛隊の海外派遣も、隊員が誇りを持って安心して活動できるようにきちんと憲
 法に規定すべきだ。憲法といえば不磨の大典といわんばかりにとらえているが、そうか
 たくなに考える必要はない。憲法は、骨格、枠組みだと考えればいい。

 ――今後、国民投票法案の論議になっていくが、自公民の協議はどうなっていくか。

 最終的には、民主、公明の賛成がなければ憲法の発議はない。常にそれが頭にあり、三
 者の妥協案を見いださなければならないという点に一番の難しさがあった。

 ――憲法改正論議が進まずいたずらに時が過ぎるということでは、国民の政治不信を招
 きかねない。その意味でこれからが正念場といえるが。

 憲法調査会が今後どういう形で引き継がれていくかは、議院運営委員会の協議事項だ。
 いずれにせよ何らかの形で残ることになるだろう。ここで国民投票法案などが審議され、
 さらに憲法改正案が審議される。その場合、社会保障制度で論議しているように、衆参
 の自公民共同で法律の原案を作り、衆参の委員会で採決、本会議で三分の二の賛成とな
 れば国民投票に掛けることになる。

 これを強力に推進していくためには、各党がきちんとまとまらなければならない。その
 第一歩が国民投票法案の成立であり、その上でしっかりとした憲法法案を出して、でき
 るだけ早く憲法改正を成し遂げることだ。国会議員になって二十九年になる。憲法改正
 は、私の政治家として成し遂げたい最後の課題だ。
    Kenzo Yamaoka
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憲法改正の要点   
   
 駒澤大学副学長 竹花光範氏に聞く
 戦後六十年を迎え、憲法改正が現実味を持って語られるようになった。自民党だけでな
 く民主党においても改憲に向けて草案作りが進められようとしている。そこで、現憲法
 の全面改正を主張している竹花光範・駒澤大学副学長に、その要点を聞いた。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明・世界日報) 掲載許可

国民の義務も明記を
政教分離は「相対説」で
 たけはな・みつのり 1943年生まれ。早稲田大学大学院修了。社団法人民主主義研
 究会(現、国際情勢研究会)研究員を経て駒澤大学法学部教授(憲法、比較憲法)。現
 在、同大学副学長。主な著書は、『憲法改正の法理と手続』『現代の憲法問題と改正論』
 『憲法学要論』『中国憲法論序説』『憲法改正論への招待』など。 
 ――憲法改正の要点は?

 前文では、民主主義と平和主義の二大原理を継承しながら、世界の平和構築に積極的に
 寄与することを明示したい。「諸国民の公正と信義に信頼して」という現憲法の表現は
 受け身的すぎる。なお、従来の憲法が占領下に作られたものなので主権国の憲法として
 欠けるところが多々あり、全面改正によって新憲法を成立させた旨も明記したい。

 第一章では、天皇が国民統合の象徴であるとともに元首であり、外国に対して日本国を
 代表することを明記する。現憲法では誰が元首か明確でなく、日本の国は君主制か共和
 制かも学説が分かれている。この点を明確にしないと日本の「国のかたち」がはっきり
 しない。

 国民の権利と義務の関係では、現憲法は権利規定が多く義務規定があまりに少ない。権
 利と義務は相対的なもので、もう少し義務を増やす必要がある。例えば、憲法・法令の
 遵守(じゅんしゅ)義務や国防の義務、環境保全の義務等が考えられる。

 ――政教分離については。

 絶対分離説ではなく、相対分離説に立つべきだ。人が一方である宗教を信仰し、また一
 方で政治の主体として行動するのは自然だ。政治と宗教の癒着は排除すべきだが、政治
 と宗教が交わりを持ってはいけないということではない。

 津の地鎮祭訴訟の最高裁大法廷の多数意見も、「政治と宗教が一定の交わりを持つのは
 政教分離の原則に反するものではない」だった。一般人の感覚で、それが宗教を宣伝す
 るための活動なのかを判断すべきで、例えば地鎮祭は純然たる工事の安全祈願祭である。

 どこの国でも、比較的有力な宗教と文化とは密接に結び付いているので、厳格な政教分
 離を貫くと、文化の破壊になってしまう。社会主義では宗教はアヘンだという考えが前
 提なので宗教敵視、無視の政策をとるが、自由民主主義においては宗教と親和的なのが
 前提だ。米国は政教分離が国是で、合衆国憲法第一条には信教の自由に関する規定があ
 るが、大統領は就任式で聖書に手を置いて宣誓し、連邦議会や軍の学校には司祭がいて
 祈祷や礼拝が行われている。しかし、それらは文化であるから全く問題にならない。

 ――第二四条の「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」というのは問題だ。

 正しく読めば、二人の責任で結婚するのだから、結婚の維持も二人の責任であるという
 含みがあるが、「のみ」という表現は誤解を生じやすい。「婚姻の自由はこれを保障す
 る」でいいのではないか。ただ、同条が「(婚姻は)相互の協力により維持されなけれ
 ばならない」としている点はとてもいい。

 私は教え子の結婚式に招かれると、「新郎(新婦)は法学部の出身だから二四条を知っ
 ているよね」と確認し、二人の責任で家庭を守るように書いてあるから、これをちゃん
 と守るように、と話している。「成田離婚などは憲法二四条違反だ」というと皆爆笑す
 る。

 また最近の世界の憲法は、家庭の保護を明記する傾向にある。社会の基本的な単位が家
 庭であり、そこを守らないと社会秩序も崩壊する。家庭の保護は犯罪の防止にもつなが
 るので、家族条項を設ける必要がある。

