1590.読者の声と木村コラム



日本人の底力はどこからくるのか      S子 
   
 増田俊男の時事直言 243号より引用

『「国民一人当たり525万円の借金を背負っている」の大嘘!

昨年末の政府債務残高は約670兆円。「国民一人当たり525万円の借
金を背負った事になる」と新聞やテレビで騒いでいた。これで日本
のマスコミの知能程度が分かったと思う。日本の国民は国債の約95%
を持っている。したがって国民は借金を背負っているどころか、一
人当たり525万円も国に貸している債権者だ。670兆円は国民の心配
事ではなく、自慢すべきこと。アメリカに旅行して「私は日本政府
に525万円も貸してるんだ」と言って、日銀の送金で自国の赤字を埋
めて生活しているアメリカの連中に威張ってやったらどうですか。』

増田氏の発想の明るさもここまでたくましいと日本国民として何か
笑えてきます。これからの激動期を生き抜いてゆくには、このよう
な柔軟な発想というか、やわらか頭が私たち一人一人に要求される
のでしょう。

「ニッケイ平均株価は昨年4月の7603円から11800円
(55%)に上昇した。」(増田氏時事直言 243号)とありま
すが、外圧と内圧(その最たるものは小泉首相ですが)にも負けず
、踏まれても踏まれても雑草のようにたくましく生き延びてゆく日
本経済の底力は一体どこからやってくるのでしょうか。何が起ころ
うとも意思表示をしないおとなしい国民性です。農耕民族としての
辛抱強さ、我慢強さかそうさせるのでしょうか。スペインでのテロ
後のような大規模な国民デモは日本ではおそらく不可能に近いでし
ょう。

内向的な国民性も指摘されていますが、ここにひとつのヒントが隠
されているように私は思います。内向的な性格を私は悪いとは思い
ません。そこには生き延びてゆくために無駄なエネルギーを使わな
いということがあります。言い換えれば生き延びてゆくためだけに
エネルギーを注いでいるということです。つまりそのことだけに意
識が集中してゆく。これはよく考えればすごいことです。

外圧により日本製品にイチャモンがつけられると日本人はその与え
られた条件の中で製品化してゆきます。それでもなおかつイチャモ
ンをつけられる。それでも日本人はめげずに与えられた条件で製品
化してゆくでしょう。与えられた条件が狭まれば狭まるほど意識が
製品作りに集中し、品質的にも優れたものや、緻密な作業工程を経
た日本独自のものが出来上がってゆく。ここに日本人のすごさがあ
ると私は思います。要するに「捨てる美」というものです。余計な
ものを持たずに本当に自分が求めているものだけに意識というエネ
ルギーを集中してゆく。そこに本当に求めているものがあるわけで
す。

その記憶が日本人の中にある。こういう発想がこれからの環境問題
なりエネルギー問題を解決してゆく手がかりになるのではないでし
ょうか。このような発想の柔軟性はおそらく白人には理解できない
だろうと私は思うのですが、どうでしょう。
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(Fのコメント)
日本人の意識、内向的な心が1つのことに集中できて、繊細な商品
を作るようだ。もう1つ、工業製品に心を入れて、中国との差別化
した。汎用製品とはどこか違う製品にしている。
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ロシアの恐るべき技術者潜在力を見せ付けられた、
プログラミング国際大会での、サンクトぺテルブルク大学優勝と
その他地方大学の健闘ぶり。

CHOCO http://www.myprofile.ne.jp/yaponchuka

今年の3月31日プラハで開催され、世界31 カ国73大学が参加
したコンピューターの国際プログラミング大会で、ロシアの古い首
都サンクトぺテルブルク大学の学生たちが見事優勝した。しかも、
十位以内にロシアの他の大学もいくつか入っているという、かなり
の健闘ぶりが目立つ。
残念なことに、日本の大学は十位以内にも見当たらない。
(下記が、この大会開催機関のHP) 
http://www.acm.org/ 

ちなみに、実際の順位を挙げてみると、 
一位 サンクトぺテルブルクの通信技術大学 http://www.ifmo.ru/ 
二位 スウェーデン王立技術大学           http://www.kth.se/ 
三位 ベラルシア国立大学                 http://www.bsu.by/ 
四位 ペルミ大学(ロシア)            http://www.psu.ru/ 
五位 マサチューセッツ工科大学(アメリカ)http://www.mit.edu/ 
六位 国立台湾大学                      http://www.ntu.edu.tw/ 
七位 カリフォルニア工科大学          http://www.caltech.edu/ 
八位 イジェフスク大学(ロシア)        
九位 ハーバード大学(アメリカ)      http://www.harvard.edu/ 
十位 ワルシャワ大学(ポーランド)      http://www.uw.edu.pl/ 
十一位 中山大学(中国)                http://www.zsu.edu.cn/ 
十二位 クイーンズ大学(カナダ)        http://www.queensu.ca/ 

こうして見れば、分かるが、アメリカなども既にプログラミングの
技術者は、大方インドや海外の優秀な人材を集めているだけで、
それほど自国の優秀な人材育成に、大学機関としては成功していない。

ロシアがなぜここまで、プログラミングの世界で強いか?
もちろん、その世界でど素人の私のような人間が申し上げるのは、
憚られるところはあるが、それでもあえて言うならば、かえって、
彼らの置かれた経済的状況が厳しいことから、新しいWindowsの
バージョンはおろか、コンピューター本体そのものを古いままに
十年どころか、もっと古い、ソ連製のものであっても、現代の技術
革新の中で通用させていかねばならないという、お国事情が幸いし
ているのではなかろうか。
ちなみに、2000年問題のときもロシア国内での被害は皆無だっ
たという話で、ロシア人技術者に「なぜ日本みたいに技術の進んで
いる国であんなに問題が起きるのだ?」と不思議がられたほどであ
った。

つまり、彼らは非常に初歩的な段階から、個人が古いコマンドなど
を使いこなさなければならない、という厳しい環境ゆえ、小学生く
らいでも、コンピューターができる子というのは、簡単に自分で一
からプログラミングしてゲームを作ったり、あるいは、悪いケース
では、ハッカー的に進入して、他人のパスワードでインターネット
接続を行ったりできるので、そういうことで慣れているお蔭で、
プログラミングなんてもの、コンピューターをいじる人なら、たい
ていできるし、優秀な人なら、GOOGLEで活躍する技術者のように、
相当凄いことも開発できてしまうのではないかと思うのだ。

