1780.粗衣豊食



件名:粗衣豊食・・・今、平和とは何かを問う   S子
  
▼粗衣豊食
愛媛新聞の連載で「自立・粗衣豊食」と題して、あるサラリーマン
夫婦の第二の人生を紹介していた。三人の子供の独立を機に五十歳
で勤めていた電器メーカーを辞め、戸数わずか八戸の集落に夫婦で
移り住み、自給自足の生活にはいった。若いころから食物に対して
は敏感な体質だったこともあり、おいしくて安全な食べ物を自分で
作りたいというのが、夫である坂口洋(54歳)の希望だった。

妻ゆかり(52歳)には前々よりその夢を伝えており了承を得ていたも
のの、有機・無農薬農業は実際にやってみると大変だった。四十ア
ールの水田での米作りは除草剤を使わないから日々雑草との闘いで
あり、それが米の収穫量に大きく影響を与えているから、四シーズ
ンを迎えての米作りもここ三年は収穫量がまったく変わらないとい
う。

十一アールの畑には小麦、そば、野菜二十三種類を育てているが、
肥料も最低限、水は苗を移植した時の一回のみしかやらず、肥料は
地元の牛ふん、自家製の鶏ふんと堆肥だけである。要はその野菜の
持ち味を引き出すために余計なことは一切やらないという昔ながら
の農法を実践しているだけだ。

料理は全てしちりんで調理しており、ガスは引いていないという坂
口夫婦のこだわりである。新聞記者がその料理をごちそうになって
まず驚いた。野菜にエグ味がなく味が濃いいが、軽い口当たりで野
菜がすっと口に入る。今までに食べたこともない野菜の味である。
坂口の自信に満ちた笑い声が聞こえる。

こうして苦労して作った米や野菜の収穫のほとんどは自分たち夫婦
と子供や孫で食べ終える量以上のものがなかなかできず、坂口夫婦
の年収はわずか十万円でしかない。1年間の生活費に百万円かかるか
ら、差額は貯蓄を取り崩して生活してゆくしかない。それでも坂口
は幸せだと言う。「明るく楽しい貧乏。こだわり貧乏じゃけん。」

▼自給自足で「生きる」ことに向き合う
日本がバブル経済の頃に、坂口夫婦のような生き方を選択した人が
おれば、おそらく私たちは奇人変人の類で彼らを見、笑ってすませ
ていた話かもしれない。しかし、現在彼らのような生き方を見て私
たちは果たして笑ってすませることができるだろうか。

貨幣経済のシステムに組み込まれ、個人の日常生活を翻弄されるこ
とが当然のようになってしまった現在の私たちの生活において、自
給自足は私たちひとりひとりにとって切実な願いである。人間が生
きることにおいて本来自給自足は基本であったはずなのに、日本の
高度経済成長時代に農業を捨て人々がサラリーマン化に向かい、貨
幣経済システムの中で生きてゆくことを選択した。

時代がそれを可能にし、ある程度の先を見通せたから結果オーライ
でサラリーマン生活も無事に過ごすことができた。しかし、バブル
崩壊以降日本の経済は長期低迷化しデフレ経済を脱出することがで
きないでいる。銀行や企業の淘汰、従業員のリストラは今日当たり
前になり、サラリーマンも生活が不安定なものになってしまった。

だから、第二の人生を金銭的には余裕はなくとも幸せだと言い切る
坂口の「生きる」ことに向き合う姿勢と情熱は、現代を生きる私た
ちにより身近な問題として迫ってくるのである。

高度経済成長時代の中で私たちがサラリーマン生活を選択したこと
で、私たちは「生活をエンジョイする」という人生の表層的な部分
だけを生きてきた。「生活をエンジョイする」ことで女は随分と家
事から解放されてきたのは事実だろう。だから「生活をエンジョイ
」できたのではあるが。

しかし、人生の表層的部分しか生きてこなかった分、私たちの生活
基盤は非常にもろいことがわかった。親ガメこけたら子ガメもこけ
たと言われるように、銀行や企業の安全神話が崩壊し、私たちは親
方日の丸的な意識ではおれなくなった。

坂口の求めた第二の人生はおいしくて安全な食べ物を自分で作りた
いという人間が生きるうえでの基本的な権利に基づくものだった。
自給自足することで自分たちの生活基盤は自分たちでしっかりと確
保してゆく。