乏しい現二院制の根拠
出席議員の3分の2以上で改正可能に
 ――政治制度の欠陥もある。
 現憲法の「国会は国権の最高機関」というのは、近代民主主義の三権分立の原則から見
 て問題だ。国会が国権の最高機関なら、内閣や裁判所よりも上となる。この点は、国会
 が最大の国民代表性を備えているという意味に解すればよいのだろうが、通常こうした
 定めは自由民主主義の憲法にはみられない。

 第四一条だけ読むと、あたかも社会主義の統治システムをとっているかのような誤解を
 生じかねない。社会主義憲法の場合は、三権分立をブルジョワ民主主義の原理だとして
 否定し、プロレタリア独裁の統治原理をとる。かつてのソ連邦最高会議は裁判官や閣僚
 も選任し、裁判所や閣僚会議は最高会議に責任を負っていた。中国も基本的に同じで、
 全国人民代表大会(全人代)が最高権力機関で、その下に人民法院(司法)、国務院
 (行政)が置かれている。これらは司法権、行政権を行使する機関ではなく、司法・行
 政を分担掌理しているにすぎない。

 また自衛隊違憲訴訟のように、通常の司法裁判所の裁判官が、国会で賛成多数により成
 立した法律が憲法に適合するかどうかを判断するのも、権力分立の原理から見ておかし
 い。日本もドイツのような憲法裁判所制度を導入すべきではないか。

 ――国会の二院制も問題だ。

 私は強硬な一院制論者ではないが、二院制を維持する積極的理由は極めて弱い。本来、
 二院制は階級制度を前提としていた。イギリスがその代表で、十四世紀から貴族の利益
 を代表する貴族院と一般庶民の利益を代表する庶民院があった。明治憲法の場合の二院
 制もそれに準じていた。当時は華族制度があったが、日本国憲法では禁止しているので、
 その根拠が失われた。

 米国型の二院制は連邦制を前提とし、上院が州の利益を代表し、下院が全国民の利益を
 代表している。上院議員は人口に関係なく州に二人、下院議員は州の人口に比例して配
 分されている。日本の場合は典型的な単一国家で、しかも国が都道府県、市町村をつく
 ったのだから、米国型の二院制をとる理由もない。

 現憲法の原案であるGHQ(連合国軍総司令部)の草案では一院制だったが、明治憲法
 の下で二院制に親しんできたことや、比較的大きな国は二院制であったことから、二院
 制にするよう日本側が要請した。GHQも憲法の本質にかかわることではないので認め、
 あまりその意味が議論されないまま参議院が置かれることになった。

 しかし、参議院が衆議院と対立すると国政が混乱してしまう。予算案は衆議院の可決だ
 けで通るが、法案の場合は、衆議院が可決して参議院が否決した場合は、衆議院で出席
 議員の三分の二の再可決が必要になるので、参議院が反対すると重要法案が通らないと
 いう事態が起こりかねない。現代のような急テンポな時代には、いかに迅速に案件を処
 理するかが重要になっている。それには一院制の方が優れており、一院制でも委員会審
 議や本会議の充実で十分拙速を防ぐことができる。

 二院制にするなら別々の権限を持たせ、選挙の方法も変える必要がある。例えば、第二
 院は都道府県代表院や元老院的な存在にするなどが考えられる。

 ――内閣制度の問題は。

 内閣に法案・憲法改正案の提出権があるのかないのか現憲法には書いてないので、「な
 い」という見解の研究者も多い。岸内閣の時に憲法調査会が作られたが、当時の社会党
 は、憲法改正案の提案権は内閣にはなく、内閣が憲法の調査をするのは違憲だとし、委
 員を出さなかった。しかし、内閣が提案しても国会で否決・修正はできるので、国会の
 権限を侵すことにはならない。各国の憲法でも、内閣に提案権を認めている場合が多い。

 ところで、議会で作られた法律を執行するのは内閣なので、責任を負えないような法律
 であれば拒否できるように、立法拒否権を認めるべきだろう。その他、内閣総理大臣が
 突如欠けた場合に誰がその職務を代行するかについても明記が必要である。

 ――焦点の第九条は。

 九条一項は、不戦条約以来の国際法の原則を確認していると読めば問題はない。二項の、
 戦力不保持と交戦権の否認規定は主権国家として問題なので、全面的に書き換える。少
 なくとも自衛軍の保持と軍の最高指揮権については明記しておきたい。

 ――憲法改正の国民投票は。

 現在のような強制国民投票制は問題だし、憲法改正に必要な総議員の三分の二の賛成は、
 出席議員の三分の二でいいのでは。例えば、出席議員の三分の二あれば国民投票は行わ
 ず、過半数以上で三分の二未満の場合には国民投票に掛けるとする。今の規定だと、わ
 ずかな文言の改正でも国民投票が必要だ。そこで、どうしても解釈でしのいでいこうと
 なる。しかし、九条で明らかなように、解釈には限度があり、それを超えると憲法がど
 んどん形骸化してしまう。民主主義は立憲政治が大原則なのに、それが事実上ないがし
 ろにされることにもなる。改憲手続きの緩和は、やはり必要であろう。

    Kenzo Yamaoka
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各国政府の教育費支出比較   
   
 国・地域  GDPに  支出額 財政予算に
      占める割合 (億j) 占める割合
中国     3.28%    463   13.60%
台湾     4.70%    123   18.89%
香港          5.00%    74     23.23%
日本     5.40%   2260     14.97%
韓国     4.90%   236     17.70%
シンガポール 3.90%    36     22.80%
マレーシア  7.90%       70     20.00%
フィリピン  3.20%    23     14.00%
インド    4.00%   193     12.70%
米国     5.60%   5672     17.10%
※2002−03年の統計結果から
世界日報 掲載許可

    Kenzo Yamaoka


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