そういう点では、日本は恵まれ過ぎて、というか、アメリカやマイ
クロソフトの押し売りを、有難がり過ぎているために、かえって
こういった基礎的なコンピューターの技術力で、ロシア人に負ける
ことになってしまったように感じる。
最近のパソコンが便利になるのはよいが、ユーザーは、あまりにも
、そういった技術の中身を熟知せぬまま、依存症的な使い方をして
いる。それゆえ、何か起こって自分でなんとかできる人が少なくな
ってはいないか、自分も含めて、それを反省すべきかもしれないと
、ロシア人を見ていて、つくづく感じる。

そして、ここでも改めて、新奇なものばかりを追って、それまで、
開発段階から、いろいろな歴史を経て発展してきたコンピュータと
いうものの、古い型の技術や操作法をあまり省みないで、新しいも
のばかりに飛びつき過ぎたことに、警告をすべきときではないかと
、この結果を見て思う。

また、別の側面から考えれば、ドイツのように、「ドイツの波放送
局」を東欧諸国やロシアに持ち、メディアを通じて広く優秀な人材
の移民を優先的に薦めている、ずる賢い政策を見れば、なぜ日本が
彼らのような隣国の優秀な人材を無視することがあろうか。
シリコンバレーとて、寄せ集めに過ぎない部分があるのは、今回の
結果を見ても、明らかではないか。
すると、日本も逆転の発想をすれば、アメリカに対抗して、もっと
上手い宣伝で、「寄せ集めて」いいものをもっと作ることだって
できるんじゃないかと思えてくる。

ぜひ、増え過ぎて厄介になる前に、今夜の街に蔓延っているロシア
の売春婦を全部追放するのは賛成だが、優秀なロシアの技術者は、
どんどん日本に招聘するなりして、雇用するもよし、大学の研究員
でも、教授でも、どんどん起用すべきだと思う。
たいてい、こういった知識人は親日的な人が多いので、絶対にこの
ような募集がかかれば、たくさんの優秀な人材が集まるはずである。

尚、この内容をくだいて関西弁にしたものを、
今日(4月3日付け)で、私がロシアのLENTA.RUからの
記事を翻訳したものを、以下参照頂けると有難い。
http://www.myprofile.ne.jp/blog/archive/yaponchuka/110
以上  
CHOCO
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(Fのコメント)
CHOCOさん、いつもロシア情勢をお送りいただいて、ありがと
うございます。日本のコンピュータ技術力が落ちているのは、どう
しようもないですね。昔の大型コンピュータはOSを富士通や日立
、NECなどが独自で作成していたが、マイクロソフトやUNIX
などに、標準化させてしまって日本の技術者が育成できる環境を失
ってしまいました。このため、OSが分からなくなってしまい、技
術的な見通しが効かないようです。

しかし、LINUXによってOSのソースが公開されて、かつ作成
グループが周辺部であれば、勝手に造れるために、再度技術者が育
つ環境ができた状態です。しかし、このツール開発がお金にならな
い。ここが困った状態になっている。
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北朝鮮問題 
北朝鮮問題が膠着状態「に陥っている感がある。
北朝鮮では、餓死者が出ている。拉致問題も進展しない。
早急に解決しないと問題は、ますます重篤になる。
 
国家としての体をなさず、原子爆弾等の武器開発のみで世界に存在
を誇示しているように思われる。旧ソ連がそうであるように、国が
崩壊する時は、国民生活は疲弊し、軍隊のみが膨らんでいるといっ
た印象がある。将に北朝鮮、然りだ。
 
私の提案。
国連によって、金正日一家を亡命させることである。持ちたいだけ
のお金を持たせて、中国かロシア等に亡命を受け入れてもらう。
そして、権力の中枢にいた人々に恩赦を与えて、拉致や、武器の実
態を明らかにさせることである。そして、南北統一を実施する。
この案、如何なものだろうか。
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
Akiko Kunii
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(Fのコメント)
山崎元幹事長と平沢議員が大連で北朝鮮政府と交渉したようです。
動きが出てきた。
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件名:田中真紀子氏の長女と本多勝一氏 

週刊文春の田中真紀子氏の長女の離婚記事は、メディア界に侃侃諤
諤の議論を巻き起こさせた。
  ハッキリ言って、書く馬鹿に、読む馬鹿、それに訴える馬鹿って
、私は思ってしまうが、些細な事柄にも社会の重大問題が潜んでい
る。
  
  私は、基本的に文藝春秋の出版物を買わないことにしている。二
年程前、作家数人と東大教授の山○昌○氏が隣町のホテルで2日間
にわたって、村の主催する何とかフォーラムとかシンポジュームに
やってきて、宿泊でカラオケを楽しんだと臆面もなく言っていた。
こんな寒村にパラサイトしたのだ。以後、絶対文藝春秋を買わない
ゾと思った。しかし、偶に買ったりしているかなぁ。全く信念のな
い馬鹿な私だ。(~_~;)
 
  又離婚問題に戻るが、長女が私人と言えるか、“絶対に言えない
” 現代の政界は、正確な数字は知らないが、2,3世議員が大半を
占めている。父角栄氏在世時、真紀子氏は長女として、公式の場に
晴れやかに登場している。
  又有名人の家族は、色んな所で広告塔になっている。悲しいこと
だが、家族が公人であることは明白だ。政治家の家族といって、拘
る衆愚が存在するのだ。
 
  自身の離婚を掲載されて拘る側も情けない。「離婚がどうしたの
!」と胸を張れないのだろうか。自身に自信がないのだろうと勘ぐ
ってしまう。「回復困難な損害を与えたとはいえない」と高裁が判
断をしたのは、肯ける。
  ×1(バツイチ)と言った言葉が流行った。最近は、あまり聞こ
えてこない。離婚して子供を抱えて頑張る女性、未婚の母と私は、
憧れる。哀れなるかな私はこの歳まで、ウジウジ生きてきてしまっ
た。
 