当たり前の日常生活を当たり前に過ごし、誰にも揺るがされない日
常がこれからもずっと続くことを願ってこれからも暮らしてゆく。
人間が生きてゆくことの基本がここにあり、誰にも揺るがされない
日常を過ごすことのできる保障があるから、坂口は金銭的には貧乏
でも幸せだと言い切ったのである。

▼ 今、平和とは何か
9・11事件以降米国は対テロ戦争を前面に押し出し、それと連動
するようにして今日世界の各地でテロが勃発している。テロは非国
家的集団による国家への攻撃を目的としているが、その犠牲者は常
に何の罪もない一般国民であるという新たな変質した戦争に世界が
突入している。

こうしたテロの頻発と米国の先制攻撃で現在泥沼化しているイラク
戦争やその周辺諸国の不穏な空気から、戦争状態が表面化し、かつ
てないほど戦争が激化、平和が喪失してしまったかのように私たち
は認識しているが、実は人類の歴史は戦争に継ぐ戦争であった。人
類の歴史において、戦争が常態化していたことが普通であって、平
和であった時のほうがむしろ少ないくらいだった。

現代の戦争は武器の近代化、ハイテク化により短時間での殺傷能力
が格段に増し、何の罪もない非戦闘員の死者を増大させていること
に問題がある。だからいかにして人類からこの戦争の常態化を少な
くしてゆくかということに私たちが視点を移し、それを論じてゆか
ないと、私たちが平和を叫ぶだけでは理念先行だけの空虚なものに
なるのは避けられないだろう。

その意味において、米国のイラク先制攻撃を止めることもできず、
黙認するしかなかった国際社会は米国と同罪である。日々激化する
イラク戦争で犠牲になるイラクの非戦闘員の数やその残虐性をメデ
ィアで知りながらも、まったりと日常生活を送っているその他多く
の国際社会は悪魔と同様の心である。

私たちは彼らに日常を確保することもできなかった。人が人として
当たり前に過ごすことのできる日常生活を彼らに提供することさえ
も私たちはできなかった。

平和とは戦争のない世界を私たちが構築することではなく、人が人
として生きるための日常生活を確保し、その日常性が誰にも脅かさ
れることなく心穏やかに人が日々生きるその姿勢を指しているので
ある。愛する人と共に語らい、共に食し、笑い、泣き、抱きあうと
いう人間が生きる上での基本的権利がしっかりと守られ続けてゆく
という至極当たり前のことなのである。

▼物質文明の終焉で初めて人類は「生きる」ことに向き合う
貨幣経済システムの中で生きることで人類は破壊と創造を繰り返し
てきた。まずは破壊ありきの論理である。だからこそ今日見られる
ような物質文明を私たちは謳歌できる。

しかし、こうして破壊と創造を繰り返しながら物質文明がより高度
になればなるほど、私たちの生活は自然から遠くなってゆく。自然
から遠くなればなるほど私たちは貨幣経済システムに依存して生き
てゆかなければならないことを知る。私たちの生活基盤は常に不安
定なものになり、当たり前に生きることが脅かされてしまうという
状態に陥る。自給自足できないものの弱みである。

このまま物質文明が行き着くところまで行き、自然の脅威からとん
でもないしっぺ返しを私たちが食らうのか、資本主義が行き着くと
ころまで行き貨幣経済システムが崩壊し、貨幣が無用の価値になっ
てしまうのか、私には先のことはわからないが、全ての人類が「生
きる」ことに否が応でも向き合わなければならなくなった時こそが
、新たな人類の歴史の始まりでもあるように私は思う。

愚かな人類はそうなるまで戦争をし続けるかもしれない。人類は全
てを失わなければ、それを身をもって全人類が体験しなければおそ
らく何もわからないのだろう。私個人の意見としては、それまでに
新しい価値体系を全人類の英知で構築してほしいと切に願っている
。

参考文献  愛媛新聞 「自立・粗衣豊食」9月30日、10月2日、
                         10月4日
      NHK人間講座 10月〜11月期 「いま、平和とは」
                        最上敏樹著
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(Fのコメント)
文明の見直し期にあるのでしょうね。米国流の便利な生活や肉食中
心の食事を見直す動きにある。これは日本だけではなく、欧米でも
菜食主義が出てきて、もう一度、人間的な生活とは何かを考える必
要になっているのでしょうね。日本食が欧米で評価されているのも
菜食主義に近い食事体系であるためのようです。

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