1844.東アジア共同体という危険な誘惑



YS/2004.12.14


東アジア共同体という危険な誘惑



■古森節の攻撃対象

 思想面も含めて毎日から産経へと転向したという意味から、これ
まで古森義久をネオコンと呼んできたが、その広報係としての古森
節はますます絶好調になってきた。もはや古森を通じて米国の戦略
が手に取るように理解できるという面で貴重な存在と言える。

 古森は12月4日付け産経新聞朝刊で『「東アジア共同体」への
疑問』と題する記事を掲載し、東アジア共同体構想がマルクスの
「共産党宣言」を連想させる妖怪とした上で、米側学者らが指摘す
る米国排除論の危険性などを紹介しながら、日米同盟との関連、尖
閣諸島の領有権問題、靖国問題などに見られる反日感情などから、
明確に疑問を投げかけている。

 続けて古森は12月9日付け朝刊の『東アジア共同体構想、米排
除なら安保に有害』にて、フランシス・フクヤマのコメントを引用
しながら東アジア共同体バッシングを強めた。このフクヤマのコメ
ントは「東アジア諸国が東アジアだけで米国を排除し、安保面をも
含む地域機構をつくろうとするのなら、アジアの安保には有害だと
いえる。とくに中国はこの種の構想で経済だけを強調し、安保面を
も含む拡張主義の刃(やいば)を隠している」とするものである。

 古森が攻撃対象としている東アジア共同体は実体として存在して
いる。トヨタ、松下電器、三井物産、三菱商事などによって財政的
に支えられた政官財の有力者が集う「東アジア共同体評議会」(会
長、中曽根康弘)である。そして東アジア共同体評議会側もそのこ
とを十分に認識しており、12月10日にはそのホームページに古
森記事を掲載したのである。

 中国政策をめぐって、古森の反共原理主義とグローバリスト主体
の東アジア共同体評議会による市場原理主義とが衝突をしているか
のように見えてくる。

 しかし、コンドリーザ・ライス新国務長官誕生によって、すでに
古森がつながるネオコンの教条的な攻撃性はダーティー・トリック
を含めた実行機関として利用される存在となっている。

 ネオコンの背後にいる本丸としてのリアリスト集団の最重要課題
はこれまで再三指摘してきたように対中政策である。従って日本国
内におけるふたつの原理主義の論戦も北京オリンピックと米大統領
選が同時に行われる2008年に向けた前哨戦に過ぎない。

■米国の戦略的ライバルとしての中国

『北京との経済交流を支持する議論が存在するが、一方で、この国
はいまもアジア太平洋地域の安定を脅かす潜在的脅威である。現在
のところ、中国の軍事力は米国とは比べものにならないが、このよ
うな状態が永遠に続くとは限らない。明らかなのは、中国は台湾と
南シナ海地域で、未解決の国益に関わる問題を抱えている大国だと
いうことだ。中国はアジア太平洋地域における米国の役割を嫌って
いる。要するに中国は、「現状維持(status quo)」に甘んじるこ
となく、中国に有利になるようにアジアのバランス・オブ・パワー
(勢力均衡)を変革しようと狙っているパワーなのだ。この点だけ
を見ても、中国はクリントン政権がかつて呼んだような「戦略的パ
ートナー」ではなく、戦略的ライバルだということがわかる。』

『米国の対中政策には繊細さとバランスが必要だろう。経済的交流
を通じて中国国内の変化を促進する一方で、中国のパワーと安全保
障上の野心を封じ込めることが必要になる。米国は中国と協調を試
みるべきだが、国益がぶつかり合ったときには、北京と敢然と立ち
向かうことも辞さない態度が必要である。』

▼原文
Campaign 2000: Promoting the National Interest
http://www.foreignaffairs.org/20000101faessay5/condoleezza-rice/campaign-200
0-promoting-the-national-interest.html?mode=print
(翻訳は『ネオコンとアメリカ帝国の幻想−フォーリン・アフェア
ーズ・ジャパン』にある「国益に基づく国際主義を模索せよ」(P
241〜268)より、一部筆者により修正。)

 「北京と敢然と立ち向かうことも辞さない態度が必要である。」
と言いきるこの論文の執筆者はパウエルの後任として国務長官に就
任するコンドリーザ・ライスである。ライスはネオコンではない。
ネオコンすらも恐れる米国屈指の戦略家である。典型的なリアリス
トであり、しかもこの論文からオフェンシブ・リアリズム(攻撃的
現実主義)の立場をとっていることがわかる。

 国際関係論におけるネオ・リアリズムは、国際社会を無政府状態
(アナーキー)であるとの前提を同じくしながら、国家をバランス
維持につとめる防御的な存在とするケネス・N・ウォルツらのディ
フェンシブ・リアリズムに対して、国家を世界的なパワー・シェア
の極大化を目指す攻撃的な存在とするジョン・ミアシャイマーらの
オフェンシブ・リアリズムなどがある。そして、このミアシャイマ
ーが「米国と中国は敵同士となる運命である」と明確に言い放って
いる。