  裁判では、もう一件挙げたいのが、本多勝一氏の名誉毀損訴訟で
ある。同人への信奉者は実に多い。ジャーナリストの神様のように
思われている嫌いがある。
  永田町の政治部の記者は毎日、一流ホテルのフルコースの料理を
食べているといったことをかって耳にしたことがあるが、リクルー
ト事件では、例外はいないのだと再認識した。
  訴訟では、相手方を口汚なく罵って、反訴を起こされたようだ。
新聞記事も訴訟も事実を正確に適格に指摘し、意見を述べ、陳述す
るのが全てだ。ただ自身の思惑や先入観のみの見解を主張し、お題
目の如く称える御仁がいるが、それでは社会に訴えることは不可能
だ。
  それどころか事実に基づかない感情的な誹謗中傷、口汚なく相手
方を罵倒することは許されないと言うよりは、自らの人格を貶めて
いるのだ。
 
  田中真紀子氏の長女も本多勝一氏も裁判所に訴訟を提起したり、
仮処分申請をしたりして、自身の問題をより大きくしてしまったよ
うだ。不本意な結果となったのではないか。人の噂も75日で高を
括っていた方がお利口だったかも?イヤイヤこれからも社会に色々
問題提起して欲しい。
國井明子
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
Akiko Kunii
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すみません質問なのですが、下記のソースは一体どこから得た物で
しょうか?
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中国の人口の20%は日本人の平均収入より高い収入を得ている
ようだ。
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またアメリカの人口は2億ではなく2億7000万ですよ。3割程記載さ
れた数字よりも多いです。
NAOTO-MIZUGUCHI
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(Fのコメント)
中国の沿海部の所得が1万ドル/年になっている。この20%は、
日本の平均所得400万円以上であると推測していると。上海市政
府関係の人の話ですので、文献は無い。私は聞き間違えて中国全部
の20%としてしまったようです。沿海部は5億人程度でしょうか
ら、その20%とすると、1億人になり日本の人口程度になる。

日本のフリータの年収が100万円ですから、上海企業で中国の大
学出の初任給月8万円とボーナスと同程度になっている。課長クラ
スで月30万円程度で年収400万円程度でしょうね。しかし、こ
の階層は年々上がっているようです。経営者の年収は10億円とい
うのは当たり前だそうです。貧富の差が激しい。1億円以上のマン
ションがどんどん売れている。経営層は5%程度いるようです。
しかし、地方から出てくる無届の労働者は月7000円程度ですか
ら、工事が人海戦術になっている。中国と米国は同質の社会になっ
ている。貧富の差が激しく、経営者の賃金が大きい。
==============================
『亜空間通信』751号(2004/04/04)
【イラクで麻薬密売が急増の情報に拙著『読売新聞・歴史検証』関連箇所を加えて歴
史の輪廻の恐怖】
 
 4月1日に創刊号を発行した季刊『真相の深層』の発送作業に追われて、この亜空間
通信は、一週間、間引きとなった。まだ、その発送作業は終了していない。事前の予
約者が多かったので、これは「嬉しい悲鳴」なのである。
 
 しかし、本日の以下の阿修羅戦争50掲示板投稿には、一言、いわゆる「コピペ」で、
情報を追加しないわけにはいかない。以下、日本も「したなる」阿片謀略の歴史の輪
廻の恐怖を、深めて置く。
 
1)
------------------------------------------------------------
イラクで麻薬密売が急増 抵抗勢力の弱体化狙い米などが画策 (日刊ベリタ)ー相変
わらず汚い手を使うアメリカ
http://www.asyura2.com/0403/war50/msg/429.html
投稿者 ああ、やっぱり 日時 2004 年 4 月 03 日 22:06:41:5/1orr4gevN/c

イラクで麻薬密売が急増 抵抗勢力の弱体化狙い米などが画策
http://www.nikkanberita.com/

【東京3日=齊藤力二朗】3月30日付のヨルダンの週刊誌アッサビールは、イスラ
エルとアメリカの機関がイラクのレジスタンスの力を殺ぐためにコカインやハシーシ
の売買を助長していると報じた。抵抗勢力は、米軍指揮下で麻薬密売業者に手を貸す
ポーランド、ウクライナ両軍兵士を襲撃する声明を出した。
------------------------------------------------------------

2)
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http://www.jca.apc.org/?altmedka/yom-6-6.html
『読売新聞・歴史検証』

(6-6)「阿片漸禁」による「専売」で「百六十万円の収入増」立案

「阿片漸禁」による「専売」で「百六十万円の収入増」立案

 さらに重大な問題が、巧みに隠蔽または偽装されたまま、最近まで事実上、アカデ
ミズムに無視されてきた。後藤らは台湾の産業開発に先んじて阿片専売による巨利を
企み、成功していたのである。


 阿片の吸飲は日本国内では厳禁だった。中国本土でも禁止運動が広がっていた。そ
れを知りながら、後藤は、台湾では阿片を禁止せずに「漸禁」の専売政策を実施し、
「医療用」に専売したのである。「漸禁」の名による阿片許可の政策は、財政目的だ
けではなくて、現地人を阿片漬けにし、反抗を押さえる目的をも合わせ持っていた。
イギリスと中国の阿片戦争の例を引くまでもなく、阿片は歴史的に、植民地支配の根
幹としての役割を果たしてきたのである。


 しかも後藤は、実は、一般に流布されている経歴の説明とは違って、いきなり「民
政局長」に任命されたのではなかった。その二年前の一九八六年に「台湾総督府衛生
顧問」になっていたのである。そうなった理由は、そのさらに前年の一九八五年、内
務省衛生局時代に、内務大臣と首相兼台湾事務局総裁という立場の伊藤博文に対して、
大変な長文の「台湾島阿片制度施行に関する意見書」を提出していたからであった。

 後藤がまとめた阿片「漸禁」政策は、実は、かれの創意になるものではなかった。
すでに台湾総督府の前任者から、阿片を厳禁すると、現地の反抗を押さえられないと
いう意見が上がっていた。

 現地の中国人社会の実情は、本来の台湾人に阿片を売り付けることで成り立ってい
るような、一種の植民地型の経済支配であった。さきに記したように、「地主などの
上流層を宴会政治で籠絡した」と表される警察型の支配政策は、現在も日本国内で続
いている警察と暴力団の馴れ合いのようなものである。「上流層」には、阿片窟のボ
スや、暗黒街の帝王などが含まれていたに違いない。

 後藤の上にいた伊藤博文は、権力政治家としても帝国主義者としても、さらに筋金
入りの先輩だった。『後藤新平』(1)には、なぜか記されていないのだが、発見でき
た限りでもっとも古い評伝、『後藤新平論』によると、一九八六年に後藤は、伊藤博
文や台湾の二代目の総督、桂太郎らに随行して台湾に渡っている。同年に「台湾総督
府衛生顧問」となり、その二年後に、台湾総督府民政局長に任命されるという順序で
ある。

 もう一つ、やはり鶴見の『後藤新平』より古い評伝、『後藤新平一代記』によると、
後藤は、台湾の阿片問題以前に児玉の紹介で伊藤と会い、『日本新王道論』と題する
政策を提言している。台湾の阿片「漸禁」政策については、大蔵大臣や文部大臣らの
有力閣僚の猛反対があった。そこで伊藤が、旧知の内務省衛生局長の後藤の、実務家
としての献策を入れるという陣立てで、閣内の反対意見を押さえ込んだというのが、
ことの真相なのではないだろうか。

 伊藤博文(一八四一〜一九〇九)は、長州閥の長老であるが、一八八二年にドイツ
帝国統一以前のプロイセンで憲法や諸制度の調査に当たっている。その点でも後藤の
先輩である。伊藤は、首相として日清戦争を推進し、元老として日露戦争をバックアッ
プした。韓国統監府の初代統監として保護国化、併合を強行し、ハルビン駅頭で韓国
の独立運動家、安重根に撃たれて死んだ。安重根は、現在の南北朝鮮で最高の英雄と
して尊敬されている。拡張主義者の伊藤が後藤の献策を入れる形で、台湾の阿片「漸
禁」政策を強引に決定したという経過の裏には、日露戦争の戦費をユダヤ財閥のロス
チャイルド家に仰いだような、日本帝国主義の戦争経済の懐勘定が潜んでいたという
疑いが濃厚である。

 阿片問題は、台湾支配のための政策、および財源として決定的な重要性を持ってい
た。『後藤新平』(1)には、ご都合主義の持ち上げであるが、非常に詳しい記述があ
る。「台湾の阿片問題」の項は、二四頁にもおよんでいる。当人側の基本資料にさえ、
それだけの材料があるのに、なぜか類書には阿片問題が記されていないことが多いの
で、その点を、ここで厳しく指摘しておく。

 たとえば『岩波講座/近代日本と植民地』(3)では、後藤が台湾に渡る以前に『台
湾統治救急案』をまとめていた経過を記している。さらには、後藤の植民地経営の根
本に「社会資本整備」があったことを、その後の満鉄経営、東京市長としての都市計
画などとの関連で考察している。だが、そこには、「阿片」問題ばかりではなく、
「文装的武備」論の指摘も皆無である。これでは到底、批判的研究とはいいがたい。
非常にアカデミックに見える岩波書店編集の「講座」にも、江藤総務庁長官流の「い
いこともした」放言を許す「官学」の限界が、典型的に見られるのである。

 短い記述にもかかわらず、後藤と阿片専売の関係を明確に指摘しているのは、在野
の研究者、木元茂夫がまとめた『「アジア侵略の一〇〇年/日清戦争からPKO派兵
まで』(社会評論社)である。同書では、さきに記した長文の「台湾島阿片制度施行
に関する意見書」を、つぎのように要約紹介している。

「阿片輸入税は、八十万円にものぼるもので、その需要の巨額なことがわかる。これ
を政府の専売とし、禁止税の意味で、この輸入税額に三倍の価格を加え、阿片特許薬
舗で、政府より発行の通帳持参の者に、喫烟用として売渡すことにすれば、漸次その
需要者を減らし、青年子弟をして、その悪習に陥ることを防ぐことに効果があり、国
庫はさらに百六十万円の収入を増加することができる」

 当時の台湾で消費されていた阿片は、ほとんどが輸入品であった。そこで「阿片輸
入税」によるピンハネ増大の案を練ったわけである。後藤の案では、この収益は、す
べて医療関係に役立てるべきであって、他の行政費に回せば「弊害を生ずる」となっ
ていた。だが、その原則が守られたかどうかは保障の限りではない。

 最近の例を引けば、湾岸戦争への拠出金の場合にも、日本が出した分は軍事目的で
はないという趣旨の国会答弁があった。国力と釣り合わない軍事費を支出する独裁国
への「平和産業向けODA」供与についての疑問もある。元来、貨幣とは、あらゆる
商品と交換できるからこそ貨幣なのである。実際の行財政の財布は、どの国でも、ど
の植民地でも、一つである。子供だましの答弁が押し通せるのは、議会と称する議論
なしで時代遅れの芝居小屋の中だけにしてほしいものである。

 しかも後藤は、その後、日本国内でも阿片の原料が採れるケシの栽培を試みている。
『戦争と日本阿片小史』(すばる書房)は、「阿片王」と呼ばれた二反長音蔵の息子
で、児童文学者の二反長半が執筆し、「いまわの際」に校正までを終えたという痛恨
のドキュメントである。そこには、「後藤の後援で、日本では殆ど栽培不可能とされ
たケシ栽培阿片製造に成功」した経過が描かれている。

 後藤らが創始した日本の「阿片漸禁政策」は、台湾から満州、蒙疆(内蒙古)、中
国本土、東南アジアへと広がった。そこでの阿片収入は、医療関係どころか、ほぼ公
然と軍の機密費、占領地の行政費にまで充当された。「専売」の制限も無視された。
蘆溝橋事件の際の現地軍参謀、池田純久が書いた『陸軍葬儀委員長』には、「阿片の
商標日の丸」という項がある。日本人の「一旗組」が「治外法権を楯に日の丸の国旗
を掲げて公然と阿片を売って」いたので、現地の中国人が「阿片の商標」だと思い込
み、憎くつき阿片屋の旗を焼き捨てたっつもりで、国際紛争が頻発したというのであ
る。この間の事情および原資料は、『日中アヘン戦争』(江口圭一、岩波新書)に詳
しい。

 一〇年間の台湾統治で評価を高めた後藤は、八年後の一九〇六年、南満州鉄道株式
会社(満鉄)の初代総裁に就任した。こちらも日本の植民地経営の事業としては、当
時最大の規模のものであった。後藤は、台湾、満州と、相次ぐ難関の植民地経営で実
績を挙げたことになる。
 [後略]
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 以上。
木村愛二:国際電網空間総合雑誌『憎まれ愚痴』編集長
==============================
件名:事故には自己責任も含まれるのでは?  
週刊 才谷勇蔵 『  小説出版奮闘記  』
                     2004/04/01 #65
このメルマガの記事は馬鹿丸出しでは?
何時も街中の野放しの危険な子供で困ってる中年のおばさんは今度の
六本木ヒルズの回転ドア事故は自己責任も含まれる視点が無い!
■事件は間違いを知らせる契機
 
この六本木ヒルズの事件、それは単に偶然として単発的に起こった事
件ではない。この事件は「日本人にはある1つの大きな根本的な間違
いが存在している」ということを教えてくれる事件なのである。2月
にこの日本人が持っている1つの間違いについて教えてくれた事件は
鳥インフルエンザの事件、その前は狂牛病。全部同じ事を日本人に教
えようとしている事件だ。
 
つまり、日本人がこのある1つの間違いについて気付かない限りまた
4月にも、5月にも、6月にも違った形でどこかしらにこの間違いを
知らせる事件が起こる。間違いなく起こる。日本人がそれに気付くま
で。
 
どういうことか?
 