 この点でライス論文はミアシャイマー理論と驚くほど一致してい
る。さらに過去の事例から、ミアシャイマーはライバルがバランス
・オブ・パワーを崩そうとした場合の具体的な戦略として「ブラッ
クメール(blackmail=恐喝)」と「戦争(war)」をあげ、危険な
ライバルに直面した時にバランス・オブ・パワーを保つために使う
戦略として、「バランシング(balancing」と「バック・パッシン
グ(buck-passing=責任転嫁)」を取り上げている。

 「バランシング」とは自国単独もしくは他国と協力しながらライ
バルに対する勢力均衡を維持しつつ、その力を封じ込め、必要とあ
れば戦争をして相手を負かすことであり、「バック・パッシング」
は大国が脅威を与えてくる相手国に対して、他国に対峙させ、時に
は打ち負かす仕事をやらせることである。そして双方が消耗しきっ
た時に大国の出番となる。他にライバルに追随、従属するバンドワ
ゴニング(bandwagoning)もあげられる。

 なお、このネオ・リアリズムに属するウォルツやミアシャイマー
が中東における軍事バランス崩壊の観点から、イラク戦争に関して
明確に反対し、2003年2月に行われた外交問題評議会(CFR)
でネオコンと大激論を繰り広げ、ネオコンが惨敗を喫したことは友
人であるコバケン氏論文「リアリストたちの反乱」に詳しい。理論
で負け、実戦でも予想以上の苦境に陥る現状にあって、ブッシュ政
権内の主導権がネオコンからライス国務長官のオフェンシブ・リア
リストへと移ったのは当然の結果である。

 ただし、ライスがアカデミック界からビジネス界に転身し、国益
に直結するシェブロン(石油)、J・P・モルガン(金融)、チャ
ールズ・シュワブ(金融)などで実践を積んでおり、その意味では
ビジネス・リアリストとアカデミック的なオフェンシブ・リアリス
トを併せ持つ。このことから、同類のチェイニー副大統領やラムズ
フェルド国防長官と強固に結びつく可能性が高いことを認識してお
く必要がある。

■日本が担う大役とは

 日本は戦後、憲法9条を盾に安全保障を米国に依存する「バック
・パッシング」を採ってきたが、米軍の変革・再編(トランスフォ
ーメーション)における陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間(神奈
川県)への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部(グア
ム)への移転・統合などを見る限り、ブッシュ政権は対中戦略に際
して、日本の「バック・パッシング」を封じつつ、日本を中国にぶ
つける「カウンター・バック・パッシング」をシナリオに組み入れ
たと判断すべきであろう。

 万が一の対中戦争に突入した場合を想定して、キャンプ座間など
は戦禍をとどめておくための前線基地として位置付けているのであ
る。従って、その時が来たら真っ先に狙われることになる。また、
同時に中国の民主化以後を睨んだ米国のビジネス的な思惑も十分に
計算されている。

 フォーリン・アフェアーズ誌編集長であるジェームズ・ホーグの
論文『グローバル・パワーシフト』では、「進行中の経済及び人口
統計学的な問題を抱える日本は、アジアにおける新たなパワー再編
の中心にはなりえない。その役目を担うのは中国、そして最終的に
はインドになる。」と分析している。日本の将来の問題が、経済は
もとより人口問題にあると指摘する識者はピーター・ピーターソン
を含めて数多くいる。この問題こそが日本の政治家が最優先に取り
組むべきだが、手つかずのまま放置されていることにすでに日本の
限界が見出せる。

 こうした日本の将来性に関する悲観論が米国識者の間で語られ、
民主化後の中国を分割弱体化させ、米国の新たなパートナー兼市場
として迎え入れたいとする勢力が存在する以上、米国が直接中国と
対立するとは考えにくい。従って、その大役を日本にやらせようと
しているのである。

 対中政策において米国の手元にあるのは、日本カード以外に台湾
カード、そして北朝鮮カードがある。一つの目安として米国の台湾
へのイージス艦売却があげられるが、現時点の計画ではイージス艦
4隻を台湾に実戦配備するのは2011年と見られている。中国経
済のバブルがはじける時期と考えれば整合性も高く、緊張を長期化
させたいビジネス上の思惑もある。しかし、台湾の選択できる戦略
は日本ほど限定されておらず、場合によっては中国に追随、従属す
るバンドワゴニングを採ることもできる。この点で米国にとっての
優先順位は台湾カードより日本カードを上位に位置付けているもの
と考えられる。