今現在もこの回転扉の問題について1、誰に責任があるのか?また2、
どうして事件が起こったのか?そして3、どう予防していこうか?と
議論している。やれ業者が悪いだとか、ビルが悪いだとか、センサー
がどうのとか?しかし、実はここに1番大きな病理が潜んでいる。こ
うした日本人の「問題というものに対しての対処の仕方そのもの」が
結局こうした事件を産むことになっている。すべての問題は問題に対
する時の日本人の姿勢にあるのである。
 
言ってみれば「日本人の物の考え方とその背景にある精神」残念なが
ら結局ここが根本的におかしいといういつもの結論に行き着く。
 
■主語がわからない
 
まず、1つ目に主語がわからないという問題。
 
「誰に責任があるのか?」
 
という話だが、それは何の責任なのか?それが不明瞭だ。どんな問題
が起きても、その責任を問うということになるのだが、それは一体全
体何の責任なのか?何に対する責任なのか?それがまったく分からな
い。事件を起こした責任と言う人がいるだろうが、それじゃなんのこ
とかまったくわからない。もっと中学生でもわかるくらいの言葉で表
現しないといけない。それができない限り責任というものは決して日
本人に対して有用に機能してはくれない。
 
この責任とは一体何の責任なのか?
 
それは男の子を死なせてしまった責任なのか?
回転扉の設置を決定した責任なのか?
センサーをいじって機能しないようにした責任なのか?
 
一体いま何の責任について話をしているのかそれがまったく見えない。
だから結局問題の原因がわからない。はっきり言えばセンサーをいじ
ったのも回転扉を設置を決定したこともその責任を追及することに何
の意味もない。それらは瑣末なことでもあるし、事件の根本でもない。
また男の子の子を死なせた責任というのなら、それは誰かにあるもの
ではなく、また誰かにその責任を押し付けて問題を解決できるもので
もない。
 
だから考え方を
 
男の子を死なせてしまった責任はどこにあるのか?ではなく男の子を
死なせてしまったこの事件を起こした1番の根本にあるものは何か?
という風に変えてみてほしい。そしてその根本にあるものを追求しよ
うとする姿勢をとって欲しい。
 
この事件を起こした根本にあるもの。
 
それは一連の報道を見ていてすぐにわかるだろう。六本木ヒルズにお
いては過去回転扉における事故は32件、うち救急車に搬送された事
故は11件もあったという。そして森ビル側はこの事実を事前に情報
開示していなかった。つまり、事前に回転扉が危険であると言うこと
を誰の目にも分かるような明らかな状態にはしていなかったのである。
 
問題の根本はここにある。
 
■情報開示によって事故を防ぐという意識の欠如
 
情報開示によって事故を防ぐという意識、残念ながら日本人にはこの
感覚が欠如している。あらゆる情報を事前に厳しいまで開示要求する
し、その開示された情報をもとにさらによい状況を自分たちの手で作
り出していこうとする姿勢が日本人には存在しない。
 
もし、私たち六本木ヒルズを訪れる者に対して回転扉の事故が過去3
2件起きていてそのうち救急車によって被害者が病院に運ばれたケー
スが11件ありましたと事前に情報が開示されており、その情報が誰
の目にも明らかな状態として見れる、分かるとしたらどうなるだろう
か?
 
そうなれば
 
きっと、私たちは回転扉に気をつけよう、また回転扉はあぶないから
やめてくれ、そうしないともう六本木ヒルズにはこないぞと行動をと
ったはずだ。そうであれば今回のような事故は起きなかっただろうし、
事故は事前に防げたはずだ。またビル側が誰の目にも明らかなように
回転扉の事故を公表していて、それにも関わらずそれを承知でビルに
来ている、それで今回のような事件が起きたとしたら、それは事故の
責任は気をつけなかった本人の責任と言うことになる。
 
つまり、
 
社会のシステムとして
 
「情報開示→自己責任」
 
という機能が完全にこの国では機能していない。というよりもそんな
ことによって社会システムを構築しようなどという意識は日本人には
まったくないのである。だからこの事件における責任についてもすぐ
に誰に責任があるか日本人にはわからない。こんなもの事故の情報を
きちんと開示しなかったビルに事件を起こした責任がある。と日本人
にはすぐにわからないわけだ。
 
つまり、この事件は
 
日本人に早く情報開示と自己責任というシステムによって社会を構築
してくださいねという自然界からのメッセージとしてこのような形の
事件として現れているのである。私たちが情報開示→自己責任によっ
て社会のシステムを構築し、情報開示から事故を未然に防ごうとする
姿勢で社会のシステムを作り上げることができない限り、悲惨な事件
は続くだろう。
 
■責任の擦り付け合い
 
次に2、どうして事件が起こったのかということの責任の擦り付け合
い。誰が悪い、誰が悪くない。そんな話を延々している。そして結局
この責任は下に下に下りていって、結局責任は下の人間が取らされる。
経営者といった意思決定に関わった偉い人たちではなく、下のほうで
意思決定に関わった人が責任を取って事件は解決といったことになる。
 
例えばセンサーを設定した人や回転扉の設置を決めた人、こんな人に
責任を取らせることになるだろう。
 
はっきり言ってもうこれは腐っている。根本が腐っている。センサー
を設置した人も回転扉の設置を決めた人も会社の中で会社の方針に従
って仕事をしている。方針を決めるのは経営陣だ。その方針を実行す
るのが実際に仕事に当たる人。だから実際に現場で働いている人にそ
の行動に関する責任を求めては決していけない。こんな社会では誰も
積極的なことができなくなる。絶対にしてはいけない。
 
というよりもまた根本の概念に戻ると、先週も書いたとおり。そもそ
も経営者と呼ばれる存在は自分の意思決定に対して説明責任と結果責
任を持って権力の行使ができる主体なのである。だから結果に対して
責任を取る人として経営者が存在するわけだ。だから責任は経営者以
外に取れる人などいない。責任は経営者が取るのだ。
 
■では誰に対する責任か?
 
では、経営者は誰に対して責任を取らなくてはいえないのだろうか?
という問題を考えて欲しい。経営者が取る責任は株主に対してだ。だ
から今回の事件の場合、ビルが取る責任と言うのは森ビルの株主に対
する責任とその業績に対する責任なのである。それ以外には実は責任
というのはないのである。
 
ここはとても重要なのでもう一度書くが、
 
森ビルの責任は株主に対して発生する。だから私たちがもしこの森ビ
ルの今回の事件で経営陣をやめさせたいなら株主にならないといけな
い。そうでなければ私達に彼らを辞めさせることはできないのである。
 
そして
 
損害賠償として死なせてしまった子への責任は、情報開示を怠った会
社として森ビルが損害を補償する。そして刑事事件として法的な責任
の所在は裁判所が決める。これがこの事件の一連の流れなのである。
 
しかし、
 
日本人はそれを許さない。
 
それはどうしてか?
 
これもまた日本人の心に深く根ざしたある1つの心が原因している。
それが腹切りと謝罪である。
 
■腹切りと謝罪にとって統治される国
 
この国は
 
情報開示→自己責任の国ではない。
問題が起こる→腹きり謝罪の国なのである。
 
もう日本人はこれなしでは生きていけないというくらい腹切りと謝罪
が好きなのである。日本人はもうこれは日本人のDNAそのものでは
ないかというくらい腹切りと謝罪を求めて、そしてその2つで問題を
解決しようとする。
 
誰が謝罪するのか、誰が腹を切るのか
 
そして、
 
誰かが謝罪すれば、誰かが腹を切ればそれで満足。誰かが謝罪もしな
い腹を切らないということであればもうそれは耐えられない。誰かが
腹を切るのか、誰が謝罪しないといけないのか、血祭りに上げられる
対象が見つかるまで延々とそのいけにえを探し出そうとする。
 
こうしていけにえが決まりそれが血祭りに揚げられればすかっと大満
足。もうそれでその問題については誰も見向きもしない。問題の原因
なんてものはどうでもいい。情報開示によって事故を事前に防ごうと
するシステムを構築しようなんてこともどうでもいい。問題が起これ
ば腹を切って謝罪する。今も残念ながらこの国はこうした仕組みで動
いている。
 
ビルが悪いのは、回転扉の業者が悪いのか、そんなことはどちらでも
いいからとにかく早くどちらかが謝罪して腹を切れ。なのである。
 
森ビルは子どもを死なせてしまったことに対して子どもの親に直接の
加害者としてその損害の補償と謝罪をする義務があるが、国民に対し
て謝罪する必要などと言うものはさらさらないというこの感覚が日本
人にはわからない。
 
私にしてみれば
 
なんでこの人たちはテレビで謝っているのか?それがさっぱりわから
ないし、一体誰に謝っているのだろうか?と不思議に思うのだが。情
報開示していなかったことについて株主に謝っているのかなと思った
のだか、それは株主に謝ってすむ問題でもないし、臨時総会を開くべ
きじゃないかなと思ったりするんだが。
 
またはお客さんに謝っているのだろうか?でもお客さんに対して何を
誤っているのだろうか?安全点検を怠ったことか?それならテレビで
はなく実際に現場で、現場に訪れてくれる人に対してお詫びするのが
大切だろう。
 
そして、何より誤ることよりもそんなことよりもこれからどうやって
いくのか、その方針を速やかに発表することが重要だ。回転扉が危な
いから設置をやめるとか、情報の開示を常に徹底し、専門の情報開示
ページを作ったとかそういう行動こそが重要だ。謝罪なんかよりもこ
れからこの事件を踏まえてどうするのかという方向性こそが聞きたい。
 
■どう予防するのか?
 
そして3、こうした事件が起こらないようにするためにどうするか?
である。1、2、3と日本人の特性のとりを飾る問題。それが再発防
止策の検討である。
 
もうこれもきちんとした方程式にしたがってどう行動するべきか日本
人のDNAには深く深く刻まれている。それは日本人の大好きな政府
様よろしくお願いします。ガイドラインを作り、法規制をして下さい
ませ。という方法だ。
 
・回転扉は危ない
 
・こんなものを使わせてはいけない
 
・法規制だ。
 
・こんな痛ましい事件は決して二度と起こらないように今日から回転
 扉の使用を法律で禁止します。
 
・おおー政府様ー!
 
という方程式だ。
 
つまり、この日本という国は「問題が起こる→それを全面禁止」
 
という方程式で成り立っている。残念ながら、情報の開示を社会全体
に徹底することで問題が起こる芽を速やかに見つけ、それが顕著化す
る前に速やかに社会全体でその芽に対処していきましょうというよう
な発想はできないのである。もうそろそろ出てくるしょう。政治家が。
そして回転扉はあぶないので禁止と言い出すでしょう。
 
■全面禁止が政治家の権力の温床
 
問題が起こる全面禁止で一体何の役に立つのだろうか。次起こるであ
ろう問題がそれで防げるのだろうか?次回転扉ではなくシャッターで
同じような問題が起こったらどうするのか?
 
「シャッターを全面禁止にします。」
 
次、自動扉で同じことが起きたらどうするのだろうか?
 