 すでに北朝鮮カードは切られている。フォーリン・アフェアーズ
の最新号では、朝鮮半島問題専門のセリグ・ハリソンが北朝鮮のウ
ラン濃縮による核開発は「イラクの大量破壊兵器同様、ブッシュ政
権が情報を歪曲し、脅威を誇張したものだ」とする論文を掲載して
いる。この論文で注目すべき点は、ブッシュ政権がウラン問題を持
ち出すことによって北朝鮮に歩み寄る日本と韓国の融和政策を脅え
させ、後退させることを望んだからだと書かれている。この真偽は
ともかく、分裂する米国にあってこの告発が外交問題評議会(CF
R)とて一枚岩ではないことを示しているようだ。

 このことからわかるように、実行機関としてのネオコンが仕組ん
だダーティー・トリックが四方八方に仕掛けられている。こうして
世論は巧みに操作され、気が付けば崩壊後の北朝鮮に人道支援を名
目にさらなる前線基地としての自衛隊派兵が決まり、同時にオフェ
ンシブ・リアリスト達は原材料や食料、そしてエネルギー資源の争
奪戦を仕掛け、これによって日中の亀裂は決定的なものになる。そ
して、彼らが望む素晴らしい世界へと日本は引き込まれていくこと
になるのだろうか。

■東アジア共同体という危険な誘惑

 こうしたシナリオを描く米国の戦略家にとって、最悪のシナリオ
はジェームズ・ホーグが明言している。「日本と中国が米国との関
係よりも、日中が手を組んで戦略的な同盟関係を築くこと」である。
これはリムランド(ユーラシア大陸周縁国)に位置する国同士の結
束を認めないとする伝統的な地政学にも合致している。
 
 そして、この最悪のシナリオを目論む東アジア共同体評議会が古
森義久によって攻撃されている光景がなんとも興味深い。

 確かにライスも指摘しているように、「経済的交流を通じて中国
国内の変化を促進する」効果も期待できる。また、経済交流が相互
依存を深め、一時的な世界経済への影響から経済大国間の戦争は回
避できるとする米民主党や欧州お抱えのグローバリゼーション賛歌
を唱える学者も存在する。しかし、彼らですら現状の共産中国のま
まで世界経済に大きな影響を及ぼす大国として共存できると考えて
はいない。

 この中国の民主化は財界にとっても歓迎すべき問題であるにもか
かわらず、東アジア共同体評議会のホームページを見る限り、この
重要な論点を避けている。民主化による「機会均等、門戸開放」を
掲げることなしに中国との共同体設立を目指せば、戦前の悪夢が蘇
る。これでは古森が指摘する米国排除との懸念を招いても仕方がな
い。従って、水面下で米・欧と協調しながら中国民主化へのシナリ
オを描く必要がある。

 また、現状の財界主導の東アジア共同体評議会は、オフェンシブ
・リアリスト達の甘い誘惑によって、いとも簡単に引き裂かれる運
命を抱えている。従ってバランサーの役割にすらならない可能性が
ある。

 さらに危険な兆候もある。今後日本国内の反米保守勢力や左派勢
力の一部が、反戦やアジア回帰を旗印に和風ネオコンとなって東ア
ジア共同体評議会に合流してくるだろう。目先の利益に惑わされて、
これに同調し、世論が束ねられることが最悪の結果をもたらす。な
んとも切ないことに、現状の日本は米国か共産中国かの究極のニ者
択一しかないのだ。歴史を振り返りながら、被害を最小限に抑える
ために敵にしてはならない相手を考えれば自ずと結論は導き出され
る。この現実を見据えながら国益を冷徹に追求する姿勢が求められ
る。

 また次に待ち受ける最大の試練は中国の民主化以後であり、これ
を睨んだ日本の生き残り策の構築こそ、東アジア共同体評議会に期
待したい。

 中国は米国陣営への対抗する狙いから、欧州やロシアとの間で経
済的、軍事的な結びつきを深めようとしている。これはユーロで米
国を揺さぶったサダム・フセインと同じ道を辿っていることを意味
しており、米国の不信感を増幅させている。

 北東アジアの地に21世紀最大の危機が確実に忍び寄っている。



□引用・参考

東アジア共同体評議会
http://www.ceac.jp/j/index.html

東アジア共同体評議会掲載の古森記事
http://www.ceac.jp/j/column/041210.html

コバケン氏論文「リアリストたちの反乱」
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-kb.htm

A Global Power Shift in the Making
By James F. Hoge, Jr.
http://www.foreignaffairs.org/20040701facomment83401/james-f-hoge-jr/a-globa
l-power-shift-in-the-making.html?mode=print

Did North Korea Cheat?
By Selig S. Harrison
http://www.cfr.org/publication_print.php?id=7556&content=

北朝鮮ウラン濃縮は歪曲 米が脅威誇張と専門家
共同通信12月10日配信記事

リー・クアンユー顧問相、米国と中国との間で緊張関係が生じる可能性を指摘
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20041214/20041214a3170.html

日中関係の展望
ラインハルト・ドリフテ
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04102101.html


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