「自動扉を全面禁止します」
 
社会にあるすべてを禁止するのだろうか?鳥インフルエンザの問題も
そう。狂牛病の問題もそう。
 
狂牛病が起こった、何!けしからん、牛肉全面禁止。
 
これは日本国で生きるマニュアルがあるのかというくらいこの問題が
起こる、全面禁止ばかりだ。政治家もこの全面禁止が政治家の仕事だ
と思っているし、国民もそう思っている。そしてそこに権力が発生し
腐敗を起こす。
 
これもブログで書くが、全面禁止は何の解決にもならないばかりか知
恵を使うことの欠如を招き、人を思考停止にし、さらに禁止によって
その分野における人の耐性を弱くし弱体化させる。
 
最悪の仕組みだ。江戸時代が長く続いた理由がよくわかる。
 
■もうそろそろ変えようよ
 
もうそろそろ社会を統治する仕組みを変えようよ。この国は江戸時代
とまったく同じ仕組みで動いているよ。表面は変わっても内面、日本
人の精神は江戸時代とまったく変わっていない。まったく同じだ。
 
もうそろそろ21世紀なんだし、民主主義と資本主義の社会なんだか
らそれにふさわしい社会に変えようよ。というよりも人間として生物
としてこの自然界の一員であるのだから、その仕組みに従って生きて
いくことを強く意識しようよ。
 
簡単に言えば自然界の法則は
 
・自分の身は自分で守るという厳しさ
・赤ちゃんを育て育む偉大な温かさ
 
この二つで成り立っている。
 
自分の身は自分で守る。だから守る手段としてその重要な情報を必ず
公開しないといけない。これはどんな人もだ。情報開示を怠った者が
悪い。きちんと開示した結果、それでマイナスを被ったならそれはそ
の人の自己責任。こうした流れを作らないと。
 
●取るべき方策
 
自分の身は自分で守るしかない
 
そのための情報開示の徹底
 
情報開示をもとに身を守る対策を立てる、改善する
 
そして結果に対して自己責任
 
そして、
 
それと同時に温かさ。今日はこれにはふれていないが、偉大な生命を
育む温かさが自然界には存在する。それがあるからこそ生命が力強く
生きられる。
 
この二つで動く社会にしていこう。
 
もう、
 
問題が起こるまで放置
 
問題が起こると血眼になって謝罪と腹きりの対象者を探す
 
腹を切って満足
 
責任を取るべき人はぬくぬく
 
予防は全面禁止
 
またどこかで違う問題が起きる
 
といった日本社会黄金の方程式から脱しませんか?本当に強く私はそ
う思う。今回とても残念でやるせない事故が起こったがこんな問題が
2度と起こらないように、私は根本からこの国を新しい社会へと変え
ていきたいと強く思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は4人も男の子を育てましたし 私は男兄弟の中の女一人で育ちま
した。はっきり言うと 生きてて元気な男の子が街の中へ連れて出て
 危険な物 動くものは基本的に好きで好きで じっと大人しく大人
と一緒に側で順番待ちや(エレベーター待ち、案内情報を見るとか。
 停止時間です。)これらを 大人と同じ視点で 行動停止など出来
る訳が無いのです。
 
本人達が恥ずかしいから大人しく言う事聞くから 止めて欲しいと言
うまで犬と同じのリードを点けて歩いてました。
子育て中は東京に住んでましたから・・・目を離すと危険だからです。
片時も目を離さないし{言い聞かせて 言う事を聞き分けれる子供で
は無いからです)胴体に受け具 リードを着けて手に持ち犬と同様に
して連れ歩きました。海外では普通に見ますよ。
 
子供は動くものが好きで危険な物ほど好きなのです。
私の子供時代は四国に住んでましたが、死に損なう程の危険な
遊びは日常茶飯事で、事実 何人も子供が死にました。
それは 吊り橋からの飛び込みや 川での水泳だけでは無く 滝壷か
らも飛び込みはしていましたし 防波堤の先端からも飛び込みしてた
し沖の船からも飛び込みして 近くに飛び込むと船の底の腹に水圧で
張り付き逃げ出す力が無い時や中間が引きっずり上げねば 確実に死
にます。
それでも 子供たちは隠れて危険な飛び込みは止めなかった。
 
そう言う川や海でも危険な場所は子供でも判っていましたし 親から
禁止されてました。それでも 行くし飛び込むのです。
プールが普及して柵が出来て看板が立てられても 橋からの飛び込み
は流行ってました。
 
又市内を走る電車の線路で10円玉をレールの上で擦ると白くなるの
でレールの上で10円玉を磨いていて電車を止めたり・・・・
 
杉鉄砲なら まだましで 自分達で銛 やヤスを こうもり傘の骨で
尖らせて造り魚取りにもぐりに行き 友達から足へその銛を突き立て
られて怪我したり酷い子供は目を撃たれて失明した重傷の子供もでま
した。
 
鉛筆削りは回転式の7cm 5cmのも有りましたが 肥後の守や 
切り出しナイフを持ち自分で鉛筆も削れば 竹ひごも削ってました。
勿論 子供同士の喧嘩を恐れて 禁止になりましたが・・・・
 
事故は 自己責任で昔は死に損でしたから  柵の壊れた用水や 蓋
の無い田圃の肥溜めもありました。
鉄条網の鉄棘で洋服がひっかかり(スーパーマンやパーマンのマント
 古くは黄金バットのマントや解決ッゾロ)
首吊り状態で窒息死した事件もありました。 塀から飛び降り木の枝
にひっかかるとか・・・・
 
横断鉄橋のあの滑りやすい鉄の階段からでも1段っずつ 大人しく下り
たりしないで 5,6段飛び下りするし下から来る人や 人の迷惑も
自分が怪我するのも頭には無い。
 
注意しても じっと我慢し興味有る対称を確認して様子を見て・・・
こう言う観察が出来るまでは
小学校3年生過ぎるまで 10(とうで  とうとう終わり)と言う
年まで
1つ  2つ 3つ  ・・・・9つ と(つ)の付くうちは 角有る
子鬼であまのじゃくと言い分かって言い聞かせて
制御出来ないと考える方が良い。
1つ〜5っまでは 指を手の平側に折るから 神の中で 親が保護し
なければいけない。
6つ〜〜9つは指を外へ広げ返すから 6つ衣替え6つから9つまでは
 よく言い聞かせて分からせ教える。
 
6才までは  言い聞かせが無理なので紐つけて町には連れ歩くのは
当たり前だと思います。
6歳から9歳までは 事故は自己責任で 自分が怪我して痛いし危険
だし 家族が心痛める事をよく言い聞かせるのが当たり前なのです。
 
昔の子供は30年前まで 20年前でも 今のような犯人探しなどし
ないし事故死したものが 一方的に損でした。
人命など軽くて 自分は自分で守るのは当然と皆が思っていました。
補償金など事故責任者などの追及は 一度も聞きませんでしたが・・
 
我が家の息子は4才の時に 遊動円木の 動く棒の後ろにボール拾いに
行き大腿骨骨折の重傷を受けましたが、怪我させたお子様数人の親か
らも謝罪もされっず遊園地の管理者からも何の医師や病院代金も貰い
ませんでした。
幸い 半年で退院出来 リハビリが良くて 走ったり飛んだり出来る
回復をしましたが大人なら 一生びっこの松葉杖と言われました。
 
今は随分  社会環境が違い 補償金も貰えるしお見舞いも有り謝罪
も有るのですから少し考えます。
こう言う  ありがたい制度が自分で自分を守る事>と言う基本的な
生物の本能を壊すような気がしましたが、 年寄りの危惧でしょうか?
どうも 腑に落ちないわぁ!
子供を野放し状態で好き勝手に飛び廻り 危険な遊びや悪戯を公共の
場所で我が物顔ではしゃぎ回り怪我しても ビルの管理者や 駅だっ
たら駅長 市役所なら市長が悪いのでしょうか?
よく分からないから  皆様にお聞きしたいです。
動く電車の中でも走り廻るし、駅に到着して扉が開いたり閉まったり
の近くでも ウロウロしてるけど・・
全く よく私のように子育てが終わった中年には 分かりません。
(^o^)♪またメールします・・☆★☆
 
ようちゃん(^0^)/~~bye
kswsy762
==============================
件名:死者に鞭打つ真似はしたくは無いが・・・ 

言葉が上手には表現出来ませんが、死者に鞭打つ真似になるので先
刻は書きませんでっしたが
マスコミの報道は 管理責任を問う論調ばかりでしたが・・・・
確かにお気の毒です。
親より子供が先に亡く成るのは、筆舌に現せません。
私の同級生も小学校前に死んだり 中学以前に死んだり 辛い葬式
にも参列しました。
だからこそ、無念な親の気持も判りますが・・・・・
その事故の方のお子様が他人に迷惑かけるお子様だと言う訳では有
りませんが、目に余るお子様がいらしゃいます。

?????です。
普段 この中年のおばさんは野放しの子供公害で恐い思いや危険な
思いをしています。
陸橋から数段の高さで飛び下りてぶつかって来られたり 駅の構内
を走り回る自転車に恐ろしい思いをしますし、走る電車やバスでの
悪戯(出入り口付近で遊ぶ)ホテルや結婚式場内を走り回るし・・


目を離してるし他人に迷惑かけてるし、危険行為はするし 注意な
ど出来ないし親が食ってかかるし、騒ぎ放題のJRの車内は春休み
中にどれだけ皆 嫌な思いをしてるか??
この頃の若い親は・・・です。
見て見ぬふりして騒ぎを平気で居るし、もう大分以前から公共迷惑
は言われてましたが・・・
私は未亡人で子供も巣立ち一人暮らしですから 普段は大声で物も
言うのは憚られますけど
横暴な行儀の悪い躾の無い危険なお子様が増えています。

年を取ると一人歩きは危険で恐い思いをすると 今から我が身の心
配ばかりしてましたが
同時に 何時か この世の中で勝手気ままに走り回ると大きい落と
し穴が待ってると思ってました。
エレベータやエスカレーターでも事故は有りました。
新しい動く機械が有れば 思わぬ事が起きます。

お喋りや買い物中に自由に店内を走り回るのでっすから事故が起き
るのは避けれない時が来ます。
お店やビルの管理者も 規定通りの普通の乗り方 使い方っをしな
い お子様が野放しで大人と同伴で来ることっを予測してはいるで
しょうが・・・・
動くものが好きな 活発な可愛い盛りのお子様は無邪気な天使で有
ると同時に 老人や中年女性にとってえは危険な行為をっしかける
小悪魔ちゃんの面も有ります。
老齢のご婦人が突き飛ばされて 回転ドアに挟まれる危険も有るの
です。

私の老母は着物で草履で陸橋の階段を下りてる途中で 後ろから来
た中学生に草履の後ろを踏まれて(草履は履いて歩くと靴と違い爪
先は足袋の前指で鼻緒を挟みますが
かかと部分が 空きます。 その空きの部分の草履のかかと毎踏ま
れて 転げ落ちて頭を打つ大怪我で
救急車で入院して全治2ヶ月の重傷でしたが 犯人の中学生は逃げて
見つからなかったんもです。
勿論 保障など有りません。もう16年前ですが・・・・泣き寝入
りです。

是でも子供が公共の場所で飛び回るのを放置してる野放しの危険を
振りまく存在だと言う事は分からなくてはいけないと思いますし 
本当に老人が危険な行為をして 突き飛ばされたら誰が責任を
取ってくれるのか意見を出してください。
未成年で 小学校入学前や中学生だから 公共の場所で走り回り老
人を突き転ばして怪我させたり、死亡させても責任が無いと言い逃
れるのでしょうか?
責任はビルの管理者だけでしょうか?
駅構内なら駅長だけの責任でしょうか?
陸橋ならどうなるのでしょうか?

是からは 老人が増える時代です。
老人が公共の場所で走り回る事は無いのです。
お子様だけの単独事故だけで済んだのは まだ運が良かったのです。
これからは こう言う単純な自己だけの事故では終わらない危険も
有ります。そこはどう考えてるのでしょうか?

言いたくないけど 私にはよく判らないが可笑しいと思いますよ。
野放しのお子様が巻き起こす公共施設内での行動は 誰が責任を取
るのでしょうか?
身障者や老人はお子様の野放し暴虐無人の振る舞いにも困ってるの
です。

是非ご意見を伺いたいです。
(^o^)♪またメールします・・☆★☆
 
ようちゃん(^0^)/~~bye

  ----- Original Message -----
  From: 才谷勇蔵
  To: ようちゃん
  Sent: Friday, April 02, 2004 2:42 AM
  Subject: Re: 事故は自己責任も含まれてるのです。


  メールありがとうございます。
  才谷勇蔵です。

  そうですね。
  自己責任が原則です。
  21世紀における自己責任型社会の
  システムをみんなで考え、実行していきたい
  ですね。今日のお話はそんなおはなしです。

このメルマガ作者に出したメールの返信も添付しましたが、
お子様の野放しは一人暮らしの私には恐い存在です。
もう還暦も迎えましたので・・・公平な判断をして貰いたいですね。
お子様は大事だけど 老人や身障者はどうでも良いのでしょうか?
同情を買う気は無いが 歩道のローラースケートや自転車乗りなど
恐い思いをさせられています。
私は老母のような和服は危険で着ません。


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